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第二部
132.初めて三人だけで海へ【挿絵あり】
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八月八日は俺の誕生日である。
いつも葵と瞳子からお祝いしてもらっていた。二人が俺のために何をしようかと悩んでくれているのを、勝手ながら嬉しく思っていた。
ただ、今回は俺の方からリクエストさせてもらっていた。
この日のためにバイトをしたり、様々な準備をしてきた。誕生日なんだからと、大胆にも自分を突き動かしてきた。
そして、ついに当日。
「わぁー。青い海だよ瞳子ちゃんっ」
「わかったからはしゃがないの。葵ってば子供みたいに騒いで恥ずかしいんだから」
電車の窓から見える景色に、葵は目を輝かせる。それを他の乗客を気にしながら瞳子が注意する。ああ言いながらも瞳子の目もキラキラしているんだけどね。
「二人ともー。もうすぐ着くから降りる準備するんだぞー」
俺の言葉に葵と瞳子は「はーい」と素直に返事をした。
電車に乗ってやってきたのは海水浴場である。しかし、いつも家族で訪れる海じゃない。いつもより遠く、日帰りでは難しい場所を選んだ。
そう、今回は家族ぐるみではなく、初めて俺達三人だけで一泊二日の旅行に来たのである。
その事実に緊張してしまう。自分から誘っておきながら、気を抜くと体が震えてしまうくらい緊張している。ガチガチになる体をほぐすため、ここへ辿り着くまでどれだけ深呼吸を繰り返したかもう覚えていないほどだ。
電車から降りれば潮風が俺達を出迎えてくれる。においだけで遠い場所に来たのだと感じさせてくれた。
予約先の旅館へと辿り着く。海がすぐ近くなので、この旅館の部屋から見える景色が楽しみだ。
朝早くの出発だったからチェックインまで時間がある。だけどチェックイン前でも荷物の預かりをしてくれるし、更衣室を借りられるのもリサーチ済みである。まずは海に出ようと二人を伴って旅館へと入った。
「トシくんトシくん、海楽しみだね!」
はしゃぐ葵は目を輝かせたままだ。さすがにもう浮き輪のお世話にならなくなったものの、泳ぐことが得意になったわけではないでしょうに。
まあ海での遊び方は泳ぐだけじゃないか。
「俺も楽しみだよ。でも葵、はしゃぐのに夢中になって預ける荷物と海に持って行く荷物を分けるのを忘れるなよ?」
「忘れないよー」と反論する葵。だけど心配になったのか確認し直していた。
「着いて早々海に行くけど、瞳子は疲れたりしていないか? 休みたかったらどこか喫茶店にでも行こうよ」
「ううん。あたしも早く海に行きたいわ」
微笑む瞳子は大人だった。葵ー、もう少し落ち着き持とうな。
「……それで、なんだけれど」
「ん?」
瞳子が言いにくそうに俺へとお願いしてきた。
「日焼け止め……、背中に塗ってくれるかしら?」
「あ、ああ。日焼け止めね……日焼け止め」
そうだね夏の日差しが強いもんね日焼け止め塗らなきゃ肌に悪いもんね。
内心で早口になるくらいドギマギしてしまう。
さすがに男女の差がはっきりと出てくる中学生になってからは俺に頼むことがなくなってきてたから油断した。葵もいるから俺に頼む必要もないんだろうけど、それを指摘するのは野暮だろう。
「トシくん、私にも日焼け止め塗ってね」
「あ、ああ。もちろん」
ニコニコの葵から威圧感が溢れているように思うのは考えすぎだろうか。俺は躊躇を見せることなく頷いた。
旅館に荷物を預けて、更衣室で水着へと着替える。そして三人で海へと出発した。
※ ※ ※
ここの海水浴場はなかなかの穴場のようで、人でごった返すほどではなかった。
あまり踏み荒らされていない砂浜は太陽に照らされ白く輝いている。青空を映す海は美しい青だ。
ビーチパラソルの下にシートを敷いて陣地を作成する。入念に準備体操をすれば、後は思う存分遊ぶだけである。
「トシくん、早く早くー」
いち早く海に浸かった葵が振り返って手を振る。
すっきりとしたピンク色のビキニが似合っている。髪をアップにまとめた葵はまた違った魅力を輝かせていた。
昔に比べて大人っぽくなったものの、今回もまた浮き輪持参である。海は波に乗って浮かんでいるのも楽しいよね。
「冷たくて気持ちいいわよ。俊成も来なさいよ」
瞳子が海に戯れながら呼びかけてくる。
彼女の瞳の色と似たブルーのビキニが瞳子をより美しくさせている。フリルもあり、それがかわいらしささえも強調している。
海に入ってしまえば葵のことを言えないほど、瞳子も満面の笑顔となっていた。
二人とも今回が初ビキニである。高校生となったことで一段階段を上がったのかもしれない。
二人の姿を見ていると、心だけじゃなく体も大人に向かって行くのだと感じさせられる。ビキニだと色っぽさが限界突破しているのだ。
案外、子供の時期って短いものなのだろう。人生という大きなくくりの中ではあっという間の時期だ。だからこそ大切にしないといけない時間なんだ。
葵と瞳子に向かって笑いかける。楽しい時間を大切にしていこう。二人が笑顔でいてくれる大切な時間なんだから。
それから、さっと周囲に視線を走らせる。
葵と瞳子の美少女っぷりに見惚れてしまう男がいるかもしれない。しかも今回はビキニという色っぽさ満点の姿なのだ。下心を抱いた瞬間、二人から目が離せなくなるだろう。葵と瞳子にはそれだけ男を惹きつけてしまう力がある。
そんな視線から二人を守らなければ。彼氏としての使命感が燃え上がる。
そんな心配をよそに、周りで海水浴を楽しむのは親子連れが多かった。海に出会いを求めてきた若者はあまりいなさそうだ。
どうやら情報収集した成果があったようだ。
近くに温泉旅館があり、ナンパ目的の若者が少ない穴場。無用なトラブルのないよう、細心の注意を払って準備してきた。
……二人には秘密なんだけど、ここへは下見にだって来ている。他の場所とも比較して、俺の考えた条件に当てはまった場所がここだったのだ。
今までのデートの中でも慎重にことを運んでいく。すべては今日という日を大切な思い出にするためだ。
「よーし! 今年初の海だぜ。遊ぶぞー!」
俺は海で戯れる葵と瞳子に向かって突撃していったのだった。
※ ※ ※
葵と瞳子といっしょに海で遊ぶのは楽しい。海に行く時はいつもいた両親がいないのもあって、俺達は解放感に身を任せて大はしゃぎしていた。
「そろそろ昼飯食べに行こうか」
太陽が真上を通り過ぎているし、俺の腹も空腹を訴えている。二人はどうかと目を向ければ、揃ってほっそりとしたお腹を撫でながら了承の意を示す。
「私もうお腹ぺこぺこー。何か食べたいな」
「あたしもお腹が空いてきたわ。少し疲れてもきたし、どこかに座りたいわね」
何気ない動作だというのに、いつもは見えないお腹が見えるせいかドキリとさせられる。ビキニってなぜ存在してしまったのだろう。最高だけどもさ。
海の家があるのでそこで食事することにする。
混んでいると覚悟していたが、あまり並ばずに注文できた。家族連れが多いためか、弁当持参のグループをよく見かけた。
海の家で俺達は注文したカレーライスを食べる。
具なしカレー。それなのに美味しく感じるのは海というシチュエーションのマジックか。潮の香りがスパイスになっているのかもしれない。
「食べ終わったらビーチバレーしようよ。ここでボール貸してもらえるみたいだよ」
「それはいいけれど、休んでからにしましょう。食べてからすぐに動くのは体に悪いわ」
食事しながら次に何をしようかと話し合う。
葵と瞳子といっしょだからってのが一番大きいように思える。二人がいれば大抵のものは美味しく感じられるだろう。
昼食を済ませたら食休みだ。設置しておいたビーチパラソルの下で休む。
日差しは強いけど、陰に入れば涼しい。海風が気持ちいい。
「……」
心地の良い沈黙が流れる。俺達はしばし海の穏やかな風を楽しんだ。
両隣から葵と瞳子の体温を感じる。くっついているわけじゃないのに、やけに近く感じる。
「……」
「……」
黙ったままの二人。俺と同じように海を眺めているのだろう。海で遊ぶ子供の声が聞こえる。
俺の緊張が二人に伝わっていないかと、そんなことばかりが気になってしまう。まだ慌てるような時間じゃない。でも確かに時間は進んでいた。
「ビーチバレーしようか」
俺が言うと二人は同時に頷いた。少しの緊張が乗せられていたのは、勘違いじゃないのかもしれない。
「いっくよー!」
やる気満々の葵だったけど、ビーチボールを打ち上げようとしては空振りを繰り返す。ムキになって腕を大振りにさせる。そんなに大振りしていると葵の大きなものが揺れてしまうのですが……。
今までと違うビキニ。防御力は心もとない。心配から葵を凝視する。防御力を極限まで下げた代わりに攻撃力を最大限に上げるだなんて心配すぎる!
「ちょっと葵、貸しなさい」
さすがにこれ以上させてはならないと思ったのだろう。瞳子が葵からボールを受け取り、軽くトスした。
ビーチボールがふわりと舞い上がり、俺のもとへと落下してきた。それを葵へとトスして返す。
「葵。慌てないようにね。ボールをよく見てトスするのよ」
「うん、わかったよ瞳子ちゃん」
葵の横で瞳子がアドバイスを送っている。
落下するボールに向かって両手を突き出す葵。ボールは見事俺の方へと返された。
「すごいぞ葵! ちゃんと俺に返せたぞ!」
「やったじゃない葵! ちゃんとボールに触れられたわ!」
俺と瞳子は葵を絶賛する。いやだってあの葵だぞ。これがどんなにすごいことか、俺と瞳子はよく知っている。
「もうっ。トシくんも瞳子ちゃんも驚きすぎだよ。私だってこれくらいできるもん」
オーバーリアクションで褒めすぎたようだ。葵は頬を膨らませてご立腹の様子だ。
怒っていた葵も何度かビーチボールをトスしているうちに機嫌が直っていた。かわいい奴め。
遊び疲れたら浮き輪で海を漂う。浮き輪の貸し出しをしている海の家でマットタイプの大きなものがあった。ビーチボールを返すついでとばかりに借りてみた。
葵と瞳子を乗せて、俺はエンジンのごとくバタ足で沖に向かって運んでやる。
きゃいきゃいとはしゃいでいた二人へと大きな波が襲う。俺も避けてやることもできず、波に飲まれてしまった。
「ぷはっ。ト、トシくんっ」
海へと落ちた葵は俺を浮き輪代わりとばかりにしがみついた。
急に海へと浸かってしまったからか、驚いて何かに掴まらなければと思ったのだろう。俺に思いっきりしがみついて体を密着させてくる。
「大丈夫だ。俺がいるから心配するな」
葵の柔らかい体を抱きしめる。強張っていた体の力が抜けていくのがわかった。
「俺の背中に掴まって。大丈夫だからな」
「うん」
体勢を立て直し、後ろから両肩に手が添えられる。これで泳げる格好になれた。
「瞳子は無事か?」
「あたしはこっちよ。心配しなくていいわ」
葵が落ち着いたので瞳子を探せば、すぐ傍で俺達を見ていた。その目がなんだかじとーとしたものに見えるのは気のせいだと思うことにした。
「足がつかないところまで来ちゃうと危ないわね。戻りましょう」
「ああ。葵、しっかり掴まってろよ」
海は楽しい場所だけれど、危険な場所でもあるのだ。安全の確保を怠ってはならないな。
日が傾いて夕焼けに染まっていく。俺達は砂浜で童心に返って砂遊びしていた。
なんだか幼稚園の頃を思い出す。この年になると砂遊びをすることもないから懐かしくもなる。
「わぁっ。瞳子ちゃんのお城すごい!」
「これは一つの芸術だな」
瞳子が巨大な砂の城を作っていた。幼稚園の砂場では作れないような大作である。
昔から器用な彼女だけれど、その技術力は年々上がっているようだ。西洋の城であろうそれは、砂で作ったとは思えないほど細やかで迫力がある。本当にどこかで実在しそうなほどの出来栄えだ。
「このくらい大したことないわ」
と言いつつも、瞳子の顔は夕焼けではない赤さがあった。わかりやすいほど照れている。おかわいい奴め。
そんな彼女を見た俺と葵は微笑み合った。それからアイコンタクトを交わす。
「瞳子ちゃんは最高の芸術家だね」
「瞳子の手は芸術作を生み出せる神の手だな」
俺と葵の褒め言葉攻撃に、瞳子はなんともかわいらしい嬉し恥ずかしの表情をしてくれた。あまりに恥ずかしくなって体をくねらせる彼女は、やっぱりかわいい!
そうやって、俺達は海水浴を楽しんだ。
「そろそろ旅館に戻るか」
海水浴を楽しんでいた他の人達もほとんど引き上げてしまった。日が長いとはいえ、あまり遅い時間まで海に入らない方がいいだろう。
「……うん」
「……そうね」
静かに、ためらいがちに、二人は頷いた。
海と夕日の組み合わせは綺麗だ。素直に綺麗だという感想が漏れるほどに。
葵と瞳子。二人はこの景色に負けないほど綺麗で、美しく、そしてかわいい。
どうしようもなく、それが俺の素直な想いなのだ。
※チャーコさんの依頼で、メロンボールさんからイラストをいただきました!
いつも葵と瞳子からお祝いしてもらっていた。二人が俺のために何をしようかと悩んでくれているのを、勝手ながら嬉しく思っていた。
ただ、今回は俺の方からリクエストさせてもらっていた。
この日のためにバイトをしたり、様々な準備をしてきた。誕生日なんだからと、大胆にも自分を突き動かしてきた。
そして、ついに当日。
「わぁー。青い海だよ瞳子ちゃんっ」
「わかったからはしゃがないの。葵ってば子供みたいに騒いで恥ずかしいんだから」
電車の窓から見える景色に、葵は目を輝かせる。それを他の乗客を気にしながら瞳子が注意する。ああ言いながらも瞳子の目もキラキラしているんだけどね。
「二人ともー。もうすぐ着くから降りる準備するんだぞー」
俺の言葉に葵と瞳子は「はーい」と素直に返事をした。
電車に乗ってやってきたのは海水浴場である。しかし、いつも家族で訪れる海じゃない。いつもより遠く、日帰りでは難しい場所を選んだ。
そう、今回は家族ぐるみではなく、初めて俺達三人だけで一泊二日の旅行に来たのである。
その事実に緊張してしまう。自分から誘っておきながら、気を抜くと体が震えてしまうくらい緊張している。ガチガチになる体をほぐすため、ここへ辿り着くまでどれだけ深呼吸を繰り返したかもう覚えていないほどだ。
電車から降りれば潮風が俺達を出迎えてくれる。においだけで遠い場所に来たのだと感じさせてくれた。
予約先の旅館へと辿り着く。海がすぐ近くなので、この旅館の部屋から見える景色が楽しみだ。
朝早くの出発だったからチェックインまで時間がある。だけどチェックイン前でも荷物の預かりをしてくれるし、更衣室を借りられるのもリサーチ済みである。まずは海に出ようと二人を伴って旅館へと入った。
「トシくんトシくん、海楽しみだね!」
はしゃぐ葵は目を輝かせたままだ。さすがにもう浮き輪のお世話にならなくなったものの、泳ぐことが得意になったわけではないでしょうに。
まあ海での遊び方は泳ぐだけじゃないか。
「俺も楽しみだよ。でも葵、はしゃぐのに夢中になって預ける荷物と海に持って行く荷物を分けるのを忘れるなよ?」
「忘れないよー」と反論する葵。だけど心配になったのか確認し直していた。
「着いて早々海に行くけど、瞳子は疲れたりしていないか? 休みたかったらどこか喫茶店にでも行こうよ」
「ううん。あたしも早く海に行きたいわ」
微笑む瞳子は大人だった。葵ー、もう少し落ち着き持とうな。
「……それで、なんだけれど」
「ん?」
瞳子が言いにくそうに俺へとお願いしてきた。
「日焼け止め……、背中に塗ってくれるかしら?」
「あ、ああ。日焼け止めね……日焼け止め」
そうだね夏の日差しが強いもんね日焼け止め塗らなきゃ肌に悪いもんね。
内心で早口になるくらいドギマギしてしまう。
さすがに男女の差がはっきりと出てくる中学生になってからは俺に頼むことがなくなってきてたから油断した。葵もいるから俺に頼む必要もないんだろうけど、それを指摘するのは野暮だろう。
「トシくん、私にも日焼け止め塗ってね」
「あ、ああ。もちろん」
ニコニコの葵から威圧感が溢れているように思うのは考えすぎだろうか。俺は躊躇を見せることなく頷いた。
旅館に荷物を預けて、更衣室で水着へと着替える。そして三人で海へと出発した。
※ ※ ※
ここの海水浴場はなかなかの穴場のようで、人でごった返すほどではなかった。
あまり踏み荒らされていない砂浜は太陽に照らされ白く輝いている。青空を映す海は美しい青だ。
ビーチパラソルの下にシートを敷いて陣地を作成する。入念に準備体操をすれば、後は思う存分遊ぶだけである。
「トシくん、早く早くー」
いち早く海に浸かった葵が振り返って手を振る。
すっきりとしたピンク色のビキニが似合っている。髪をアップにまとめた葵はまた違った魅力を輝かせていた。
昔に比べて大人っぽくなったものの、今回もまた浮き輪持参である。海は波に乗って浮かんでいるのも楽しいよね。
「冷たくて気持ちいいわよ。俊成も来なさいよ」
瞳子が海に戯れながら呼びかけてくる。
彼女の瞳の色と似たブルーのビキニが瞳子をより美しくさせている。フリルもあり、それがかわいらしささえも強調している。
海に入ってしまえば葵のことを言えないほど、瞳子も満面の笑顔となっていた。
二人とも今回が初ビキニである。高校生となったことで一段階段を上がったのかもしれない。
二人の姿を見ていると、心だけじゃなく体も大人に向かって行くのだと感じさせられる。ビキニだと色っぽさが限界突破しているのだ。
案外、子供の時期って短いものなのだろう。人生という大きなくくりの中ではあっという間の時期だ。だからこそ大切にしないといけない時間なんだ。
葵と瞳子に向かって笑いかける。楽しい時間を大切にしていこう。二人が笑顔でいてくれる大切な時間なんだから。
それから、さっと周囲に視線を走らせる。
葵と瞳子の美少女っぷりに見惚れてしまう男がいるかもしれない。しかも今回はビキニという色っぽさ満点の姿なのだ。下心を抱いた瞬間、二人から目が離せなくなるだろう。葵と瞳子にはそれだけ男を惹きつけてしまう力がある。
そんな視線から二人を守らなければ。彼氏としての使命感が燃え上がる。
そんな心配をよそに、周りで海水浴を楽しむのは親子連れが多かった。海に出会いを求めてきた若者はあまりいなさそうだ。
どうやら情報収集した成果があったようだ。
近くに温泉旅館があり、ナンパ目的の若者が少ない穴場。無用なトラブルのないよう、細心の注意を払って準備してきた。
……二人には秘密なんだけど、ここへは下見にだって来ている。他の場所とも比較して、俺の考えた条件に当てはまった場所がここだったのだ。
今までのデートの中でも慎重にことを運んでいく。すべては今日という日を大切な思い出にするためだ。
「よーし! 今年初の海だぜ。遊ぶぞー!」
俺は海で戯れる葵と瞳子に向かって突撃していったのだった。
※ ※ ※
葵と瞳子といっしょに海で遊ぶのは楽しい。海に行く時はいつもいた両親がいないのもあって、俺達は解放感に身を任せて大はしゃぎしていた。
「そろそろ昼飯食べに行こうか」
太陽が真上を通り過ぎているし、俺の腹も空腹を訴えている。二人はどうかと目を向ければ、揃ってほっそりとしたお腹を撫でながら了承の意を示す。
「私もうお腹ぺこぺこー。何か食べたいな」
「あたしもお腹が空いてきたわ。少し疲れてもきたし、どこかに座りたいわね」
何気ない動作だというのに、いつもは見えないお腹が見えるせいかドキリとさせられる。ビキニってなぜ存在してしまったのだろう。最高だけどもさ。
海の家があるのでそこで食事することにする。
混んでいると覚悟していたが、あまり並ばずに注文できた。家族連れが多いためか、弁当持参のグループをよく見かけた。
海の家で俺達は注文したカレーライスを食べる。
具なしカレー。それなのに美味しく感じるのは海というシチュエーションのマジックか。潮の香りがスパイスになっているのかもしれない。
「食べ終わったらビーチバレーしようよ。ここでボール貸してもらえるみたいだよ」
「それはいいけれど、休んでからにしましょう。食べてからすぐに動くのは体に悪いわ」
食事しながら次に何をしようかと話し合う。
葵と瞳子といっしょだからってのが一番大きいように思える。二人がいれば大抵のものは美味しく感じられるだろう。
昼食を済ませたら食休みだ。設置しておいたビーチパラソルの下で休む。
日差しは強いけど、陰に入れば涼しい。海風が気持ちいい。
「……」
心地の良い沈黙が流れる。俺達はしばし海の穏やかな風を楽しんだ。
両隣から葵と瞳子の体温を感じる。くっついているわけじゃないのに、やけに近く感じる。
「……」
「……」
黙ったままの二人。俺と同じように海を眺めているのだろう。海で遊ぶ子供の声が聞こえる。
俺の緊張が二人に伝わっていないかと、そんなことばかりが気になってしまう。まだ慌てるような時間じゃない。でも確かに時間は進んでいた。
「ビーチバレーしようか」
俺が言うと二人は同時に頷いた。少しの緊張が乗せられていたのは、勘違いじゃないのかもしれない。
「いっくよー!」
やる気満々の葵だったけど、ビーチボールを打ち上げようとしては空振りを繰り返す。ムキになって腕を大振りにさせる。そんなに大振りしていると葵の大きなものが揺れてしまうのですが……。
今までと違うビキニ。防御力は心もとない。心配から葵を凝視する。防御力を極限まで下げた代わりに攻撃力を最大限に上げるだなんて心配すぎる!
「ちょっと葵、貸しなさい」
さすがにこれ以上させてはならないと思ったのだろう。瞳子が葵からボールを受け取り、軽くトスした。
ビーチボールがふわりと舞い上がり、俺のもとへと落下してきた。それを葵へとトスして返す。
「葵。慌てないようにね。ボールをよく見てトスするのよ」
「うん、わかったよ瞳子ちゃん」
葵の横で瞳子がアドバイスを送っている。
落下するボールに向かって両手を突き出す葵。ボールは見事俺の方へと返された。
「すごいぞ葵! ちゃんと俺に返せたぞ!」
「やったじゃない葵! ちゃんとボールに触れられたわ!」
俺と瞳子は葵を絶賛する。いやだってあの葵だぞ。これがどんなにすごいことか、俺と瞳子はよく知っている。
「もうっ。トシくんも瞳子ちゃんも驚きすぎだよ。私だってこれくらいできるもん」
オーバーリアクションで褒めすぎたようだ。葵は頬を膨らませてご立腹の様子だ。
怒っていた葵も何度かビーチボールをトスしているうちに機嫌が直っていた。かわいい奴め。
遊び疲れたら浮き輪で海を漂う。浮き輪の貸し出しをしている海の家でマットタイプの大きなものがあった。ビーチボールを返すついでとばかりに借りてみた。
葵と瞳子を乗せて、俺はエンジンのごとくバタ足で沖に向かって運んでやる。
きゃいきゃいとはしゃいでいた二人へと大きな波が襲う。俺も避けてやることもできず、波に飲まれてしまった。
「ぷはっ。ト、トシくんっ」
海へと落ちた葵は俺を浮き輪代わりとばかりにしがみついた。
急に海へと浸かってしまったからか、驚いて何かに掴まらなければと思ったのだろう。俺に思いっきりしがみついて体を密着させてくる。
「大丈夫だ。俺がいるから心配するな」
葵の柔らかい体を抱きしめる。強張っていた体の力が抜けていくのがわかった。
「俺の背中に掴まって。大丈夫だからな」
「うん」
体勢を立て直し、後ろから両肩に手が添えられる。これで泳げる格好になれた。
「瞳子は無事か?」
「あたしはこっちよ。心配しなくていいわ」
葵が落ち着いたので瞳子を探せば、すぐ傍で俺達を見ていた。その目がなんだかじとーとしたものに見えるのは気のせいだと思うことにした。
「足がつかないところまで来ちゃうと危ないわね。戻りましょう」
「ああ。葵、しっかり掴まってろよ」
海は楽しい場所だけれど、危険な場所でもあるのだ。安全の確保を怠ってはならないな。
日が傾いて夕焼けに染まっていく。俺達は砂浜で童心に返って砂遊びしていた。
なんだか幼稚園の頃を思い出す。この年になると砂遊びをすることもないから懐かしくもなる。
「わぁっ。瞳子ちゃんのお城すごい!」
「これは一つの芸術だな」
瞳子が巨大な砂の城を作っていた。幼稚園の砂場では作れないような大作である。
昔から器用な彼女だけれど、その技術力は年々上がっているようだ。西洋の城であろうそれは、砂で作ったとは思えないほど細やかで迫力がある。本当にどこかで実在しそうなほどの出来栄えだ。
「このくらい大したことないわ」
と言いつつも、瞳子の顔は夕焼けではない赤さがあった。わかりやすいほど照れている。おかわいい奴め。
そんな彼女を見た俺と葵は微笑み合った。それからアイコンタクトを交わす。
「瞳子ちゃんは最高の芸術家だね」
「瞳子の手は芸術作を生み出せる神の手だな」
俺と葵の褒め言葉攻撃に、瞳子はなんともかわいらしい嬉し恥ずかしの表情をしてくれた。あまりに恥ずかしくなって体をくねらせる彼女は、やっぱりかわいい!
そうやって、俺達は海水浴を楽しんだ。
「そろそろ旅館に戻るか」
海水浴を楽しんでいた他の人達もほとんど引き上げてしまった。日が長いとはいえ、あまり遅い時間まで海に入らない方がいいだろう。
「……うん」
「……そうね」
静かに、ためらいがちに、二人は頷いた。
海と夕日の組み合わせは綺麗だ。素直に綺麗だという感想が漏れるほどに。
葵と瞳子。二人はこの景色に負けないほど綺麗で、美しく、そしてかわいい。
どうしようもなく、それが俺の素直な想いなのだ。
※チャーコさんの依頼で、メロンボールさんからイラストをいただきました!
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