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28.小山エリカはお姉ちゃん心をくすぐられる

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 私は小山エリカ。ごく普通の女子大生。……というには、私には自由がなさすぎた。

「エリカには最高の人生を歩ませてあげるからね」

 いつもそう言っていたパパは、私を自分が思い描いたレールに沿わせるために必死だった。
 パパが望む結果を出さなければ叱られてしまう。幼い頃からそう教育された私は、パパの理想の娘になるために努力した。

「エリカ、女は賢く、そして美しくあるべきよ。そんな女性が夫を立てれば喜ばれるわ」

 ママはパパの味方だった。パパの理想を叶えるために、私に習い事をさせて、男の目を惹くための美意識を叩き込んで、友人関係を制限した。

「エリカ、付き合う人間は選ばなくてはダメよ。品位に欠ける人間が傍にいれば、あなたまで同じように見られてしまうわ」

 ママはそう言って、私を仲良しの友達から引き離した。
 悲しかった。でも、両親の方が正しいとも思っていた。子供だった私にとって、親は絶対的な存在だったのだから。
 けれど段々大きくなって、大学生になった頃にそれはおかしいんじゃないかって、今更ながら気づいた。

「素敵な男性がエリカの見合い相手に決まったぞ。パパによくしてくれている取引先の社長の息子さんだ。エリカが有名な女子大の学生だから信頼してもらえたんだろう。これで将来は安泰だ」

 大学に入学してすぐ、それは突然起こった。
 私の意見も聞かずに、勝手にお見合いを決めたパパは喜んでいた。その相手の人ではなく、取引先の相手がどれだけよくしてきてくれたかを延々と語っていた。
 そこでようやく気付いた。ああ、パパは私の幸せなんてまったく考えていなかったんだ、と。

「良かったわねエリカ。あなたは賢く、そして美しくなったわ。たくさん子供を産めば、みんな優秀に育つに決まっているわ」

 ママも喜んでいた。けれど、それは私の幸せを喜んでくれたわけじゃない。
 パパの仕事が上手くいくために。そして、優秀な子供をたくさん作ってほしいという家の都合のためだった。
 ……そう、私は両親の道具でしかなかった。

「何これ? これが、本当に私の人生なの……?」

 やっと自分の人生がどう扱われてきたのかを知って、私は絶望した。
 大切に、綺麗に。蝶よ花よと育てられたのは、自分よりも上の存在に媚びへつらうために、汚れ一つない女を差し出したいだけだった。

「私の人生をなんだと思っているのよっ!」

 なんのためにやりたいことを我慢してきたのか。なんのために友人関係を制限されていたのか。今まで私を意のままに操っておきながら、これからの将来でさえも奪おうというのか。
 それなら汚れてしまえばいい。両親が大切に作り上げた理想の綺麗な私を、一刻も早く壊してしまいたかった。
 自暴自棄になって夜の街に繰り出した。けれど今までまともに遊んだことのない私は、どうすればいいのかわからなかった。
 箱入りのお嬢様。反抗期でさえも良い子を強制された。大学生になってもそれは変わらなかった。

「よう姉ちゃん。良い女だな。俺と遊ばねえか?」

 そんな時に出逢ったのが、郷田晃生という男の子だった。
 逆立てた赤い髪。身体が大きくて、筋肉質で……何よりその凶悪な顔が恐怖を抱かせた。

「良いよ。たくさん遊びたいって思っていたところだからね」

 恐怖を押し殺して笑ってみせる。
 私を壊すのに、彼はちょうど良い相手に思えたから。
 そして、私は彼に初めてを捧げた。

「これが、身体を重ねるってことなのね……」

 とても痛かった。両親を裏切ってしまったという気持ちが少し残っていたのか、胸の奥がズキリと痛みを訴えた。
 行為の最中はあれだけ荒々しかったのに、聞いてみれば晃生くんはまだ高校生だったらしい。

「そっかー。若いからあんなにも元気だったんだね」
「さっきまで処女だった奴が何言ってやがんだ。余裕ぶったってエリカの泣いてた顔は忘れねえぞ」

 世間を知らずに育った私は、男子高校生にすら勝てないらしい。年上として、ちょっと思うところがなくもない。

「じゃあ、もっと泣かせてみる? 次はもっと上手にできると思うんだ」
「優しくしてもらえると思うなよ? もう嫌だと言われてもやめてやらねえぞ」

 晃生くんに激しく求められて、痛みを覚えるにつれて自分が壊れていく感覚があった。それで良かった。自分で選べない人生を送るくらいなら、身体に痛みを刻みつけて人生を体感する方がよほどマシだ。

「エリカっ。朝帰りなんかしてどういうつもりよ!」
「関係ないでしょ。私はもう大学生なんだから、遊ぶのに親の許可はいらないはずだよ」

 ママの怒鳴り声はもう怖くなかった。
 晃生くんの家を後にしたのは朝になってからだった。門限を破ったことが一度もなかったのに、いきなり朝帰りだなんて初体験だ。
 帰宅して、心配よりも私を叱ることがママの最優先事項だった。私のためじゃなくて、私という作品に傷がつくことを恐れていたんだ。
 今回のことだけではなく、前からずっとそうだったんだって、余裕が生まれたからこそ理解できた。

「ありがとう晃生くん」

 晃生くんが気づかせてくれた。彼は私の身体を貪りたかっただけだろうけど、私も自分自身を壊したかっただけだからおあいこだ。
 目的は果たした。だから彼と会うことは二度とないだろう。……そう思っていたのにね。

「んっ……はぁ……。晃生くん……」

 時折、彼を思い出して身体が火照ってしまう。
 晃生くんのたくましい肉体。熱い体温、ごつごつした男らしい手、私を責め立てる力強さ。痛みを刻まれたはずなのに、彼の感触が私自身をうずかせて仕方がなかった。

「あっ、お帰りなさい晃生くん」

 我慢できなくなって、私は二度と会わないと決めたはずの男の子と再会した。
 あの痛みを思い出せば、今度こそ終わりにできるだろう。そう考えていた私が浅はかだったのか。次に彼と交わった時はとても甘美な体験をさせられてしまった。
 荒々しいけど優しくて。男らしさと思いやりが同居したかのような強弱に翻弄されてしまったのだ。
 本当の晃生くんがわからなくなる。それでもすべてを忘れられるのならと、私は彼に依存することにした。
 行為の後、何気なく彼と会話した。

「じゃあ悩み事かな? それならエリカお姉ちゃんが聞いてあげる」
「その……俺は自分を変えようとしていて。女性を雑に扱わないって決めていたのに、こうやってまた欲望をぶつけてしまったというか……。なんて言えばいいのかわからないけど、こんなことしちゃダメだと思ってて。エリカがすごく良かったからこそ後悔しているんだ」

 寄りかかろうとした相手は、やっぱり年下の男の子だったんだってことを知った。
 晃生くんが悩みを吐き出してくれて、苦しんでいたのは私だけじゃないんだって思えた。他人に吐き出しても良いんだって思った。
 だって、晃生くんが自分の気持ちを話してくれて、私はこんなにも嬉しかったんだから。

「そっか。晃生くんは優しくなろうとしているんだね」

 晃生くんの頭を抱きしめる。ツンツンとした髪がチクチクして、彼の在り方を示しているみたいで、微笑ましくなる。

「人間はそう簡単じゃないよ。理屈だけで動く生き物じゃないからね。いきなり感情を全部切り離すなんて、できっこないんだから」
「そうかな」
「そうだよ。例えば私を見てごらん。本当は晃生くんみたいな悪そうな人に関わらない方がいいってわかっているのに、一夜の過ちを忘れられなくてここに来ちゃったの」

 少しだけ正直になってみる。冗談とでも思ったのか、晃生くんは小さく笑ってくれた。

「それは悪い子だな」
「そう、ダメだとわかっていても悪い子になっちゃうものなのよ。でも、ずっと悪いことをするわけじゃない。たぶん晃生くんも同じよ」

 私も、悪い子になってしまえばいいと考えた。それでも自分の全部を捨てきれるわけじゃない。簡単に両親を憎めるわけじゃない。そのことにも気づけた。

「少なくとも私は今日晃生くんに会いに来て良かったと思っているよ。他人を傷つけないようにする気持ちは立派だけれど、大事なのはその相手がどう感じているかじゃないかな?」

 少なくとも、私は晃生くんに感謝しているのだから。
 よしよしと頭に触れていると、晃生くんが眠りに落ちていく。良い夢を見られますように。そんな願いを込めて、私は初めて自分から彼にキスをした。……唇ではなかったけれどね。

「自分勝手に後悔なんかしちゃダメだよ。一人でする後悔って、けっこう的外れのことが多いからね。ちゃんと周りを見て、みんながどう思っているのか考えてあげて。きっと、それが優しくなるってことだから」
「うん……わかった」

 怖い見た目なのに、子供みたいな返事で。可愛らしい寝顔が私の胸を激しく打った。

「……それを私に気づかせてくれたのは晃生くんなんだけどね。ふふっ、大人っぽい人かと思っていたけれど、やっぱり年下なのね」

 そう、私は晃生くんよりも年上で、お姉さんだったのだ。
 両親から可愛がられすぎて、人間関係を制限されてきた私には新鮮だった。こんな男の子、初めてだったから。

「ありがとう晃生くん。今夜のあなたを見て、私はいつまでも甘えてられないとわかったわ。それよりももっと甘えてほしい……。ふふっ、何言っちゃってるのかな? ……おやすみなさい」

 晃生くんを優しく抱きしめる。弟にそうするみたいに、少しだけ優しくなれた気がした。
 そして、ただの反抗期のワガママではなく、ちゃんと親に反抗しようと決めた。晃生くんに頼られるお姉ちゃんになりたいから。自分の人生を大切にするためにも、戦う勇気を持たなければならなかった。
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