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第一部
66.雪解けの後に残るもの
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俺の住んでいる地域は冬になっても雪が積もるなんてことはあまりないことだった。
だからこそ、いざ雪が積もって辺り一面銀世界になった時、子供達は大騒ぎであった。
「わぁ、すっごーい真っ白だー」
「足埋まっちゃわないかしら?」
「なんかシャリシャリしてるね。かき氷みたいに食べられるかな……」
「雪合戦しようぜ!」
昼休み。様々な反応を見せつつ子供達は白に染まった運動場へと駆け出していく。
「ねえねえ、雪だるま作ろうよ」
葵ちゃんも目を輝かせていた。興奮を隠しきれないようで早速雪を手に取っていた。
「まったく、葵ったらしょうがないわね」
なんて言いながらも瞳子ちゃんも笑顔だ。雪だるまを作れるくらい積もることがそうなかったからか、彼女もワクワクが押さえられないらしい。
「でやあっ!」
俺はまっさらな雪へとダイブした。俺の体の形がくっきりと残る。うむ、なかなか立派な大の字だな。
くすくすと笑う声に振り向けば葵ちゃんと瞳子ちゃんがやれやれと言わんばかりにこっちを見ていた。
「トシくんも子供だねー」
「俊成ったらはしゃぎ過ぎよ」
しまった……。久しぶりの雪に童心をくすぐられてしまった。いや、これはあれだよ。はしゃいでるみんなを見てたらその気持ちが俺にも芽生えてしまったというか。ね?
俺は立ち上がって冷静な顔を取り繕う。うん、恥ずかしくなんかないぞ。
「えい」
横からそんな声が聞こえたかと思えば、俺が作った大の字に赤城さんがダイブしていた。
「上書きしてみた」
赤城さんはニヤリと笑う。せっかく俺の形を残したのにっ。なんだか悔しくなる。
「ぐぬぬ……」
俺がぐぬぬと悔しがっていると、両隣りからそんな呻きが聞こえた。なぜか葵ちゃんと瞳子ちゃんまでぐぬぬしていた。なぜに?
首をかしげる俺に雪球がぶつけられた。不意打ちだったのでびっくりしてのけ反ってしまう。
「高木、みんなで雪合戦しようぜ!」
本郷が雪球を弄びながら言った。その後ろでは佐藤や小川さんを始めとした五年生の男女が集まっている。
人数が集まっていて面白そうだ。自然にそれぞれ二つのチームを作っていく。
「あの、四年生も混じっていいかな?」
御子柴さんが後ろに何人かの四年生女子をつれてきた。その中には品川ちゃんの姿もあった。
「そりゃもうどんと来なさいよ!」
なぜか小川さんが応えて大盛り上がりしていた。雪のせいなのか今は何をやっても騒がしくなってしまう。
「品川ちゃんは雪合戦したことあるの?」
「あ、いえ……初めてです……」
品川ちゃんはもじもじと足元の雪を見ていた。昼休みでも滅多に運動場へと出ようとしないインドア派なのだ。そんな彼女でも雪の魔力には勝てなかったみたいだ。
「冷たい……」
雪を手に取った品川ちゃんはそうしみじみと呟きながらも嬉しそうに顔をほころばせている。なんだかこっちまで頬が緩んでしまうな。
「おい品川!」
そんな時、怒声とも呼べるような大声が響いた。名指しされた品川ちゃんは体を跳ねさせてしまう。
声の方向を見れば森田がずんずんと近づいてきていた。ざわり、と周囲から緊張が走ったのがわかる。
森田が品川ちゃんをいじめていたというのは四年生と五年生の間では周知の事実である。それも解決したこととはいえ、怒鳴る森田を見ればみんなの警戒心が高まるのは当然と言えた。
品川ちゃんの傍まで寄った森田が彼女の腕を引っ張る。この場の全員の緊張が一気に高まった。
「雪は冷たいんだから素手で触るんじゃねえよ! 手が凍ったらどうすんだ! ほら、ちゃんと手袋付けろって」
「あ、うん……ありがとう……」
品川ちゃんの手に大きめの手袋が押しつけられる。どうやら森田の手袋のようだった。
「手が冷たくなって動かなくなったらどうすんだよ。その手はもう品川だけの手じゃねえんだからな」
「……うん。森田くんも、楽しみにしてくれてるもんね」
品川ちゃんがほにゃりと森田に笑いかけた。二人から優しい空気が広がる。
ざわり、と。先ほどまでとは別種の緊張が走った。
少しの静寂の後、女子達はきゃーきゃーと黄色い声を上げる。葵ちゃんと瞳子ちゃんなんて目を輝かせている。男子に至っては舌打ちの嵐だった。
あー……うん。これはみんな勘違いしてるな。
俺は森田の肩を叩いた。
「あっ、高木さん! こんちはっす!」
「おう。……気持ちはわかるけど、もうちょっと言葉を選べよ」
「はい?」
森田は品川ちゃんの手が冷えてしまったせいで漫画を描くことに支障が出やしないかと心配したのである。品川ちゃんのファンを公言している彼からすれば、彼女の漫画は彼女自身のものだけじゃないと言いたかったのだろう。
まったくお騒がせな奴め。変に勘違いされたら品川ちゃんだって困るだろうに。
なんて考えている俺の前に赤城さんが立ちはだかった。
「高木」
「ん、どうしたの赤城さん」
「手」
「手?」
赤城さんが手を前に突き出してくる。うん、彼女の意図がわからないぞ。
「手」
「手……出せばいいの?」
よくわからないままに俺も手を赤城さんの前に差し出してみる。赤城さんはその手を掴んだ。
「えっと、冷えてるね」
「高木のはあったかい……」
なんだ? 人の手をカイロ代わりにしたかっただけなのか。そういう気持ちはわからないでもないけどさ。
「高木の手も、高木だけのものじゃないの?」
「いや、俺のは大層なもんでもないからな」
なんだ、森田の言葉に疑問を持っただけか。別に俺は漫画を描けるわけでもないので過剰に大切にする必要はない。
「トシくん? なんで赤城さんと手を繋いでるのかな?」
「俊成……、ちょっと目を離した隙に何をしてるのよ?」
ぞわりと背筋が凍った。これは寒さが原因じゃないと断言できる。だって振り返れば笑顔で黒いオーラを放つ葵ちゃんと、目を吊り上げて怒りの炎を燃やしている瞳子ちゃんがいるんだもの……。
「高木、雪合戦こっちのチームに行こ」
「え、あ、赤城さん?」
赤城さんに引っ張られるままに葵ちゃんと瞳子ちゃんとは別チームになってしまった。タイミングがいいのか悪いのか、本郷が開始の合図を言い放った。
三、四十人くらいの人数での雪合戦だ。雪球が乱れ飛ぶのは見ているだけで楽しい。
「トシくん、隠れちゃダメだよ?」
「俊成! 出てきなさい!」
葵ちゃんと瞳子ちゃんから集中砲火を浴びていなければ、だけどね。
ちょうどいいくぼみがあったのでそこに身を滑り込ませている。ここなら当たらないとわかってるんだけど、何度もこっちに向かって雪球が飛んできていると、出るに出られなくなってしまう。
「高木も大変だね」
「赤城さん、もしかしてわかっててやってる?」
赤城さんはふいっと目を逸らした。やっぱりからかってるんだな。彼女はこういうところがあるからなぁ。
でもまあ、せっかくの雪合戦だ。こんなのは子供のうちでしかできない遊びだろうし、思いっきり楽しんでやろう。
そうと決まればせっせと雪球を作る。俺を見てか赤城さんも同じように雪球を作り始めた。
「あっ、高木くんと赤城さんはこっちに来たんやね」
「佐藤もこっちのチームだったのか」
「うん。がんばろうな」
二つのチームに分かれたとはいえ、とくに勝ち負けの方法を決めてるわけじゃない。単純に雪球をぶつけ合うだけのルールだ。まあ楽しめればなんでもいいや。
「行っくわよー!」
向こう側から小川さんの声が聞こえた。それから間を置かずして一斉に雪球が飛んでくる。何人かぶつけられて倒れていくのが見えた。
「ほぇ~、なんか小川さんすごいんやね」
佐藤が感心したように口を半開きにさせている。なんだかんだで小川さんもカリスマ持ちだからな。友達の多さでは一番だろうし、あんな一斉攻撃だってできるか。
「こっちも負けんな! みんなで投げろー!」
本郷を始めとした男子連中が反撃する。できるのはサッカーだけじゃない本郷は肩も良いようだ。ストライク送球で一人ぶつけていた。運動ができる奴は雪の上でも関係ないらしい。
「どりゃあっ! 品川、当たってないか?」
「う、うん……。だ、大丈夫……」
森田は品川ちゃんの前に立って壁となっていた。体格が良いためか、雪球をぶつけられてもビクともしない。それどころか本郷に匹敵しそうな剛速球を投げて反撃している。
「高木、雪球たくさんできたから投げよう」
「そうだね。佐藤もこれ使ってくれ」
「ええの? じゃあ僕も投げさせてもらうわ」
俺は雪球を一つ掴むと立ち上がった。その瞬間、二つの雪球が顔面を直撃した。
「やった! 当たったよ瞳子ちゃん!」
「思いっきり顔に当たっちゃったわね……。俊成倒れちゃったけど大丈夫かしら?」
「トシくんはけっこう頑丈だから大丈夫だよ。ほらほら、瞳子ちゃんも次用意しなきゃ」
「……葵って案外容赦ないわよね」
飛び交う雪球。楽しそうな子供達の声。それらを感じながら積もった雪へと体を預ける。
雪の上で寝そべるのも悪くない。なんだか気持ち良くなってくる。鼠色の空からはもう雪は降っていなかった。
雪解けのその日まで、楽しく笑い合っていたい。できることなら雪解けのその後も、楽しく笑い合っていたいものだ。みんなのはしゃぎ声を耳にしながらそんなことを想った。
※ ※ ※
放課後。瞳子ちゃんを家まで送り届けてから葵ちゃんと二人で帰り道を歩いていた。
「雪合戦楽しかったねー」
「本当に楽しそうだったね葵ちゃん」
葵ちゃんはそれほど肩が強いわけでもないはずなのに、的確に俺の方へと投げ込んでくるもんだからけっこうな数をぶつけられてしまった。あれだけぶつけられればそりゃもう楽しかっただろうな。
「でも、やっぱり雪だるま作ってみたいな。トシくん時間ある?」
「今日は習い事はない日だからいいよ」
一度家に帰ってランドセルを置いて着替えを済ませる。それから公園に集合だ。残念ながら瞳子ちゃんはスイミングスクールがあるので俺と葵ちゃんだけだ。
公園に辿り着いたが、葵ちゃんの姿は見えない。女の子だし少し時間がかかるのだろう。
あまり触れられていなさそうなまっさらな場所を探す。雪だるまを作るなら綺麗に作りたいからな。雪にはこだわっちゃうね。
「あっ、俊成くんだ」
声に反応して足元に向けていた視線を上げれば、そこにいたのは野沢先輩だった。ちょうど帰宅中だったようで制服だ。手袋やマフラーをしているとはいえ寒そうだな。
「野沢先輩、お久しぶりです」
受験生の彼女とはあまり出会う機会がなかった。勉強の邪魔になっても嫌なので、それでもいいと思っていた。
だとしても、久しぶりに会うと嬉しいものである。俺は野沢先輩の元へと駆け寄った。
「今帰りなんですか?」
「そうだよー。俊成くんは?」
「俺は葵ちゃんと雪だるま作ろうと思ってて。待ってるところだったんです」
「これだけ積もってるんだもんね。ふふっ、いいなー」
受験生だというのに野沢先輩からピリピリとした空気は一切感じない。この柔らかい雰囲気が変わっていなくて安心させられる。
もしかしてもう合格が決まったとかかな? 推薦とかを考えれば決まっててもおかしくないか。
どうしようか。こういうのって簡単に聞いてもいいものか。表面上はにこやかにしてても、心はナイーブだったら余計なことを聞いてしまったということになりかねない。
俺が悩んでいると、野沢先輩が口を開いた。
「ねえ俊成くん。朝の走り込みって続けてるの?」
「え? まあ、天気が悪い日以外はやってますけど」
「そっか……。よかったらなんだけど……今度私もごいっしょさせてもらってもいいかな?」
「え……い、いいんですか!? 受験勉強とかあるんじゃ……?」
「進学先はね、もう決まってるの。陸上部の強いところからお誘いがきてたからそこにしちゃった」
さすがは野沢先輩。すでに受験という苦しみからいち早く解き放たれていましたか。
俺は嬉しくなったままの勢いで進学先を尋ねた。
「それってどこの高校なんですか?」
野沢先輩は少しの逡巡を見せてから、その学校名を教えてくれた。そして俺はそれを聞いてしまった。
「……え?」
一瞬、その高校はどこなのかと思った。しかしそれは一瞬だ。俺でも名前を聞いたことのある有名な学校だったのだから。
地元ではない。自転車では通えない。電車通学ですら無理だった。
その高校は新幹線に乗っても数時間はかかる距離だった。そんな距離、家から通学できるわけがない。
「うん、だからね。私向こうで寮生活するの」
そう野沢先輩は言った。
つまり、野沢先輩はここからいなくなってしまうのだ。
先輩が中学生になってから頻繁に会っていたわけじゃない。それでも、彼女のがんばりだとか成果はすぐに伝わってきた。たまに会えば自分のやりたいことに対して真摯に真っすぐ向き合っている彼女とたくさん話をした。
その姿はとても立派で、俺が胸を張って尊敬していると断言できる先輩なのだ。
野沢先輩を見習って俺もがんばろうって思った。身近でこんなにがんばっている子がいるのだから、俺もがんばらなきゃって思えたんだ。そして、そんな先輩をずっと身近で応援できると思っていた。
ずっと身近にいてくれるだなんて、そんなわけないのに。ここへきてようやくそのことに気づいた。なんとも遅過ぎる気づきだった。
大きくなればみんなそれぞれの道を行くようになる。前世の記憶がありながら、なんで俺はそんなことを忘れていたのだろうか。いや、忘れていたわけじゃない。頭の中ではわかってたつもりだった。ただ、ちゃんとはわかってなかったんだ。
だって、前世では家族以外でこんなにも思い入れのある人なんていなかったから。
「そう、なんですね……」
この気持ちはなんだろうか? 焦り? 寂しさ? それとも別の感情か。
ただ、今言わなきゃいけない言葉はわかっている。その言葉のために、今自分の中で膨らみつつある感情に蓋をした。
「野沢先輩、進学おめでとうございます!」
笑顔でお祝いの言葉を述べた。なぜだか頬の辺りが少し痛かった。
だからこそ、いざ雪が積もって辺り一面銀世界になった時、子供達は大騒ぎであった。
「わぁ、すっごーい真っ白だー」
「足埋まっちゃわないかしら?」
「なんかシャリシャリしてるね。かき氷みたいに食べられるかな……」
「雪合戦しようぜ!」
昼休み。様々な反応を見せつつ子供達は白に染まった運動場へと駆け出していく。
「ねえねえ、雪だるま作ろうよ」
葵ちゃんも目を輝かせていた。興奮を隠しきれないようで早速雪を手に取っていた。
「まったく、葵ったらしょうがないわね」
なんて言いながらも瞳子ちゃんも笑顔だ。雪だるまを作れるくらい積もることがそうなかったからか、彼女もワクワクが押さえられないらしい。
「でやあっ!」
俺はまっさらな雪へとダイブした。俺の体の形がくっきりと残る。うむ、なかなか立派な大の字だな。
くすくすと笑う声に振り向けば葵ちゃんと瞳子ちゃんがやれやれと言わんばかりにこっちを見ていた。
「トシくんも子供だねー」
「俊成ったらはしゃぎ過ぎよ」
しまった……。久しぶりの雪に童心をくすぐられてしまった。いや、これはあれだよ。はしゃいでるみんなを見てたらその気持ちが俺にも芽生えてしまったというか。ね?
俺は立ち上がって冷静な顔を取り繕う。うん、恥ずかしくなんかないぞ。
「えい」
横からそんな声が聞こえたかと思えば、俺が作った大の字に赤城さんがダイブしていた。
「上書きしてみた」
赤城さんはニヤリと笑う。せっかく俺の形を残したのにっ。なんだか悔しくなる。
「ぐぬぬ……」
俺がぐぬぬと悔しがっていると、両隣りからそんな呻きが聞こえた。なぜか葵ちゃんと瞳子ちゃんまでぐぬぬしていた。なぜに?
首をかしげる俺に雪球がぶつけられた。不意打ちだったのでびっくりしてのけ反ってしまう。
「高木、みんなで雪合戦しようぜ!」
本郷が雪球を弄びながら言った。その後ろでは佐藤や小川さんを始めとした五年生の男女が集まっている。
人数が集まっていて面白そうだ。自然にそれぞれ二つのチームを作っていく。
「あの、四年生も混じっていいかな?」
御子柴さんが後ろに何人かの四年生女子をつれてきた。その中には品川ちゃんの姿もあった。
「そりゃもうどんと来なさいよ!」
なぜか小川さんが応えて大盛り上がりしていた。雪のせいなのか今は何をやっても騒がしくなってしまう。
「品川ちゃんは雪合戦したことあるの?」
「あ、いえ……初めてです……」
品川ちゃんはもじもじと足元の雪を見ていた。昼休みでも滅多に運動場へと出ようとしないインドア派なのだ。そんな彼女でも雪の魔力には勝てなかったみたいだ。
「冷たい……」
雪を手に取った品川ちゃんはそうしみじみと呟きながらも嬉しそうに顔をほころばせている。なんだかこっちまで頬が緩んでしまうな。
「おい品川!」
そんな時、怒声とも呼べるような大声が響いた。名指しされた品川ちゃんは体を跳ねさせてしまう。
声の方向を見れば森田がずんずんと近づいてきていた。ざわり、と周囲から緊張が走ったのがわかる。
森田が品川ちゃんをいじめていたというのは四年生と五年生の間では周知の事実である。それも解決したこととはいえ、怒鳴る森田を見ればみんなの警戒心が高まるのは当然と言えた。
品川ちゃんの傍まで寄った森田が彼女の腕を引っ張る。この場の全員の緊張が一気に高まった。
「雪は冷たいんだから素手で触るんじゃねえよ! 手が凍ったらどうすんだ! ほら、ちゃんと手袋付けろって」
「あ、うん……ありがとう……」
品川ちゃんの手に大きめの手袋が押しつけられる。どうやら森田の手袋のようだった。
「手が冷たくなって動かなくなったらどうすんだよ。その手はもう品川だけの手じゃねえんだからな」
「……うん。森田くんも、楽しみにしてくれてるもんね」
品川ちゃんがほにゃりと森田に笑いかけた。二人から優しい空気が広がる。
ざわり、と。先ほどまでとは別種の緊張が走った。
少しの静寂の後、女子達はきゃーきゃーと黄色い声を上げる。葵ちゃんと瞳子ちゃんなんて目を輝かせている。男子に至っては舌打ちの嵐だった。
あー……うん。これはみんな勘違いしてるな。
俺は森田の肩を叩いた。
「あっ、高木さん! こんちはっす!」
「おう。……気持ちはわかるけど、もうちょっと言葉を選べよ」
「はい?」
森田は品川ちゃんの手が冷えてしまったせいで漫画を描くことに支障が出やしないかと心配したのである。品川ちゃんのファンを公言している彼からすれば、彼女の漫画は彼女自身のものだけじゃないと言いたかったのだろう。
まったくお騒がせな奴め。変に勘違いされたら品川ちゃんだって困るだろうに。
なんて考えている俺の前に赤城さんが立ちはだかった。
「高木」
「ん、どうしたの赤城さん」
「手」
「手?」
赤城さんが手を前に突き出してくる。うん、彼女の意図がわからないぞ。
「手」
「手……出せばいいの?」
よくわからないままに俺も手を赤城さんの前に差し出してみる。赤城さんはその手を掴んだ。
「えっと、冷えてるね」
「高木のはあったかい……」
なんだ? 人の手をカイロ代わりにしたかっただけなのか。そういう気持ちはわからないでもないけどさ。
「高木の手も、高木だけのものじゃないの?」
「いや、俺のは大層なもんでもないからな」
なんだ、森田の言葉に疑問を持っただけか。別に俺は漫画を描けるわけでもないので過剰に大切にする必要はない。
「トシくん? なんで赤城さんと手を繋いでるのかな?」
「俊成……、ちょっと目を離した隙に何をしてるのよ?」
ぞわりと背筋が凍った。これは寒さが原因じゃないと断言できる。だって振り返れば笑顔で黒いオーラを放つ葵ちゃんと、目を吊り上げて怒りの炎を燃やしている瞳子ちゃんがいるんだもの……。
「高木、雪合戦こっちのチームに行こ」
「え、あ、赤城さん?」
赤城さんに引っ張られるままに葵ちゃんと瞳子ちゃんとは別チームになってしまった。タイミングがいいのか悪いのか、本郷が開始の合図を言い放った。
三、四十人くらいの人数での雪合戦だ。雪球が乱れ飛ぶのは見ているだけで楽しい。
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「俊成! 出てきなさい!」
葵ちゃんと瞳子ちゃんから集中砲火を浴びていなければ、だけどね。
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「赤城さん、もしかしてわかっててやってる?」
赤城さんはふいっと目を逸らした。やっぱりからかってるんだな。彼女はこういうところがあるからなぁ。
でもまあ、せっかくの雪合戦だ。こんなのは子供のうちでしかできない遊びだろうし、思いっきり楽しんでやろう。
そうと決まればせっせと雪球を作る。俺を見てか赤城さんも同じように雪球を作り始めた。
「あっ、高木くんと赤城さんはこっちに来たんやね」
「佐藤もこっちのチームだったのか」
「うん。がんばろうな」
二つのチームに分かれたとはいえ、とくに勝ち負けの方法を決めてるわけじゃない。単純に雪球をぶつけ合うだけのルールだ。まあ楽しめればなんでもいいや。
「行っくわよー!」
向こう側から小川さんの声が聞こえた。それから間を置かずして一斉に雪球が飛んでくる。何人かぶつけられて倒れていくのが見えた。
「ほぇ~、なんか小川さんすごいんやね」
佐藤が感心したように口を半開きにさせている。なんだかんだで小川さんもカリスマ持ちだからな。友達の多さでは一番だろうし、あんな一斉攻撃だってできるか。
「こっちも負けんな! みんなで投げろー!」
本郷を始めとした男子連中が反撃する。できるのはサッカーだけじゃない本郷は肩も良いようだ。ストライク送球で一人ぶつけていた。運動ができる奴は雪の上でも関係ないらしい。
「どりゃあっ! 品川、当たってないか?」
「う、うん……。だ、大丈夫……」
森田は品川ちゃんの前に立って壁となっていた。体格が良いためか、雪球をぶつけられてもビクともしない。それどころか本郷に匹敵しそうな剛速球を投げて反撃している。
「高木、雪球たくさんできたから投げよう」
「そうだね。佐藤もこれ使ってくれ」
「ええの? じゃあ僕も投げさせてもらうわ」
俺は雪球を一つ掴むと立ち上がった。その瞬間、二つの雪球が顔面を直撃した。
「やった! 当たったよ瞳子ちゃん!」
「思いっきり顔に当たっちゃったわね……。俊成倒れちゃったけど大丈夫かしら?」
「トシくんはけっこう頑丈だから大丈夫だよ。ほらほら、瞳子ちゃんも次用意しなきゃ」
「……葵って案外容赦ないわよね」
飛び交う雪球。楽しそうな子供達の声。それらを感じながら積もった雪へと体を預ける。
雪の上で寝そべるのも悪くない。なんだか気持ち良くなってくる。鼠色の空からはもう雪は降っていなかった。
雪解けのその日まで、楽しく笑い合っていたい。できることなら雪解けのその後も、楽しく笑い合っていたいものだ。みんなのはしゃぎ声を耳にしながらそんなことを想った。
※ ※ ※
放課後。瞳子ちゃんを家まで送り届けてから葵ちゃんと二人で帰り道を歩いていた。
「雪合戦楽しかったねー」
「本当に楽しそうだったね葵ちゃん」
葵ちゃんはそれほど肩が強いわけでもないはずなのに、的確に俺の方へと投げ込んでくるもんだからけっこうな数をぶつけられてしまった。あれだけぶつけられればそりゃもう楽しかっただろうな。
「でも、やっぱり雪だるま作ってみたいな。トシくん時間ある?」
「今日は習い事はない日だからいいよ」
一度家に帰ってランドセルを置いて着替えを済ませる。それから公園に集合だ。残念ながら瞳子ちゃんはスイミングスクールがあるので俺と葵ちゃんだけだ。
公園に辿り着いたが、葵ちゃんの姿は見えない。女の子だし少し時間がかかるのだろう。
あまり触れられていなさそうなまっさらな場所を探す。雪だるまを作るなら綺麗に作りたいからな。雪にはこだわっちゃうね。
「あっ、俊成くんだ」
声に反応して足元に向けていた視線を上げれば、そこにいたのは野沢先輩だった。ちょうど帰宅中だったようで制服だ。手袋やマフラーをしているとはいえ寒そうだな。
「野沢先輩、お久しぶりです」
受験生の彼女とはあまり出会う機会がなかった。勉強の邪魔になっても嫌なので、それでもいいと思っていた。
だとしても、久しぶりに会うと嬉しいものである。俺は野沢先輩の元へと駆け寄った。
「今帰りなんですか?」
「そうだよー。俊成くんは?」
「俺は葵ちゃんと雪だるま作ろうと思ってて。待ってるところだったんです」
「これだけ積もってるんだもんね。ふふっ、いいなー」
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もしかしてもう合格が決まったとかかな? 推薦とかを考えれば決まっててもおかしくないか。
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俺が悩んでいると、野沢先輩が口を開いた。
「ねえ俊成くん。朝の走り込みって続けてるの?」
「え? まあ、天気が悪い日以外はやってますけど」
「そっか……。よかったらなんだけど……今度私もごいっしょさせてもらってもいいかな?」
「え……い、いいんですか!? 受験勉強とかあるんじゃ……?」
「進学先はね、もう決まってるの。陸上部の強いところからお誘いがきてたからそこにしちゃった」
さすがは野沢先輩。すでに受験という苦しみからいち早く解き放たれていましたか。
俺は嬉しくなったままの勢いで進学先を尋ねた。
「それってどこの高校なんですか?」
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「……え?」
一瞬、その高校はどこなのかと思った。しかしそれは一瞬だ。俺でも名前を聞いたことのある有名な学校だったのだから。
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つまり、野沢先輩はここからいなくなってしまうのだ。
先輩が中学生になってから頻繁に会っていたわけじゃない。それでも、彼女のがんばりだとか成果はすぐに伝わってきた。たまに会えば自分のやりたいことに対して真摯に真っすぐ向き合っている彼女とたくさん話をした。
その姿はとても立派で、俺が胸を張って尊敬していると断言できる先輩なのだ。
野沢先輩を見習って俺もがんばろうって思った。身近でこんなにがんばっている子がいるのだから、俺もがんばらなきゃって思えたんだ。そして、そんな先輩をずっと身近で応援できると思っていた。
ずっと身近にいてくれるだなんて、そんなわけないのに。ここへきてようやくそのことに気づいた。なんとも遅過ぎる気づきだった。
大きくなればみんなそれぞれの道を行くようになる。前世の記憶がありながら、なんで俺はそんなことを忘れていたのだろうか。いや、忘れていたわけじゃない。頭の中ではわかってたつもりだった。ただ、ちゃんとはわかってなかったんだ。
だって、前世では家族以外でこんなにも思い入れのある人なんていなかったから。
「そう、なんですね……」
この気持ちはなんだろうか? 焦り? 寂しさ? それとも別の感情か。
ただ、今言わなきゃいけない言葉はわかっている。その言葉のために、今自分の中で膨らみつつある感情に蓋をした。
「野沢先輩、進学おめでとうございます!」
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弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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