上 下
101 / 172
第二部

100.望月梨菜は企んでいる(前編)

しおりを挟む
 僕、望月梨菜は五人兄妹の末っ子です。
 四人の兄を持つ僕は男だらけの環境に慣れきってしまっていたのでした。それがまずいと気づいたのは中学生になってからなのです。
 小学生の頃までの僕はやんちゃで男口調でした。兄貴達と遊ぶのが普通だった僕は男子と遊ぶのが当たり前になっていたのです。
 けれど、中学生になると女子のみんなは一気に色気づいてきたのでした。男子の誰々がかっこいい、男子の誰々と付き合いたい。そんな話ばかりで、恋人ができたなんて言えば大盛り上がりしていました。
 そんな女の子の会話に、僕は入っていけなかったのです。

「梨菜ちゃんはあんなにかっこ良いお兄さんが四人もいて羨ましいなぁ」

 ただ、兄貴達は女友達の話題にはよく上がっていました。
 家ではズボラでデリカシーの欠片もない男どもでしたが、僕の兄ということもあって見てくれは悪くはなかったのです。
 女子からモテモテな兄貴達。そこで僕は気づきました。

「あれ? 兄貴達に比べて僕って全然モテていないのでは?」

 今まで男女の仲というものに興味はなかったのですが、こうして周りが騒いでいると嫌でも意識してしまいます。
 それに僕だって思春期の女の子なのです。男友達は遊び相手でしかなかったのが、それだけでは見られなくなっていました。
 だからって急に女の子らしくするのはハードルが高い。口調を変えるのはとくに難しく、敬語にすることでようやくおしとやかになったのでした。

「いやいや、梨菜はちんまいんだから男と付き合うだなんてまだ早いだろ」

 兄貴どもは声を揃えてそんなことを言いやがります。あのデリカシーのないバカ兄貴どもがっ!
 僕だって本気を出せば男子からちやほやされるに決まっています。あの兄貴どもができて、僕にできない道理なんてないでしょう。
 少し美容を意識して、仕草だって雑誌に書いてあるようにかわいらしくしてみればほら、いかにもモテそうな女の子の出来上がりです。
 高校生になったら僕の真の実力を兄貴達は思い知ることになるでしょう。僕にメロメロになった男子達を引き連れているところを見せれば、いくら鈍感な兄貴達だって認めざるを得ないはずです。


  ※ ※ ※


「こ、これが超高校級というやつですか……」

 これから楽しくなるであろう僕の高校生活は、二人の美少女の前に早くも揺らいでしまったのでした。
 片や艶やかな長い黒髪が似合う正統派美少女。片や輝くような銀髪をツインテールにした異国の美少女。
 後に宮坂葵と木之下瞳子という名前なのだと知りました。二人は入学して早々に男女問わず視線を集めていました。ちなみに木之下さんは母親がロシア人のハーフでした。

「ん? 二人の間にいる男子は誰でしょうか?」

 顔立ちは平凡ですね。背丈も特別高いわけでもありません。
 けれど美少女二人ともが彼に心からの笑顔を向けているように見えます。彼も彼で二人に向ける目がとても優しく感じさせます。
 恋人……三人ですし、それはないでしょう。友達……にしては距離が近すぎるような。
 僕が高校で最初に興味を持った男子は、二人の美少女に挟まれていた高木俊成という男の子でした。


  ※ ※ ※


 高木くんは只者ではない。そう思うようになるまでに時間はそんなにかかりませんでした。
 宮坂さんと木之下さんが幼馴染と発覚したとはいえ、超高校級の美少女二人といっしょにいて平然としていられる男子は普通なんかじゃありません。英国美女のクリスの対応だって緊張が見られませんでした。
 その態度は僕に対しても変わりません。
 これでもそれなりに男子の視線を集めている自覚はあります。高校でも僕の容姿は通用しているはずなのです。
 それでも高木くんが僕に向ける目は他の男子のような好色を帯びたものではありませんでした。オリエンテーションでの肝試しでは密着と言えるほどにくっついていたにも拘わらずです。恥ずかしがる素振りすらないとはどういうことですか!
 ……それどころか兄貴達の愚痴を聞いてもらってしまいました。あの時は話してすごくスッキリしたものでしたが、後になって考えてみればかなりどうかと思いましたね。
 いきなり家族の愚痴を吐き出す女子……。あまり良い印象を与えないでしょう。
 しかし、高木くんは他の人に僕が兄貴達のことを愚痴っていたことを漏らすようなことはしませんでした。
 高木くんは兄貴達ほど顔が良いわけではありません。でも、ちゃんとデリカシーを持った人なのでした。
 やはり本当にモテる人はデリカシーを持っているのですよ。宮坂さんに木之下さん、クリスだって高木くんとおしゃべりしているのが楽しそうですしね。兄貴達にはよく言ってやらないといけませんね。

「それでまた良兄が失礼なことを言うんですよ。あ、良兄はですね――」
「うん、良一りょういちさんだっけ。長男なんだよね」
「はい。それで良兄が言ったことはですね――」

 気づけば僕も高木くんとおしゃべりするのが楽しくなっていました。まあほとんど兄貴達に対しての愚痴ですが。
 それでも文句も言わずに聞いてくれるとなんと言いますか……、どうしたって甘えてしまうのです。
 他の男子には言えませんし、女子はイケメンの兄貴達の愚痴を言うとたしなめてきます。こうやって思う存分吐き出せるのがどれほど心地よいことか。
 ただ、こうして愚痴を言うのも簡単ではありません。教室ではクリスがほとんど彼を独占していてなかなか口にできないのです。下柳くんあたりが上手くおとりになってくれればこうやって階段の踊り場につれて来ることはできますが。
 僕の愚痴に高木くんはうんうんと相槌を打ってくれます。いやー、思う存分愚痴るというのはけっこうスッキリするものですね。気分爽快です。


  ※ ※ ※


「そんな男はダメだ」

 家族団らんでの食事中。僕が学校でのことを話していると良兄が厳しい口調でそんなことを言いました。

「はい?」

 僕は首をかしげます。この兄貴はいきなりなにを言いやがるのでしょうか。

「そんなとりあえず女に優しくしとけばいいだろうだなんて浅い考えが見え見えの奴なんて俺は認めない」
「兄ちゃんも同感だ」
「俺もー」
「……右に同じ」

 良兄に続いて他の兄貴達も反対の意を述べます。いや、これなんの話ですか?

「いいか梨菜。そういう八方美人な男は将来逃げ場のない修羅場確定だ。お兄ちゃんは絶対に許しません!」
「それ良兄の経験談じゃないですよね!?」

 兄貴達はモテるので女の子から囲まれることもしょっちゅうです。とくに良兄は誰にでもいい顔ばかりしてましたからね。勘違いしてしまう女の子も多いと聞きます。
 良兄と高木くんはタイプが違うと思いますが……。というか僕は別に彼のことが好きだなんて一言も口にしていませんし。
 まあ、高木くんが僕に惚れてしまうというのなら仕方がありません。好かれてしまうのはどうにもなりませんからね。

「俺も良一に賛成。その男は梨菜には釣り合わない」
「俺もそう思うー。梨菜にはもっと素敵な人がいるよ」
「……右に同じ」
「だから僕と高木くんが付き合うだなんて誰も言ってないじゃないですか!」

 兄貴達は誰一人としてまともに話を聞いてくれません。こういうところが嫌いなんですよ!
 その点高木くんは僕の話を正しく聞いてくれますからね。あー、兄貴達をセットであげるから交換してくれないかなぁ。

「おい梨菜。今なんだか不吉なことを考えただろう?」
「別になんでもないですよー」
「その顔は図星だな!」

 兄妹なんて長くやるもんじゃないですね。ちょっとした変化にも目ざといです。
 こうやっていちいち口うるさくするのは僕が信頼されていないということなんでしょうね。交際経験がないからって人を見る目がないってのは違うと思います。
 早く兄貴達に僕がモテモテになっている姿を見せてあげないといけません。でないといつまで経っても口うるさいままでしょう。
 ふっふっふ、僕が本気になれば男子なんてイチコロということを教えてあげますよ。望月梨菜のすごさってやつを思い知るがいい!!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者のハーレムパーティー抜けさせてもらいます!〜やけになってワンナイトしたら溺愛されました〜

犬の下僕
恋愛
勇者に裏切られた主人公がワンナイトしたら溺愛される話です。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

冴えない俺と美少女な彼女たちとの関係、複雑につき――― ~助けた小学生の姉たちはどうやらシスコンで、いつの間にかハーレム形成してました~

メディカルト
恋愛
「え……あの小学生のお姉さん……たち?」 俺、九十九恋は特筆して何か言えることもない普通の男子高校生だ。 学校からの帰り道、俺はスーパーの近くで泣く小学生の女の子を見つける。 その女の子は転んでしまったのか、怪我していた様子だったのですぐに応急処置を施したが、実は学校で有名な初風姉妹の末っ子とは知らずに―――。 少女への親切心がきっかけで始まる、コメディ系ハーレムストーリー。 ……どうやら彼は鈍感なようです。 ―――――――――――――――――――――――――――――― 【作者より】 九十九恋の『恋』が、恋愛の『恋』と間違える可能性があるので、彼のことを指すときは『レン』と表記しています。 また、R15は保険です。 毎朝20時投稿! 【3月14日 更新再開 詳細は近況ボードで】

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

貞操観念が逆転した世界に転生した俺が全部活の共有マネージャーになるようです

.
恋愛
少子化により男女比が変わって貞操概念が逆転した世界で俺「佐川幸太郎」は通っている高校、東昴女子高等学校で部活共有のマネージャーをする話

処理中です...