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第一部
79.組体操はハードです
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運動会が迫っているのもあって、体育の時間は競技の練習ばかりになっていた。
六年生の俺達は組体操をやることとなっている。六年生全員が運動場に固まって練習していた。
「行くで高木くん!」
「いいぞ佐藤!」
組体操は一人の技だけではなく、二人や三人で組んだりもする。大技にもなればけっこうな規模にもなったりするのだ。
二人組では俺は佐藤と組んでいた。補助倒立やサボテンなどといった技を問題なくクリアしていく。
佐藤は俺や本郷に比べれば劣るものの、なかなか良い運動能力を持っている。というか前世よりも向上しているのは気のせいだろうか? 少なくとも前世の俺よりも足が速くなっていたりする。おっかしいな、同じくらいのタイムだったはずなんだが。
まあそんなわけで佐藤と組んでいる俺に死角はなかった。始まる前から先生に「毎年ケガ人が出ているんだから気をつけるんだぞ」と脅かされていたがその心配はなさそうだ。
むしろ心配なのは……。俺は女子のいる方へと視線を向ける。
「わわわっ!? ととっ、た、たぁっ!!」
「あ、葵! 落ち着いてっ」
バランスを崩してじたばたしている葵ちゃんが見えた。それをフォローしている瞳子ちゃんがすごい。
二人でのペアなら瞳子ちゃんがなんとかしてくれそうではあるけれど、三人以上での技はいくらなんでも危ないんじゃないか。女子はピラミッドなどの大技には参加しないものの、それなりの危険はあるのだ。
「コラ高木! ちゃんと顔を前に向けんか!!」
「は、はい!」
ハラハラしながら葵ちゃんを見ていると先生に怒られてしまった。わかっていても気になってしまう。
組体操は危険を伴うためか男性教師陣が張り切っている。手をぴしっと伸ばせだとか、集中しろだとかという言葉があちらこちらから聞こえてくる。
「宮坂! フラフラするんじゃない! もっとしっかりしろ!!」
葵ちゃんも標的にされたらしい。ああ、気になるーーっ!
※ ※ ※
「疲れた~……。組体操なんて難しいよぉ」
体育の授業が終わった後、葵ちゃんは机に突っ伏してしまった。難易度はそう高いものではないんだろうけど、運動が苦手な葵ちゃんにとっては大変だったんだろう。
「組体操ってつまんないよねー。こんなのやるよりはリレーの練習の方がいいな」
小川さんからも不評である。まあ俺も同意見だけども。
組体操で連帯感を育むってのが狙いなのかな? 別に大勢でやる競技なんて他にもあるし、わざわざ組体操にこだわらなくてもいいのではと思わなくもない。
今回一番の心配事は葵ちゃんがケガをしないかどうかってところだ。
見ていて心臓に悪いし、本音を言えば組体操は中止になってもいいと思っている。そんなことを考えてしまうのは過保護だろうか。
しかしさすがにやめさせるなんてこともできやしない。学校行事の嫌なところだ。
「高木は心配し過ぎ。それ態度に出過ぎだよ」
「え?」
「宮坂は体力ないけど体は柔らかいし、バランス感覚も悪くない。もっと信じてあげて」
美穂ちゃんにきっぱりと言われてしまった。葵ちゃんを信じてあげられなかった。その通りだ、と反省させられる。
「そうよね。葵ってば一人技は問題ないものね」
瞳子ちゃんが問題ないというのならそうなんだろう。人数が増えるとその分技も大きく派手になるからな。やっぱり心配になってしまいそうだ。
「三人でやる技なんて危ないものばっかりだし、葵ちゃんが上だとやっぱり心配かな。下で支える側になれないの?」
思わず口に出してしまった。美穂ちゃんに言われたばっかりなのにな。頭じゃわかっていてもどうしてももしもを考えてしまう。
「どっちが上か下かって先生が決めてるもんね。体重が軽い方が上になっちゃうのよねー」
小川さんの言葉に、つい素で返してしまう。
「え? 葵ちゃんって体重軽いの?」
はっとして慌てて口を手で覆う。だが時すでに遅しであった。
何かとてつもない気配。まるで黒いオーラが具現化したような、そんな目に見えるような圧迫感が俺に向かっている。
あまり見たくはないけれど、それでも顔を向けなきゃいけないと思い、俺は葵ちゃんを見た。
「トシくん」
笑顔だった。葵ちゃんの満面の笑顔。とてもかわいらしくて、見惚れてしまうほどだ。
でもなんだろう。すぐに目を逸らしたくなってしまった。こんなにかわいい笑顔なのにどうしてだろう? あんまり見たくないなぁ……。
顔を動かそうとして、自分の体が動かなくなっていることに気づく。まるで金縛りにあってしまったかのような。そんな不思議で怖い感覚だった。
視界の端で瞳子ちゃんと小川さんが冷や汗を流しているのがわかった。美穂ちゃんは無表情のままだけど、早々と葵ちゃんから背を向けていた。我関せずなその態度が今は羨ましい。
「トシくん」
「は、はい……」
もう一度名前を呼ばれる。さすがに返事しないわけにはいかない。声が上ずった理由は考えないことにした。
ニコニコしている葵ちゃん。ここは背景が花柄になるところじゃないかな? なぜ黒いオーラが見えるのだろうか? ちょっと俺の視覚が正常ではないようなのですがどゆこと?
「私、重いって思われていたのかな?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ふぅん……、ほんとかなぁ?」
葵ちゃんを重いだなんて思っていない。ただなんと言いますか、いろいろと成長しちゃったりなんかしているのでその分の重みが適正に反映されているのではなかろうかと思っただけなのだ。ただそれだけです、はい。
しばらく表現しづらい圧迫感に耐えていたが、葵ちゃんの深い吐息とともにそれは霧散した。
「……まあいいやトシくんだしね」
俺の目をじっと見つめていた葵ちゃんが諦めたようなため息をつく。その反応は逆にショックなんですけど……。むしろ効果的ってわかってやったんじゃないよね?
それほど気にした様子もなく、葵ちゃんは瞳子ちゃんと美穂ちゃんに視線を向ける。
「瞳子ちゃん、美穂ちゃん。お昼休みに組体操の練習に付き合ってくれるかな」
「いいわよ」
「わかった」
葵ちゃんの申し出に二人はすぐに頷いて答えを返す。三人技はこのペアでやるらしい。
「あおっち、私は?」
小川さんが期待の眼差しで葵ちゃんを見つめる。その目は自分も自分もと連呼しているように見えた。
「真奈美ちゃんは同じペアじゃないし、身長差もあるからいいよ」
と、あっさりと申し出を断られていた。どんまい。
こうして項垂れる小川さんを置いて、葵ちゃんを中心とした特訓が始まるのであった。
※ ※ ※
葵ちゃんの特訓は体育館裏で行われることとなった。運動場はたくさんの子が走り回ったりボール遊びしていたりするのでぶつかる危険がある。人気のない場所の方がいいだろうという判断だ。
それに体育館が影になっているため、地面の土は湿り気を帯びていて柔らかい。大人数で練習するスペースはないが、少ない人数でならこれほど組体操の練習に適した場所はないだろう。
「おっと、とととととっ」
瞳子ちゃんと美穂ちゃんを台にしてタワーという技を完成させる。上に立っている葵ちゃんがフラフラしていてこっちの冷や汗が止まらない。
なんとか肘を伸ばして形を作るものの、傍から見れば不格好なように映ってしまう。だって足をぷるぷる震わせているんだもん。まるで生まれたての小鹿だ。
瞳子ちゃんと美穂ちゃんが屈んで葵ちゃんが降りる。その拍子にスカートがふわりと舞った。
そう、この練習は制服のままで行われている。着替える時間が勿体ないからとスカートを短くしただけで練習しているのだ。さっきから三人の太ももが惜しげもなくさらされたままで目のやり場に困っている。
一応そのことをやんわりと伝えると、三人から「下にブルマ履いてるから恥ずかしくない」というお言葉を返された。男の俺は何も言えなくなってしまったことを察してもらいたい。
ならせめて俺は参加しない方がいいかと思ったのだが、安全面を考えれば付き添いがいた方がいいだろうとの意見があり、現在女子三人が組体操している姿を眺めているというわけだ。
いろんな意味で心臓に悪い……。その辺は伝わってないんだろうなと思いつつ、俺は事故が起こらないようにと身構えていた。
しかし葵ちゃんはフラフラするものの、落っこちてしまったりなんてことは今のところ一回もない。美穂ちゃんの言う通りバランスは取れているということだろうか? いや、ちゃんとバランスが取れていたらあれだけフラフラしないとは思うんだけども。
「うん。いいんじゃない?」
だけど技自体はできている。
形の美しさにこだわらなければ問題ない。そう想って口にしたのだが、葵ちゃんは渋い顔をする。
「ううん。ちゃんと足もきっちり伸ばせって先生に言われたから。今のじゃあまた怒られちゃうよ」
普段の体育と違い、組体操の時だけ教師陣はスパルタコーチと化す。ケガをさせないようにという心が強いのだろうが、葵ちゃんみたいに運動のできない子はつらいだろう。
女子がやるもので危ないと思える技はこういった三人でやるようなものばかりだ。それ以上の人数でやるものとしては扇くらいなものだから大丈夫だろう。
「瞳子ちゃんと美穂ちゃんは大丈夫?」
上にいる葵ちゃんは危なっかしいが、下になって台を務める二人だってケガをする可能性がある。
そんな心配はいらないとばかりに二人は涼しい顔をしていたが。まあ瞳子ちゃんも美穂ちゃんも女子ではトップクラスに運動ができるんだもんね。
「ええ、葵って軽いからなんの問題もないわ」
「宮坂は軽いから大丈夫」
「そんなに強調しなくていいよ!」
瞳子ちゃんと美穂ちゃんのわざとらしいアピールに葵ちゃんが突っ込んだ。なんかごめんなさい。
※ ※ ※
「ほっ、んー……」
葵ちゃんの足が天井に向かってぴんと延びる。綺麗に肩倒立を決めていた。
放課後。一度帰宅してから瞳子ちゃんといっしょに葵ちゃんの家に遊びにきた。
葵ちゃんは動きやすい服に着替えており、自室で組体操の一人技に取り組んでいたのだ。
「葵、すごくやる気になっているわね」
「ふふ、まあね」
運動に関して葵ちゃんがここまでやる気になっていたことがあっただろうか? むしろ運動は苦手意識が強くて嫌な顔をすることが多かったと思うのだが。どういう風の吹き回しだろうか。
足を下ろして今度はブリッジをする葵ちゃん。綺麗なもので文句のつけようがなかった。
持久力はないけど体は柔らかいからな。ストレッチは毎日していたらしいし、体を動かすことに関して全部が苦手というわけでもないのだ。
「二人技なら手伝ってあげるわよ」
「部屋でやるの? 危なくないか」
「じゃあ下のリビングでやる?」
どっちにしても家の中じゃあ危ないと思うのだが。でも葵ちゃんもやる気になっているからなぁ。できれば練習に付き合ってあげたい。
「ううん、いいよ。あとは学校の練習をがんばるから」
ブリッジをやめて葵ちゃんが立ち上がる。その動きがスムーズで、もしかしたらよく一人で練習しているのかもしれないと思った。
俺達ももう六年生だ。小学生の運動会だって今年が最後となる。だからこそ全力で臨んでいきたいのだろう。
最後だし優勝して終わりたいものだ。しかし今年は運動能力では学校一の本郷が別のクラスである。チーム戦なのでたった一人でどうこうなるとも思っていないが、学年対抗リレーなんかはきついかなと、クラスでは諦めムードになってしまっていたりする。
俺も走り込みを続けてはいるのだが、本郷とは年々差が広がってしまっている。歳を重ねるごとに才能の差が明らかになっているようでちょっと嫌になる。
それでも全力を尽くそう。みんながんばっているし、葵ちゃんだってこうやって自主練しているのだ。
「えい!」
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
俺が心の中で拳を握っていると、突然瞳子ちゃんが倒れてきて受け止める。まったく踏ん張れずにベッドへと倒れてしまった。
「ちょっと葵! いきなり押さないでよ!」
どうやら葵ちゃんに押されたせいで瞳子ちゃんが倒れてきたらしい。怒る瞳子ちゃんを前にしても悪びれる様子もなく葵ちゃんはぺろっと舌を出した。
「ごめんね、驚かせたくなっちゃったの。私ジュース取りに行ってくるから二人はゆっくりしててね」
悪戯を成功させた葵ちゃんはそう言って足早に部屋から出て行ってしまった。「逃げたわね」と瞳子ちゃんが呟く。
「……瞳子ちゃん、降りてもらってもいいかな?」
「あ」
瞳子ちゃんを受け止めたまま倒れてしまったので、俺は彼女の下敷きになっていた。別に重くはないんだけどちょっとこの体勢でいるのはよろしくない。
瞳子ちゃんがぱっと離れる。その拍子に葵ちゃんのベッドがギシリと音を立てた。
葵ちゃんのベッドのにおいが鼻孔をくすぐる。……良い香りです。
……じゃないな。はっとして俺もベッドから離れて床に座る。
「……」
「……」
瞳子ちゃんと二人きり。そう意識したらなぜだか空気がギクシャクしてきた。その事実がわけわからなくて、俺達は黙って葵ちゃんが戻ってくるのを待っていたのだった。
六年生の俺達は組体操をやることとなっている。六年生全員が運動場に固まって練習していた。
「行くで高木くん!」
「いいぞ佐藤!」
組体操は一人の技だけではなく、二人や三人で組んだりもする。大技にもなればけっこうな規模にもなったりするのだ。
二人組では俺は佐藤と組んでいた。補助倒立やサボテンなどといった技を問題なくクリアしていく。
佐藤は俺や本郷に比べれば劣るものの、なかなか良い運動能力を持っている。というか前世よりも向上しているのは気のせいだろうか? 少なくとも前世の俺よりも足が速くなっていたりする。おっかしいな、同じくらいのタイムだったはずなんだが。
まあそんなわけで佐藤と組んでいる俺に死角はなかった。始まる前から先生に「毎年ケガ人が出ているんだから気をつけるんだぞ」と脅かされていたがその心配はなさそうだ。
むしろ心配なのは……。俺は女子のいる方へと視線を向ける。
「わわわっ!? ととっ、た、たぁっ!!」
「あ、葵! 落ち着いてっ」
バランスを崩してじたばたしている葵ちゃんが見えた。それをフォローしている瞳子ちゃんがすごい。
二人でのペアなら瞳子ちゃんがなんとかしてくれそうではあるけれど、三人以上での技はいくらなんでも危ないんじゃないか。女子はピラミッドなどの大技には参加しないものの、それなりの危険はあるのだ。
「コラ高木! ちゃんと顔を前に向けんか!!」
「は、はい!」
ハラハラしながら葵ちゃんを見ていると先生に怒られてしまった。わかっていても気になってしまう。
組体操は危険を伴うためか男性教師陣が張り切っている。手をぴしっと伸ばせだとか、集中しろだとかという言葉があちらこちらから聞こえてくる。
「宮坂! フラフラするんじゃない! もっとしっかりしろ!!」
葵ちゃんも標的にされたらしい。ああ、気になるーーっ!
※ ※ ※
「疲れた~……。組体操なんて難しいよぉ」
体育の授業が終わった後、葵ちゃんは机に突っ伏してしまった。難易度はそう高いものではないんだろうけど、運動が苦手な葵ちゃんにとっては大変だったんだろう。
「組体操ってつまんないよねー。こんなのやるよりはリレーの練習の方がいいな」
小川さんからも不評である。まあ俺も同意見だけども。
組体操で連帯感を育むってのが狙いなのかな? 別に大勢でやる競技なんて他にもあるし、わざわざ組体操にこだわらなくてもいいのではと思わなくもない。
今回一番の心配事は葵ちゃんがケガをしないかどうかってところだ。
見ていて心臓に悪いし、本音を言えば組体操は中止になってもいいと思っている。そんなことを考えてしまうのは過保護だろうか。
しかしさすがにやめさせるなんてこともできやしない。学校行事の嫌なところだ。
「高木は心配し過ぎ。それ態度に出過ぎだよ」
「え?」
「宮坂は体力ないけど体は柔らかいし、バランス感覚も悪くない。もっと信じてあげて」
美穂ちゃんにきっぱりと言われてしまった。葵ちゃんを信じてあげられなかった。その通りだ、と反省させられる。
「そうよね。葵ってば一人技は問題ないものね」
瞳子ちゃんが問題ないというのならそうなんだろう。人数が増えるとその分技も大きく派手になるからな。やっぱり心配になってしまいそうだ。
「三人でやる技なんて危ないものばっかりだし、葵ちゃんが上だとやっぱり心配かな。下で支える側になれないの?」
思わず口に出してしまった。美穂ちゃんに言われたばっかりなのにな。頭じゃわかっていてもどうしてももしもを考えてしまう。
「どっちが上か下かって先生が決めてるもんね。体重が軽い方が上になっちゃうのよねー」
小川さんの言葉に、つい素で返してしまう。
「え? 葵ちゃんって体重軽いの?」
はっとして慌てて口を手で覆う。だが時すでに遅しであった。
何かとてつもない気配。まるで黒いオーラが具現化したような、そんな目に見えるような圧迫感が俺に向かっている。
あまり見たくはないけれど、それでも顔を向けなきゃいけないと思い、俺は葵ちゃんを見た。
「トシくん」
笑顔だった。葵ちゃんの満面の笑顔。とてもかわいらしくて、見惚れてしまうほどだ。
でもなんだろう。すぐに目を逸らしたくなってしまった。こんなにかわいい笑顔なのにどうしてだろう? あんまり見たくないなぁ……。
顔を動かそうとして、自分の体が動かなくなっていることに気づく。まるで金縛りにあってしまったかのような。そんな不思議で怖い感覚だった。
視界の端で瞳子ちゃんと小川さんが冷や汗を流しているのがわかった。美穂ちゃんは無表情のままだけど、早々と葵ちゃんから背を向けていた。我関せずなその態度が今は羨ましい。
「トシくん」
「は、はい……」
もう一度名前を呼ばれる。さすがに返事しないわけにはいかない。声が上ずった理由は考えないことにした。
ニコニコしている葵ちゃん。ここは背景が花柄になるところじゃないかな? なぜ黒いオーラが見えるのだろうか? ちょっと俺の視覚が正常ではないようなのですがどゆこと?
「私、重いって思われていたのかな?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「ふぅん……、ほんとかなぁ?」
葵ちゃんを重いだなんて思っていない。ただなんと言いますか、いろいろと成長しちゃったりなんかしているのでその分の重みが適正に反映されているのではなかろうかと思っただけなのだ。ただそれだけです、はい。
しばらく表現しづらい圧迫感に耐えていたが、葵ちゃんの深い吐息とともにそれは霧散した。
「……まあいいやトシくんだしね」
俺の目をじっと見つめていた葵ちゃんが諦めたようなため息をつく。その反応は逆にショックなんですけど……。むしろ効果的ってわかってやったんじゃないよね?
それほど気にした様子もなく、葵ちゃんは瞳子ちゃんと美穂ちゃんに視線を向ける。
「瞳子ちゃん、美穂ちゃん。お昼休みに組体操の練習に付き合ってくれるかな」
「いいわよ」
「わかった」
葵ちゃんの申し出に二人はすぐに頷いて答えを返す。三人技はこのペアでやるらしい。
「あおっち、私は?」
小川さんが期待の眼差しで葵ちゃんを見つめる。その目は自分も自分もと連呼しているように見えた。
「真奈美ちゃんは同じペアじゃないし、身長差もあるからいいよ」
と、あっさりと申し出を断られていた。どんまい。
こうして項垂れる小川さんを置いて、葵ちゃんを中心とした特訓が始まるのであった。
※ ※ ※
葵ちゃんの特訓は体育館裏で行われることとなった。運動場はたくさんの子が走り回ったりボール遊びしていたりするのでぶつかる危険がある。人気のない場所の方がいいだろうという判断だ。
それに体育館が影になっているため、地面の土は湿り気を帯びていて柔らかい。大人数で練習するスペースはないが、少ない人数でならこれほど組体操の練習に適した場所はないだろう。
「おっと、とととととっ」
瞳子ちゃんと美穂ちゃんを台にしてタワーという技を完成させる。上に立っている葵ちゃんがフラフラしていてこっちの冷や汗が止まらない。
なんとか肘を伸ばして形を作るものの、傍から見れば不格好なように映ってしまう。だって足をぷるぷる震わせているんだもん。まるで生まれたての小鹿だ。
瞳子ちゃんと美穂ちゃんが屈んで葵ちゃんが降りる。その拍子にスカートがふわりと舞った。
そう、この練習は制服のままで行われている。着替える時間が勿体ないからとスカートを短くしただけで練習しているのだ。さっきから三人の太ももが惜しげもなくさらされたままで目のやり場に困っている。
一応そのことをやんわりと伝えると、三人から「下にブルマ履いてるから恥ずかしくない」というお言葉を返された。男の俺は何も言えなくなってしまったことを察してもらいたい。
ならせめて俺は参加しない方がいいかと思ったのだが、安全面を考えれば付き添いがいた方がいいだろうとの意見があり、現在女子三人が組体操している姿を眺めているというわけだ。
いろんな意味で心臓に悪い……。その辺は伝わってないんだろうなと思いつつ、俺は事故が起こらないようにと身構えていた。
しかし葵ちゃんはフラフラするものの、落っこちてしまったりなんてことは今のところ一回もない。美穂ちゃんの言う通りバランスは取れているということだろうか? いや、ちゃんとバランスが取れていたらあれだけフラフラしないとは思うんだけども。
「うん。いいんじゃない?」
だけど技自体はできている。
形の美しさにこだわらなければ問題ない。そう想って口にしたのだが、葵ちゃんは渋い顔をする。
「ううん。ちゃんと足もきっちり伸ばせって先生に言われたから。今のじゃあまた怒られちゃうよ」
普段の体育と違い、組体操の時だけ教師陣はスパルタコーチと化す。ケガをさせないようにという心が強いのだろうが、葵ちゃんみたいに運動のできない子はつらいだろう。
女子がやるもので危ないと思える技はこういった三人でやるようなものばかりだ。それ以上の人数でやるものとしては扇くらいなものだから大丈夫だろう。
「瞳子ちゃんと美穂ちゃんは大丈夫?」
上にいる葵ちゃんは危なっかしいが、下になって台を務める二人だってケガをする可能性がある。
そんな心配はいらないとばかりに二人は涼しい顔をしていたが。まあ瞳子ちゃんも美穂ちゃんも女子ではトップクラスに運動ができるんだもんね。
「ええ、葵って軽いからなんの問題もないわ」
「宮坂は軽いから大丈夫」
「そんなに強調しなくていいよ!」
瞳子ちゃんと美穂ちゃんのわざとらしいアピールに葵ちゃんが突っ込んだ。なんかごめんなさい。
※ ※ ※
「ほっ、んー……」
葵ちゃんの足が天井に向かってぴんと延びる。綺麗に肩倒立を決めていた。
放課後。一度帰宅してから瞳子ちゃんといっしょに葵ちゃんの家に遊びにきた。
葵ちゃんは動きやすい服に着替えており、自室で組体操の一人技に取り組んでいたのだ。
「葵、すごくやる気になっているわね」
「ふふ、まあね」
運動に関して葵ちゃんがここまでやる気になっていたことがあっただろうか? むしろ運動は苦手意識が強くて嫌な顔をすることが多かったと思うのだが。どういう風の吹き回しだろうか。
足を下ろして今度はブリッジをする葵ちゃん。綺麗なもので文句のつけようがなかった。
持久力はないけど体は柔らかいからな。ストレッチは毎日していたらしいし、体を動かすことに関して全部が苦手というわけでもないのだ。
「二人技なら手伝ってあげるわよ」
「部屋でやるの? 危なくないか」
「じゃあ下のリビングでやる?」
どっちにしても家の中じゃあ危ないと思うのだが。でも葵ちゃんもやる気になっているからなぁ。できれば練習に付き合ってあげたい。
「ううん、いいよ。あとは学校の練習をがんばるから」
ブリッジをやめて葵ちゃんが立ち上がる。その動きがスムーズで、もしかしたらよく一人で練習しているのかもしれないと思った。
俺達ももう六年生だ。小学生の運動会だって今年が最後となる。だからこそ全力で臨んでいきたいのだろう。
最後だし優勝して終わりたいものだ。しかし今年は運動能力では学校一の本郷が別のクラスである。チーム戦なのでたった一人でどうこうなるとも思っていないが、学年対抗リレーなんかはきついかなと、クラスでは諦めムードになってしまっていたりする。
俺も走り込みを続けてはいるのだが、本郷とは年々差が広がってしまっている。歳を重ねるごとに才能の差が明らかになっているようでちょっと嫌になる。
それでも全力を尽くそう。みんながんばっているし、葵ちゃんだってこうやって自主練しているのだ。
「えい!」
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
俺が心の中で拳を握っていると、突然瞳子ちゃんが倒れてきて受け止める。まったく踏ん張れずにベッドへと倒れてしまった。
「ちょっと葵! いきなり押さないでよ!」
どうやら葵ちゃんに押されたせいで瞳子ちゃんが倒れてきたらしい。怒る瞳子ちゃんを前にしても悪びれる様子もなく葵ちゃんはぺろっと舌を出した。
「ごめんね、驚かせたくなっちゃったの。私ジュース取りに行ってくるから二人はゆっくりしててね」
悪戯を成功させた葵ちゃんはそう言って足早に部屋から出て行ってしまった。「逃げたわね」と瞳子ちゃんが呟く。
「……瞳子ちゃん、降りてもらってもいいかな?」
「あ」
瞳子ちゃんを受け止めたまま倒れてしまったので、俺は彼女の下敷きになっていた。別に重くはないんだけどちょっとこの体勢でいるのはよろしくない。
瞳子ちゃんがぱっと離れる。その拍子に葵ちゃんのベッドがギシリと音を立てた。
葵ちゃんのベッドのにおいが鼻孔をくすぐる。……良い香りです。
……じゃないな。はっとして俺もベッドから離れて床に座る。
「……」
「……」
瞳子ちゃんと二人きり。そう意識したらなぜだか空気がギクシャクしてきた。その事実がわけわからなくて、俺達は黙って葵ちゃんが戻ってくるのを待っていたのだった。
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