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113.真夜中の招待

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「とにかく車に乗りなさい。高校生が外に出ていい時間じゃないんだから」
「あれ……今何時だ?」
「深夜の二時よ」

 マジか……。頭ん中いっぱいいっぱいになっていたせいで時間感覚が狂っていたようだ。どうりで人とすれ違わないわけだよ。
 フラフラしながらも促されるまま助手席へと乗った。俺がシートベルトをするのを確認して、さなえさんは車を発進させる。

「こんな時間まで外で何をしていたのよ?」
「いやちょっと……。さなえさんこそこんな時間まで何をしていたんだ?」
「仕事よ仕事。これでもけっこう忙しい身なのよ」

 仕事……。そういえばさなえさんは音無先輩の下で働いているんだったな。
 だとしたらここでさなえさんが現れたのも偶然ではないのかもしれない。疑いの目で眼鏡美女を見る。

「まさか音無先輩の命令で俺を迎えに来たのか?」
「え? 晃生くんはまた何か事件に巻き込まれたの?」

 ぽかんとした無防備な顔を向けられる。大人のくせに警戒心が足りない。あとちゃんと前を見ろ。

「……何も聞いてねえならいい」

 彼女の反応から俺と会ったのは偶然だったのだろう。それならとくに話すことはないので窓の外に目をやる。

「何かあったのね。今回は私も聞いていないからいいけれど。とりあえず家まで送るわ」
「家には……帰りたくねえ」

 俺がそんなことを言うとは思っていなかったのか、再びさなえさんの目がこちらに向く。今度は正面に顔を向けたままだった。

「帰りたくないって……。事情がわからないと私も困るわよ。未成年をこのまま見過ごせないのだし」
「……」
「はぁ……。だんまりでいられてもね。私には関係ないのだから、子供は家に送るしかできないわよ」
「音無先輩と会いたくない。親父の庇護下にいたくない。……これでいいか?」

 端的に答える。ぶっきらぼうな物言いになってしまったが、今は細かいことを気にしていられる余裕がなかった。

「そう……」

 それだけを言って、さなえさんは黙って車を走らせた。静かな走行音と流れる景色が俺を焦らせる。

「オイ、どこに向かっているんだ?」
「家に決まっているじゃない」
「だから帰りたくねえって……」
「誰が晃生くんの家と言ったのかしら? 私は自分の家に帰っているのよ」

 さなえさんは表情をピクリとも動かさずに運転に集中していた。梨乃と似た横顔だが、雰囲気はやはり別人だ。

「仕方がないから一晩泊めてあげる。一応娘の彼氏だしね。放ってはおけないわ」

 事情を追及することもなく家に招いてくれる。それがありがたくて、ようやく一息つけたような気分になった。

「……ありがとうございます」
「どういたしまして。大人相手にはそうやって接するものよ」

 さなえさんは得意げに胸を張る。そういうところですよ、とツッコんでやりたかったが一理あるので黙っておいた。


  ◇ ◇ ◇


「梨乃はもう寝ているだろうから静かにね」
「うっす」

 久しぶりの黒羽家。外から電灯がついている部屋は見当たらなかったので、梨乃はすでに就寝中なのだろう。
 そりゃそうだ。よほどフィーバーしていなければ俺だってとっくに寝ている時間帯だ。寝る子は育つ。梨乃の睡眠を邪魔しないように音を殺してリビングへと侵入した。……なんか俺、泥棒みたいだな。

「ソファにでも座っていて。適当に寝間着を用意してあげるか──」

 さなえさんの言葉を止めたのは、俺の腹の虫の鳴き声だった。

「……」
「ぷっ。いいわ、夜食を作ってあげる。私も何か食べようと思っていたしね」

「仕方のない子ね」とでも言われそうな笑い方だった。顔が熱いのは、夏の夜の暑さのせいということにしておいた。

「用意している間にシャワーを浴びてきちゃいなさい。汗臭いまま眠れないでしょう?」
「うっす」
「シャワーだけだからね。湯船には入らないように」
「……うっす」

 今は素直に言うことを聞くしかないか。腹が減ってはなんとやら。考え事をするにも栄養が必要だ。
 男のシャワー時間なんて大してかからない。なのに浴室から出るとすでに着替えは用意されていた。
 洗面所に誰かが入ってくる気配を感じなかったのに……。こんなところで実はできる秘書だったのだと思い出す。

「ナポリタンでいいかしら?」
「うっす」

 リビングに戻るとさなえさんがキッチンから顔を出して尋ねてくる。こんな夜遅くに食事を作ってくれるだけでもありがたいってのに、文句なんてあるはずがなかった。

「男の子はナポリタン好きよねー」

 さなえさんはテキパキとパスタを茹でる。ナポリタンって言うほど男の子に人気がある食べ物か? カレーやハンバーグならわからんでもないが。……まあ好きだけども。

「出来たわよ」
「あっ、テーブルに持っていくくらいはしますよ」
「それじゃあお願いね晃生くん」

 配膳くらいはしないと居た堪れない。それくらいしかできないので威張れないのだが。
 テーブルで向かい合って座る。食事で対面にいるのがさなえさんって新鮮だな。

「いただきます」
「召し上がれ。んぐっ、んぐっ、んぐっ……ぷっはぁー! 仕事が終わった後のビール最高!」

 プシュッ! とビール缶を開ける音をさせたかと思えば、美味そうにごっきゅごっきゅと喉を鳴らしてアルコールを流し込む眼鏡美女の姿を目の当たりにした。
 仕事を終えた解放感もあるのだろう。とてもイキイキした顔だった。
 大人の楽しみを邪魔するのは野暮ってもんだ。俺は何も言わずにナポリタンを口に入れた。

「うまっ。これ滅茶苦茶美味い」
「でしょー? なんたって私が作ったんだもの。できる大人は料理の腕も違うのよ」

 さなえさんは上機嫌に笑う。すでに顔が赤くなっていて、酔っ払ってんだろうなぁとすぐにわかった。

「本当に、美味いです……」

 さなえさんができる秘書だってのは疑わしい。今でもそう思ってはいるが、シングルマザーで娘を立派に育てようと仕事に取り組んでいるのも伝わっていた。
 正面から笑顔を向けてくれる。そんな母親の姿が眩しすぎて、食事がなかなか喉を通らなかった。
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