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第一部
87.卒業の日にカタチにする想い【挿絵あり】
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悩んで悩んで、悩む日々が続いた。
葵ちゃんはとても良い子だ。幼い頃は甘えるばかりだったけど、今では周りをよく見ている。だからこそ何か起こったとしても頼りになるし、大舞台でも実力を発揮できるほどの心の強さを持っている。
瞳子ちゃんはとても良い子だ。幼い頃からしっかりしていて、それでも弱い気持ちも持っている。だからこそ人に対しての優しさがあり、守るということに関して妥協しない強さがあるのだ。
二人ともがそれぞれの成長をして、それぞれのすごいところを俺は見てきた。
そんな彼女達が、俺のことを好きな気持ちは変わらないのだと、本当に真っすぐ伝えてくれた。
葵ちゃんと瞳子ちゃん。二人とも最高の女の子だと思う。最高と言いつつ二人もいるんだけども。
そんな二人に対する俺の気持ち。それはずっと考えてきたことだ。何年も前から考えてきたのだ。
葵ちゃんと瞳子ちゃん。どちらも好きだ。どちらも大切で、どちらかを選ぶなんて簡単にできることじゃない。
俺の優柔不断な心が彼女達にあそこまでのことを言わせてしまったのだ。ずっと好きだと言ってくれていたのに、俺が答えられないから。
でも、もうこれ以上待たせるわけにもいかない。小学生でいられるのも残り僅かだ。それがわかっていながら刻々と時間ばかりが過ぎていく。
ホワイトデー。その日は手作りのクッキーをお返しした。いろいろ考えて葵ちゃん、瞳子ちゃん、美穂ちゃんの分をそれぞれ別々の種類になるように作った。手間はかかったけれど、何かに没頭できる時間が今は恋しかった。
「卒業式の日にちゃんと聞かせてね」
ホワイトデーのお返しを葵ちゃんに渡した時のお言葉である。どうやら俺がまだ悩んでいるということはお見通しらしかった。
とはいえ、期限はもうすぐそこまで迫っている。
俺達の小学校の卒業式は第四週の金曜である。その日が近づくにつれて、悩みとは別に寂しさとかそういう気持ちが湧いてくる。
あっ、卒業生代表に俺が選ばれているんだった。あいさつ文も考えなきゃいけないな。
陽の暖かさを感じるようになり、季節の移り変わりに想いを馳せる。なんて和んでいるわけにもいかず、結局卒業式当日まで俺は悩み続けたのであった。
※ ※ ※
ついにと言うべきか、卒業式の日がやってきた。
俺達の門出を祝って桜は満開……というわけにもいかず、三分咲きくらいなものだった。まあ時期を考えればこんなものだろう。
満開になったらまた家族ぐるみで花見に行くのだろうか。なんて、それは今日の俺次第か。
卒業式に出席する生徒は六年生はもちろん、あとは在校生として参加する五年生だけだ。会場の準備なんかは五年生がしてくれている。
卒業式には母さんが参加してくれる。父さんは仕事なので朝「おめでとう」と言ってくれた。
祝ってくれる両親には感謝ばかりだ。こんな家族でいられて、俺は恵まれていたんだって改めて感じさせられた。
見上げていた母はいつの間にかそう変わらない目線となっていた。前世よりも体が成長しているし、このままいけば父さんの身長を超すことだってできるだろう。
心配かけないような信頼される息子。そんな風になれているだろうか。できればそうなりたい。
教室に入ると黒板に「卒業おめでとうございます!」の文字と絵が書き込まれていた。
これは品川ちゃんの絵だ。初っ端からサプライズをもらって目頭が熱くなる。こんなの反則でしょうに……。
「これ、五年生の子が描いてくれたんやろうね。他のクラスの黒板にもあったわ」
「そっか……。こういうの見ると俺達卒業するんだって実感するな」
「そやね……」
黒板のメッセージを眺めながら俺と佐藤は六年間の思い出に浸っていた。
前世では小学校の卒業にここまで込み上げてくるものはなかったと思う。今が鮮明ということもあるのかもしれないが、これまで積み重ねてきたことの差に思えた。
「なーにしけた顔してんのよ!」
「いだっ!?」
「いったー! 小川さん何すんねん!」
突然背中が衝撃に襲われた。バシン! といい音がして悶絶してしまう。どうやら小川さんに張り手を喰らったようだ。同じようにやられた佐藤だったが、切り替え早く犯人に向かって抗議していた。
小川さんに悪びれる様子はない。これから小学校を卒業するというのにこの子は変わらないな。
「そっちが変な空気出してるから喝入れてあげたんじゃない。せっかくの卒業式なんだからそんな顔してないで笑顔でいかなきゃ!」
「……そうやね。小川さん、ありがとうな」
喝を入れられた佐藤は笑顔になった。それを見て小川さんもにししと笑う。
確かに小川さんの言う通りだ。先生、保護者、在校生とみんなが俺達の卒業という門出を祝ってくれている。最後は笑って見送られようじゃないか。
「あと高木くんは卒業生代表として答辞があるんだから、噛んだりして私達に恥ずかしい思いをさせないでよね」
「噛まないよ。みんなの気持ちを代弁できるような答辞を考えてきたからな。小川さんこそ居眠りせずにちゃんと聞いてろよ」
「お、やる気だね。その意気だ」
俺も喝を入れられたようだ。やり切ろうという気持ちが強くなっている。
式が始まる前に一回答辞を読み上げる練習でもしとこうかな。なんて考えていると、肩をちょんちょんと叩かれた。
「ねえ高木」
「どうしたの美穂ちゃん?」
美穂ちゃんが小声で尋ねてくる。何か気になることがあるらしかった。
「今日宮坂と木之下が話しかけてこないみたいだけど何かあった? なんか目を逸らしているように見えるけど」
葵ちゃんと瞳子ちゃんは友達に囲まれて小学生最後の時間を楽しんで過ごしていた。ただ、美穂ちゃんの言う通り俺の方を見ようとはしない。
まあ、それは俺も同じことなのだが。
「うん、まあね……」
「ふむ……やっと告白する気になったと見える」
ドキリとして美穂ちゃんをまじまじと見つめてしまう。彼女は少しだけ得意げに胸を張る。
「これでも付き合いは長いんだからわかる。で、どっちなの?」
「いやいやそれはちょっと……」
「誰にも言わないから。ここだけの話にするから」
興味津々だな美穂ちゃん。俺は目を輝かせて顔を近づけてくる彼女をかわすのだった。
そうやっていると卒業式の時間となった。小学生最後のイベントである。
体育館に入場すると拍手で出迎えられた。すでに在校生や保護者が着席していた。注目されていると思うと緊張してくる。
慣れ親しんだはずの体育館なのに厳かな雰囲気を感じる。場所は関係なく、そういう場として臨んでいるからなのだろう。
卒業式の練習はしてきている。三月に入ってからはほとんどそればっかりだったほどだ。
作られた感動の場、とでもいうのか。しかし、今はこの場の空気と、これが最後だという寂寥感でいっぱいになりそうだった。
校歌斉唱、卒業証書授与、校長先生やPTA代表からの祝辞。つつがなく式が進行していく。
「在校生代表、森田耕介」
「はい!」
よく通る大きな声が体育館に響いた。
在校生からの送る言葉。意外と言ってはなんだが、森田が代表者になっていた。聞いた話では自分から立候補したのだそうだ。
「六年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。在校生を代表して心からお祝いいたします。六年生の皆さんは――」
練習を重ねたのだろう。はきはきとした大きな声で淀みなく読み上げていく。まさに森田が在校生代表だとみんなが思うであろうほどの立派な送辞だった。
「卒業生代表、高木俊成」
「はい!」
俺も負けてられない。卒業生として、在校生には立派な姿の俺を記憶に残したい。
壇上に上がる。練習ではそこまでだった。みんなの前で答辞を述べるのはこれが初めてだ。
目線が高くなるとここに集まっている人達の顔が見られた。みんなが俺に注目している。
前世の俺だったら、この光景だけで緊張でパニックになっていたかもしれないな。内心で苦笑しながら、俺は口を開いた。
「今日は私達のために卒業式を開いていただきありがとうございます」
口にするのはこれまでの思い出、それからこれからへの決意。そして、集まっていただいた方々への感謝を込める。
きっと今だけしか感謝の言葉を送れない人だっている。あの時ありがとうと言っておけばよかった、そう後悔しないように答辞を述べた。
読み終わると拍手が広がった。礼をして壇上から降りる。階段から降りる最中、母さんが泣いているのを目にしてしまった。
そうして卒業式が終わる。これで小学校生活も終わりだ。
クラスのみんなと最後の言葉を交わす。と言ってもほとんどは同じ中学校への繰り上がりである。あまりお別れという感じでもなかった。
写真を撮ったり寄せ書きをしたり、卒業式が終わった後もみんなしばらく残るようだった。
俺もこれからやることがある。いや、これからが本番か。
※ ※ ※
俺は葵ちゃんと瞳子ちゃんをつれて校庭を歩いていた。桜の木が何本も植えられていて、歩くだけでも情緒を感じられた。
「あれを見ると葵と初めて会った時のこと思い出すわね」
そう言って瞳子ちゃんが指を差したのはジャングルジムや滑り台などが合わさった大きな遊具だった。それを見た葵ちゃんは頷く。
「確かにそうだね。あの時は瞳子ちゃんとトシくんを取り合いっこしたっけ」
二人は思い出に浸るように目を細める。入学式での出来事を思い返しているのだろう。
あまりあの遊具では遊ばなかったけれど、思い出深いことには変わりない。あの時の自分はオロオロしているだけしかできなかったな。
「あの時は人前で俊成のことが好きだって、そう口にするのが恥ずかしくなかったわ。誰にも負けないくらい好きだって大声を上げたかったくらいよ」
「うん、私も。瞳子ちゃんに負けたくなくってトシくんと結婚の約束をしたって嘘ついちゃった」
「それはあたしもよ。もっとすごいことしたって言い合いっこしたりね」
「そうそう。今思えば恥ずかしくなっちゃうことを平気で言ってたよね」
二人は笑い合う。あの時はこんな関係になれるだなんて思わなかった。それはお互いそうなのかもしれないけれど。
それにしてもよく覚えている。それほどにインパクトのある記憶なのだろうな。
風が吹く。まだ肌寒い風だった。
「でも」と、葵ちゃんが思い返していた記憶を止めさせる。
「トシくんへの気持ちはずっと本当で、嘘なんか一つもないんだよ」
振り返った葵ちゃんが俺の目を見つめる。真剣な眼差しは、彼女が口にしたことが言葉通りだと告げていた。
「そうね。あの時から何も変わらない。ううん、ずっといっしょに過ごしてきたからこそこの想いが本物なんだって胸を張って言えるわ」
振り返った瞳子ちゃんが俺の目を見つめる。その目は偽りなく、正直な気持ちを口にしているのだと伝えてくる。
一拍の間を置いて、二人は同時に口を開いた。
「好きです」
想いが重なる。その一言に、二人の想いのすべてが詰め込まれていた。
心臓の音がうるさい。この鼓動がどこからくるものなのか、言葉にできる人はいるのだろうか。
葵ちゃんと瞳子ちゃんが真っすぐ俺を見つめている。決して逸らさない。この気持ちがどれだけ大きいものなのかと、間違いのないように伝えてくるかのようだ。
「俺は――」
口を開く。それはとても重たく感じた。
それでも、これだけの想いを伝えられて何も返さないのは卑怯だ。どんなことになったとしても、俺は二人に今の気持ちを伝えなければならなかった。
「俺は、最低なんだ」
こんな始まりなのに、二人とも黙って俺の言葉を聞いてくれていた。
「たくさん考えたんだ。葵ちゃんと瞳子ちゃん、どっちが好きなのかってずっと考えてた。……六年間、ずっと考えてたんだ」
葵ちゃんも、瞳子ちゃんも、黙ったままだ。これから俺がどんなことを口にしようと最後まで聞き届けるつもりなのだろう。
――そんな優しい二人だからこそ、俺は好きになったのだ。
「でも、俺の中で答えはでなかった。俺は葵ちゃんも、瞳子ちゃんも、両方が特別な好きなんだ!」
葵ちゃんに目を向ける。
「葵ちゃんのかわいらしい大きな目が好きだ。サラサラの長い黒髪が好きだ。俺と手を繋いでくれるところが好きだ。俺を甘えさせようとしてくれて、でも自分も甘えたいって思っているところが好きだ。危ないことをしてちゃんと叱ってくれるところが好きだ」
今度は瞳子ちゃんに目を向ける。
「瞳子ちゃんの綺麗な青い瞳が好きだ。ツインテールにしている銀髪が好きだ。人に優しいところが好きだ。恥ずかしがっているけど俺に触らせてくれるところが好きだ。しっかり者で、それでもちゃんと俺を頼ってくれるところが好きだ」
そして何より、と。俺は続けた。
「二人が俺のことを本気で好きって言ってくれるところが、何よりも一番好きだ!!」
感情が爆発したかのように自然と腹から大声が出た。出てしまった。
どうやっても消化できない気持ち。どうやってもどちらかを選べない優柔不断な自分。
そんなわがままで自分勝手な最低の告白だった。
「ごめん! 本当にごめん!! あれだけ好きだって言ってもらっておいてちゃんと答えを出せなかった。俺、最低だよな……」
俺は頭を下げる。深く深く、体が柔らかいこともあって地面スレスレだ。これはもういっそのこと土下座をした方がいいのではなかろうか。そう考えついた時、葵ちゃんと瞳子ちゃんの声が重なった。
「……はい」
と、一言だけ。
それにどう反応していいかもわからず顔を上げると、葵ちゃんと瞳子ちゃんの顔は見事に真っ赤となっていた。
二人の目は潤んでいて、泣きそうなのかと思って焦りが生まれる。
「や、やっぱり俺って最低だよな。愛想尽かされても仕方がないと思うし……」
うろたえていると、葵ちゃんと瞳子ちゃんが同時に俺へと抱きついた。
ぎゅうーっと力いっぱい抱きしめられる。二人とも柔らかい感触なので全然苦しくなかった。
って、何が起こった!?
「あ、葵ちゃん? と、瞳子ちゃん?」
戸惑う俺の耳に、またもや二人の声が重なる。
「やっと、言ってくれた……」
「え?」
葵ちゃんと瞳子ちゃんはばっと体を離す。そこから一気にまくしたてられた。
「遅いよトシくん! 私達がどれだけ不安だったかわかってるの!? どうやったら気持ちを言ってくれるかすごく悩んだんだからね!!」
「そうよどれだけ待たせるのよ! 行動でわかってたつもりだけど言葉がなかったらこっちは怖いんだからね! あたし達は素直に言っているんだから俊成も素直になりなさいよ!!」
なんか、ものすごく怒られてしまった……。
それからもう一度二人に抱きしめられる。優しい抱擁だった。
これは結局……、俺はどんな反応をすればいいんだ?
どうすればいいかもわからず固まっていると、葵ちゃんと瞳子ちゃんがじと目で俺を見上げた。
「ここは抱きしめてよトシくん」
「黙って抱きしめ返しなさいよ俊成」
あれ、そういう流れ? 二人はそれでいいの?
なんだか俺の方が納得できないまま、葵ちゃんと瞳子ちゃんの背中に腕を回した。二人ともなんですけどいいの?
しばらく抱きしめ合っていたと思う。状況が状況なだけに時間の感覚がなくなっていそうだ。
どれほどの時間が経っただろうか。ようやく二人が俺から離れた。
「トシくん、ここで提案があります」
なぜか敬語になる葵ちゃん。真面目な話ということだろうか。
「恋人としてのお付き合いを始めましょう」
「え、いや、だから俺には葵ちゃんと瞳子ちゃんのどちらかを選ぶなんてできなくてですね……」
敬語がうつってしまった。じゃなくて葵ちゃんは何を言い出しているんだ? 今さっき二人とも好きで選べないと言ったばかりなのに。
しかし、葵ちゃんの次の言葉に俺は耳を疑った。
「だから選ばなくてもいいのです。私と瞳子ちゃん。二人をトシくんの恋人にしてください」
「……え? ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇーーっ!?」
葵ちゃんの言葉が脳へと伝わり、意味を理解した俺は驚愕の声を上げた。
いやいやいやいやいや! 二人同時に付き合うとかダメでしょ! それって二股ってやつでしょ! 葵ちゃんと瞳子ちゃんに対してそんな不誠実な付き合い方できるわけがない!!
「俊成、聞いて。これはあたしと葵、二人で話し合ったことなの」
「え、どういうこと?」
瞳子ちゃんは静かな調子で話し始めた。
「もし俊成があたしと葵の両方を好きって言ってくれたのなら、いっしょに俊成の恋人になろうって決めていたのよ。あたしと葵は文句なんてないわ。女の子がそう言っているんだから、俊成は気にしなくてもいいの」
「でも、それじゃあ……」
渋る俺に葵ちゃんが言葉を被せる。
「だってトシくん、今の関係のままだったら一生決められないでしょう?」
葵ちゃんまさかの突き刺し攻撃! 言葉の槍で俺の胸を貫いてきた。
翻訳すると「このままだと一生優柔不断のヘタレでしょ?」である。笑顔で辛辣なことをおっしゃる……。
だけど反論できなかった。確かに何年も悩んでこれだったのだ。どうやればどちらかを選べるのかまったく思いつかない。
「だからね、今よりももっと深い関係になるの。そうすれば私達はもっとトシくんのことを知れるし、トシくんだってもっと私達のことを知れるよ」
「今のままじゃわからないのなら、ちゃんとわかるまで付き合ってあげるわ。あたし達も納得できるまで退く気なんてないから。だから今よりももっとたくさん俊成のことを教えて?」
言葉が詰まる。二人は本気だった。本気で二人いっしょに俺の恋人になろうとしている。
そんなことが許されてもいいのだろうか? 蓄積された倫理観が俺を止めようと吼えている。
「たぶんね、私達のしようとしていることは子供の浅知恵だって思われるかもしれない」
でもね、と葵ちゃんは続けた。
「私は瞳子ちゃんも好きなの。だから、どんな最後になったとしてもトシくんを好きって気持ちを出し切りたいし、瞳子ちゃんもそうであってほしいの」
「……あたしも同じ気持ちよ。後悔はしたくない。葵にも後悔してほしくないわ。だから、三人でいっしょに気持ちを確かめ合っていきたい。そんな風な関係でもいいのかなって、葵のおかげで思えるようになったの」
葵ちゃんも瞳子ちゃんも真剣だ。真剣に三人でいっしょの恋人関係を結ぼうとしている。
「これが絶対に正解だって言えないけれど、絶対に間違っているだなんて言われたくもない」
葵ちゃんは優しく俺の手を包み込んでくれる。
「いいじゃない。トシくんがわからないって言うんだったら三人でその気持ちを育てていこうよ。私達の成長期は体だけじゃないよ。心だってこれから育てるものなんだから」
そう言って、葵ちゃんはにぱーと華やいだ笑みを見せてくれた。
その笑顔を見て、頑なにいけないことだと思っていたのがバカらしくなる。すると笑いが込み上げてきた。
「ぷっ、あはははははっ。そうだな、俺達まだ子供だもんな」
肩の荷が下りたような、そんな楽になった気分になった。
最初は葵ちゃんと幼馴染になって結婚しようだなんて企んでいた。でも、そこへ瞳子ちゃんが現れて幼いながら俺のことを好きだと言ってくれた。
二人はいつも俺に好意を寄せてくれていて、そんな二人と過ごしているうちに、好きって気持ちは頭で考えてるだけで割り切れるような簡単な気持ちじゃないってわかったんだ。
だからこそ、素直に伝えて育んでいかなければならないものだった。俺だけじゃあこの気持ちに決着をつけられないのかもしれない。けれど、俺にはこんなにもかわいい幼馴染がいるのだ。
「うん、わかった。こんな優柔不断な男だけど、これから恋人としてよろしくお願いします」
「トシくん……そ、それって……」
「こういうことだよ」
目を見開く葵ちゃんの頬にキスをした。自分からするのってとてもドキドキする。
ぽかんとする葵ちゃん。何が起こったのか理解が追いつかないようだ。
しかし段々と首から上が赤くなっていく。そんな反応がかわいいと思った。いや、ちゃんと口にしよう。
「葵、かわいいよ」
「よ、呼び方……。う……、うひゃあああああああああーーっ!!」
葵は頭から煙を噴き出してフラフラになった。
「ちょっ、俊成!? ていうかずるいわよ葵!」
それを目の前で見ていた瞳子がわたわたしている。俺はそんな彼女の腕を取って引き寄せた。
「きゃっ!?」
俺の胸に柔らかい感触が収まる。状況が飲み込めていない瞳子の頬にキスをした。
「え? 今のって俊成の……」
「瞳子、好きだよ」
「そ、そんないきなり……、ふわぁ……」
瞳子は体中の血液が全部顔に集まったんじゃないかってくらい真っ赤になってよろけてしまう。二人とも足元がおぼつかないので肩を抱いて支えた。
「葵も瞳子も顔が真っ赤でかわいい」
「と、俊成だって顔赤いわよ……」
だろうな。だってものすごく顔が熱い。ドキドキが止まらない。
こんなことになってしまうほどの好意を、二人はずっと俺に向けてくれていたんだ。それがわかるとより一層葵と瞳子に対して愛おしさが込み上げてくる。
「二人とも、大好きだ」
素直な気持ちを伝えると葵と瞳子の体がへなへなと崩れそうになる。それを慌てて腕に力を入れて支え直した。
「こ、このまま負けてられないんだから……」
「わ、私もやられっ放しじゃないんだからね……」
二人はいっしょになって俺に顔を近づけてくる。唇に、二人分の暖かな感触がした。それが俺の心を震わせた。
「おぉ……」
唇から幸せが広がった。二人からもたらされる幸福感は俺の想像力なんて目じゃないくらいとんでもないものだった。
そこでパシャリと音が聞こえて我に返る。なんだか嫌な予感がしつつも、音の方へと顔を向けた。
葵のお父さんがカメラを向けていた。もちろん彼一人だけではなく、家族が勢ぞろいしていた。
「ほほう……」
「これはすごいことになっちゃったわねぇ」
「と、瞳子ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「トシナリ、立派になりマシタネ」
宮坂夫婦と木之下夫婦がそれぞれの反応を見せていた。俺の親? 明後日の方向を向いて知らないフリをしているよ。
なんかとんでもないことをやらかしてしまった気がする。いや、実際そうなんだろうけども。
でも、今の俺は葵と瞳子のぬくもりを手放そうとは考えられなくなっていた。
こうして、小学校を卒業する日に、俺に人生初の恋人ができたのであった。
※チャーコさんの依頼で、あっきコタロウさんからイラストをいただきました!
葵ちゃんはとても良い子だ。幼い頃は甘えるばかりだったけど、今では周りをよく見ている。だからこそ何か起こったとしても頼りになるし、大舞台でも実力を発揮できるほどの心の強さを持っている。
瞳子ちゃんはとても良い子だ。幼い頃からしっかりしていて、それでも弱い気持ちも持っている。だからこそ人に対しての優しさがあり、守るということに関して妥協しない強さがあるのだ。
二人ともがそれぞれの成長をして、それぞれのすごいところを俺は見てきた。
そんな彼女達が、俺のことを好きな気持ちは変わらないのだと、本当に真っすぐ伝えてくれた。
葵ちゃんと瞳子ちゃん。二人とも最高の女の子だと思う。最高と言いつつ二人もいるんだけども。
そんな二人に対する俺の気持ち。それはずっと考えてきたことだ。何年も前から考えてきたのだ。
葵ちゃんと瞳子ちゃん。どちらも好きだ。どちらも大切で、どちらかを選ぶなんて簡単にできることじゃない。
俺の優柔不断な心が彼女達にあそこまでのことを言わせてしまったのだ。ずっと好きだと言ってくれていたのに、俺が答えられないから。
でも、もうこれ以上待たせるわけにもいかない。小学生でいられるのも残り僅かだ。それがわかっていながら刻々と時間ばかりが過ぎていく。
ホワイトデー。その日は手作りのクッキーをお返しした。いろいろ考えて葵ちゃん、瞳子ちゃん、美穂ちゃんの分をそれぞれ別々の種類になるように作った。手間はかかったけれど、何かに没頭できる時間が今は恋しかった。
「卒業式の日にちゃんと聞かせてね」
ホワイトデーのお返しを葵ちゃんに渡した時のお言葉である。どうやら俺がまだ悩んでいるということはお見通しらしかった。
とはいえ、期限はもうすぐそこまで迫っている。
俺達の小学校の卒業式は第四週の金曜である。その日が近づくにつれて、悩みとは別に寂しさとかそういう気持ちが湧いてくる。
あっ、卒業生代表に俺が選ばれているんだった。あいさつ文も考えなきゃいけないな。
陽の暖かさを感じるようになり、季節の移り変わりに想いを馳せる。なんて和んでいるわけにもいかず、結局卒業式当日まで俺は悩み続けたのであった。
※ ※ ※
ついにと言うべきか、卒業式の日がやってきた。
俺達の門出を祝って桜は満開……というわけにもいかず、三分咲きくらいなものだった。まあ時期を考えればこんなものだろう。
満開になったらまた家族ぐるみで花見に行くのだろうか。なんて、それは今日の俺次第か。
卒業式に出席する生徒は六年生はもちろん、あとは在校生として参加する五年生だけだ。会場の準備なんかは五年生がしてくれている。
卒業式には母さんが参加してくれる。父さんは仕事なので朝「おめでとう」と言ってくれた。
祝ってくれる両親には感謝ばかりだ。こんな家族でいられて、俺は恵まれていたんだって改めて感じさせられた。
見上げていた母はいつの間にかそう変わらない目線となっていた。前世よりも体が成長しているし、このままいけば父さんの身長を超すことだってできるだろう。
心配かけないような信頼される息子。そんな風になれているだろうか。できればそうなりたい。
教室に入ると黒板に「卒業おめでとうございます!」の文字と絵が書き込まれていた。
これは品川ちゃんの絵だ。初っ端からサプライズをもらって目頭が熱くなる。こんなの反則でしょうに……。
「これ、五年生の子が描いてくれたんやろうね。他のクラスの黒板にもあったわ」
「そっか……。こういうの見ると俺達卒業するんだって実感するな」
「そやね……」
黒板のメッセージを眺めながら俺と佐藤は六年間の思い出に浸っていた。
前世では小学校の卒業にここまで込み上げてくるものはなかったと思う。今が鮮明ということもあるのかもしれないが、これまで積み重ねてきたことの差に思えた。
「なーにしけた顔してんのよ!」
「いだっ!?」
「いったー! 小川さん何すんねん!」
突然背中が衝撃に襲われた。バシン! といい音がして悶絶してしまう。どうやら小川さんに張り手を喰らったようだ。同じようにやられた佐藤だったが、切り替え早く犯人に向かって抗議していた。
小川さんに悪びれる様子はない。これから小学校を卒業するというのにこの子は変わらないな。
「そっちが変な空気出してるから喝入れてあげたんじゃない。せっかくの卒業式なんだからそんな顔してないで笑顔でいかなきゃ!」
「……そうやね。小川さん、ありがとうな」
喝を入れられた佐藤は笑顔になった。それを見て小川さんもにししと笑う。
確かに小川さんの言う通りだ。先生、保護者、在校生とみんなが俺達の卒業という門出を祝ってくれている。最後は笑って見送られようじゃないか。
「あと高木くんは卒業生代表として答辞があるんだから、噛んだりして私達に恥ずかしい思いをさせないでよね」
「噛まないよ。みんなの気持ちを代弁できるような答辞を考えてきたからな。小川さんこそ居眠りせずにちゃんと聞いてろよ」
「お、やる気だね。その意気だ」
俺も喝を入れられたようだ。やり切ろうという気持ちが強くなっている。
式が始まる前に一回答辞を読み上げる練習でもしとこうかな。なんて考えていると、肩をちょんちょんと叩かれた。
「ねえ高木」
「どうしたの美穂ちゃん?」
美穂ちゃんが小声で尋ねてくる。何か気になることがあるらしかった。
「今日宮坂と木之下が話しかけてこないみたいだけど何かあった? なんか目を逸らしているように見えるけど」
葵ちゃんと瞳子ちゃんは友達に囲まれて小学生最後の時間を楽しんで過ごしていた。ただ、美穂ちゃんの言う通り俺の方を見ようとはしない。
まあ、それは俺も同じことなのだが。
「うん、まあね……」
「ふむ……やっと告白する気になったと見える」
ドキリとして美穂ちゃんをまじまじと見つめてしまう。彼女は少しだけ得意げに胸を張る。
「これでも付き合いは長いんだからわかる。で、どっちなの?」
「いやいやそれはちょっと……」
「誰にも言わないから。ここだけの話にするから」
興味津々だな美穂ちゃん。俺は目を輝かせて顔を近づけてくる彼女をかわすのだった。
そうやっていると卒業式の時間となった。小学生最後のイベントである。
体育館に入場すると拍手で出迎えられた。すでに在校生や保護者が着席していた。注目されていると思うと緊張してくる。
慣れ親しんだはずの体育館なのに厳かな雰囲気を感じる。場所は関係なく、そういう場として臨んでいるからなのだろう。
卒業式の練習はしてきている。三月に入ってからはほとんどそればっかりだったほどだ。
作られた感動の場、とでもいうのか。しかし、今はこの場の空気と、これが最後だという寂寥感でいっぱいになりそうだった。
校歌斉唱、卒業証書授与、校長先生やPTA代表からの祝辞。つつがなく式が進行していく。
「在校生代表、森田耕介」
「はい!」
よく通る大きな声が体育館に響いた。
在校生からの送る言葉。意外と言ってはなんだが、森田が代表者になっていた。聞いた話では自分から立候補したのだそうだ。
「六年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。在校生を代表して心からお祝いいたします。六年生の皆さんは――」
練習を重ねたのだろう。はきはきとした大きな声で淀みなく読み上げていく。まさに森田が在校生代表だとみんなが思うであろうほどの立派な送辞だった。
「卒業生代表、高木俊成」
「はい!」
俺も負けてられない。卒業生として、在校生には立派な姿の俺を記憶に残したい。
壇上に上がる。練習ではそこまでだった。みんなの前で答辞を述べるのはこれが初めてだ。
目線が高くなるとここに集まっている人達の顔が見られた。みんなが俺に注目している。
前世の俺だったら、この光景だけで緊張でパニックになっていたかもしれないな。内心で苦笑しながら、俺は口を開いた。
「今日は私達のために卒業式を開いていただきありがとうございます」
口にするのはこれまでの思い出、それからこれからへの決意。そして、集まっていただいた方々への感謝を込める。
きっと今だけしか感謝の言葉を送れない人だっている。あの時ありがとうと言っておけばよかった、そう後悔しないように答辞を述べた。
読み終わると拍手が広がった。礼をして壇上から降りる。階段から降りる最中、母さんが泣いているのを目にしてしまった。
そうして卒業式が終わる。これで小学校生活も終わりだ。
クラスのみんなと最後の言葉を交わす。と言ってもほとんどは同じ中学校への繰り上がりである。あまりお別れという感じでもなかった。
写真を撮ったり寄せ書きをしたり、卒業式が終わった後もみんなしばらく残るようだった。
俺もこれからやることがある。いや、これからが本番か。
※ ※ ※
俺は葵ちゃんと瞳子ちゃんをつれて校庭を歩いていた。桜の木が何本も植えられていて、歩くだけでも情緒を感じられた。
「あれを見ると葵と初めて会った時のこと思い出すわね」
そう言って瞳子ちゃんが指を差したのはジャングルジムや滑り台などが合わさった大きな遊具だった。それを見た葵ちゃんは頷く。
「確かにそうだね。あの時は瞳子ちゃんとトシくんを取り合いっこしたっけ」
二人は思い出に浸るように目を細める。入学式での出来事を思い返しているのだろう。
あまりあの遊具では遊ばなかったけれど、思い出深いことには変わりない。あの時の自分はオロオロしているだけしかできなかったな。
「あの時は人前で俊成のことが好きだって、そう口にするのが恥ずかしくなかったわ。誰にも負けないくらい好きだって大声を上げたかったくらいよ」
「うん、私も。瞳子ちゃんに負けたくなくってトシくんと結婚の約束をしたって嘘ついちゃった」
「それはあたしもよ。もっとすごいことしたって言い合いっこしたりね」
「そうそう。今思えば恥ずかしくなっちゃうことを平気で言ってたよね」
二人は笑い合う。あの時はこんな関係になれるだなんて思わなかった。それはお互いそうなのかもしれないけれど。
それにしてもよく覚えている。それほどにインパクトのある記憶なのだろうな。
風が吹く。まだ肌寒い風だった。
「でも」と、葵ちゃんが思い返していた記憶を止めさせる。
「トシくんへの気持ちはずっと本当で、嘘なんか一つもないんだよ」
振り返った葵ちゃんが俺の目を見つめる。真剣な眼差しは、彼女が口にしたことが言葉通りだと告げていた。
「そうね。あの時から何も変わらない。ううん、ずっといっしょに過ごしてきたからこそこの想いが本物なんだって胸を張って言えるわ」
振り返った瞳子ちゃんが俺の目を見つめる。その目は偽りなく、正直な気持ちを口にしているのだと伝えてくる。
一拍の間を置いて、二人は同時に口を開いた。
「好きです」
想いが重なる。その一言に、二人の想いのすべてが詰め込まれていた。
心臓の音がうるさい。この鼓動がどこからくるものなのか、言葉にできる人はいるのだろうか。
葵ちゃんと瞳子ちゃんが真っすぐ俺を見つめている。決して逸らさない。この気持ちがどれだけ大きいものなのかと、間違いのないように伝えてくるかのようだ。
「俺は――」
口を開く。それはとても重たく感じた。
それでも、これだけの想いを伝えられて何も返さないのは卑怯だ。どんなことになったとしても、俺は二人に今の気持ちを伝えなければならなかった。
「俺は、最低なんだ」
こんな始まりなのに、二人とも黙って俺の言葉を聞いてくれていた。
「たくさん考えたんだ。葵ちゃんと瞳子ちゃん、どっちが好きなのかってずっと考えてた。……六年間、ずっと考えてたんだ」
葵ちゃんも、瞳子ちゃんも、黙ったままだ。これから俺がどんなことを口にしようと最後まで聞き届けるつもりなのだろう。
――そんな優しい二人だからこそ、俺は好きになったのだ。
「でも、俺の中で答えはでなかった。俺は葵ちゃんも、瞳子ちゃんも、両方が特別な好きなんだ!」
葵ちゃんに目を向ける。
「葵ちゃんのかわいらしい大きな目が好きだ。サラサラの長い黒髪が好きだ。俺と手を繋いでくれるところが好きだ。俺を甘えさせようとしてくれて、でも自分も甘えたいって思っているところが好きだ。危ないことをしてちゃんと叱ってくれるところが好きだ」
今度は瞳子ちゃんに目を向ける。
「瞳子ちゃんの綺麗な青い瞳が好きだ。ツインテールにしている銀髪が好きだ。人に優しいところが好きだ。恥ずかしがっているけど俺に触らせてくれるところが好きだ。しっかり者で、それでもちゃんと俺を頼ってくれるところが好きだ」
そして何より、と。俺は続けた。
「二人が俺のことを本気で好きって言ってくれるところが、何よりも一番好きだ!!」
感情が爆発したかのように自然と腹から大声が出た。出てしまった。
どうやっても消化できない気持ち。どうやってもどちらかを選べない優柔不断な自分。
そんなわがままで自分勝手な最低の告白だった。
「ごめん! 本当にごめん!! あれだけ好きだって言ってもらっておいてちゃんと答えを出せなかった。俺、最低だよな……」
俺は頭を下げる。深く深く、体が柔らかいこともあって地面スレスレだ。これはもういっそのこと土下座をした方がいいのではなかろうか。そう考えついた時、葵ちゃんと瞳子ちゃんの声が重なった。
「……はい」
と、一言だけ。
それにどう反応していいかもわからず顔を上げると、葵ちゃんと瞳子ちゃんの顔は見事に真っ赤となっていた。
二人の目は潤んでいて、泣きそうなのかと思って焦りが生まれる。
「や、やっぱり俺って最低だよな。愛想尽かされても仕方がないと思うし……」
うろたえていると、葵ちゃんと瞳子ちゃんが同時に俺へと抱きついた。
ぎゅうーっと力いっぱい抱きしめられる。二人とも柔らかい感触なので全然苦しくなかった。
って、何が起こった!?
「あ、葵ちゃん? と、瞳子ちゃん?」
戸惑う俺の耳に、またもや二人の声が重なる。
「やっと、言ってくれた……」
「え?」
葵ちゃんと瞳子ちゃんはばっと体を離す。そこから一気にまくしたてられた。
「遅いよトシくん! 私達がどれだけ不安だったかわかってるの!? どうやったら気持ちを言ってくれるかすごく悩んだんだからね!!」
「そうよどれだけ待たせるのよ! 行動でわかってたつもりだけど言葉がなかったらこっちは怖いんだからね! あたし達は素直に言っているんだから俊成も素直になりなさいよ!!」
なんか、ものすごく怒られてしまった……。
それからもう一度二人に抱きしめられる。優しい抱擁だった。
これは結局……、俺はどんな反応をすればいいんだ?
どうすればいいかもわからず固まっていると、葵ちゃんと瞳子ちゃんがじと目で俺を見上げた。
「ここは抱きしめてよトシくん」
「黙って抱きしめ返しなさいよ俊成」
あれ、そういう流れ? 二人はそれでいいの?
なんだか俺の方が納得できないまま、葵ちゃんと瞳子ちゃんの背中に腕を回した。二人ともなんですけどいいの?
しばらく抱きしめ合っていたと思う。状況が状況なだけに時間の感覚がなくなっていそうだ。
どれほどの時間が経っただろうか。ようやく二人が俺から離れた。
「トシくん、ここで提案があります」
なぜか敬語になる葵ちゃん。真面目な話ということだろうか。
「恋人としてのお付き合いを始めましょう」
「え、いや、だから俺には葵ちゃんと瞳子ちゃんのどちらかを選ぶなんてできなくてですね……」
敬語がうつってしまった。じゃなくて葵ちゃんは何を言い出しているんだ? 今さっき二人とも好きで選べないと言ったばかりなのに。
しかし、葵ちゃんの次の言葉に俺は耳を疑った。
「だから選ばなくてもいいのです。私と瞳子ちゃん。二人をトシくんの恋人にしてください」
「……え? ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇーーっ!?」
葵ちゃんの言葉が脳へと伝わり、意味を理解した俺は驚愕の声を上げた。
いやいやいやいやいや! 二人同時に付き合うとかダメでしょ! それって二股ってやつでしょ! 葵ちゃんと瞳子ちゃんに対してそんな不誠実な付き合い方できるわけがない!!
「俊成、聞いて。これはあたしと葵、二人で話し合ったことなの」
「え、どういうこと?」
瞳子ちゃんは静かな調子で話し始めた。
「もし俊成があたしと葵の両方を好きって言ってくれたのなら、いっしょに俊成の恋人になろうって決めていたのよ。あたしと葵は文句なんてないわ。女の子がそう言っているんだから、俊成は気にしなくてもいいの」
「でも、それじゃあ……」
渋る俺に葵ちゃんが言葉を被せる。
「だってトシくん、今の関係のままだったら一生決められないでしょう?」
葵ちゃんまさかの突き刺し攻撃! 言葉の槍で俺の胸を貫いてきた。
翻訳すると「このままだと一生優柔不断のヘタレでしょ?」である。笑顔で辛辣なことをおっしゃる……。
だけど反論できなかった。確かに何年も悩んでこれだったのだ。どうやればどちらかを選べるのかまったく思いつかない。
「だからね、今よりももっと深い関係になるの。そうすれば私達はもっとトシくんのことを知れるし、トシくんだってもっと私達のことを知れるよ」
「今のままじゃわからないのなら、ちゃんとわかるまで付き合ってあげるわ。あたし達も納得できるまで退く気なんてないから。だから今よりももっとたくさん俊成のことを教えて?」
言葉が詰まる。二人は本気だった。本気で二人いっしょに俺の恋人になろうとしている。
そんなことが許されてもいいのだろうか? 蓄積された倫理観が俺を止めようと吼えている。
「たぶんね、私達のしようとしていることは子供の浅知恵だって思われるかもしれない」
でもね、と葵ちゃんは続けた。
「私は瞳子ちゃんも好きなの。だから、どんな最後になったとしてもトシくんを好きって気持ちを出し切りたいし、瞳子ちゃんもそうであってほしいの」
「……あたしも同じ気持ちよ。後悔はしたくない。葵にも後悔してほしくないわ。だから、三人でいっしょに気持ちを確かめ合っていきたい。そんな風な関係でもいいのかなって、葵のおかげで思えるようになったの」
葵ちゃんも瞳子ちゃんも真剣だ。真剣に三人でいっしょの恋人関係を結ぼうとしている。
「これが絶対に正解だって言えないけれど、絶対に間違っているだなんて言われたくもない」
葵ちゃんは優しく俺の手を包み込んでくれる。
「いいじゃない。トシくんがわからないって言うんだったら三人でその気持ちを育てていこうよ。私達の成長期は体だけじゃないよ。心だってこれから育てるものなんだから」
そう言って、葵ちゃんはにぱーと華やいだ笑みを見せてくれた。
その笑顔を見て、頑なにいけないことだと思っていたのがバカらしくなる。すると笑いが込み上げてきた。
「ぷっ、あはははははっ。そうだな、俺達まだ子供だもんな」
肩の荷が下りたような、そんな楽になった気分になった。
最初は葵ちゃんと幼馴染になって結婚しようだなんて企んでいた。でも、そこへ瞳子ちゃんが現れて幼いながら俺のことを好きだと言ってくれた。
二人はいつも俺に好意を寄せてくれていて、そんな二人と過ごしているうちに、好きって気持ちは頭で考えてるだけで割り切れるような簡単な気持ちじゃないってわかったんだ。
だからこそ、素直に伝えて育んでいかなければならないものだった。俺だけじゃあこの気持ちに決着をつけられないのかもしれない。けれど、俺にはこんなにもかわいい幼馴染がいるのだ。
「うん、わかった。こんな優柔不断な男だけど、これから恋人としてよろしくお願いします」
「トシくん……そ、それって……」
「こういうことだよ」
目を見開く葵ちゃんの頬にキスをした。自分からするのってとてもドキドキする。
ぽかんとする葵ちゃん。何が起こったのか理解が追いつかないようだ。
しかし段々と首から上が赤くなっていく。そんな反応がかわいいと思った。いや、ちゃんと口にしよう。
「葵、かわいいよ」
「よ、呼び方……。う……、うひゃあああああああああーーっ!!」
葵は頭から煙を噴き出してフラフラになった。
「ちょっ、俊成!? ていうかずるいわよ葵!」
それを目の前で見ていた瞳子がわたわたしている。俺はそんな彼女の腕を取って引き寄せた。
「きゃっ!?」
俺の胸に柔らかい感触が収まる。状況が飲み込めていない瞳子の頬にキスをした。
「え? 今のって俊成の……」
「瞳子、好きだよ」
「そ、そんないきなり……、ふわぁ……」
瞳子は体中の血液が全部顔に集まったんじゃないかってくらい真っ赤になってよろけてしまう。二人とも足元がおぼつかないので肩を抱いて支えた。
「葵も瞳子も顔が真っ赤でかわいい」
「と、俊成だって顔赤いわよ……」
だろうな。だってものすごく顔が熱い。ドキドキが止まらない。
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「二人とも、大好きだ」
素直な気持ちを伝えると葵と瞳子の体がへなへなと崩れそうになる。それを慌てて腕に力を入れて支え直した。
「こ、このまま負けてられないんだから……」
「わ、私もやられっ放しじゃないんだからね……」
二人はいっしょになって俺に顔を近づけてくる。唇に、二人分の暖かな感触がした。それが俺の心を震わせた。
「おぉ……」
唇から幸せが広がった。二人からもたらされる幸福感は俺の想像力なんて目じゃないくらいとんでもないものだった。
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「と、瞳子ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「トシナリ、立派になりマシタネ」
宮坂夫婦と木之下夫婦がそれぞれの反応を見せていた。俺の親? 明後日の方向を向いて知らないフリをしているよ。
なんかとんでもないことをやらかしてしまった気がする。いや、実際そうなんだろうけども。
でも、今の俺は葵と瞳子のぬくもりを手放そうとは考えられなくなっていた。
こうして、小学校を卒業する日に、俺に人生初の恋人ができたのであった。
※チャーコさんの依頼で、あっきコタロウさんからイラストをいただきました!
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