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107.郷田晃生のトラウマ

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※今回は胸糞注意です。


 原作で郷田晃生の幼少期は描かれていなかった。
 それもそうだろう。エロ漫画には不必要な描写だからな。まだ無垢な頃の竿役を出されても実用的(意味深)じゃない。
 けれど、郷田晃生がなぜ悪の竿役なんぞになってしまったのか。その理由を知るためにはこいつの過去を振り返らなければならなかった。

「ヒーロー見参!」

 幼稚園時代。この頃の郷田晃生はまだまだ子供らしい面があった。
 テレビか漫画に影響されたらしく、ヒーローごっこにはまっていた。好きなヒーローのお面やマントを作って装着してはなり切っている日々を送っていた。まだまだ可愛らしいところがあったもんだ。誰にだって子供の時間ってやつがあるものだとしみじみさせられる。

「母さん聞いて聞いて! 今日たくさん楽しいことがあった!」
「そう、それは良かったわね」

 この頃はまだ母親との関係も良好だった。
 物心つく頃には母子家庭だったので、それが当たり前だと思っていた。父親の顔を見たことはなかったが、全然気にならなかった。そういうものなのだと、子供なりに漠然と察していたのかもしれない。
 女手一つだったものの生活に不自由することなく、俺たち親子は幸せに暮らしていた。それは当たり前のことで、ずっと変わらないと思い込んでいた。

「やめて……やめてよぉ……。もう踏んづけちゃやだぁ……」

 ある日の幼稚園での出来事だった。
 泣いている女の子がいた。自分をヒーローだと思い込んでいる郷田晃生は咄嗟に女の子の元へと駆けつけた。

「何やってんだお前らぁーーっ!」

 女の子の前には年長組であろう数人の男の子がいた。その足元にはボロボロになっているお人形さんが転がっていた。
 女の子からお人形さんを取り上げた男の子たちが踏みつけてボロボロにしてしまったようだ。状況を瞬時に理解した郷田晃生は迷うことなく突っ込んだ。なぜって? 
 ヒーローならそうするからだ!

「うわっ!? なんだお前!?」
「年下のくせに生意気だぞ!」
「やっちまえ!」

 後でわかったことではあるが、相手は一つ上だった。この時期の一つ年上はけっこう身体に差があるものだ。
 だが、郷田晃生はこの頃から同年代よりも身体が大きい子供だった。
 ケンカに慣れていたわけじゃなかったが、身体能力に物を言わせて男の子たちをぶっ飛ばした。自分の行いが正義だと信じていたので容赦も躊躇いもなかった。

「あなたたち何をやっているの!?」

 先生が見つけた時にはすでにケンカは終わっていた。もちろん郷田晃生の勝利である。
 この後こっぴどく叱られた。人助けをしたはずなのに、なんで怒られているのだろうと納得できなかったものである。

「郷田くん……助けてくれて……あ、ありがとうっ……」

 それでも、助けた女の子にお礼を言われた時、もやもやが全部吹っ飛んでしまうほど嬉しかった。
 振り返ってみれば、初めて助けた女の子は音無夏樹であった。今では信じられないほど引っ込み思案というか、おどおどしている女の子だったなと思い出す。繋がりというものはどこで結ばれるかわからないものである。
 感謝されて、自分が本物のヒーローになれた気がした。憧れの存在に近づけたという手応えを確かに感じていたのだ。

 ──でも、それは大きな間違いだった。それどころかとんでもない過ちを犯してしまったのだとすぐに思い知らされることになった。

「ただいまー」

 ある日、外に遊びに行っていた郷田晃生が帰宅した時のこと。
 いつもはすぐに母親が「お帰り」と言ってくれるのに静かだ。おかしいなと思いながらも靴を脱いで家の中へと足を踏み入れる。

「母さん?」

 耳を澄ませると奥の部屋から何か声が聞こえてくる。聞いたことのない、変な気分に襲われる音だった。
 恐る恐る足を進める。響いてくる声の正体に気づかなかったのは、まだ子供だったからだ。
 奥の部屋のドアが少しだけ開いていた。その隙間から中を覗く。

「よくも俺の息子にケガさせやがって! テメーの息子の責任は身体で払ってもらうからな。俺が満足するまで許してやらねえぞっ!」
「ごめんなさいごめんなさい……っ。もう許して……いやああああぁぁぁぁーーっ!!」

 そこには、おぞましい光景が広がっていた。
 裸の母親が知らない男に身体をぶつけられていた。肉と肉がぶつかる音がとても痛そうだった。
 この時の郷田晃生は母親が何をされているのか正確なところはわからなかった。ただ、とてもひどいことをされているであろうことだけは言葉にできずとも理解していた。
 母親の叫び声が聞こえて、助けないといけないと思うのに身体が動かない。その場に縫い付けられたみたいに一歩たりとも踏み出せなかった。

「あっ、あっ、あっ、ああああああぁぁぁぁーーっ!!」

 母親が絶叫し涙を流す。激しく動いていた男がピタリと止まってスッキリした表情を浮かべる。
 終わったのだろうかとほっとする。そんな安心感を嘲笑うかのように、再び肉がぶつかる音と母の嘆きの声が響いてきた。
 郷田晃生は最後まで動けなかった。それどころかその場でしゃがみ込んでしまい、耳を塞いで時間が経つのをただひたすら震えて待つことしかできなかった。

 ──その後のことは記憶にない。

 どうやら知らない男は、音無夏樹を助けるために郷田晃生がぶっ飛ばした男の子たちの一人の親だったらしい。
 息子が殴られたからと謝罪を求めに来て、流れで肉体関係を迫ったようだ。どうやったらそんな流れになるのかと問いただしたいが、これがエロ漫画世界のトチ狂った男の常識なのだろう。
 はっきり残ってしまったのは、郷田晃生の母親が性的暴行を受けたという事実だった。

「……」

 ……言葉にならない。
 女の子を助ける。そんな幼い正義感が、巡り巡って母親を傷つける結果になってしまった。
 しかもそれをただ見ているしかできなかった。罪悪感がどれほどのものだったのか、事実を知った今でもきっと推し量ることはできないだろう。

 この事件をきっかけに母親は変わってしまった。

「どうしてよ……。どうしてそんな悪いことをするの? こんなの私の子じゃない……。アンタみたいな……アンタみたいな親を苦しめるような子供なんていなければっ!」

 事件のきっかけを作った郷田晃生は憎まれた。母親は傷を埋めるように男を求めるようになった。
 そうなれば幼い子供なんて疎まれるだけの存在だ。男を家に招いては邪魔者扱いされていた。
 郷田晃生もあまりのショックに塞ぎ込んでいた。母親から暴力や罵倒を浴びようとも抵抗しなかった。そんな資格はないと思っていた。
 優しい母親が変わってしまったからではない。そんな優しかった母親を守れなかった、守ろうともしなかった自分にショックを受けたのだ。

 意味合いは違うが、郷田晃生は大切な人を寝取られてしまったのだ。それも目の前で。頭がおかしくなって、無意識に記憶を封印しても仕方がないと思えた。
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