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第二部
129.アルバイト始めました
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短期間ではあるのだが、ファミレスでバイトをすることになった。
ちょうど『夏のデザートフェスタ』というイベントを始めるらしく、客入りが見込めるからと人員を募集していたのだ。そのためかなかなか時給がいい。
初めてのファミレスバイトだ。しかし、これでも社会人経験のある元おっさんである。なんとかこなしてみせるさ。
「六番と十番テーブル注文入りました! 誰かお願いします!」
「九番テーブルのお客様からパフェはまだかとクレームがきてます!」
「おい! 皿洗い急げ! 早くしないと足らなくなるぞ!」
響くのは怒号と悲鳴。戦場はここにあった。
え、何これ? 家族で和やかに外食している裏側では、こんな戦場が繰り広げられているの?
ホールではウエイトレスが注文を取ったり料理を運んだりと走り回っている。その中でも笑顔を絶やさない。まさにプロである。
キッチンではお客様に聞こえない程度の大声が飛び交っている。声を飛ばしながらも、手はまったく止まる様子を見せない。やはりプロだ。
俺はといえば黙々と皿洗いをしていた。
皿洗いくらい楽勝かと思いきや、怒涛の勢いで積まれていく皿を目にして余裕が吹っ飛んだ。家でやる皿洗いとは規模が違い過ぎていた。
自分に止まるんじゃねえぞ、と言い聞かせながらの皿洗いが始まってからどれくらいの時間が経っただろうか。時計を見る暇すらない。ひたすら皿を洗うことに全力を注ぎ続けていた。
一息つけたのは昼のピークを過ぎてからだった。少しばかし遅い昼休みである。
「つ、疲れたー。腰痛ぇー……」
休憩スペースに入ると、バタッとテーブルに突っ伏した。
体力には自信があったってのに、スポーツをした後とは別の種類の疲労が体にのしかかってくる。
初めてのファミレスバイトとはいえ、思った以上に大変なものなんだなと実感する。働くことに楽なものはない。どんな形であれ、プロ意識を持たなければならないだろう。
だが負けてはいられない。エイヤ! と気合いを入れて上体を起こした。
「おはようございまーす」
そこへ誰か従業員が入ってきた。危うくだらけているところを見られるところだった。休憩時間だからいいんだろうけどね。
「おはようございます」
「あれ? 高木くんじゃないですか」
名前を呼ばれてよく見てみれば、クラスメートの望月さんだった。見慣れないウエイトレス姿だからすぐには気づかなかった。
予期せぬ出会いに望月さんの表情が明るくなる。俺も知らない人に囲まれてのバイトだったからか、知っている顔を目にして頬が緩んだ。
「その恰好ってことは、望月さんもここでバイトしてるんだ」
「そうですよ。そういう高木くんはもしかして今日からですか?」
「そうなんだよ。さっきまで皿洗いしてた。今は昼休憩もらってだらけていたところ」
望月さんは小さく笑う。普段学校で見る彼女とは違うウエイトレス姿だからか、雰囲気が少し別物みたいに感じる。
「それなら僕は高木くんの先輩ですね。僕はもう三か月以上はここで働いていますので」
「ははっ。そりゃあ確かに俺の先輩だ」
「いろいろ教えてあげます。先輩としてビシバシいきますんで、覚悟してくださいね」
望月さんは自信たっぷりといった態度で胸を叩く。
「高木くんはお昼ご飯はもう食べましたか?」
「いいや、まだだけど」
「ここはまかないがあるって聞いてますか?」
「聞いてはいるけど……。一応弁当持ってきたんだ」
初日だから勝手がわからなかったらどうしようかと心配して弁当を作ってきたのだ。ロッカーが暑くても問題ないように保冷材も仕込んである。
それに、昼のピークは本当に忙しかった。その後にまかないを頼むのも気が引ける。
「えー、せっかく先輩としてまかないの注文のやり方を教えてあげようと思ったのにー」
先輩、ということにこだわる望月さんである。後輩への指導ってなんだかやりがいがあるよね。気持ちはわからなくもない。
「また今度頼むよ。望月さんはこれから仕事じゃないの?」
「あっ、そうでした。僕は行きますので、高木くんはゆっくり休憩してくださいね」
出勤したばかりの望月さんは慌てて仕事へと入る。俺も弁当を食べてしまおう。せっかくなので今度こそはまかないを食べようと心に留める。
昼休憩が終わって仕事へと戻る。キッチンにはまた皿が山となっていた。
もちろん皿洗いをしているのは俺だけじゃない。それでも次から次へと食器が運ばれてくるのは繁盛している証拠でもあった。
昼ピークの次は夕方、つまり食事時にまた忙しくなるらしい。ファミレスなんだから当たり前だけども。
だが今は『夏のデザートフェスタ』の期間である。昼のピークが過ぎたとはいえ、おやつタイムにまたお客様が増えていた。
ホールからは子供の騒ぎ声が聞こえてくる。夏休みだもんね。やっぱり家族連れが多いようだ。
「おう新人。お前さんがいない間に皿が溜まっちまってんだ。すぐ洗ってくれ」
キッチンスタッフのおじさんが声をかけてくれる。初めての職場にいると、こういう声かけってけっこうありがたいもんだな。
俺は「はい」と返事して仕事へと取り掛かった。
「高校生の男って聞いてたからもっと雑な仕事をされるって思ってたんだがな。今時の若いもんにしちゃあ丁寧に洗い物するじゃねえか。感心感心」
そう言っておじさんは上機嫌に調理をする。少しは腕に覚えのある俺でも感心させられる手さばきだ。
それに俺褒められたか? ちょっとしたことかもしれないけど、なんか認められたみたいで嬉しいもんだな。
昼のピークを乗り越えたからか、なんとなくでもコツを掴めたような気がする。スピードを上げて溜まっていた食器を洗っていった。
順調に初日のバイトを終えられる。と、思った傍から問題が起こった。
「張本さん! 吉田さんが急用で今日仕事に出られないと連絡がっ」
「何ィ! これから混み出す時間なんだぞ!」
慌てた店長の報告に、さっき俺に声をかけてくれたキッチンスタッフのおじさん、張本さんが反応する。店長相手にも敬語じゃないってことは長く勤めている人なのかな。それに店長も真っ先に報告しているし。
スタッフにはあいさつをしているけど、まだ吉田さんという人には会っていないな。話を聞くに夕方から出勤する予定だったのだろう。
「それじゃあキッチンの人手が足りねえってことか……」
「ど、どうしましょうか? 今から代わりの人を呼ぶとか……」
店長と張本さんが真剣な顔で話し合いを始める。夕方のピークをどう乗り越えるのか。俺は皿洗いをしながら耳をそばだてる。
「悪いが望月にもキッチンに入ってもらおう。ホールが忙しくなるだろうが、そこは店長さんにがんばってもらうしかねえな」
「それでも大変じゃありませんか? 今はデザートの注文も増えていますし」
「大変だろうがなんだろうがやり切るしかねえんだよ。すぐに忙しくなる。早く望月に伝えてきてくれ」
「あの、いいですか?」
俺が声をかけると店長と張本さんがこっちを向いた。ピリピリした空気に動じないように腹に力を込める。
「なんだ新人? 今立て込んでいるんだ」
「わかっています。よければですけど、俺も調理に回りましょうか?」
「は? 高木……だったな。お前には皿洗いが――」
今洗い物をしなければならない食器はない。全部片づけた。この分ならピークがきたとしても少しは余裕があるだろう。
「でも高校生の男の子にいきなり調理だなんて……」
「マニュアルは調理含めて全部に目を通しています。家でも飯作ったりするんで簡単なものでよければ手伝えると思います」
渋る店長にやれるという意思を示す。ここで曖昧な言葉は禁句だ。
難しい顔をしていた張本さんが口を開く。
「……焼いたり揚げたりはできるか?」
「はい。できます! 皿洗いも両方します!」
「わかった。指示は俺が出す。高木、頼むぞ」
「はい!」
バイトはただ金を稼ぐだけの場所じゃない。職場のピンチに、黙って指をくわえるだけの男にはなりたくない。
自分ができることを、ちゃんとできると口にすること。それからやり切ること。俺に必要な要素だ。
そして、夕方のピークがやってきた。
ちょうど『夏のデザートフェスタ』というイベントを始めるらしく、客入りが見込めるからと人員を募集していたのだ。そのためかなかなか時給がいい。
初めてのファミレスバイトだ。しかし、これでも社会人経験のある元おっさんである。なんとかこなしてみせるさ。
「六番と十番テーブル注文入りました! 誰かお願いします!」
「九番テーブルのお客様からパフェはまだかとクレームがきてます!」
「おい! 皿洗い急げ! 早くしないと足らなくなるぞ!」
響くのは怒号と悲鳴。戦場はここにあった。
え、何これ? 家族で和やかに外食している裏側では、こんな戦場が繰り広げられているの?
ホールではウエイトレスが注文を取ったり料理を運んだりと走り回っている。その中でも笑顔を絶やさない。まさにプロである。
キッチンではお客様に聞こえない程度の大声が飛び交っている。声を飛ばしながらも、手はまったく止まる様子を見せない。やはりプロだ。
俺はといえば黙々と皿洗いをしていた。
皿洗いくらい楽勝かと思いきや、怒涛の勢いで積まれていく皿を目にして余裕が吹っ飛んだ。家でやる皿洗いとは規模が違い過ぎていた。
自分に止まるんじゃねえぞ、と言い聞かせながらの皿洗いが始まってからどれくらいの時間が経っただろうか。時計を見る暇すらない。ひたすら皿を洗うことに全力を注ぎ続けていた。
一息つけたのは昼のピークを過ぎてからだった。少しばかし遅い昼休みである。
「つ、疲れたー。腰痛ぇー……」
休憩スペースに入ると、バタッとテーブルに突っ伏した。
体力には自信があったってのに、スポーツをした後とは別の種類の疲労が体にのしかかってくる。
初めてのファミレスバイトとはいえ、思った以上に大変なものなんだなと実感する。働くことに楽なものはない。どんな形であれ、プロ意識を持たなければならないだろう。
だが負けてはいられない。エイヤ! と気合いを入れて上体を起こした。
「おはようございまーす」
そこへ誰か従業員が入ってきた。危うくだらけているところを見られるところだった。休憩時間だからいいんだろうけどね。
「おはようございます」
「あれ? 高木くんじゃないですか」
名前を呼ばれてよく見てみれば、クラスメートの望月さんだった。見慣れないウエイトレス姿だからすぐには気づかなかった。
予期せぬ出会いに望月さんの表情が明るくなる。俺も知らない人に囲まれてのバイトだったからか、知っている顔を目にして頬が緩んだ。
「その恰好ってことは、望月さんもここでバイトしてるんだ」
「そうですよ。そういう高木くんはもしかして今日からですか?」
「そうなんだよ。さっきまで皿洗いしてた。今は昼休憩もらってだらけていたところ」
望月さんは小さく笑う。普段学校で見る彼女とは違うウエイトレス姿だからか、雰囲気が少し別物みたいに感じる。
「それなら僕は高木くんの先輩ですね。僕はもう三か月以上はここで働いていますので」
「ははっ。そりゃあ確かに俺の先輩だ」
「いろいろ教えてあげます。先輩としてビシバシいきますんで、覚悟してくださいね」
望月さんは自信たっぷりといった態度で胸を叩く。
「高木くんはお昼ご飯はもう食べましたか?」
「いいや、まだだけど」
「ここはまかないがあるって聞いてますか?」
「聞いてはいるけど……。一応弁当持ってきたんだ」
初日だから勝手がわからなかったらどうしようかと心配して弁当を作ってきたのだ。ロッカーが暑くても問題ないように保冷材も仕込んである。
それに、昼のピークは本当に忙しかった。その後にまかないを頼むのも気が引ける。
「えー、せっかく先輩としてまかないの注文のやり方を教えてあげようと思ったのにー」
先輩、ということにこだわる望月さんである。後輩への指導ってなんだかやりがいがあるよね。気持ちはわからなくもない。
「また今度頼むよ。望月さんはこれから仕事じゃないの?」
「あっ、そうでした。僕は行きますので、高木くんはゆっくり休憩してくださいね」
出勤したばかりの望月さんは慌てて仕事へと入る。俺も弁当を食べてしまおう。せっかくなので今度こそはまかないを食べようと心に留める。
昼休憩が終わって仕事へと戻る。キッチンにはまた皿が山となっていた。
もちろん皿洗いをしているのは俺だけじゃない。それでも次から次へと食器が運ばれてくるのは繁盛している証拠でもあった。
昼ピークの次は夕方、つまり食事時にまた忙しくなるらしい。ファミレスなんだから当たり前だけども。
だが今は『夏のデザートフェスタ』の期間である。昼のピークが過ぎたとはいえ、おやつタイムにまたお客様が増えていた。
ホールからは子供の騒ぎ声が聞こえてくる。夏休みだもんね。やっぱり家族連れが多いようだ。
「おう新人。お前さんがいない間に皿が溜まっちまってんだ。すぐ洗ってくれ」
キッチンスタッフのおじさんが声をかけてくれる。初めての職場にいると、こういう声かけってけっこうありがたいもんだな。
俺は「はい」と返事して仕事へと取り掛かった。
「高校生の男って聞いてたからもっと雑な仕事をされるって思ってたんだがな。今時の若いもんにしちゃあ丁寧に洗い物するじゃねえか。感心感心」
そう言っておじさんは上機嫌に調理をする。少しは腕に覚えのある俺でも感心させられる手さばきだ。
それに俺褒められたか? ちょっとしたことかもしれないけど、なんか認められたみたいで嬉しいもんだな。
昼のピークを乗り越えたからか、なんとなくでもコツを掴めたような気がする。スピードを上げて溜まっていた食器を洗っていった。
順調に初日のバイトを終えられる。と、思った傍から問題が起こった。
「張本さん! 吉田さんが急用で今日仕事に出られないと連絡がっ」
「何ィ! これから混み出す時間なんだぞ!」
慌てた店長の報告に、さっき俺に声をかけてくれたキッチンスタッフのおじさん、張本さんが反応する。店長相手にも敬語じゃないってことは長く勤めている人なのかな。それに店長も真っ先に報告しているし。
スタッフにはあいさつをしているけど、まだ吉田さんという人には会っていないな。話を聞くに夕方から出勤する予定だったのだろう。
「それじゃあキッチンの人手が足りねえってことか……」
「ど、どうしましょうか? 今から代わりの人を呼ぶとか……」
店長と張本さんが真剣な顔で話し合いを始める。夕方のピークをどう乗り越えるのか。俺は皿洗いをしながら耳をそばだてる。
「悪いが望月にもキッチンに入ってもらおう。ホールが忙しくなるだろうが、そこは店長さんにがんばってもらうしかねえな」
「それでも大変じゃありませんか? 今はデザートの注文も増えていますし」
「大変だろうがなんだろうがやり切るしかねえんだよ。すぐに忙しくなる。早く望月に伝えてきてくれ」
「あの、いいですか?」
俺が声をかけると店長と張本さんがこっちを向いた。ピリピリした空気に動じないように腹に力を込める。
「なんだ新人? 今立て込んでいるんだ」
「わかっています。よければですけど、俺も調理に回りましょうか?」
「は? 高木……だったな。お前には皿洗いが――」
今洗い物をしなければならない食器はない。全部片づけた。この分ならピークがきたとしても少しは余裕があるだろう。
「でも高校生の男の子にいきなり調理だなんて……」
「マニュアルは調理含めて全部に目を通しています。家でも飯作ったりするんで簡単なものでよければ手伝えると思います」
渋る店長にやれるという意思を示す。ここで曖昧な言葉は禁句だ。
難しい顔をしていた張本さんが口を開く。
「……焼いたり揚げたりはできるか?」
「はい。できます! 皿洗いも両方します!」
「わかった。指示は俺が出す。高木、頼むぞ」
「はい!」
バイトはただ金を稼ぐだけの場所じゃない。職場のピンチに、黙って指をくわえるだけの男にはなりたくない。
自分ができることを、ちゃんとできると口にすること。それからやり切ること。俺に必要な要素だ。
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