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第一部
67.旅立ちの春
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【前書き】
野沢先輩視点になります。
私に初めて「後輩」という存在ができたのは小学五年生の頃だった。
私のことを「野沢先輩」だなんて呼ぶ年下の男の子。先輩だなんて呼ばれ慣れてなかったからびっくりしてたっけ。
最初はかわいいなって思ってた。その男の子には登校の時にずっと手を繋いでる女の子がいたりして、小さなカップルにこっちも笑顔にさせてもらっていた。
そんな小さな男の子から先輩と呼ばれるのにきっかけがあったりする。
私は走ることが大好きで、当然のようにクラブ活動では陸上クラブを選んだ。クラブだけじゃなく、もっと走りたいからと朝早くからも走ってみようって思った。
それで公園に来てみれば、そこにいたのはかわいらしい小さな男の子、高木俊成くんの走っている姿だった。
すごく真剣な表情だったから。俊成くんは遊んでいるんじゃないってことがわかった。楽しく走ろうとしていた私とは違うんだなってすぐにわかったんだ。
俊成くんはまるで秘密の特訓でもしているみたいだった。汗だくでつらそうな顔をしていて、それでも足を止めなかった。
低学年の子が苦しい思いまでして走っている。私には不思議でたまらなかった。
だからこそ聞かずにはいられなかったのかもしれない。走ることってそんな苦しい思いをしてまでするものじゃないと思っていたから。
「すごくがんばってるみたいだけど、なんでそんなに走るの?」
「立派な大人になるためです」
これが俊成くんの返答だった。その時の彼の目差しは強く輝いていた気がする。
私みたいにただ楽しいとかじゃないんだ。走ることで何かを掴もうとしている。私とはまったく違う考え方に触れて、自分の中に確かな変化を感じた。
それからは毎朝俊成くんといっしょに走るようになった。彼はいろいろと試しながら走っているようで、私も参考にさせてもらったりもした。逆に私から俊成くんへアドバイスすることだってあった。
お互いを高め合っていくっていうのかな。ただ楽しいってだけじゃない気分の高揚を感じていた。
「私、走るのが好きなんだ。あんまり得意なことってなくて自信を持てないことばかりだけど、走ることだけは自信を持って好きだって言えるんだ」
俊成くんに対してこんなことを言ったことがあった。言ってから私ってこんなことを考えてたんだって気づかされたんだ。ここでようやく自分の本音を知れたのかもしれない。
それがわかったらなんだかがんばろうって思えた。好きなことを胸を張ってやれるようにって思えた。
それは俊成くんが言ったみたいに、立派な大人になるために大事なことだって思えたから。私の中で道筋が固まった瞬間だった。
それからは真っすぐな思いで走ることについて考えられた。俊成くんがいっしょにがんばってくれて、さらには先輩と呼んで私を慕ってくれている。ちょっと恥ずかしくはあったけれど、後輩にかっこいいところを見せたいって気持ちがあったんだ。
そうしているうちに、気づけば同学年で一番速く走れるようになっていた。
※ ※ ※
中学三年生になった私にはたくさんの後輩ができていた。陸上部で全国まで行ったというのもあってか慕ってくれる子は多かったと思う。
それでも、初めての後輩である俊成くんは特別と言えた。彼がいなかったら全国で結果を残すだなんて、たぶん私にはできなかったと思うから。
だからこそ俊成くんの先輩として、いなくなってしまう前に何かを残せたらって考えた。
「競争、ですか?」
「うん。久しぶりにどうかな?」
「そりゃもう俺からお願いしたかったくらいですよ。やりましょう!」
俊成くんは力強く頷いてくれた。かわいいなぁ。
中学になってからは部活の朝練があって、俊成くんといっしょに朝の走り込みをするというわけにはいかなくなっていた。そんなわけだから今朝は本当に久しぶりに彼と走れるのだ。
朝の公園。この空気が懐かしい。まだまだ寒い時期なんだけど、吸い込む空気はおいしく感じられた。
お互いウォームアップは終えている。いつでも走れる準備はできていた。
この公園は一番真っすぐ走れるところでも五十メートルもないだろう。それでもいい。短距離でも自信はある。
俊成くんと並んで位置につく。なんだかドキドキしてきた。
スタートは俊成くんのタイミングでいいと言ってある。彼は「よーい、ドン!」と言ってテンポの良いスタートを切った。
姿勢の正しい走り方だ。後ろから見ていると俊成くんが本当に速くなったんだってわかる。私がいなくてもずっとがんばっていたのだろう。
そんな彼ならきっと大丈夫。小さい頃から努力を重ねているのだ。きっと道を逸れることなく真っすぐ走り切っていくんだろうって思えた。
半分の距離を走ったところで私はぐんぐんと加速した。俊成くんと並んで、追い抜いていく。
やっぱり先輩として後輩にはまだまだ負けられないよね。ここからは本気だ。全力の走りを見せる。
俊成くんが私の背中を見てくれている。そのことがどれだけ背中を押してくれただろうか。彼の信頼は確かに私の力になっていた。
短くて、けれど長かった競争は終わった。もちろん勝ったのは私。
「はぁ、はぁ……、やっぱり野沢先輩は速いですね」
息を整えながら俊成くんが歩み寄ってくる。笑顔で、楽しそうだった。
「ふふっ、先輩として後輩くんに負けられないもんね」
そう、負けられない。俊成くんにかっこ悪いところなんて見せたくない。それが私の原動力になっている。
「野沢先輩」
「ん?」
「見送りには絶対行きますからね」
俊成くんの表情を見て、この子はかわいいだけの男の子じゃないんだって思い出した。
「うん……、ありがとうね」
彼の顔を見ないままに私は頷いた。
※ ※ ※
春になって旅立ちの日がやってきた。
たくさんお別れの言葉を口にした。友達とお別れパーティーなんかやったりして、楽しかったけど寂しさも感じてしまった。
でも、自分でやろうって決めた道だ。寂しいからってそれを曲げるつもりなんてない。
もうすぐ新幹線が来る。見送りに来たお父さんが「根性出してやってこい!」と言ってくれる。お母さんは今でも心配してくれている。拓海は珍しく寂しそうな顔をしていた。
「姉ちゃん」
「どうしたの拓海?」
「……いつでも、帰ってきていいんだからなっ」
そう言って拓海はそっぽを向いてしまった。私の弟はかわいいなぁ。
「野沢先輩!」
声の方へと顔を向ければ俊成くんがいた。その両隣には葵ちゃんと瞳子ちゃんの姿もある。みんなで見送りに来てくれたんだ。
三人は駆け寄ってきてくれる。葵ちゃんが口を開いた。
「春香お姉ちゃん。えっと……まだ遠くへ行っちゃうだなんて言われても実感がないんだけど、体を大切にしてね。風邪引かないように気をつけてね。ケガ……しないでね」
「うん。体調管理はしっかりするね。ありがとう葵ちゃん」
葵ちゃんとは俊成くんと同じで家が近かったから登校の班が同じだった。いつも俊成くんにくっついていて、そのかわいさで頬が緩んでいたっけ。
私は葵ちゃんを抱きしめた。すると彼女は嗚咽を漏らしてしまう。私のために泣いてくれてるんだって思ったら胸がぽかぽかしてきた。
葵ちゃんが離れると、今度は瞳子ちゃんが口を開いた。
「春姉。あたし春姉のことすごいって思うわ。やることをやって、ちゃんと結果を残して、そして認められたから陸上の強い学校に行くのよね。だから、これからも胸を張ってがんばってね」
「うん。もちろんだよ。がんばって、もっとすごいところを見せてあげるからね」
瞳子ちゃんとは小学生の頃にスイミングスクールでの付き合いが始まりだった。彼女は素直で良い子だ。そんな子の前でお姉さんぶれて嬉しかった。
瞳子ちゃんとも抱きしめ会った。彼女は泣かなかったけれど、強い力で抱きしめてくれて、その想いを伝えてくるようだった。
「野沢先輩」
俊成くんの声で瞳子ちゃんが離れる。真剣な面持ちの彼を見つめる。
「俺、野沢先輩を尊敬してます。好きなことを好きって言えるところ、努力を惜しまないところ、真っすぐ夢に向かって行くところ。その他にもたくさん素敵なところがあって、俺は憧れているんです」
「……うん」
ちょっとだけ顔が熱い。そうやって真っすぐな目で言われるとどうしたって照れてしまう。
「野沢先輩は正直者のがんばり屋さんで、すごい人なんです。葵ちゃんも瞳子ちゃんも、もちろん俺だって信じてますから。だからその……、思いっきりやってきちゃってください!」
それはとても力強い言葉で、思わず笑ってしまった。胸に温かいものが広がる。
「ふふっ、うふふ……。うん……うん、思いっきりやってきちゃいます」
私は葵ちゃんと瞳子ちゃんと同じように俊成くんを抱きしめた。ちょっとだけ抵抗されちゃったけど、すぐに大人しくなってくれた。
「ここまでがんばれたのは俊成くんのおかげだよ。ありがとう」
「がんばったのは野沢先輩ですよ。それに、まだ終わりじゃないんでしょう?」
「そうだね。それもそうだ」
私は俊成くんから体を離す。葵ちゃんと瞳子ちゃんを見ると、彼女達の目は潤んでいた。
「俊成くんも二人を泣かせないようにがんばるんだよー」
「うぇっ!?」
まさかこんなところで言われるなんて思ってなかったのだろう。俊成くんは面白い顔を見せてくれた。
ちょうど新幹線が到着する。家族にお別れの言葉をかけてから乗り込んだ。
振り返って後輩達を見る。かわいい私の後輩だ。最初は先輩だなんて呼ばれて恥ずかしさがあったのに、今はそう呼ばれるのがしっくりきていた。
「それじゃっ、先輩はもっともっとがんばっちゃうから。後輩諸君には私のかっこ良いところをたくさん見せてあげるからね!」
そこまで言うと、私は急いで自分の座席へと向かった。明るく振る舞って、最後の最後に恥ずかしさと寂しさが同時にやってきたのだ。
後ろから応援の声が聞こえた。それがまた嬉し恥ずかしい。
座席に着くと椅子に体重を預けた。そして新幹線は出発する。本気で挑戦するために私は旅立ったのだ。
「立派な大人になるため、か……」
俊成くんと出会って間もない頃に聞いた言葉を思い出す。たぶん、私の中でスイッチが切り変わったのはあの時だったのだろう。
次に戻ってくる時は立派な先輩になってからだ。強固な意志で、一年目からやってやるつもりでがんばろう。
それは先輩としての私の意地。そして、がんばって良かったとこれからも思っていきたい正直な私の本心だった。
野沢先輩視点になります。
私に初めて「後輩」という存在ができたのは小学五年生の頃だった。
私のことを「野沢先輩」だなんて呼ぶ年下の男の子。先輩だなんて呼ばれ慣れてなかったからびっくりしてたっけ。
最初はかわいいなって思ってた。その男の子には登校の時にずっと手を繋いでる女の子がいたりして、小さなカップルにこっちも笑顔にさせてもらっていた。
そんな小さな男の子から先輩と呼ばれるのにきっかけがあったりする。
私は走ることが大好きで、当然のようにクラブ活動では陸上クラブを選んだ。クラブだけじゃなく、もっと走りたいからと朝早くからも走ってみようって思った。
それで公園に来てみれば、そこにいたのはかわいらしい小さな男の子、高木俊成くんの走っている姿だった。
すごく真剣な表情だったから。俊成くんは遊んでいるんじゃないってことがわかった。楽しく走ろうとしていた私とは違うんだなってすぐにわかったんだ。
俊成くんはまるで秘密の特訓でもしているみたいだった。汗だくでつらそうな顔をしていて、それでも足を止めなかった。
低学年の子が苦しい思いまでして走っている。私には不思議でたまらなかった。
だからこそ聞かずにはいられなかったのかもしれない。走ることってそんな苦しい思いをしてまでするものじゃないと思っていたから。
「すごくがんばってるみたいだけど、なんでそんなに走るの?」
「立派な大人になるためです」
これが俊成くんの返答だった。その時の彼の目差しは強く輝いていた気がする。
私みたいにただ楽しいとかじゃないんだ。走ることで何かを掴もうとしている。私とはまったく違う考え方に触れて、自分の中に確かな変化を感じた。
それからは毎朝俊成くんといっしょに走るようになった。彼はいろいろと試しながら走っているようで、私も参考にさせてもらったりもした。逆に私から俊成くんへアドバイスすることだってあった。
お互いを高め合っていくっていうのかな。ただ楽しいってだけじゃない気分の高揚を感じていた。
「私、走るのが好きなんだ。あんまり得意なことってなくて自信を持てないことばかりだけど、走ることだけは自信を持って好きだって言えるんだ」
俊成くんに対してこんなことを言ったことがあった。言ってから私ってこんなことを考えてたんだって気づかされたんだ。ここでようやく自分の本音を知れたのかもしれない。
それがわかったらなんだかがんばろうって思えた。好きなことを胸を張ってやれるようにって思えた。
それは俊成くんが言ったみたいに、立派な大人になるために大事なことだって思えたから。私の中で道筋が固まった瞬間だった。
それからは真っすぐな思いで走ることについて考えられた。俊成くんがいっしょにがんばってくれて、さらには先輩と呼んで私を慕ってくれている。ちょっと恥ずかしくはあったけれど、後輩にかっこいいところを見せたいって気持ちがあったんだ。
そうしているうちに、気づけば同学年で一番速く走れるようになっていた。
※ ※ ※
中学三年生になった私にはたくさんの後輩ができていた。陸上部で全国まで行ったというのもあってか慕ってくれる子は多かったと思う。
それでも、初めての後輩である俊成くんは特別と言えた。彼がいなかったら全国で結果を残すだなんて、たぶん私にはできなかったと思うから。
だからこそ俊成くんの先輩として、いなくなってしまう前に何かを残せたらって考えた。
「競争、ですか?」
「うん。久しぶりにどうかな?」
「そりゃもう俺からお願いしたかったくらいですよ。やりましょう!」
俊成くんは力強く頷いてくれた。かわいいなぁ。
中学になってからは部活の朝練があって、俊成くんといっしょに朝の走り込みをするというわけにはいかなくなっていた。そんなわけだから今朝は本当に久しぶりに彼と走れるのだ。
朝の公園。この空気が懐かしい。まだまだ寒い時期なんだけど、吸い込む空気はおいしく感じられた。
お互いウォームアップは終えている。いつでも走れる準備はできていた。
この公園は一番真っすぐ走れるところでも五十メートルもないだろう。それでもいい。短距離でも自信はある。
俊成くんと並んで位置につく。なんだかドキドキしてきた。
スタートは俊成くんのタイミングでいいと言ってある。彼は「よーい、ドン!」と言ってテンポの良いスタートを切った。
姿勢の正しい走り方だ。後ろから見ていると俊成くんが本当に速くなったんだってわかる。私がいなくてもずっとがんばっていたのだろう。
そんな彼ならきっと大丈夫。小さい頃から努力を重ねているのだ。きっと道を逸れることなく真っすぐ走り切っていくんだろうって思えた。
半分の距離を走ったところで私はぐんぐんと加速した。俊成くんと並んで、追い抜いていく。
やっぱり先輩として後輩にはまだまだ負けられないよね。ここからは本気だ。全力の走りを見せる。
俊成くんが私の背中を見てくれている。そのことがどれだけ背中を押してくれただろうか。彼の信頼は確かに私の力になっていた。
短くて、けれど長かった競争は終わった。もちろん勝ったのは私。
「はぁ、はぁ……、やっぱり野沢先輩は速いですね」
息を整えながら俊成くんが歩み寄ってくる。笑顔で、楽しそうだった。
「ふふっ、先輩として後輩くんに負けられないもんね」
そう、負けられない。俊成くんにかっこ悪いところなんて見せたくない。それが私の原動力になっている。
「野沢先輩」
「ん?」
「見送りには絶対行きますからね」
俊成くんの表情を見て、この子はかわいいだけの男の子じゃないんだって思い出した。
「うん……、ありがとうね」
彼の顔を見ないままに私は頷いた。
※ ※ ※
春になって旅立ちの日がやってきた。
たくさんお別れの言葉を口にした。友達とお別れパーティーなんかやったりして、楽しかったけど寂しさも感じてしまった。
でも、自分でやろうって決めた道だ。寂しいからってそれを曲げるつもりなんてない。
もうすぐ新幹線が来る。見送りに来たお父さんが「根性出してやってこい!」と言ってくれる。お母さんは今でも心配してくれている。拓海は珍しく寂しそうな顔をしていた。
「姉ちゃん」
「どうしたの拓海?」
「……いつでも、帰ってきていいんだからなっ」
そう言って拓海はそっぽを向いてしまった。私の弟はかわいいなぁ。
「野沢先輩!」
声の方へと顔を向ければ俊成くんがいた。その両隣には葵ちゃんと瞳子ちゃんの姿もある。みんなで見送りに来てくれたんだ。
三人は駆け寄ってきてくれる。葵ちゃんが口を開いた。
「春香お姉ちゃん。えっと……まだ遠くへ行っちゃうだなんて言われても実感がないんだけど、体を大切にしてね。風邪引かないように気をつけてね。ケガ……しないでね」
「うん。体調管理はしっかりするね。ありがとう葵ちゃん」
葵ちゃんとは俊成くんと同じで家が近かったから登校の班が同じだった。いつも俊成くんにくっついていて、そのかわいさで頬が緩んでいたっけ。
私は葵ちゃんを抱きしめた。すると彼女は嗚咽を漏らしてしまう。私のために泣いてくれてるんだって思ったら胸がぽかぽかしてきた。
葵ちゃんが離れると、今度は瞳子ちゃんが口を開いた。
「春姉。あたし春姉のことすごいって思うわ。やることをやって、ちゃんと結果を残して、そして認められたから陸上の強い学校に行くのよね。だから、これからも胸を張ってがんばってね」
「うん。もちろんだよ。がんばって、もっとすごいところを見せてあげるからね」
瞳子ちゃんとは小学生の頃にスイミングスクールでの付き合いが始まりだった。彼女は素直で良い子だ。そんな子の前でお姉さんぶれて嬉しかった。
瞳子ちゃんとも抱きしめ会った。彼女は泣かなかったけれど、強い力で抱きしめてくれて、その想いを伝えてくるようだった。
「野沢先輩」
俊成くんの声で瞳子ちゃんが離れる。真剣な面持ちの彼を見つめる。
「俺、野沢先輩を尊敬してます。好きなことを好きって言えるところ、努力を惜しまないところ、真っすぐ夢に向かって行くところ。その他にもたくさん素敵なところがあって、俺は憧れているんです」
「……うん」
ちょっとだけ顔が熱い。そうやって真っすぐな目で言われるとどうしたって照れてしまう。
「野沢先輩は正直者のがんばり屋さんで、すごい人なんです。葵ちゃんも瞳子ちゃんも、もちろん俺だって信じてますから。だからその……、思いっきりやってきちゃってください!」
それはとても力強い言葉で、思わず笑ってしまった。胸に温かいものが広がる。
「ふふっ、うふふ……。うん……うん、思いっきりやってきちゃいます」
私は葵ちゃんと瞳子ちゃんと同じように俊成くんを抱きしめた。ちょっとだけ抵抗されちゃったけど、すぐに大人しくなってくれた。
「ここまでがんばれたのは俊成くんのおかげだよ。ありがとう」
「がんばったのは野沢先輩ですよ。それに、まだ終わりじゃないんでしょう?」
「そうだね。それもそうだ」
私は俊成くんから体を離す。葵ちゃんと瞳子ちゃんを見ると、彼女達の目は潤んでいた。
「俊成くんも二人を泣かせないようにがんばるんだよー」
「うぇっ!?」
まさかこんなところで言われるなんて思ってなかったのだろう。俊成くんは面白い顔を見せてくれた。
ちょうど新幹線が到着する。家族にお別れの言葉をかけてから乗り込んだ。
振り返って後輩達を見る。かわいい私の後輩だ。最初は先輩だなんて呼ばれて恥ずかしさがあったのに、今はそう呼ばれるのがしっくりきていた。
「それじゃっ、先輩はもっともっとがんばっちゃうから。後輩諸君には私のかっこ良いところをたくさん見せてあげるからね!」
そこまで言うと、私は急いで自分の座席へと向かった。明るく振る舞って、最後の最後に恥ずかしさと寂しさが同時にやってきたのだ。
後ろから応援の声が聞こえた。それがまた嬉し恥ずかしい。
座席に着くと椅子に体重を預けた。そして新幹線は出発する。本気で挑戦するために私は旅立ったのだ。
「立派な大人になるため、か……」
俊成くんと出会って間もない頃に聞いた言葉を思い出す。たぶん、私の中でスイッチが切り変わったのはあの時だったのだろう。
次に戻ってくる時は立派な先輩になってからだ。強固な意志で、一年目からやってやるつもりでがんばろう。
それは先輩としての私の意地。そして、がんばって良かったとこれからも思っていきたい正直な私の本心だった。
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