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第二部
140.変えていくために
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伸ばした手は届かず。決して彼女に触れることはない……。
「不吉すぎるだろ……」
長い夏休みが終わって学校が始まる。
休み明けという気合を入れなければならない日に嫌な夢を見てしまった。詳しくいえば前世に戻ってしまう夢だ。二度目だってのに一度目と同じルートを辿ってしまった。
実際に俺はここにいる。だから前世に戻ったわけじゃない。そう思いたいのに、妙にリアルで、なかなか振り払えないでいる。
あの日から、今日までこの妙な夢は見なかった。俺の間違った答えに対する戒めだったのだろう。そう結論づけて忘れそうになっていたのに……。よりによって学校が始まろうって時に見るはめになるとはな。タイミング見計らってんのかなって愚痴りたくなる。
こういう時は体を動かすに限る。
毎朝のランニングはかかさず行っている。帰ってきたら筋トレも忘れない。そのために早起きしているのだ。
その後にシャワーを浴びる。変な夢のせいでたくさん汗かいたからな。冷静になるためにも冷水を浴びた。
残った時間で予習をしておく。朝食ができたと母さんから声がかかってリビングへと行った。
「いただきます」
ご飯はしっかり食べる。まだ身長は伸びるはずだ。そう信じて噛みしめる。
「……」
「……」
「ん? 二人ともどうしたの?」
父さんも母さんも、揃って俺をじーっと見つめていた。箸を動かしもせず見つめられるとこっちも手を止めてしまう。
「いや、だって……なあ?」
「そうよ……ねえ?」
夫婦でわかり合うことでも息子には伝わらないんだよ。一体なんの目配せだ?
「俊成」
「一体なんだよ父さん?」
「……背、伸びたか?」
母さんと目配せして一体何を通じ合っているかと思えば。大したことのないことだった。
「さあ? もしかしたら数センチ伸びてるかもね」
今日学校に行ったら保健室で身長を測ってもらおう。二、三センチ伸びてたら嬉しいなぁ。
「なんだか俊成が急に大きくなった気がして。何かあったのかなって気になったのよ」
「急に大きくなったって。牛乳は毎日飲んでるけど、そんなに驚かれるほど大きくなった気はしないんだけどな」
「うーん、大きくなったっていうか……大人っぽくなった?」
母さんは言ってて自分が驚いている理由をちゃんとはわかっていないようだった。
……夏休みに大人の階段を上ったのは事実だ。でもそれは俺の誕生日の時のこと。今言われる理由じゃないだろう。まあ……したのはあれっきりってわけでもないけどさ。
あと心当たりがあるとすれば、前世の夢を見たからか?
もしかしたらあの夢を見ると前世に近づいてしまうとか。だから急に大人っぽく感じた……。それだとあと何回か夢を見たらおっさんの頃の俺に追いついちゃうってことか?
「俺だってもう高校生になって半年だからね。ちょっとくらい大人っぽくなるよ」
「そうよねぇ。俊成は早熟で手がかからなかったもの。こんなにも大きくなってくれて嬉しいわ」
母さんがほんわかと笑う。それにつられてか父さんも食事に戻った。
さすがに前世の夢に引っ張られて成長が早くなったとは考えにくい。いくら逆行という不思議なことを体験したとしても、それはないなと思えた。
だから、両親が感じ取ったのは俺の心の面。
これからは葵と瞳子をいっしょには考えない。二人のうちどちらかを選ぶために、俺は答えを出すための決意が必要だ。
「ごちそうさま。俺すぐに出るよ」
「今日は早いのね。葵ちゃんと瞳子ちゃんに早く行くって約束しているの?」
俺は首を横に振った。
「今日は瞳子と二人きりで学校に行くんだ」
※ ※ ※
二人きりの時間を作る。登下校もそれに含まれていた。
今日は瞳子の日だ。そういえば、彼女と二人だけでの登校はあまり記憶にない。
小学生の頃は登校の班が違っていた。中学生になってからは葵を含めた三人で、というのが当たり前になっていた。瞳子と二人きりでとなると、葵が病欠した時くらいなものか。
「おはよう俊成」
家から出てきた瞳子を見て、俺は固まってしまった。
キラキラと銀髪が輝いている。青の瞳も朝の陽光に照らされて美しい色を帯びている。それだけじゃなく、雰囲気そのものがいつもより大人っぽくなっていた。
「瞳子、髪……」
「うん、ちょっと気分転換」
はにかみながら彼女は自分の長い髪にそっと触れる。
いつものツインテールではなく、銀髪のストレートロングが風になびく。度々見たことはあるけれど、学校へ行くのに髪を結ばないのは初めてじゃないだろうか。
「……ううん、気分で変えたわけじゃないわ。本気で葵に対抗するための決意よ」
そう言って瞳子は胸を張った。にじみ出るのは確固たる決意だ。
「うん。綺麗だよ瞳子」
素直な感想を述べた。口から勝手に出たのだから仕方がない。
「そ、そう……。俊成がそう言ってくれるのならよかったわ」
そっぽを向く彼女の頬は朱に染まっていた。決意と言っていたし、がんばってくれたのだろう。よく見れば毛先とか整えてもらっているみたいだしね。
「それじゃあ学校に行こうか」
「ええ。行きましょう」
手を差し出せばすぐに握ってくれる。駅までの道のりを銀髪の美少女といっしょに歩いて行った。
※ ※ ※
「高木くん、宮坂さんとなんかあったんか?」
始業式の後、人気のない廊下でなぜか佐藤が心配そうに声をかけてきた。
話を聞けば、葵は小川さんといっしょに登校したようだ。いっつも三人なのになんで? との疑問に葵は答えなかったらしい。それで小川さんから佐藤へ伝わり、俺に確認してこいとの命令を受けたとのことだ。
「命令って……それでいいのか佐藤」
「でも小川さんよりは僕の方が答えやすいやろ?」
そりゃまあそうだけどさ。小川さんだと不用意に大きな声を上げちゃいそうだしね。
「もしかしてやけど、決めたんか?」
「いや、決めようとしている段階だ」
何を、と言わなくても伝わる。佐藤はごくりと喉を鳴らした。
「そっか。大変になりそうやね」
「まあ、な」
これまで固まっていた関係を変えていこうっていうのだ。それは想像しているよりも大変なことだろう。
「むしろ大変なくらいがちょうどいいでしょ」
「うおっ!?」
にょきりと美穂ちゃんが顔を出した。まったく気配を感じなかったぞ。
彼女は無表情のまま目だけで俺を見た。
「高木は三人で楽しいばかりだったかもしれないけど、二人は楽しいばかりじゃなかったかもだから」
「え?」
「自分が好きな人の一番じゃないかもしれない。それで全力で笑えるほど女の子は図太くないってこと」
言われて頭に衝撃が走った。
確かに三人でいっしょにいるのは楽しい。二人もそうだろう。でも、俺と違って何か挟まったような、そんな引っかかりみたいなものはずっと感じていたのかもしれない。
それを、美穂ちゃんに言われるまで思い至らなかった。二人があまりにもかわいく笑うものだから気づかなかった。いや、気づかなかったのは鈍感な俺の責任だ。
「たくさん悩んであげて。それだけ宮坂と木之下が大変だったんだから。きっと、ずっと言えずにいたことだろうから」
「……うん。言ってくれてありがとう」
やっぱり答えは出さなきゃダメだったんだ。改めて自分に言い聞かせる。しっかり二人を見よう、と。
美穂ちゃんはふぅと息をついて、佐藤の肩にぽんと手を置いた。二人は見つめ合う。
「なんやろうね。赤城さん無表情なのに何を思うとるかわかってまうわ」
「以心伝心?」
「それは違うと思うで」
何か通じ合ってる二人。え、なんなんだ?
「答えを出すのは高木くんやけど、困ったことがあったら言いや。赤城さんも僕も、他のみんなも、ちゃんと味方やから。助けが必要やったら手を貸すで」
「……本当にありがとうな」
長い付き合いの中で、俺達の関係を見守ってくれていた。中学の時なんか周りから見れば歪な関係で、たくさんのごたごたもあった。
それでも味方であり続けてくれた奴らがいる。それは本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。
「うおおい高木ィーー!! お前今日銀髪美少女と二人きりで学校に来たんだってなぁ!? どういうことか説明しろぉぉぉぉぉーーっ!!」
下柳が大声を上げながら突撃してきた。それを佐藤と美穂ちゃんがカウンターのラリアットで黙らせてくれた。
さっそく助けてもらってしまった。沈む下柳を眺めながら、俺は二人に感謝を述べるのであった。
「不吉すぎるだろ……」
長い夏休みが終わって学校が始まる。
休み明けという気合を入れなければならない日に嫌な夢を見てしまった。詳しくいえば前世に戻ってしまう夢だ。二度目だってのに一度目と同じルートを辿ってしまった。
実際に俺はここにいる。だから前世に戻ったわけじゃない。そう思いたいのに、妙にリアルで、なかなか振り払えないでいる。
あの日から、今日までこの妙な夢は見なかった。俺の間違った答えに対する戒めだったのだろう。そう結論づけて忘れそうになっていたのに……。よりによって学校が始まろうって時に見るはめになるとはな。タイミング見計らってんのかなって愚痴りたくなる。
こういう時は体を動かすに限る。
毎朝のランニングはかかさず行っている。帰ってきたら筋トレも忘れない。そのために早起きしているのだ。
その後にシャワーを浴びる。変な夢のせいでたくさん汗かいたからな。冷静になるためにも冷水を浴びた。
残った時間で予習をしておく。朝食ができたと母さんから声がかかってリビングへと行った。
「いただきます」
ご飯はしっかり食べる。まだ身長は伸びるはずだ。そう信じて噛みしめる。
「……」
「……」
「ん? 二人ともどうしたの?」
父さんも母さんも、揃って俺をじーっと見つめていた。箸を動かしもせず見つめられるとこっちも手を止めてしまう。
「いや、だって……なあ?」
「そうよ……ねえ?」
夫婦でわかり合うことでも息子には伝わらないんだよ。一体なんの目配せだ?
「俊成」
「一体なんだよ父さん?」
「……背、伸びたか?」
母さんと目配せして一体何を通じ合っているかと思えば。大したことのないことだった。
「さあ? もしかしたら数センチ伸びてるかもね」
今日学校に行ったら保健室で身長を測ってもらおう。二、三センチ伸びてたら嬉しいなぁ。
「なんだか俊成が急に大きくなった気がして。何かあったのかなって気になったのよ」
「急に大きくなったって。牛乳は毎日飲んでるけど、そんなに驚かれるほど大きくなった気はしないんだけどな」
「うーん、大きくなったっていうか……大人っぽくなった?」
母さんは言ってて自分が驚いている理由をちゃんとはわかっていないようだった。
……夏休みに大人の階段を上ったのは事実だ。でもそれは俺の誕生日の時のこと。今言われる理由じゃないだろう。まあ……したのはあれっきりってわけでもないけどさ。
あと心当たりがあるとすれば、前世の夢を見たからか?
もしかしたらあの夢を見ると前世に近づいてしまうとか。だから急に大人っぽく感じた……。それだとあと何回か夢を見たらおっさんの頃の俺に追いついちゃうってことか?
「俺だってもう高校生になって半年だからね。ちょっとくらい大人っぽくなるよ」
「そうよねぇ。俊成は早熟で手がかからなかったもの。こんなにも大きくなってくれて嬉しいわ」
母さんがほんわかと笑う。それにつられてか父さんも食事に戻った。
さすがに前世の夢に引っ張られて成長が早くなったとは考えにくい。いくら逆行という不思議なことを体験したとしても、それはないなと思えた。
だから、両親が感じ取ったのは俺の心の面。
これからは葵と瞳子をいっしょには考えない。二人のうちどちらかを選ぶために、俺は答えを出すための決意が必要だ。
「ごちそうさま。俺すぐに出るよ」
「今日は早いのね。葵ちゃんと瞳子ちゃんに早く行くって約束しているの?」
俺は首を横に振った。
「今日は瞳子と二人きりで学校に行くんだ」
※ ※ ※
二人きりの時間を作る。登下校もそれに含まれていた。
今日は瞳子の日だ。そういえば、彼女と二人だけでの登校はあまり記憶にない。
小学生の頃は登校の班が違っていた。中学生になってからは葵を含めた三人で、というのが当たり前になっていた。瞳子と二人きりでとなると、葵が病欠した時くらいなものか。
「おはよう俊成」
家から出てきた瞳子を見て、俺は固まってしまった。
キラキラと銀髪が輝いている。青の瞳も朝の陽光に照らされて美しい色を帯びている。それだけじゃなく、雰囲気そのものがいつもより大人っぽくなっていた。
「瞳子、髪……」
「うん、ちょっと気分転換」
はにかみながら彼女は自分の長い髪にそっと触れる。
いつものツインテールではなく、銀髪のストレートロングが風になびく。度々見たことはあるけれど、学校へ行くのに髪を結ばないのは初めてじゃないだろうか。
「……ううん、気分で変えたわけじゃないわ。本気で葵に対抗するための決意よ」
そう言って瞳子は胸を張った。にじみ出るのは確固たる決意だ。
「うん。綺麗だよ瞳子」
素直な感想を述べた。口から勝手に出たのだから仕方がない。
「そ、そう……。俊成がそう言ってくれるのならよかったわ」
そっぽを向く彼女の頬は朱に染まっていた。決意と言っていたし、がんばってくれたのだろう。よく見れば毛先とか整えてもらっているみたいだしね。
「それじゃあ学校に行こうか」
「ええ。行きましょう」
手を差し出せばすぐに握ってくれる。駅までの道のりを銀髪の美少女といっしょに歩いて行った。
※ ※ ※
「高木くん、宮坂さんとなんかあったんか?」
始業式の後、人気のない廊下でなぜか佐藤が心配そうに声をかけてきた。
話を聞けば、葵は小川さんといっしょに登校したようだ。いっつも三人なのになんで? との疑問に葵は答えなかったらしい。それで小川さんから佐藤へ伝わり、俺に確認してこいとの命令を受けたとのことだ。
「命令って……それでいいのか佐藤」
「でも小川さんよりは僕の方が答えやすいやろ?」
そりゃまあそうだけどさ。小川さんだと不用意に大きな声を上げちゃいそうだしね。
「もしかしてやけど、決めたんか?」
「いや、決めようとしている段階だ」
何を、と言わなくても伝わる。佐藤はごくりと喉を鳴らした。
「そっか。大変になりそうやね」
「まあ、な」
これまで固まっていた関係を変えていこうっていうのだ。それは想像しているよりも大変なことだろう。
「むしろ大変なくらいがちょうどいいでしょ」
「うおっ!?」
にょきりと美穂ちゃんが顔を出した。まったく気配を感じなかったぞ。
彼女は無表情のまま目だけで俺を見た。
「高木は三人で楽しいばかりだったかもしれないけど、二人は楽しいばかりじゃなかったかもだから」
「え?」
「自分が好きな人の一番じゃないかもしれない。それで全力で笑えるほど女の子は図太くないってこと」
言われて頭に衝撃が走った。
確かに三人でいっしょにいるのは楽しい。二人もそうだろう。でも、俺と違って何か挟まったような、そんな引っかかりみたいなものはずっと感じていたのかもしれない。
それを、美穂ちゃんに言われるまで思い至らなかった。二人があまりにもかわいく笑うものだから気づかなかった。いや、気づかなかったのは鈍感な俺の責任だ。
「たくさん悩んであげて。それだけ宮坂と木之下が大変だったんだから。きっと、ずっと言えずにいたことだろうから」
「……うん。言ってくれてありがとう」
やっぱり答えは出さなきゃダメだったんだ。改めて自分に言い聞かせる。しっかり二人を見よう、と。
美穂ちゃんはふぅと息をついて、佐藤の肩にぽんと手を置いた。二人は見つめ合う。
「なんやろうね。赤城さん無表情なのに何を思うとるかわかってまうわ」
「以心伝心?」
「それは違うと思うで」
何か通じ合ってる二人。え、なんなんだ?
「答えを出すのは高木くんやけど、困ったことがあったら言いや。赤城さんも僕も、他のみんなも、ちゃんと味方やから。助けが必要やったら手を貸すで」
「……本当にありがとうな」
長い付き合いの中で、俺達の関係を見守ってくれていた。中学の時なんか周りから見れば歪な関係で、たくさんのごたごたもあった。
それでも味方であり続けてくれた奴らがいる。それは本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。
「うおおい高木ィーー!! お前今日銀髪美少女と二人きりで学校に来たんだってなぁ!? どういうことか説明しろぉぉぉぉぉーーっ!!」
下柳が大声を上げながら突撃してきた。それを佐藤と美穂ちゃんがカウンターのラリアットで黙らせてくれた。
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