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第二部
137.その頃、サッカー部はがんばっているから
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真夏の日差しが肌を焼く。日焼け止めの効果はどれほどのものか……。新商品のチェックはかかせない。
「美穂さん早く早く。試合前に差し入れしなきゃなんですから」
「暑い……」
望月が振り向いて手招きをする。あたしの足取りは重いままだ。
「わたし日本のサッカーの試合を観るの初めて。とても楽しみよ」
「暑い……」
ルーカスがニコニコしていてこっちまで楽しくなる。暑さにはまったく影響はない。
望月とルーカスが先を行く。さらにその先には大勢の人がいた。
人の熱気が蒸気になっているように見える。あそこに行くのはちょっとやだな……。そう考えるあたしは悪くない、と思う。
我が校のサッカー部が全国大会への出場を決めた。さらにその全国大会で快進撃を続けている。
と、望月が電話で教えてくれた。料理研究部の連絡網である。
サッカー部を応援しよう! 遅ればせながら学校からそんな号令がかけられた。
そうして白羽の矢が立てられたのがあたし達料理研究部だった。
「差し入れしてあげたら選手は喜ぶでしょうな」
「さすがは校長! ではすぐに申しつけてやりましょう!」
「教頭は話が早くて助かります。はっはっはっ」
「はっはっはっ。校長こそ素晴らしい提案です。部員は学校に感謝し、我が校は全国に名を轟かせるでしょう」
「「はっはっはっはっ」」
そんなやり取りがあったかは定かではないけれど、とにかく料理研究部はサッカー部の差し入れに何か作ってあげましょうという連絡網があったのは事実である。
緩い活動をしている料理研究部。熱心な運動部と違って、夏休みの活動はあまりなかった。
おかげで部員全員で応援まですることになった。本郷の話ばかりなので先輩方のお目当てはわかりやすい。
「ミホ顔大丈夫? わたしの日傘貸しましょうか?」
ルーカスがついて来たのは望月が誘ったからだ。あと心配してくれるのはありがたいけど、言い方には気をつけてほしい。
一応、部活動ということで制服姿だ。日傘を差しているルーカスが変な感じ。でも異国のお嬢様みたいでよく似合っていた。やっぱり場違いではあるけれど。
やっと目的地に着いた頃には汗で制服がベタベタになってしまった。
あたし、こんなにも暑さに弱くはなかったはずなのに……。今年の夏はおかしい暑さだ。
こんな暑さの中でサッカーの試合をするという。正気じゃない、と口にしないよう気をつけた。
「おー! マジで差し入れに来てくれた」
「何? 何作ってくれたの?」
「女子の応援か……。くぅっ! 青春だぜ!」
あたし達料理研究部(+ルーカス)の登場に沸き立つサッカー部男子一同。悪くない反応。
「よっ、赤城。ご苦労さん」
「なんか上から……別にいいけど」
白い歯を光らせるユニフォーム姿の本郷がいた。料理研究部の面々から黄色い声が上がる。
すかさず女子に囲まれる本郷。背が高いので爽やかに受け答えしている彼の顔が観察できた。
「本郷くんが入部してからのサッカー部は連戦連勝って話ですよ。練習試合でも負けなし。まるで試合を支配するプレーを目の当たりにした対戦相手は口々にこう言ったそうです。本郷永人は『フィールドの貴公子』だと」
どこから仕入れた情報なのか、望月が教えてくれた。ちょっとだけ噴いてしまいそうになったのは内緒だ。フィールドの貴公子って……ぷっ。
「ならホンゴウを見ていればいいのね? すごいプレーを見てみたいわ」
ルーカスは澄んだ碧眼でじーっと本郷を見つめた。まだ試合は始まっていない。
外国の美少女に熱い視線を送られて、モテモテの本郷もさすがに気になったらしい。
「クリスティーナ、だったよな。今度少し時間をくれないか?」
周りの女子を刺激しないようにゆっくり近づき、ルーカスにそう声をかけていた。「ワオ!」と声を上げるべきだろうか。
「いいわよ。また今度ね」
対するルーカスはウインク一つで応じる。同い年なのに大人っぽくてこっちも見惚れてしまう。
「あー! 本郷テメェ! クリスティーナちゃんに手を出したらこの俺が許さねえぞ!!」
ここで空気を読まずに突っかかるのは下柳だった。久しぶりー、と心の中で呟く。
「聞きましたよ下柳くん。一年生なのにいくつもゴールを決めて活躍しているそうじゃないですか」
「おおっ、望月ちゃん。へへっ、俺だってけっこうやるだろ?」
望月に褒められると一転して表情を緩ませる。いつもの下柳だ。
他の人達もワイワイと談笑を始める。選手の激励になっただろうか。
「赤城もわざわざ来てくれてありがとな」
みんなの輪を眺めていると、本郷が近寄ってきた。
「ん、これも部活動だから」
「差し入れって何?」
「炭水化物やビタミンが豊富なもの」
「……メニューを聞いたつもりだったんだけどな」
あははと笑う彼は困ってる感じでもなかった。
「今日は勝てそうなの?」
「俺はいつも負けるつもりはないぜ」
大口なんかじゃない。ちゃんと自分の実力を把握して、努力を重ね、相手を軽んじることもない。その上で負けないと言っている。
「一番負けたくない相手にも勝ったからな。自信がないなんて言ってられないさ」
「あれ、もう優勝候補を倒しちゃった?」
本郷は嫌みのない笑顔で「違うって」と首を振る。
「俺と赤城がよく知ってる男だよ」
「……なるほど」
「全部勝って、優勝して……そうしたらあいつに見せつけてやるんだ。そうしたら満足するからさ」
「それだけ聞くと本郷は嫌な奴だね」
本郷が噴き出す。
「くく……。だな、嫌な奴って思われたら最高だ」
心の中で「なるほど」と呟く。
あたしもそう思われたい。まだ不安定な自分だけれど、地に足つけて高笑いでもできるようになれば、あたしも嫌な奴と思われるだろうか。
高木に羨ましがられるほどの自分に……なりたいな。
※ ※ ※
試合の二時間前に、差し入れを渡してサッカー部と別れた。
二時間は長いと感じるけれど、これから差し入れを食べて栄養補給をして、ミーティングで対戦相手の情報を整理して、ウォーミングアップをしたりなど試合前にやらなければならないことが多いみたい。思ったよりもサッカーって忙しい。
「日差しが強くなってきましたね」
望月が小さく零す。試合が始まるのは昼を過ぎてからになる。
あたし達は観客席で応援することになった。先輩達は選手でもないのにやる気に満ち溢れている。とても帰りたいと言える雰囲気じゃない。
「わたしは日傘を持ってきたから万全よ」
「いいなー。僕も入れてくださいよ」
「残念ね。これは一人用よ」
ルーカスが日傘を差して日光から避難する。あたしと望月はブーイング。ルーカスは涼しい顔だった。
「ずるい……」
「日本のことわざにこんなのがあるんですってね。『備えあれば嬉しいな』って。備えをしていたわたしが賢いのよ」
得意げなルーカス。あたしと望月は絶句した。
嬉しいな……。言葉通り、ルーカスは嬉しそうだ。
でも、それは言葉違い……。
あたしと望月の視線が合う。うん、と頷き合った。心が一つになった瞬間。
「ルーカス。それを言うなら『備えあれば憂いなし』だから」
「あ、美穂さん言っちゃうんですね」
あれ、教えてあげようって頷きじゃなかったの? 心を通わせるのは難しい。
「そうなの? 勉強になったわ。ありがとうミホ」
「どういたしまして」
「僕が思ってたよりもあっさり……。もし落ち込んでしまったらと考えたのは余計なお世話でしたね」
余計なお世話はほとんどの場面で必要だと思う。これはただの経験談。みんながそうだとも思っていない。
でも、本当に余計なお世話になる場合がちょっとだけある。
あたしがそう。余計なお世話をしてしまったと思う。わざわざ宮坂と話なんて、必要なかったと思う。
もう少しだけ気楽でいたい。サッカー部に差し入れしたくらいの気楽さ。これくらいがちょうどいい。
「そういえば、僕バイトで高木くんといっしょに働きましたよ」
「えっ、トシナリと?」
「……詳しく」
どうやら高木はあたしを楽にはさせてくれないらしい。
望月から話を聞くに、トラブルがあったものの初めてのバイトを無事にこなしたみたい。無事に乗り越えてしまうのが高木っぽい。
「あっ、わたしはアオイと会ったわ」
「宮坂と?」
宮坂とルーカス。あまり接点があるようには思えない。
「先日ね、わたしピアノコンクールに出場したの」
疑問は一瞬で氷解した。
宮坂といえばピアノ。とても上手で、素人のあたしでも才能に溢れているんだって思うほどの腕前。
「ルーカスもピアノ上手なの?」
「フフン、得意中の得意よ」
胸を張る金髪美少女。とても様になっている。
「……えっと、少し自信があるだけよ?」
さっきの態度を引っ込めて、控えめな言葉に言い直す。
白地の頬を染めて……恥ずかしかった? 胸を張って自信満々なのも似合うと思うけれど。
「でもでもピアノを弾けるってだけで憧れますよ。僕には縁がないことですから」
望月が大きな目を輝かせる。あたしも同感。誇れる技術というものに憧れる。
その点宮坂は飛び抜けた才能の持ち主だ。羨ましくて、妬ましいほど。
いや、妬ましくはないか。あたしと宮坂は違う。それについてはもう結論が出ている。
「ピアノコンクール……。宮坂はすごかったでしょ?」
わかりきっている問いを投げかけた。
なのにルーカスの反応はイマイチで。「んー……」と悩ましく漏らし、あごに人差し指を添えて言葉を考えているようだった。
それからニッコリと。こちらに笑顔を向けて口を開いた。
「アオイの演奏は、大したことなかったわ」
その感想を耳にし、あたしの頭は「そんなわけがない」でいっぱいになった。
「やっぱり本場の人は実力が違うんですかねー」
宮坂の実力を知らない望月は納得している。イギリスが本場なのか、あたしは知らないけれど、宮坂の実力は知っている。たとえルーカスがすごくピアノが上手だとしても、宮坂を「大したことがない」と言えるはずがないと信じている。
何かがおかしい。そう思った。
「高木と木之下には会った?」
「え? トシナリとトウコ?」
「うん。ピアノコンクールで宮坂に会ったなら、二人にも会ったと思う」
ルーカスは記憶を探るように視線を宙に向ける。そして首を振った。
「ううん。トシナリとトウコ、どちらにも会っていないわ」
二人とも応援に来ていなかった? 何かあったのだろうか。
また余計な考えをしている。そう気づいて目を閉じた。
この夏休みの間に変化が起きた。ただそれだけのことで、それはあたしには関係のないこと。
でも、知りたいと思っている。
最後まで知って、今度こそ心の中をスッキリさせる。それがあたしの、最後のわがままだから。
「あっ、そろそろ試合が始まるみたいですよ」
望月の弾んだ声で目を開く。
フィールドには本郷や下柳など選手が勢ぞろいしていた。
下柳がこちらに手を振っている。それにつられてか、本郷も手を振った。たちまち黄色い声援が上がる。
みんながんばっている。あたしもがんばりたいけれど、何をがんばればいいか、まだわからない。
だから応援をしよう。今がんばっている人に向けて声援を送る。
そうすれば勇気づけられるから。きっと、あたしだって……。
「美穂さん早く早く。試合前に差し入れしなきゃなんですから」
「暑い……」
望月が振り向いて手招きをする。あたしの足取りは重いままだ。
「わたし日本のサッカーの試合を観るの初めて。とても楽しみよ」
「暑い……」
ルーカスがニコニコしていてこっちまで楽しくなる。暑さにはまったく影響はない。
望月とルーカスが先を行く。さらにその先には大勢の人がいた。
人の熱気が蒸気になっているように見える。あそこに行くのはちょっとやだな……。そう考えるあたしは悪くない、と思う。
我が校のサッカー部が全国大会への出場を決めた。さらにその全国大会で快進撃を続けている。
と、望月が電話で教えてくれた。料理研究部の連絡網である。
サッカー部を応援しよう! 遅ればせながら学校からそんな号令がかけられた。
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「「はっはっはっはっ」」
そんなやり取りがあったかは定かではないけれど、とにかく料理研究部はサッカー部の差し入れに何か作ってあげましょうという連絡網があったのは事実である。
緩い活動をしている料理研究部。熱心な運動部と違って、夏休みの活動はあまりなかった。
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ルーカスがついて来たのは望月が誘ったからだ。あと心配してくれるのはありがたいけど、言い方には気をつけてほしい。
一応、部活動ということで制服姿だ。日傘を差しているルーカスが変な感じ。でも異国のお嬢様みたいでよく似合っていた。やっぱり場違いではあるけれど。
やっと目的地に着いた頃には汗で制服がベタベタになってしまった。
あたし、こんなにも暑さに弱くはなかったはずなのに……。今年の夏はおかしい暑さだ。
こんな暑さの中でサッカーの試合をするという。正気じゃない、と口にしないよう気をつけた。
「おー! マジで差し入れに来てくれた」
「何? 何作ってくれたの?」
「女子の応援か……。くぅっ! 青春だぜ!」
あたし達料理研究部(+ルーカス)の登場に沸き立つサッカー部男子一同。悪くない反応。
「よっ、赤城。ご苦労さん」
「なんか上から……別にいいけど」
白い歯を光らせるユニフォーム姿の本郷がいた。料理研究部の面々から黄色い声が上がる。
すかさず女子に囲まれる本郷。背が高いので爽やかに受け答えしている彼の顔が観察できた。
「本郷くんが入部してからのサッカー部は連戦連勝って話ですよ。練習試合でも負けなし。まるで試合を支配するプレーを目の当たりにした対戦相手は口々にこう言ったそうです。本郷永人は『フィールドの貴公子』だと」
どこから仕入れた情報なのか、望月が教えてくれた。ちょっとだけ噴いてしまいそうになったのは内緒だ。フィールドの貴公子って……ぷっ。
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「おおっ、望月ちゃん。へへっ、俺だってけっこうやるだろ?」
望月に褒められると一転して表情を緩ませる。いつもの下柳だ。
他の人達もワイワイと談笑を始める。選手の激励になっただろうか。
「赤城もわざわざ来てくれてありがとな」
みんなの輪を眺めていると、本郷が近寄ってきた。
「ん、これも部活動だから」
「差し入れって何?」
「炭水化物やビタミンが豊富なもの」
「……メニューを聞いたつもりだったんだけどな」
あははと笑う彼は困ってる感じでもなかった。
「今日は勝てそうなの?」
「俺はいつも負けるつもりはないぜ」
大口なんかじゃない。ちゃんと自分の実力を把握して、努力を重ね、相手を軽んじることもない。その上で負けないと言っている。
「一番負けたくない相手にも勝ったからな。自信がないなんて言ってられないさ」
「あれ、もう優勝候補を倒しちゃった?」
本郷は嫌みのない笑顔で「違うって」と首を振る。
「俺と赤城がよく知ってる男だよ」
「……なるほど」
「全部勝って、優勝して……そうしたらあいつに見せつけてやるんだ。そうしたら満足するからさ」
「それだけ聞くと本郷は嫌な奴だね」
本郷が噴き出す。
「くく……。だな、嫌な奴って思われたら最高だ」
心の中で「なるほど」と呟く。
あたしもそう思われたい。まだ不安定な自分だけれど、地に足つけて高笑いでもできるようになれば、あたしも嫌な奴と思われるだろうか。
高木に羨ましがられるほどの自分に……なりたいな。
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試合の二時間前に、差し入れを渡してサッカー部と別れた。
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「日差しが強くなってきましたね」
望月が小さく零す。試合が始まるのは昼を過ぎてからになる。
あたし達は観客席で応援することになった。先輩達は選手でもないのにやる気に満ち溢れている。とても帰りたいと言える雰囲気じゃない。
「わたしは日傘を持ってきたから万全よ」
「いいなー。僕も入れてくださいよ」
「残念ね。これは一人用よ」
ルーカスが日傘を差して日光から避難する。あたしと望月はブーイング。ルーカスは涼しい顔だった。
「ずるい……」
「日本のことわざにこんなのがあるんですってね。『備えあれば嬉しいな』って。備えをしていたわたしが賢いのよ」
得意げなルーカス。あたしと望月は絶句した。
嬉しいな……。言葉通り、ルーカスは嬉しそうだ。
でも、それは言葉違い……。
あたしと望月の視線が合う。うん、と頷き合った。心が一つになった瞬間。
「ルーカス。それを言うなら『備えあれば憂いなし』だから」
「あ、美穂さん言っちゃうんですね」
あれ、教えてあげようって頷きじゃなかったの? 心を通わせるのは難しい。
「そうなの? 勉強になったわ。ありがとうミホ」
「どういたしまして」
「僕が思ってたよりもあっさり……。もし落ち込んでしまったらと考えたのは余計なお世話でしたね」
余計なお世話はほとんどの場面で必要だと思う。これはただの経験談。みんながそうだとも思っていない。
でも、本当に余計なお世話になる場合がちょっとだけある。
あたしがそう。余計なお世話をしてしまったと思う。わざわざ宮坂と話なんて、必要なかったと思う。
もう少しだけ気楽でいたい。サッカー部に差し入れしたくらいの気楽さ。これくらいがちょうどいい。
「そういえば、僕バイトで高木くんといっしょに働きましたよ」
「えっ、トシナリと?」
「……詳しく」
どうやら高木はあたしを楽にはさせてくれないらしい。
望月から話を聞くに、トラブルがあったものの初めてのバイトを無事にこなしたみたい。無事に乗り越えてしまうのが高木っぽい。
「あっ、わたしはアオイと会ったわ」
「宮坂と?」
宮坂とルーカス。あまり接点があるようには思えない。
「先日ね、わたしピアノコンクールに出場したの」
疑問は一瞬で氷解した。
宮坂といえばピアノ。とても上手で、素人のあたしでも才能に溢れているんだって思うほどの腕前。
「ルーカスもピアノ上手なの?」
「フフン、得意中の得意よ」
胸を張る金髪美少女。とても様になっている。
「……えっと、少し自信があるだけよ?」
さっきの態度を引っ込めて、控えめな言葉に言い直す。
白地の頬を染めて……恥ずかしかった? 胸を張って自信満々なのも似合うと思うけれど。
「でもでもピアノを弾けるってだけで憧れますよ。僕には縁がないことですから」
望月が大きな目を輝かせる。あたしも同感。誇れる技術というものに憧れる。
その点宮坂は飛び抜けた才能の持ち主だ。羨ましくて、妬ましいほど。
いや、妬ましくはないか。あたしと宮坂は違う。それについてはもう結論が出ている。
「ピアノコンクール……。宮坂はすごかったでしょ?」
わかりきっている問いを投げかけた。
なのにルーカスの反応はイマイチで。「んー……」と悩ましく漏らし、あごに人差し指を添えて言葉を考えているようだった。
それからニッコリと。こちらに笑顔を向けて口を開いた。
「アオイの演奏は、大したことなかったわ」
その感想を耳にし、あたしの頭は「そんなわけがない」でいっぱいになった。
「やっぱり本場の人は実力が違うんですかねー」
宮坂の実力を知らない望月は納得している。イギリスが本場なのか、あたしは知らないけれど、宮坂の実力は知っている。たとえルーカスがすごくピアノが上手だとしても、宮坂を「大したことがない」と言えるはずがないと信じている。
何かがおかしい。そう思った。
「高木と木之下には会った?」
「え? トシナリとトウコ?」
「うん。ピアノコンクールで宮坂に会ったなら、二人にも会ったと思う」
ルーカスは記憶を探るように視線を宙に向ける。そして首を振った。
「ううん。トシナリとトウコ、どちらにも会っていないわ」
二人とも応援に来ていなかった? 何かあったのだろうか。
また余計な考えをしている。そう気づいて目を閉じた。
この夏休みの間に変化が起きた。ただそれだけのことで、それはあたしには関係のないこと。
でも、知りたいと思っている。
最後まで知って、今度こそ心の中をスッキリさせる。それがあたしの、最後のわがままだから。
「あっ、そろそろ試合が始まるみたいですよ」
望月の弾んだ声で目を開く。
フィールドには本郷や下柳など選手が勢ぞろいしていた。
下柳がこちらに手を振っている。それにつられてか、本郷も手を振った。たちまち黄色い声援が上がる。
みんながんばっている。あたしもがんばりたいけれど、何をがんばればいいか、まだわからない。
だから応援をしよう。今がんばっている人に向けて声援を送る。
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宮坂葵は可愛くて気立てが良くて社長令嬢で……あと俺の幼馴染だ。
葵は学内でも屈指の人気を誇る女子。けれど彼女に告白をする男子は数える程度しかいなかった。
なぜか? 彼女が高嶺の花すぎたからである。
その美貌と肩書に誰もが気後れしてしまう。葵に告白する数少ない勇者も、ことごとく散っていった。
そんな誰もが憧れる美少女は、今日も俺と二人きりで無防備な姿をさらしていた。
幼馴染だからって、とっくに体つきは大人へと成長しているのだ。彼女がいつまでも子供気分で困っているのは俺ばかりだった。いつかはわからせなければならないだろう。
……本当にわからせられるのは俺の方だということを、この時点ではまだわかっちゃいなかったのだ。
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