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第一部
55.証拠と仲間集め
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「森田くんはすごく怖い子だよ」
次の日の朝。登校班の四年生の男子に品川ちゃんをいじめていた奴等のことを聞いてみた。それが先ほどのセリフである。
とくにリーダー格の森田はガキ大将代表みたいな奴らしい。六年生の大きな子と大差ない体格で乱暴な性格なのだ。そりゃあ苦手な子はとことんまでに苦手だろう。俺だってできれば関わり合いになりたくないタイプである。
目の前の男の子も苦手に思っているらしい。森田とは違うクラスになって安心だというのがありありと見て取れる。それをわかりながらもお願いをしなきゃならない。
「あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
「え? 何々トシ兄ちゃんが僕を頼ってくれるのっ」
なんか嬉しそうだな。目が輝いてんぞ。年上に頼られるのって嬉しいものなのかな。
でもその態度のおかげで幾分か切り出しやすかった。
「その森田って奴を休み時間の間だけでいいから見張っててほしいんだよ」
「え」
あー、表情が固まっちゃったな。けっこう大変なお願いをしているという自覚はある。
さっき怖い奴だと言ったばっかりなのだ。そいつを見張れと言われたら尻込みしてしまうだろう。無茶ぶりされていると思ってしまったかもしれない。
俺は品川ちゃんが森田を含めた男子達にいじめられているという事実を告げた。話を聞いて男の子は驚き、そして怒りを露わにした。
「女の子をいじめるなんてひどいよ!」
この子はまっとうな感性を持っているようだ。森田達のようないじめっ子ばかりではないとわかって安心する。
「いじめを止めてくれとは言わない。むしろ手を出しちゃダメだ。ただどんなことをしているかを見て、それを俺に報告してほしい」
「見ているだけでいいの?」
「ああ、見てるだけでいい。見つからないようにこっそり隠れてても構わない」
「なんか刑事さんみたいだね」
それは張り込みシーンのことを言っているのだろうか? アンパンでも差し入れた方がいいかな。
まあ何はともあれやる気になってくれたようだ。まずは一人、協力者を得ることができたぞ。
できるだけ四年生の協力者はほしいところだ。品川ちゃんのクラスメートはもちろん、他のクラスの子だっていじめを目撃しているかもしれない。目撃者は多ければ多いほどに信憑性を増すからな。
ただ、集めるのは目撃者だけだ。いきなりいじめを止めてくれとは言えないし、それをしてしまうと余計に大ごとになってしまうかもしれない。いじめを止めるために他人を巻き込んで味方になってもらうつもりだが、いじめの規模を大きくされるのは望むところではないのだ。
それにいじめを見たと証言するだけならハードルも低くなるだろう。ハードルが低くなれば味方だって増やしやすいはずだ。
矢面に立つのは俺達がいい。俺達が率先して前に立てば安心して協力してもらいやすくなる。協力したからいじめられました、なんてことには絶対にさせない。
だけど、これからの動き方は品川ちゃん次第だ。彼女へのいじめは絶対に止めさせる。それは変わらないけれど、そのやり方をどうするかは彼女の意思次第だろう。
※ ※ ※
学校に到着すると瞳子ちゃんと合流した。品川ちゃんを探したけれどその姿は見えなかった。まだ来ていないと信じたい。
「下駄箱を見てみようよ」
葵ちゃんの提案に乗って四年生の下駄箱から品川ちゃんの名前を探す。勝手に開けて悪いと思いながらも上履きがあるかどうか確認させてもらう。
「うわっ……」
「何よこれ……」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが顔を歪ませて不快感を表す。それは俺も同じだった。
品川ちゃんの下駄箱にはどこで拾ってきたのかというような汚いゴミが入れられていた。こんなのわざわざ持ってきたのだろうか? 労力の無駄遣いにもほどがあるぞ。
品川ちゃんの上履きはあった。まだ彼女は登校していないようだ。それに上履きには何もされていないようでよかった。……ゴミを突っ込まれておいてよかったなんて言えないか。
「……さっさと片づけるわよ」
「瞳子ちゃん待って」
「何よ俊成。邪魔する気?」
俺に止められて瞳子ちゃんの目が吊り上がる。今にも爆発しそうだ。それほどに彼女にとって許せない行いだったのだろう。
「片づけたいのは俺も同じだけど、証拠を残しておきたいんだ」
「証拠?」
俺は頷くと制服の内ポケットからインスタントカメラを取り出した。そのカメラで品川ちゃんの下駄箱を撮影する。
「カメラなんて学校に持ってきていいの?」
「ダメだよー。だから秘密にしといてね」
数枚撮影してから品川ちゃんの下駄箱のゴミを片づけた。俺がゴミを捨てに行っている間に品川ちゃんが来たら引き止めておいてと葵ちゃんと瞳子ちゃんにお願いした。
そして、ゴミを捨てて戻るとちょうど品川ちゃんが来た。
「品川ちゃんおはよう」
「あ……、昨日はその……あ、ありがとう、ございました……」
いつもよりも声が小さい。せっかく普通にしゃべってくれるようになっていたのに逆戻りだ。いや、去年よりも悪いか。
いじめ現場を見られて恥ずかしいとでも思ってしまっているのだろうか。品川ちゃんはうつむき加減で俺の目を見ようとはしてくれない。
「ちょっと話があるんだけどいいかな?」
「え……?」
いつまでも下駄箱にいたんじゃあ注目を集めてしまう。俺達は人の少ない階段の裏に品川ちゃんをつれてきた。
上級生三人という人数に品川ちゃんが不安を持ってしまうかもと思い、俺は彼女の前でしゃがみながらできるだけ優しい表情を心掛けた。
「時間もないし単刀直入に言うね。俺達は品川ちゃんをいじめから助けたいと思ってるんだ」
「え……、え?」
品川ちゃんは戸惑っていた。俺がこんなことを言うなんて想像もしていなかったようだ。
「俺にとって品川ちゃんはかわいい後輩なんだよ。できれば悲しい思いをしてほしくないんだ。だから、君をいじめから救うために戦わせてほしい」
「……」
品川ちゃんはうつむいてしまう。しゃがんでいる俺にはその表情が見えてしまっていたけど、彼女自身の答えを待つことにした。
「秋葉ちゃん、とってもつらいんだよね。とってもつらいのに我慢しているのはすごいと思う。でも本当は我慢しなくてもいいの。いじめられてるのは秋葉ちゃんが悪いだなんてことは絶対にないし、いじめてる子達がみんな悪いことをしてるんだから。だから誰かに助けてもらっても全然恥ずかしくないのよ」
葵ちゃんが品川ちゃんの手を取りながら優しい口調で言った。お姉さんのような振る舞いは彼女にはまだ早いだろうだなんて、俺はけっこう失礼なことを考えていたのだと反省させられる。
「少なくともあたし達は品川さんがいじめられているだなんて許せないわ。あなたにはちゃんと味方がいるの。頼ってくれるんだったらもっと味方が増えるはずよ。だからお願い。あたし達に助けさせて。そのためにもあなたの口からそのための言葉がほしいの」
「わた、し……は……」
瞳子ちゃんの言葉に品川ちゃんの口が反応する。それはすぐに閉じられてしまったけど、何かを訴えようと小さく開閉を繰り返していた。
「品川ちゃん。いじめられているのを知られたらお母さんが心配するって思っているかもしれない。悲しませたくないって思っているのかもしれない。でも一番悲しいのは頼ってもらえずに品川ちゃんがずっと悲しい思いをすることなんだよ」
子供に頼ってもらえないのは親にとってはつらいことなんじゃないだろうか。結婚もしたことがない俺だけど、もし自分に子供がいたら何があったとしても頼ってほしいと思うから。
品川ちゃんの眼鏡の奥の目が潤む。表情が歪み、嗚咽が零れる。
「う……うぐ……」
品川ちゃんは堪え切れない涙を零した。どれほどの我慢を重ねてきたのだろうか。そう思うと目の奥が熱くなってくる。
そして、品川ちゃんは答えてくれた。
「助けて、ください……」
品川ちゃんはそう絞り出すように言って頭を下げる。その瞬間、俺達のやるべきことは固まった。
※ ※ ※
俺達は品川ちゃんに付き添って彼女の教室へと向かった。
四年生の教室が並ぶ廊下にくると注目度が増した気がした。主に葵ちゃんと瞳子ちゃんに目を向けられているようだ。まあ学校で一、二を争うほどの美少女が同時に現れたのだ。学年が違っても二人は有名なのである。
四年一組が品川ちゃんの教室だ。堂々と胸を張って入らせてもらう。
突然の上級生の来訪に教室が静かになっていく。葵ちゃんと瞳子ちゃんもいるものだからみんなこっちを見ていた。森田を始めとしたいじめっ子達もすでにいた。
品川ちゃんに彼女の机はどれかと尋ねようとして、その前にわかってしまった。一つだけやけに白いのだ。すぐにそれがチョークの粉をかけられているからだと気づく。朝から無駄なことしやがって。
俺はまっすぐにその机の前まで行く。一応確認のために品川ちゃんを見ると、彼女は無言でこくんと頷いた。
「インスタントカメラ~♪」
俺は某青いネコ型ロボットの口調をマネしながら、制服の内ポケットからカメラを取り出す。この時代はまだ声が変わってないから安心してモノマネできるね。
そのまま流れるようにレンズを品川ちゃんの机に向ける。俺は躊躇いなくシャッターを押した。シャッター音とフラッシュにざわめきが教室に広がった。
それでいい。わざわざ声に出して注目を集めたり、隠すことなく撮影をしたのも狙ってやっている。
「よし、証拠は残したぞ。さっさと掃除してしまおうか」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが雑巾を用意してくれた。このクラスの雑巾を使っているのに誰も何も言わない。俺は品川ちゃんの机の拭き掃除を終えて額の汗をぬぐった。
さて、俺が「証拠」という単語を使ってからいじめっ子達の顔色が悪くなったな。カメラを持ってくるのは校則違反だが、いじめを容認しているこのクラスでそのことを先生に伝えたりなんてしないだろう。別に先生に言いたいなら言えばいいけどな。まだ二つだがこっちには「証拠」があるのだ。それがわかりやすいように口に出してやったしな。
こっちが証拠集めをしているというアピールが重要だ。相手からすればどこまで証拠を集められたなんてわからないからな。少なくとも堂々といじめたりなんてできなくなるだろう。
「じゃあ秋葉ちゃん。私達は行くね。何かあったら友達の私達になんでも言ってね」
「そうよ。あたし達五年生はあなたの味方なんだからね」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが打ち合わせ通りに牽制してくれる。小学生でも上級生というのは大きな存在だからね。しかも二人は五年生の中でも目立つ存在だ。下級生からすればより大きく見えるだろう。
そうなるとおいそれと品川ちゃんに手出しできないはずだ。それでも確実じゃないからこそもっと協力者が必要なんだけども。
昼休みにはいっしょに過ごすと約束できた。それでもそれまでの休み時間で何かをされる可能性があるのだ。俺達は次の行動へと迅速に移らなければならない。
「秋葉ちゃん、大丈夫かな?」
教室を出て五年生の校舎に向かう途中、葵ちゃんが心配げに何度も振り返っていた。
絶対に大丈夫だなんて言えない。だけどこれだけのアピールをしたのだ。もし人目につかないようないじめをしたとしても俺達の耳に入るとわかるはずだ。……ちゃんとわかってるよね?
「なんとかするためにも、俺達は昼休みまでに仲間集めをがんばろう」
「うん、そうだね」
昼休みまでに俺達がやることは五年生の協力者を募ることだ。
いじめっ子達には上級生の圧力というものを受けてもらう。そのための仲間集めだ。
葵ちゃんと瞳子ちゃんだけでもかなりの人を集められるだろう。そこへ小川さんや、少しだけしゃくだが本郷の協力を得られれば五年生のほとんどの生徒は味方になってくれるはずだ。
たくさん味方がいれば四年生も仲間に引き入れられるだろう。そうしていけばあのいじめっ子達は少数派になっていく。いつになっても少数派は肩身が狭いもんだからな。
五年二組は葵ちゃんと瞳子ちゃんに任せていれば問題ないだろう。俺は俺で自分のクラスメートの説得だ。
二人と別れて自分の教室へと入る。赤城さんと佐藤がいたので早速声をかけた。
「そうなんだ。あたしにできることがあったらなんでも言って。協力する」
「僕も! してほしいことがあったらすぐに言うてや。全力で力になるで!」
赤城さんはいつもの無表情ながらも真剣な面持ちで、佐藤は腕まくりをして出ない力こぶを作ってやる気を示してくれた。
「二人とも、本当にありがとう」
素直に想ったことが口から出ていた。二人が頼れる友達で本当によかった。
あとは本郷だ。彼の協力を得られれば一気に味方が増えるだろう。
本郷の姿を探すが、まだ教室に来ていないようだ。時計を見ればもうすぐチャイムが鳴ってしまう。続きは授業終わりの休み時間だな。そう思ったところで本郷が教室に入ってきた。ギリギリかよ。
まあ俺も四年生の教室に寄っていたから赤城さんと佐藤を説得するだけで時間ギリギリだった。焦らず次の休み時間までにどう説得するか考えておくか。
一時間目の授業を終えて、俺はすぐに本郷の元へと向かった。
「本郷、ちょっと話があるんだけどいいか?」
「なんだよ高木。真面目な顔してなんかあったのか?」
「まあいいからこっちに来てくれないか」
本郷は爽やかスマイルで「いいぜ」と頷いてくれた。人の少ない場所に移動して手早く品川ちゃんの事情を説明する。
俺はなんだかんだで本郷は悪い奴じゃないと思っている。話せばわかってくれるし、誰かのピンチには立ち上がってくれる奴だと思っていた。
「――というわけなんだ。彼女をいじめから助けるために本郷も手を貸してくれないか?」
「……」
だからこそ、言い終えて本郷の表情を見た時、俺は思わず首をかしげそうになってしまった。なぜなら彼らしからぬ強張った顔をしていたからだ。
さらに本郷の次の言葉を聞いて、俺は大いに戸惑ってしまうこととなった。
「お、俺には……できない……」
次の日の朝。登校班の四年生の男子に品川ちゃんをいじめていた奴等のことを聞いてみた。それが先ほどのセリフである。
とくにリーダー格の森田はガキ大将代表みたいな奴らしい。六年生の大きな子と大差ない体格で乱暴な性格なのだ。そりゃあ苦手な子はとことんまでに苦手だろう。俺だってできれば関わり合いになりたくないタイプである。
目の前の男の子も苦手に思っているらしい。森田とは違うクラスになって安心だというのがありありと見て取れる。それをわかりながらもお願いをしなきゃならない。
「あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
「え? 何々トシ兄ちゃんが僕を頼ってくれるのっ」
なんか嬉しそうだな。目が輝いてんぞ。年上に頼られるのって嬉しいものなのかな。
でもその態度のおかげで幾分か切り出しやすかった。
「その森田って奴を休み時間の間だけでいいから見張っててほしいんだよ」
「え」
あー、表情が固まっちゃったな。けっこう大変なお願いをしているという自覚はある。
さっき怖い奴だと言ったばっかりなのだ。そいつを見張れと言われたら尻込みしてしまうだろう。無茶ぶりされていると思ってしまったかもしれない。
俺は品川ちゃんが森田を含めた男子達にいじめられているという事実を告げた。話を聞いて男の子は驚き、そして怒りを露わにした。
「女の子をいじめるなんてひどいよ!」
この子はまっとうな感性を持っているようだ。森田達のようないじめっ子ばかりではないとわかって安心する。
「いじめを止めてくれとは言わない。むしろ手を出しちゃダメだ。ただどんなことをしているかを見て、それを俺に報告してほしい」
「見ているだけでいいの?」
「ああ、見てるだけでいい。見つからないようにこっそり隠れてても構わない」
「なんか刑事さんみたいだね」
それは張り込みシーンのことを言っているのだろうか? アンパンでも差し入れた方がいいかな。
まあ何はともあれやる気になってくれたようだ。まずは一人、協力者を得ることができたぞ。
できるだけ四年生の協力者はほしいところだ。品川ちゃんのクラスメートはもちろん、他のクラスの子だっていじめを目撃しているかもしれない。目撃者は多ければ多いほどに信憑性を増すからな。
ただ、集めるのは目撃者だけだ。いきなりいじめを止めてくれとは言えないし、それをしてしまうと余計に大ごとになってしまうかもしれない。いじめを止めるために他人を巻き込んで味方になってもらうつもりだが、いじめの規模を大きくされるのは望むところではないのだ。
それにいじめを見たと証言するだけならハードルも低くなるだろう。ハードルが低くなれば味方だって増やしやすいはずだ。
矢面に立つのは俺達がいい。俺達が率先して前に立てば安心して協力してもらいやすくなる。協力したからいじめられました、なんてことには絶対にさせない。
だけど、これからの動き方は品川ちゃん次第だ。彼女へのいじめは絶対に止めさせる。それは変わらないけれど、そのやり方をどうするかは彼女の意思次第だろう。
※ ※ ※
学校に到着すると瞳子ちゃんと合流した。品川ちゃんを探したけれどその姿は見えなかった。まだ来ていないと信じたい。
「下駄箱を見てみようよ」
葵ちゃんの提案に乗って四年生の下駄箱から品川ちゃんの名前を探す。勝手に開けて悪いと思いながらも上履きがあるかどうか確認させてもらう。
「うわっ……」
「何よこれ……」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが顔を歪ませて不快感を表す。それは俺も同じだった。
品川ちゃんの下駄箱にはどこで拾ってきたのかというような汚いゴミが入れられていた。こんなのわざわざ持ってきたのだろうか? 労力の無駄遣いにもほどがあるぞ。
品川ちゃんの上履きはあった。まだ彼女は登校していないようだ。それに上履きには何もされていないようでよかった。……ゴミを突っ込まれておいてよかったなんて言えないか。
「……さっさと片づけるわよ」
「瞳子ちゃん待って」
「何よ俊成。邪魔する気?」
俺に止められて瞳子ちゃんの目が吊り上がる。今にも爆発しそうだ。それほどに彼女にとって許せない行いだったのだろう。
「片づけたいのは俺も同じだけど、証拠を残しておきたいんだ」
「証拠?」
俺は頷くと制服の内ポケットからインスタントカメラを取り出した。そのカメラで品川ちゃんの下駄箱を撮影する。
「カメラなんて学校に持ってきていいの?」
「ダメだよー。だから秘密にしといてね」
数枚撮影してから品川ちゃんの下駄箱のゴミを片づけた。俺がゴミを捨てに行っている間に品川ちゃんが来たら引き止めておいてと葵ちゃんと瞳子ちゃんにお願いした。
そして、ゴミを捨てて戻るとちょうど品川ちゃんが来た。
「品川ちゃんおはよう」
「あ……、昨日はその……あ、ありがとう、ございました……」
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いじめ現場を見られて恥ずかしいとでも思ってしまっているのだろうか。品川ちゃんはうつむき加減で俺の目を見ようとはしてくれない。
「ちょっと話があるんだけどいいかな?」
「え……?」
いつまでも下駄箱にいたんじゃあ注目を集めてしまう。俺達は人の少ない階段の裏に品川ちゃんをつれてきた。
上級生三人という人数に品川ちゃんが不安を持ってしまうかもと思い、俺は彼女の前でしゃがみながらできるだけ優しい表情を心掛けた。
「時間もないし単刀直入に言うね。俺達は品川ちゃんをいじめから助けたいと思ってるんだ」
「え……、え?」
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「……」
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葵ちゃんが品川ちゃんの手を取りながら優しい口調で言った。お姉さんのような振る舞いは彼女にはまだ早いだろうだなんて、俺はけっこう失礼なことを考えていたのだと反省させられる。
「少なくともあたし達は品川さんがいじめられているだなんて許せないわ。あなたにはちゃんと味方がいるの。頼ってくれるんだったらもっと味方が増えるはずよ。だからお願い。あたし達に助けさせて。そのためにもあなたの口からそのための言葉がほしいの」
「わた、し……は……」
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「品川ちゃん。いじめられているのを知られたらお母さんが心配するって思っているかもしれない。悲しませたくないって思っているのかもしれない。でも一番悲しいのは頼ってもらえずに品川ちゃんがずっと悲しい思いをすることなんだよ」
子供に頼ってもらえないのは親にとってはつらいことなんじゃないだろうか。結婚もしたことがない俺だけど、もし自分に子供がいたら何があったとしても頼ってほしいと思うから。
品川ちゃんの眼鏡の奥の目が潤む。表情が歪み、嗚咽が零れる。
「う……うぐ……」
品川ちゃんは堪え切れない涙を零した。どれほどの我慢を重ねてきたのだろうか。そう思うと目の奥が熱くなってくる。
そして、品川ちゃんは答えてくれた。
「助けて、ください……」
品川ちゃんはそう絞り出すように言って頭を下げる。その瞬間、俺達のやるべきことは固まった。
※ ※ ※
俺達は品川ちゃんに付き添って彼女の教室へと向かった。
四年生の教室が並ぶ廊下にくると注目度が増した気がした。主に葵ちゃんと瞳子ちゃんに目を向けられているようだ。まあ学校で一、二を争うほどの美少女が同時に現れたのだ。学年が違っても二人は有名なのである。
四年一組が品川ちゃんの教室だ。堂々と胸を張って入らせてもらう。
突然の上級生の来訪に教室が静かになっていく。葵ちゃんと瞳子ちゃんもいるものだからみんなこっちを見ていた。森田を始めとしたいじめっ子達もすでにいた。
品川ちゃんに彼女の机はどれかと尋ねようとして、その前にわかってしまった。一つだけやけに白いのだ。すぐにそれがチョークの粉をかけられているからだと気づく。朝から無駄なことしやがって。
俺はまっすぐにその机の前まで行く。一応確認のために品川ちゃんを見ると、彼女は無言でこくんと頷いた。
「インスタントカメラ~♪」
俺は某青いネコ型ロボットの口調をマネしながら、制服の内ポケットからカメラを取り出す。この時代はまだ声が変わってないから安心してモノマネできるね。
そのまま流れるようにレンズを品川ちゃんの机に向ける。俺は躊躇いなくシャッターを押した。シャッター音とフラッシュにざわめきが教室に広がった。
それでいい。わざわざ声に出して注目を集めたり、隠すことなく撮影をしたのも狙ってやっている。
「よし、証拠は残したぞ。さっさと掃除してしまおうか」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが雑巾を用意してくれた。このクラスの雑巾を使っているのに誰も何も言わない。俺は品川ちゃんの机の拭き掃除を終えて額の汗をぬぐった。
さて、俺が「証拠」という単語を使ってからいじめっ子達の顔色が悪くなったな。カメラを持ってくるのは校則違反だが、いじめを容認しているこのクラスでそのことを先生に伝えたりなんてしないだろう。別に先生に言いたいなら言えばいいけどな。まだ二つだがこっちには「証拠」があるのだ。それがわかりやすいように口に出してやったしな。
こっちが証拠集めをしているというアピールが重要だ。相手からすればどこまで証拠を集められたなんてわからないからな。少なくとも堂々といじめたりなんてできなくなるだろう。
「じゃあ秋葉ちゃん。私達は行くね。何かあったら友達の私達になんでも言ってね」
「そうよ。あたし達五年生はあなたの味方なんだからね」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが打ち合わせ通りに牽制してくれる。小学生でも上級生というのは大きな存在だからね。しかも二人は五年生の中でも目立つ存在だ。下級生からすればより大きく見えるだろう。
そうなるとおいそれと品川ちゃんに手出しできないはずだ。それでも確実じゃないからこそもっと協力者が必要なんだけども。
昼休みにはいっしょに過ごすと約束できた。それでもそれまでの休み時間で何かをされる可能性があるのだ。俺達は次の行動へと迅速に移らなければならない。
「秋葉ちゃん、大丈夫かな?」
教室を出て五年生の校舎に向かう途中、葵ちゃんが心配げに何度も振り返っていた。
絶対に大丈夫だなんて言えない。だけどこれだけのアピールをしたのだ。もし人目につかないようないじめをしたとしても俺達の耳に入るとわかるはずだ。……ちゃんとわかってるよね?
「なんとかするためにも、俺達は昼休みまでに仲間集めをがんばろう」
「うん、そうだね」
昼休みまでに俺達がやることは五年生の協力者を募ることだ。
いじめっ子達には上級生の圧力というものを受けてもらう。そのための仲間集めだ。
葵ちゃんと瞳子ちゃんだけでもかなりの人を集められるだろう。そこへ小川さんや、少しだけしゃくだが本郷の協力を得られれば五年生のほとんどの生徒は味方になってくれるはずだ。
たくさん味方がいれば四年生も仲間に引き入れられるだろう。そうしていけばあのいじめっ子達は少数派になっていく。いつになっても少数派は肩身が狭いもんだからな。
五年二組は葵ちゃんと瞳子ちゃんに任せていれば問題ないだろう。俺は俺で自分のクラスメートの説得だ。
二人と別れて自分の教室へと入る。赤城さんと佐藤がいたので早速声をかけた。
「そうなんだ。あたしにできることがあったらなんでも言って。協力する」
「僕も! してほしいことがあったらすぐに言うてや。全力で力になるで!」
赤城さんはいつもの無表情ながらも真剣な面持ちで、佐藤は腕まくりをして出ない力こぶを作ってやる気を示してくれた。
「二人とも、本当にありがとう」
素直に想ったことが口から出ていた。二人が頼れる友達で本当によかった。
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本郷の姿を探すが、まだ教室に来ていないようだ。時計を見ればもうすぐチャイムが鳴ってしまう。続きは授業終わりの休み時間だな。そう思ったところで本郷が教室に入ってきた。ギリギリかよ。
まあ俺も四年生の教室に寄っていたから赤城さんと佐藤を説得するだけで時間ギリギリだった。焦らず次の休み時間までにどう説得するか考えておくか。
一時間目の授業を終えて、俺はすぐに本郷の元へと向かった。
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「なんだよ高木。真面目な顔してなんかあったのか?」
「まあいいからこっちに来てくれないか」
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「……」
だからこそ、言い終えて本郷の表情を見た時、俺は思わず首をかしげそうになってしまった。なぜなら彼らしからぬ強張った顔をしていたからだ。
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