上 下
46 / 57

46.良かった

しおりを挟む
 人気のない校舎から離れて、俺は自販機で買った紅茶で優雅にティータイムしていた。
 三人の話が一段落つくまでの時間潰しである。終わったら千夏ちゃんがメッセをくれるはずだ。
 しばらくすると、背後から軽やかな足音が聞こえてきた。おそらく千夏ちゃんだ。早く俺に会いたくてメッセを送るのももどかしかったに違いない。
 飲み終わった紅茶の紙コップをゴミ箱にシュートし、格好良く振り返って彼女を出迎えた。

「ひでぶっ!?」

 しかし、出迎えの言葉を発することはできなかった。
 ていうか今の顔面への衝撃はなんだ!? 崩れそうになる体勢を立て直して、俺は犯人を見た。

「将隆くん、あまり格好つけない方がいいですよ。似合わないですから」
「ま、松雪?」

 ニッコリ笑顔の松雪がそこにいた。両手で鞄を持っていることから、さっきの衝撃の正体を知った。

「おい、今その鞄で俺の顔面殴っただろ」
「殴ったなんて言わないでくださいよ。ちょっと当たっただけで大げさです」

 ちょっとの意味を間違えて覚えてんじゃないのか。
 じと目を松雪に向けると、彼女はくすくすと笑った。

「それに、隠れて盗み聞きをする将隆くんも悪いんですよ」
「なななな、なんのことだよ?」
「しらばっくれてもダメですからね? 私にはバレバレでしたよ」

 隠れて様子を見ていたことがばれていたようだった。そんな素振り全然なかったのに、松雪の観察力はどうなってんだ。

「将隆くんって過保護ですよね」
「なんだよ、千夏ちゃんのことか? 彼氏が彼女を甘やかして何が悪いってんだ」
「千夏さんのこともそうですけれど……。将隆くんは自分が影響力の大きい人だって自覚するべきですよ」
「影響力? よくわからんけど、千夏ちゃんに良い意味で影響を与えられる奴にはなりたいって思ってるぞ」
「うふふっ」

 なんでそこで笑うんだよ? やっぱり松雪ってよくわからん奴だ。
 わからない奴だけれど、前とはちょっとだけ雰囲気が違っているように感じる。

「千夏ちゃんと大迫と話をして、松雪にとって、良かったことになったか?」
「そうですね、良かったと思います。本当に、とても……」

 良い悪いなんて人それぞれだ。松雪自身が「良かった」って思えたんなら、それで良かったんだろうな。

「あの、将隆くん」
「なんだ?」
「……嫌がらせして、ごめんなさい」

 松雪は頭を下げた。サラサラの黒髪が肩から流れ落ちる。
 嫌がらせってのはあれか。修羅場を俺が目撃してたのを知っていたってやつ。そのことを伝えられはしたけど、別に嫌がらせってほどのものではなかったけどな。

「いいよ。むしろ松雪に言われなかったら千夏ちゃんに伝える勇気が出なかったかもしれないし」

 松雪が顔を上げる。その表情からは安堵しているのが感じられた。
 最初は悪い事実を知られたことに落ち込みはしたけれど、結果的には良い方向へと向かった。
 大迫から話を聞いて、松雪がいろいろとやっていることを知った。でも、今こうやって振り返ってみれば、不思議と悪いことになっている人はいないんだよな。

「許してくれてありがとうございます。ついでに一つ、お願いしてもいいですか?」
「お願い? 俺にか?」

 なんだろう……。一気に雲行きが怪しくなったような気がするんですけど?

「私、千夏さんと友達になったんです。ですから、夏休みはいっしょに遊ぼうって話になりまして」
「へぇー。それは良かったな」

 千夏ちゃんの友達が増えたという点でも良かったことだろう。

「はい。なので申し訳ありませんが、将隆くんが千夏さんとデートをする時間が少し減ってしまうと思います」
「……は?」

 え、デート減らされるとか聞いてないよ?

「ということですので、将隆くんは了承してくれたと千夏さんに伝えておきますね。さすがは将隆くんです。あなたの優しさには、私は感謝に堪えません」
「ちょっ、おまっ」
「では、私は帰りますので。さようなら将隆くん」

 松雪は駆け出した。両手に鞄を持って、長い黒髪がなびいて優雅な走りっぷりだった。
 その姿が見えなくなる前に、松雪が振り返る。

「んなっ!?」

 赤い舌を「べっ」と出してから、楽しそうに駆けていった。

「なんか……、松雪って思ってたよりも子供っぽいんだな」

 少しだけ彼女の印象が変わる。
 でも、前よりも少しだけ親しみやすくなったように感じた。

「マサくん」

 なんて思っていると、今度は千夏ちゃんが来た。
 松雪のせいで格好良く迎えられなかったじゃないか。微笑んでいる千夏ちゃんを見たらどうでもよくなったけども。

「それじゃあ、いっしょに帰りましょうか」
「おう」

 当たり前のように千夏ちゃんと並んで帰宅する。互いにとって、それが当たり前になったのだ。

「そういえば大迫は?」
「先に帰ったわ。今日からボクシングジムに通ってトレーニングするんだって言っていたわね」
「ボクシングジム!?」

 まさかの本格的な奴である。大迫も本気で自分を変えようとしているようだ。
 俺も負けてられないな。千夏ちゃんに肉体美を褒められるように、トレーニングメニューを見直そうかな。

「千夏ちゃんは、夏休みに松雪と遊ぶのか?」
「ええ。私達ね、友達になったのよ」

 嬉しそうに報告してくれる千夏ちゃん。気になってる相手だったもんね。

「松雪と遊ぶから、もしかして……俺とのデート時間が減らされるのかな?」

 千夏ちゃんの言葉を遮り、俺は気になってることを聞いてしまった。
 やべー……、これじゃあ友達よりも俺を優先してくれって言ってるようなもんだ。これでうざい男って思われたらショックだ。
 でも聞かずにはいられなかったのだ。だって、千夏ちゃんとの夏休みを楽しみにしているんだから。

「ふふっ。マサくんとのデートが最優先に決まってるじゃない。綾乃ちゃんもそれは知っているわ」
「くっ、はめやがったな松雪め……」

 千夏ちゃんはおかしそうに笑った。そして、愛おしそうに俺と腕を絡めてくれる。

「初めて彼氏といっしょに夏休みを過ごせるんだもの。もちろん、イチャイチャさせてくれるわよね?」

 胸がドキドキする。千夏ちゃんと目を合わせて、俺は力強く頷いた。

「当たり前だ。飽きるほどイチャイチャしようね」

 千夏ちゃんの頬がぽっと朱に染まる。とても可愛く照れていた。
 それから、千夏ちゃんは自然に目を閉じた。俺も、それが当たり前のように彼女にキスをした。

「んっ……」

 夏の空の下。唇を離した時に漏れた彼女の吐息は、とても熱かった。
 ──夏休みは、もうすぐそこまで近づいていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

善意一〇〇%の金髪ギャル~彼女を交通事故から救ったら感謝とか同情とか罪悪感を抱えられ俺にかまってくるようになりました~

みずがめ
青春
高校入学前、俺は車に撥ねられそうになっている女性を助けた。そこまではよかったけど、代わりに俺が交通事故に遭ってしまい入院するはめになった。 入学式当日。未だに入院中の俺は高校生活のスタートダッシュに失敗したと落ち込む。 そこへ現れたのは縁もゆかりもないと思っていた金髪ギャルであった。しかし彼女こそ俺が事故から助けた少女だったのだ。 「助けてくれた、お礼……したいし」 苦手な金髪ギャルだろうが、恥じらう乙女の前に健全な男子が逆らえるわけがなかった。 こうして始まった俺と金髪ギャルの関係は、なんやかんやあって(本編にて)ハッピーエンドへと向かっていくのであった。 表紙絵は、あっきコタロウさんのフリーイラストです。

俺たちの共同学園生活

雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。 2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。 しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。 そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。 蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい

みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。 それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。 願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。 スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。 ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。 ※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。

プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜

三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。 父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です *進行速度遅めですがご了承ください *この作品はカクヨムでも投稿しております

田中天狼のシリアスな日常

朽縄咲良
青春
とある県の平凡な県立高校「東総倉高等学校」に通う、名前以外は平凡な少年が、個性的な人間たちに翻弄され、振り回され続ける学園コメディ! 彼は、ごくごく平凡な男子高校生である。…名前を除けば。 田中天狼と書いてタナカシリウス、それが彼の名前。 この奇妙な名前のせいで、今までの人生に余計な気苦労が耐えなかった彼は、せめて、高校生になったら、平凡で平和な日常を送りたいとするのだが、高校入学後の初動に失敗。 ぼっちとなってしまった彼に話しかけてきたのは、春夏秋冬水と名乗る、一人の少女だった。 そして彼らは、二年生の矢的杏途龍、そして撫子という変人……もとい、独特な先輩達に、珍しい名を持つ者たちが集まる「奇名部」という部活への起ち上げを誘われるのだった……。 ・表紙画像は、紅蓮のたまり醤油様から頂きました! ・小説家になろうにて投稿したものと同じです。

【完結】箱根戦士にラブコメ要素はいらない ~こんな大学、入るんじゃなかったぁ!~

テツみン
青春
高校陸上長距離部門で輝かしい成績を残してきた米原ハルトは、有力大学で箱根駅伝を走ると確信していた。 なのに、志望校の推薦入試が不合格となってしまう。疑心暗鬼になるハルトのもとに届いた一通の受験票。それは超エリート校、『ルドルフ学園大学』のモノだった―― 学園理事長でもある学生会長の『思い付き』で箱根駅伝を目指すことになった寄せ集めの駅伝部員。『葛藤』、『反発』、『挫折』、『友情』、そして、ほのかな『恋心』を経験しながら、彼らが成長していく青春コメディ! *この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件・他の作品も含めて、一切、全く、これっぽっちも関係ありません。

高校生なのに娘ができちゃった!?

まったりさん
キャラ文芸
不思議な桜が咲く島に住む主人公のもとに、主人公の娘と名乗る妙な女が現われた。その女のせいで主人公の生活はめちゃくちゃ、最初は最悪だったが、段々と主人公の気持ちが変わっていって…!? そうして、紅葉が桜に変わる頃、物語の幕は閉じる。

幼馴染と話し合って恋人になってみた→夫婦になってみた

久野真一
青春
 最近の俺はちょっとした悩みを抱えている。クラスメート曰く、  幼馴染である百合(ゆり)と仲が良すぎるせいで付き合ってるか気になるらしい。  堀川百合(ほりかわゆり)。美人で成績優秀、運動完璧だけど朝が弱くてゲーム好きな天才肌の女の子。  猫みたいに気まぐれだけど優しい一面もあるそんな女の子。  百合とはゲームや面白いことが好きなところが馬が合って仲の良い関係を続けている。    そんな百合は今年は隣のクラス。俺と付き合ってるのかよく勘ぐられるらしい。  男女が仲良くしてるからすぐ付き合ってるだの何だの勘ぐってくるのは困る。  とはいえ。百合は異性としても魅力的なわけで付き合ってみたいという気持ちもある。  そんなことを悩んでいたある日の下校途中。百合から 「修二は私と恋人になりたい?」  なんて聞かれた。考えた末の言葉らしい。  百合としても満更じゃないのなら恋人になるのを躊躇する理由もない。 「なれたらいいと思ってる」    少し曖昧な返事とともに恋人になった俺たち。  食べさせあいをしたり、キスやその先もしてみたり。  恋人になった後は今までよりもっと楽しい毎日。  そんな俺達は大学に入る時に籍を入れて学生夫婦としての生活も開始。  夜一緒に寝たり、一緒に大学の講義を受けたり、新婚旅行に行ったりと  新婚生活も満喫中。  これは俺と百合が恋人としてイチャイチャしたり、  新婚生活を楽しんだりする、甘くてほのぼのとする日常のお話。

処理中です...