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第二部

147.女子を羽交い締めにしてゴールしたやつ

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 瞳子が楽しげに男子と会話している。
 距離があるので何を話しているかはわからない。しかし、重要なのは会話の内容ではなく、瞳子が俺以外の男と話をしているという事実そのものだろう。

「うん。瞳子も体育祭を楽しんでいるみたいで良かったよ」
「えー! その反応はつまらないですよ高木くん」

 ぶーぶー文句を言う望月さん。そこでつまんないとか言われる方が心外なんですけどねー。
 今さら瞳子の好意を疑う方がどうかしている。そこんとこの事情は望月さんが知るはずもないんだけどさ。
 ちょっと見知らぬ男と話していただけで嫉妬するとか、器が小さいとか言われかねない。それを言うなら今の俺は望月さんと二人きりで話をしているしな。瞳子だってクラス内で異性の友達の一人や二人いたっておかしくない。
 まあ、瞳子が楽しそうに俺以外の男といること自体、珍しいといえば珍しいけれども。

「あれ? やっぱり気にしてます?」
「そ、そんなことねえしっ。俺はちゃんと見守ってやれる男だからな」

 きっとあれだよ。瞳子も生徒会に入ったからな。相手は生徒会役員の男子なんだよ。それで「体育祭上手くいきそうでよかったねー」とか言い合っているに違いない。そうに決まっているんだ。
 俺がそんなことを考えていると、隣からふぅと小さなため息が聞こえてきた。

「いつも優しく見守ってくれて、ピンチになったら一番に助けてくれる。そんな王子様みたいな格好いい男の子がいたらとは思いますけど、女の子がそんな人ばかりを求めているわけじゃないですからね」
「ん? 望月さんの好みのタイプの話?」
「女子に好かれたいなら、女子の気持ちを考えろって話です」

 望月さんにずびしっ、と指を差された。微妙にわかりづらい話の入り方だな。

「さっき言ったことをあり得ねえ、の一言で否定しないでくださいよ。ここで大切なのは一つです。一番に思って行動してくれるという点ですよ」
「は、はい……?」
「自分がその子のことを一番の友達だと思っていても、その子にとって僕が一番の友達じゃない……。それはとても寂しくなっちゃうことなんですよ!」
「それって望月さんの経験談?」
「違います! 友達の話です!」
「お、おう」

 望月さんの剣幕に何も言えなくなる。すごい説得力だ。

「とにかく、女の子は好きな人の一番になりたいと思っているんですよ。最近瞳子さんの印象が劇的に変わったのもそれが理由だと思います」
「劇的に、か」
「そうですよ。綺麗になったとは思いませんか?」
「すげえ綺麗になったって思う」

「でしょう!」と望月さんがどや顔になる。なぜに君が得意げなのかな?

「ですから高木くんももうちょっとくらい独占欲を見せてもいいと思いますよ。信頼されるのは嬉しいですが、自分のために焦ってくれるというのも女の子は嬉しいものです」
「へぇ……、そんなものか」
「そうなのです。幼馴染だからって余裕かましてたら、気づいた時にはおじいちゃんになってますよ」
「いや、それはさすがに言いすぎ」

 でも確実に年月は過ぎていく。そうして後悔するはめになったのが前世だからな。
 葵と瞳子に早く答えを出して伝えたい。二人は俺の気持ちを尊重して、決して急かしたりはしない。それについては感謝している。
 けれど二人の好意に甘えて、周りのアプローチを無視するってのは油断しすぎか。葵も瞳子も、他にいないってくらい最高の美少女だ。それは外面だけじゃなく、内面も眩しいほどに輝いている。
 葵と瞳子を好きになる男の中には、俺よりも優れている奴がいたって不思議じゃない。そいつらを全部無視できるほど、俺は自分に自信がない。だから努力を重ね、答えを探っている。

「確かに、余裕はないな」

 答えを出すのは絶対に必要なことだ。それに加えて俺自身の価値を上げること。二人に好きでい続けられるような男であらなければならない。

「ほら、佐藤くんを見習ってください。あれくらいしていれば他の男子が寄ってくる隙間もなくなるんですから」

 佐藤は小川さんと体を密着させていた。物理的に隙間がないだと!?
 いや、午後にある二人三脚の練習をしているだけなんだけども。そのはずなのに、二人に流れる空気は嬉し恥ずかしの甘酸っぱいものだった。
 佐藤……。お前はもっと奥手な男だと思っていたのに。なんだか今回はけっこう積極的じゃない?
 どういう心境の変化があったのだろうか。理由はわからないけど、ちょっとは佐藤を見習おうと思った。

「ちょっと俺行ってくるよ」
「行ってらっしゃい」

 立ち上がる俺を、望月さんは理由を尋ねることなく見送ってくれた。

「瞳子」
「どうしたの俊成? ここ白組の応援席よ」

 声をかけると、瞳子がすぐに俺の傍まで駆け寄ってきた。
 さっきまで瞳子と談笑していた男子が会釈してきた。俺も愛想よく返す。

「いや、別に用事はないんだけども……」
「え? 何よそれ」

 ころころと笑う瞳子。綺麗になったのもそうだけど、また数段かわいくなったよね。

「葵が次の種目に出場するんだものね。ちょっと心配してる?」
「まあ、葵だしなぁ」
「本人の前で言ったら怒られるわよ」

 ほんわかとした雰囲気になる。やっぱり瞳子といっしょにいると安らぐ。

「俺はあんまり見覚えないんだけどさ、さっきまで話してた男子って誰?」

 笑いながら、あくまで軽いノリで尋ねた。
 一瞬きょとんとする瞳子。それから「ああ」と頷いた。

「そっか。まだ顔と名前が一致しないわよね」
「あれ、俺も知ってる人か?」
「彼は生徒会役員の書記なのよ。生徒会は体育祭の実行委員とも関わっているから、二人で『体育祭が問題なく行われてよかった』って話していただけよ」
「ほとんど想像通りだった!!」

 突然の大声に瞳子はビクリと体を震わせた。

「な、何!? どうしたのよ俊成?」
「あ、ごめん……。なんでもないんだ。驚かせてごめんな」

 ふぅ、ただの杞憂だったか。まったく、俺の心はまだまだのようだ。

「あっ、葵が出て来たわよ」

 瞳子の声で目を向ければ、借り物競走に出場する選手が入場しているところだった。
 借り物競走。よくある競技ではあるが、借り物のセンスによって盛り上がり方に差が出る種目である。
 単純に足の速さだけで勝敗を決められる競技ではない。「足が遅くても大丈夫だよね」との理由で葵は出場を決めていた。
 まあ小学生の頃からというか、一度一着を経験してから味を占めた葵。中学でも必ず借り物競走に参加して、上位を取っていた。
 実際葵が借り物を探していると協力する男子が多いからな。彼女の笑顔のためなら例え学校外にしかないものでも持ってきてくれそうな勢いがあった。

「クリスもいるな」

 白組からはクリスも出場するようだ。金髪の彼女はよく目立つ。
 彼女の場合は「面白そうね!」の一言で出場を決めていそうだ。好奇心に満ちた表情まで想像できる。

「ふふっ。クリスなら負けないわよ」
「勝敗を決するのは単純な運動能力じゃない。今回は葵が勝つさ」

 今回の俺と瞳子は敵同士。クリスには悪いが、赤組である葵の応援に集中させてもらおう。
 葵とクリス。それからその他大勢が並び、スタートした。
 スタートダッシュではクリスの独走だった。一番に借り物が書かれている紙の元に辿り着く。

「ん?」

 クリスの表情が困惑に染まる。その隙に他の人達が追いついてきた。

「あれ? みんな止まったぞ」

 みんな借り物が書かれている紙を見て固まってしまった。借りる物を探そうと動きもしない。
 周囲もこの状況に困惑し始めた時、やっと葵が追いついた。最後の一枚の紙を手に取り、内容を確認してすぐにこっちに向かって走ってきた。

「瞳子ちゃーん!」
「え、あたし?」

 葵の目的は瞳子のようだった。彼女に借りる物ってなんだろう?

「瞳子ちゃん、私といっしょにゴールして!」
「あたしと? 葵の借り物ってなんなのよ」
「『銀髪に青い瞳の美少女』だよ」

 瞳子以外の何者でもなかった。というかピンポイントすぎるだろ!
 瞳子は何か思い当たったのか「借り物は貸してくれる人が一定以上いる物って言ったのに……」と呟いていた。どうやら犯人に心当たりがあるらしい。副会長も大変そうだね。

「んー、でも……」

 なぜか渋る瞳子。

「今日の葵はあたしの敵じゃない。ここで葵といっしょにゴールしたら敵に塩を送るということにならないかしら?」

 まさかの抵抗。その表情は悪戯っ子の笑みを作っていた。
 今日は敵同士とはいえ、予想だにしなかった親友の裏切り。これには葵もショックを隠せない!

「トシくん! 瞳子ちゃんを捕まえて!」
「おうわかった!」

 いや、むしろショックを見せるどころか的確に指示を下していた。俺も咄嗟に体が動いて瞳子を羽交い締めにした。

「ちょっ、待って! 冗談だからやめてっ!」
「逃げられたらダメだよトシくん! このままゴールまでお願い」
「おう任せろ!」

 葵の人を動かす力に乗せられたのか、体育祭の盛り上がりにやられたのか、俺は葵とともに瞳子を引きずってゴールした。

「こんな格好でゴールするのは嫌ーーっ!!」

 瞳子の叫び声がゴールの合図だった。
 よく考えなくても出場者でもない俺がゴールしてしまった問題だけど、葵が「彼も借り物の一部です」というわけわからん理由で説得してしまった。それで通るのかよ……。
 それはともかくとして、銀髪美少女を羽交い締めにした俺は多くの男子からブーイングを受けた。瞳子が彼女じゃなかったら訴えられているところだろう。こっちは瞳子が問題ないと説得してくれた。

「でも、次はないわよ?」
「「ごめんなさい」」

 体育祭テンションとはいえ、俺も葵もやりすぎた。これには二人揃って誠心誠意謝った。

「う~。こんなのわからないわ」

 ちなみにクリスが取った紙に書かれていたのは「ピカピカな物」だったとのこと。こっちは逆に抽象的だな。

「ちょっとでも光ってたらピカピカってことでよかったんじゃないか? 眼鏡や腕時計とかさ。それなら生徒も先生も誰かしら持ってるだろうし」
「なるほど……。これが日本のトンチなのね!」
「トンチではねえよ」

 結局クリスは無理を言って吹奏楽部員からピカピカな楽器を借りていた。持ってきてもらうまでに時間がかかったため最下位となってしまったのだった。
 この順位により、俺達赤組がトップの白組へと大きく差を縮めた。

 そして、午後の競技へと続く。
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