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70.計算外だったピンク

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 羽彩は大声を上げた後、なぜかあわあわしていた。俺の声も届いていないようなので放っておいてやり、額をテーブルにぶつけた梨乃の元へと向かう。

「梨乃、ぶつけたとこは大丈夫か?」
「はい。こぶにはなっていませんし、大したことはないですよ。心配してくれてありがとうございますアキくん」

 冷やしていた額を見せてくれる。少し赤くはなっているが、腫れたりはしていないようで安心する。

「……アキくん?」

 梨乃のふわふわした髪を撫でていると、日葵が首をかしげた。

「あ、うん。せっかく仲良くなったから呼び方を変えてみたの」
「俺も梨乃って名前で呼んでいるからな」

 梨乃と目が合って、自然と笑い合う。俺たちの間にほんわかとした空気が流れる。

「あれ、想像以上に仲良し……?」

 日葵が何か呟いている。声が小さくてよく聞こえない。まあ大したことではないのだろう。

「ひまりんっ!」
「どうしたのよ羽彩ちゃん?」

 羽彩が日葵に飛びつくようにして両肩を掴んだ。それから何か耳打ちすると、「えっ!?」と声が上がる。

「あ、あのー……」

 なぜかかしこまった態度の日葵。小さく手を挙げて、俺たちに質問を投げかけてきた。

「二人はその……昨晩、したのよね?」
「まあ……そうだな」

 日葵の質問に素直に答える。彼女もそれは織り込み済みだったようだし、隠すことでもないだろう。

「ぶしつけな質問で悪いのだけど……何回したの?」
「え? えーっと……」

 続けられた日葵の質問に、俺は口ごもった。
 答えづらいことだったからではない。単純に何回したか覚えてなかったのだ。

「昨晩は五回くらいまでは数えていたが……結局何回したか覚えてねえな。梨乃は覚えてるか?」
「いいえ、あたしはアキくんに翻弄されて……夢中にさせられてばかりでしたから、数えてすらないですね。ああでも、今日は四回したのは確かです」
「「…………」」

 梨乃はいじめ甲斐があるからヤッてて楽しくなってしまうのだ。いじめっ子気質は郷田晃生のせいに違いない。うん。

「あたし、アキくんに責められるのが好きですよ。えへへ……こんなことを言うと照れてしまいますね」
「俺も夢中になってたわ。そういや夢中になりすぎて梨乃のことを大事にできていなかったな。悪い、今更だが身体は大丈夫か?」
「はい。ちょっと痛みはありますが、それが気持ち良いと言いますか……。もっとアキくんと繋がっていたいと思ってしまうんですよね」
「今もか?」
「はい。今も、です……」

 はにかむ梨乃は可愛い。眼鏡の奥の瞳が情欲の色に染まっているように見えた。
 大柄な俺と小柄な梨乃。凸凹な組み合わせだと思っていたが、案外相性が良かったようだ。

「ひまりんっ! どうすんのこれ。どうすんのこれぇーーっ!!」

 羽彩が大声を上げながら日葵の身体を揺さぶる。人様の家で何度も大声を上げるのはどうかと思うぞ。

「まさかここまで二人の相性が良かっただなんて……計算外だわ」
「晃生も黒羽さんのこと気に入ってんじゃん! アタシら大丈夫なの? いらない子になっちゃわない?」

 どうやら羽彩は俺が梨乃だけを愛してしまわないかと不安になっているようだ。
 そんな彼女の頭を撫でる。染められた金髪だってのに、手触りが良かった。

「安心しろよ羽彩。お前が嫌だって言わねえ限り、手放したりなんかしねえよ」
「ほ、本当に?」

 不安そうに揺れる瞳。見た目は派手だが、けっこう寂しがり屋だよな。
 寂しさを感じないくらいにたくさん愛してやろう。それを伝えるために金髪ギャルの唇を強引に奪う。

「んふっ……あ、晃生……っ」
「これでも、俺が言ったことが信じられねえか?」
「ううん。信じる……」

 ぽうっと俺に見惚れる羽彩だった。チョロイ。でもそこが可愛い。
 ねだるように突き出された唇を、今度は優しく重ねる。外見とは違って引っ込み思案な舌を捕まえて、丁寧に弄ぶ。

「うわぁ……。こ、こんなことになっていたんですね……」

 梨乃が俺と羽彩の行為をじっと見つめていた。初めて目にする他人との行為に、顔を赤くしながらも目を離せないようだった。
 羽彩に夢中になっていると、背中から抱きしめられる。相手は日葵だ。顔を俺の背中にぐりぐりと押し当てているのが感じられる。

「うぅ~……。体育では体力がないはずの梨乃ちゃんがなんでたくさんできるのよ……。告白はしても最後まではできない可能性だってあると思っていたのに……私がリードするはずだったのに~」

 何やらろくでもないことを考えていたようだ。浅はかなピンクである。
 羽彩を解放し、背中に柔らかいものを押し当ててくるピンク頭を押し倒した。

「あ、晃生く──」

 口や指を使って一気に責める。日葵は目をトロンとさせて、俺を受け入れる体勢に入った。
 こいつはお仕置きをしてやらないとな。俺が腕で汚れた口元を拭った時である。

「あの……せっかくなので、スケッチしてもいいですか?」
「スケッチ?」

 これからって時に、梨乃がとんでもないことを言い出した。
 スケッチ? これから行うことをか? ……本気か?

「え、何言ってんの黒羽さん?」

 困惑しているのは羽彩も同じだった。

「自分がしている時はどうなっているのかわからなかったですからね。こうやって外から眺めるからこそ見えることもあるはずです。もっと良い方法が思いつくかもしれませんし、あたしは描いてみたいんです。アキくんのたくましいところを!」

 梨乃は熱弁をふるう。いや、それってどういうプレイだよ?

「アキくん……良い、ですか?」

 眼鏡の奥の目がうるうるとしておねだりしてくる。そんな仕草をされるとどんなことでも叶えてやりたくなってしまう。

「り、梨乃ちゃん……冗談、よね?」

 これには日葵も困惑を隠し切れない。親友にこんなアブノーマルな一面があるとは考えてもなかったのだろう。

「……わかった。許可する」
「晃生くん!?」

 日葵が思わずといった感じに声を上げる。余裕ぶった顔ではない、そういう焦った表情をされると心の奥底がくすぐられるような感覚がするのだ。

「日葵、今の顔……最高だぜ」
「はうっ……。ちょっ、待っ……やっ、描かないでぇ……っ」

 親友の言葉を無視して、梨乃はスケッチブックを用意すると早速描き始めた。
 羞恥心がかき立てられるのだろう。日葵はとても感じていた。いつもとは違った状況に、俺もまた興奮が収まらなかったのだった。


  ◇ ◇ ◇


 日が傾くまで俺たちはたくさんスッキリしていた。

「ただいま~」

 玄関から知らない声が聞こえて、俺はここが自分の家ではなかったことを思い出すのであった。
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