55 / 172
第一部
55.証拠と仲間集め
しおりを挟む
「森田くんはすごく怖い子だよ」
次の日の朝。登校班の四年生の男子に品川ちゃんをいじめていた奴等のことを聞いてみた。それが先ほどのセリフである。
とくにリーダー格の森田はガキ大将代表みたいな奴らしい。六年生の大きな子と大差ない体格で乱暴な性格なのだ。そりゃあ苦手な子はとことんまでに苦手だろう。俺だってできれば関わり合いになりたくないタイプである。
目の前の男の子も苦手に思っているらしい。森田とは違うクラスになって安心だというのがありありと見て取れる。それをわかりながらもお願いをしなきゃならない。
「あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
「え? 何々トシ兄ちゃんが僕を頼ってくれるのっ」
なんか嬉しそうだな。目が輝いてんぞ。年上に頼られるのって嬉しいものなのかな。
でもその態度のおかげで幾分か切り出しやすかった。
「その森田って奴を休み時間の間だけでいいから見張っててほしいんだよ」
「え」
あー、表情が固まっちゃったな。けっこう大変なお願いをしているという自覚はある。
さっき怖い奴だと言ったばっかりなのだ。そいつを見張れと言われたら尻込みしてしまうだろう。無茶ぶりされていると思ってしまったかもしれない。
俺は品川ちゃんが森田を含めた男子達にいじめられているという事実を告げた。話を聞いて男の子は驚き、そして怒りを露わにした。
「女の子をいじめるなんてひどいよ!」
この子はまっとうな感性を持っているようだ。森田達のようないじめっ子ばかりではないとわかって安心する。
「いじめを止めてくれとは言わない。むしろ手を出しちゃダメだ。ただどんなことをしているかを見て、それを俺に報告してほしい」
「見ているだけでいいの?」
「ああ、見てるだけでいい。見つからないようにこっそり隠れてても構わない」
「なんか刑事さんみたいだね」
それは張り込みシーンのことを言っているのだろうか? アンパンでも差し入れた方がいいかな。
まあ何はともあれやる気になってくれたようだ。まずは一人、協力者を得ることができたぞ。
できるだけ四年生の協力者はほしいところだ。品川ちゃんのクラスメートはもちろん、他のクラスの子だっていじめを目撃しているかもしれない。目撃者は多ければ多いほどに信憑性を増すからな。
ただ、集めるのは目撃者だけだ。いきなりいじめを止めてくれとは言えないし、それをしてしまうと余計に大ごとになってしまうかもしれない。いじめを止めるために他人を巻き込んで味方になってもらうつもりだが、いじめの規模を大きくされるのは望むところではないのだ。
それにいじめを見たと証言するだけならハードルも低くなるだろう。ハードルが低くなれば味方だって増やしやすいはずだ。
矢面に立つのは俺達がいい。俺達が率先して前に立てば安心して協力してもらいやすくなる。協力したからいじめられました、なんてことには絶対にさせない。
だけど、これからの動き方は品川ちゃん次第だ。彼女へのいじめは絶対に止めさせる。それは変わらないけれど、そのやり方をどうするかは彼女の意思次第だろう。
※ ※ ※
学校に到着すると瞳子ちゃんと合流した。品川ちゃんを探したけれどその姿は見えなかった。まだ来ていないと信じたい。
「下駄箱を見てみようよ」
葵ちゃんの提案に乗って四年生の下駄箱から品川ちゃんの名前を探す。勝手に開けて悪いと思いながらも上履きがあるかどうか確認させてもらう。
「うわっ……」
「何よこれ……」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが顔を歪ませて不快感を表す。それは俺も同じだった。
品川ちゃんの下駄箱にはどこで拾ってきたのかというような汚いゴミが入れられていた。こんなのわざわざ持ってきたのだろうか? 労力の無駄遣いにもほどがあるぞ。
品川ちゃんの上履きはあった。まだ彼女は登校していないようだ。それに上履きには何もされていないようでよかった。……ゴミを突っ込まれておいてよかったなんて言えないか。
「……さっさと片づけるわよ」
「瞳子ちゃん待って」
「何よ俊成。邪魔する気?」
俺に止められて瞳子ちゃんの目が吊り上がる。今にも爆発しそうだ。それほどに彼女にとって許せない行いだったのだろう。
「片づけたいのは俺も同じだけど、証拠を残しておきたいんだ」
「証拠?」
俺は頷くと制服の内ポケットからインスタントカメラを取り出した。そのカメラで品川ちゃんの下駄箱を撮影する。
「カメラなんて学校に持ってきていいの?」
「ダメだよー。だから秘密にしといてね」
数枚撮影してから品川ちゃんの下駄箱のゴミを片づけた。俺がゴミを捨てに行っている間に品川ちゃんが来たら引き止めておいてと葵ちゃんと瞳子ちゃんにお願いした。
そして、ゴミを捨てて戻るとちょうど品川ちゃんが来た。
「品川ちゃんおはよう」
「あ……、昨日はその……あ、ありがとう、ございました……」
いつもよりも声が小さい。せっかく普通にしゃべってくれるようになっていたのに逆戻りだ。いや、去年よりも悪いか。
いじめ現場を見られて恥ずかしいとでも思ってしまっているのだろうか。品川ちゃんはうつむき加減で俺の目を見ようとはしてくれない。
「ちょっと話があるんだけどいいかな?」
「え……?」
いつまでも下駄箱にいたんじゃあ注目を集めてしまう。俺達は人の少ない階段の裏に品川ちゃんをつれてきた。
上級生三人という人数に品川ちゃんが不安を持ってしまうかもと思い、俺は彼女の前でしゃがみながらできるだけ優しい表情を心掛けた。
「時間もないし単刀直入に言うね。俺達は品川ちゃんをいじめから助けたいと思ってるんだ」
「え……、え?」
品川ちゃんは戸惑っていた。俺がこんなことを言うなんて想像もしていなかったようだ。
「俺にとって品川ちゃんはかわいい後輩なんだよ。できれば悲しい思いをしてほしくないんだ。だから、君をいじめから救うために戦わせてほしい」
「……」
品川ちゃんはうつむいてしまう。しゃがんでいる俺にはその表情が見えてしまっていたけど、彼女自身の答えを待つことにした。
「秋葉ちゃん、とってもつらいんだよね。とってもつらいのに我慢しているのはすごいと思う。でも本当は我慢しなくてもいいの。いじめられてるのは秋葉ちゃんが悪いだなんてことは絶対にないし、いじめてる子達がみんな悪いことをしてるんだから。だから誰かに助けてもらっても全然恥ずかしくないのよ」
葵ちゃんが品川ちゃんの手を取りながら優しい口調で言った。お姉さんのような振る舞いは彼女にはまだ早いだろうだなんて、俺はけっこう失礼なことを考えていたのだと反省させられる。
「少なくともあたし達は品川さんがいじめられているだなんて許せないわ。あなたにはちゃんと味方がいるの。頼ってくれるんだったらもっと味方が増えるはずよ。だからお願い。あたし達に助けさせて。そのためにもあなたの口からそのための言葉がほしいの」
「わた、し……は……」
瞳子ちゃんの言葉に品川ちゃんの口が反応する。それはすぐに閉じられてしまったけど、何かを訴えようと小さく開閉を繰り返していた。
「品川ちゃん。いじめられているのを知られたらお母さんが心配するって思っているかもしれない。悲しませたくないって思っているのかもしれない。でも一番悲しいのは頼ってもらえずに品川ちゃんがずっと悲しい思いをすることなんだよ」
子供に頼ってもらえないのは親にとってはつらいことなんじゃないだろうか。結婚もしたことがない俺だけど、もし自分に子供がいたら何があったとしても頼ってほしいと思うから。
品川ちゃんの眼鏡の奥の目が潤む。表情が歪み、嗚咽が零れる。
「う……うぐ……」
品川ちゃんは堪え切れない涙を零した。どれほどの我慢を重ねてきたのだろうか。そう思うと目の奥が熱くなってくる。
そして、品川ちゃんは答えてくれた。
「助けて、ください……」
品川ちゃんはそう絞り出すように言って頭を下げる。その瞬間、俺達のやるべきことは固まった。
※ ※ ※
俺達は品川ちゃんに付き添って彼女の教室へと向かった。
四年生の教室が並ぶ廊下にくると注目度が増した気がした。主に葵ちゃんと瞳子ちゃんに目を向けられているようだ。まあ学校で一、二を争うほどの美少女が同時に現れたのだ。学年が違っても二人は有名なのである。
四年一組が品川ちゃんの教室だ。堂々と胸を張って入らせてもらう。
突然の上級生の来訪に教室が静かになっていく。葵ちゃんと瞳子ちゃんもいるものだからみんなこっちを見ていた。森田を始めとしたいじめっ子達もすでにいた。
品川ちゃんに彼女の机はどれかと尋ねようとして、その前にわかってしまった。一つだけやけに白いのだ。すぐにそれがチョークの粉をかけられているからだと気づく。朝から無駄なことしやがって。
俺はまっすぐにその机の前まで行く。一応確認のために品川ちゃんを見ると、彼女は無言でこくんと頷いた。
「インスタントカメラ~♪」
俺は某青いネコ型ロボットの口調をマネしながら、制服の内ポケットからカメラを取り出す。この時代はまだ声が変わってないから安心してモノマネできるね。
そのまま流れるようにレンズを品川ちゃんの机に向ける。俺は躊躇いなくシャッターを押した。シャッター音とフラッシュにざわめきが教室に広がった。
それでいい。わざわざ声に出して注目を集めたり、隠すことなく撮影をしたのも狙ってやっている。
「よし、証拠は残したぞ。さっさと掃除してしまおうか」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが雑巾を用意してくれた。このクラスの雑巾を使っているのに誰も何も言わない。俺は品川ちゃんの机の拭き掃除を終えて額の汗をぬぐった。
さて、俺が「証拠」という単語を使ってからいじめっ子達の顔色が悪くなったな。カメラを持ってくるのは校則違反だが、いじめを容認しているこのクラスでそのことを先生に伝えたりなんてしないだろう。別に先生に言いたいなら言えばいいけどな。まだ二つだがこっちには「証拠」があるのだ。それがわかりやすいように口に出してやったしな。
こっちが証拠集めをしているというアピールが重要だ。相手からすればどこまで証拠を集められたなんてわからないからな。少なくとも堂々といじめたりなんてできなくなるだろう。
「じゃあ秋葉ちゃん。私達は行くね。何かあったら友達の私達になんでも言ってね」
「そうよ。あたし達五年生はあなたの味方なんだからね」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが打ち合わせ通りに牽制してくれる。小学生でも上級生というのは大きな存在だからね。しかも二人は五年生の中でも目立つ存在だ。下級生からすればより大きく見えるだろう。
そうなるとおいそれと品川ちゃんに手出しできないはずだ。それでも確実じゃないからこそもっと協力者が必要なんだけども。
昼休みにはいっしょに過ごすと約束できた。それでもそれまでの休み時間で何かをされる可能性があるのだ。俺達は次の行動へと迅速に移らなければならない。
「秋葉ちゃん、大丈夫かな?」
教室を出て五年生の校舎に向かう途中、葵ちゃんが心配げに何度も振り返っていた。
絶対に大丈夫だなんて言えない。だけどこれだけのアピールをしたのだ。もし人目につかないようないじめをしたとしても俺達の耳に入るとわかるはずだ。……ちゃんとわかってるよね?
「なんとかするためにも、俺達は昼休みまでに仲間集めをがんばろう」
「うん、そうだね」
昼休みまでに俺達がやることは五年生の協力者を募ることだ。
いじめっ子達には上級生の圧力というものを受けてもらう。そのための仲間集めだ。
葵ちゃんと瞳子ちゃんだけでもかなりの人を集められるだろう。そこへ小川さんや、少しだけしゃくだが本郷の協力を得られれば五年生のほとんどの生徒は味方になってくれるはずだ。
たくさん味方がいれば四年生も仲間に引き入れられるだろう。そうしていけばあのいじめっ子達は少数派になっていく。いつになっても少数派は肩身が狭いもんだからな。
五年二組は葵ちゃんと瞳子ちゃんに任せていれば問題ないだろう。俺は俺で自分のクラスメートの説得だ。
二人と別れて自分の教室へと入る。赤城さんと佐藤がいたので早速声をかけた。
「そうなんだ。あたしにできることがあったらなんでも言って。協力する」
「僕も! してほしいことがあったらすぐに言うてや。全力で力になるで!」
赤城さんはいつもの無表情ながらも真剣な面持ちで、佐藤は腕まくりをして出ない力こぶを作ってやる気を示してくれた。
「二人とも、本当にありがとう」
素直に想ったことが口から出ていた。二人が頼れる友達で本当によかった。
あとは本郷だ。彼の協力を得られれば一気に味方が増えるだろう。
本郷の姿を探すが、まだ教室に来ていないようだ。時計を見ればもうすぐチャイムが鳴ってしまう。続きは授業終わりの休み時間だな。そう思ったところで本郷が教室に入ってきた。ギリギリかよ。
まあ俺も四年生の教室に寄っていたから赤城さんと佐藤を説得するだけで時間ギリギリだった。焦らず次の休み時間までにどう説得するか考えておくか。
一時間目の授業を終えて、俺はすぐに本郷の元へと向かった。
「本郷、ちょっと話があるんだけどいいか?」
「なんだよ高木。真面目な顔してなんかあったのか?」
「まあいいからこっちに来てくれないか」
本郷は爽やかスマイルで「いいぜ」と頷いてくれた。人の少ない場所に移動して手早く品川ちゃんの事情を説明する。
俺はなんだかんだで本郷は悪い奴じゃないと思っている。話せばわかってくれるし、誰かのピンチには立ち上がってくれる奴だと思っていた。
「――というわけなんだ。彼女をいじめから助けるために本郷も手を貸してくれないか?」
「……」
だからこそ、言い終えて本郷の表情を見た時、俺は思わず首をかしげそうになってしまった。なぜなら彼らしからぬ強張った顔をしていたからだ。
さらに本郷の次の言葉を聞いて、俺は大いに戸惑ってしまうこととなった。
「お、俺には……できない……」
次の日の朝。登校班の四年生の男子に品川ちゃんをいじめていた奴等のことを聞いてみた。それが先ほどのセリフである。
とくにリーダー格の森田はガキ大将代表みたいな奴らしい。六年生の大きな子と大差ない体格で乱暴な性格なのだ。そりゃあ苦手な子はとことんまでに苦手だろう。俺だってできれば関わり合いになりたくないタイプである。
目の前の男の子も苦手に思っているらしい。森田とは違うクラスになって安心だというのがありありと見て取れる。それをわかりながらもお願いをしなきゃならない。
「あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」
「え? 何々トシ兄ちゃんが僕を頼ってくれるのっ」
なんか嬉しそうだな。目が輝いてんぞ。年上に頼られるのって嬉しいものなのかな。
でもその態度のおかげで幾分か切り出しやすかった。
「その森田って奴を休み時間の間だけでいいから見張っててほしいんだよ」
「え」
あー、表情が固まっちゃったな。けっこう大変なお願いをしているという自覚はある。
さっき怖い奴だと言ったばっかりなのだ。そいつを見張れと言われたら尻込みしてしまうだろう。無茶ぶりされていると思ってしまったかもしれない。
俺は品川ちゃんが森田を含めた男子達にいじめられているという事実を告げた。話を聞いて男の子は驚き、そして怒りを露わにした。
「女の子をいじめるなんてひどいよ!」
この子はまっとうな感性を持っているようだ。森田達のようないじめっ子ばかりではないとわかって安心する。
「いじめを止めてくれとは言わない。むしろ手を出しちゃダメだ。ただどんなことをしているかを見て、それを俺に報告してほしい」
「見ているだけでいいの?」
「ああ、見てるだけでいい。見つからないようにこっそり隠れてても構わない」
「なんか刑事さんみたいだね」
それは張り込みシーンのことを言っているのだろうか? アンパンでも差し入れた方がいいかな。
まあ何はともあれやる気になってくれたようだ。まずは一人、協力者を得ることができたぞ。
できるだけ四年生の協力者はほしいところだ。品川ちゃんのクラスメートはもちろん、他のクラスの子だっていじめを目撃しているかもしれない。目撃者は多ければ多いほどに信憑性を増すからな。
ただ、集めるのは目撃者だけだ。いきなりいじめを止めてくれとは言えないし、それをしてしまうと余計に大ごとになってしまうかもしれない。いじめを止めるために他人を巻き込んで味方になってもらうつもりだが、いじめの規模を大きくされるのは望むところではないのだ。
それにいじめを見たと証言するだけならハードルも低くなるだろう。ハードルが低くなれば味方だって増やしやすいはずだ。
矢面に立つのは俺達がいい。俺達が率先して前に立てば安心して協力してもらいやすくなる。協力したからいじめられました、なんてことには絶対にさせない。
だけど、これからの動き方は品川ちゃん次第だ。彼女へのいじめは絶対に止めさせる。それは変わらないけれど、そのやり方をどうするかは彼女の意思次第だろう。
※ ※ ※
学校に到着すると瞳子ちゃんと合流した。品川ちゃんを探したけれどその姿は見えなかった。まだ来ていないと信じたい。
「下駄箱を見てみようよ」
葵ちゃんの提案に乗って四年生の下駄箱から品川ちゃんの名前を探す。勝手に開けて悪いと思いながらも上履きがあるかどうか確認させてもらう。
「うわっ……」
「何よこれ……」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが顔を歪ませて不快感を表す。それは俺も同じだった。
品川ちゃんの下駄箱にはどこで拾ってきたのかというような汚いゴミが入れられていた。こんなのわざわざ持ってきたのだろうか? 労力の無駄遣いにもほどがあるぞ。
品川ちゃんの上履きはあった。まだ彼女は登校していないようだ。それに上履きには何もされていないようでよかった。……ゴミを突っ込まれておいてよかったなんて言えないか。
「……さっさと片づけるわよ」
「瞳子ちゃん待って」
「何よ俊成。邪魔する気?」
俺に止められて瞳子ちゃんの目が吊り上がる。今にも爆発しそうだ。それほどに彼女にとって許せない行いだったのだろう。
「片づけたいのは俺も同じだけど、証拠を残しておきたいんだ」
「証拠?」
俺は頷くと制服の内ポケットからインスタントカメラを取り出した。そのカメラで品川ちゃんの下駄箱を撮影する。
「カメラなんて学校に持ってきていいの?」
「ダメだよー。だから秘密にしといてね」
数枚撮影してから品川ちゃんの下駄箱のゴミを片づけた。俺がゴミを捨てに行っている間に品川ちゃんが来たら引き止めておいてと葵ちゃんと瞳子ちゃんにお願いした。
そして、ゴミを捨てて戻るとちょうど品川ちゃんが来た。
「品川ちゃんおはよう」
「あ……、昨日はその……あ、ありがとう、ございました……」
いつもよりも声が小さい。せっかく普通にしゃべってくれるようになっていたのに逆戻りだ。いや、去年よりも悪いか。
いじめ現場を見られて恥ずかしいとでも思ってしまっているのだろうか。品川ちゃんはうつむき加減で俺の目を見ようとはしてくれない。
「ちょっと話があるんだけどいいかな?」
「え……?」
いつまでも下駄箱にいたんじゃあ注目を集めてしまう。俺達は人の少ない階段の裏に品川ちゃんをつれてきた。
上級生三人という人数に品川ちゃんが不安を持ってしまうかもと思い、俺は彼女の前でしゃがみながらできるだけ優しい表情を心掛けた。
「時間もないし単刀直入に言うね。俺達は品川ちゃんをいじめから助けたいと思ってるんだ」
「え……、え?」
品川ちゃんは戸惑っていた。俺がこんなことを言うなんて想像もしていなかったようだ。
「俺にとって品川ちゃんはかわいい後輩なんだよ。できれば悲しい思いをしてほしくないんだ。だから、君をいじめから救うために戦わせてほしい」
「……」
品川ちゃんはうつむいてしまう。しゃがんでいる俺にはその表情が見えてしまっていたけど、彼女自身の答えを待つことにした。
「秋葉ちゃん、とってもつらいんだよね。とってもつらいのに我慢しているのはすごいと思う。でも本当は我慢しなくてもいいの。いじめられてるのは秋葉ちゃんが悪いだなんてことは絶対にないし、いじめてる子達がみんな悪いことをしてるんだから。だから誰かに助けてもらっても全然恥ずかしくないのよ」
葵ちゃんが品川ちゃんの手を取りながら優しい口調で言った。お姉さんのような振る舞いは彼女にはまだ早いだろうだなんて、俺はけっこう失礼なことを考えていたのだと反省させられる。
「少なくともあたし達は品川さんがいじめられているだなんて許せないわ。あなたにはちゃんと味方がいるの。頼ってくれるんだったらもっと味方が増えるはずよ。だからお願い。あたし達に助けさせて。そのためにもあなたの口からそのための言葉がほしいの」
「わた、し……は……」
瞳子ちゃんの言葉に品川ちゃんの口が反応する。それはすぐに閉じられてしまったけど、何かを訴えようと小さく開閉を繰り返していた。
「品川ちゃん。いじめられているのを知られたらお母さんが心配するって思っているかもしれない。悲しませたくないって思っているのかもしれない。でも一番悲しいのは頼ってもらえずに品川ちゃんがずっと悲しい思いをすることなんだよ」
子供に頼ってもらえないのは親にとってはつらいことなんじゃないだろうか。結婚もしたことがない俺だけど、もし自分に子供がいたら何があったとしても頼ってほしいと思うから。
品川ちゃんの眼鏡の奥の目が潤む。表情が歪み、嗚咽が零れる。
「う……うぐ……」
品川ちゃんは堪え切れない涙を零した。どれほどの我慢を重ねてきたのだろうか。そう思うと目の奥が熱くなってくる。
そして、品川ちゃんは答えてくれた。
「助けて、ください……」
品川ちゃんはそう絞り出すように言って頭を下げる。その瞬間、俺達のやるべきことは固まった。
※ ※ ※
俺達は品川ちゃんに付き添って彼女の教室へと向かった。
四年生の教室が並ぶ廊下にくると注目度が増した気がした。主に葵ちゃんと瞳子ちゃんに目を向けられているようだ。まあ学校で一、二を争うほどの美少女が同時に現れたのだ。学年が違っても二人は有名なのである。
四年一組が品川ちゃんの教室だ。堂々と胸を張って入らせてもらう。
突然の上級生の来訪に教室が静かになっていく。葵ちゃんと瞳子ちゃんもいるものだからみんなこっちを見ていた。森田を始めとしたいじめっ子達もすでにいた。
品川ちゃんに彼女の机はどれかと尋ねようとして、その前にわかってしまった。一つだけやけに白いのだ。すぐにそれがチョークの粉をかけられているからだと気づく。朝から無駄なことしやがって。
俺はまっすぐにその机の前まで行く。一応確認のために品川ちゃんを見ると、彼女は無言でこくんと頷いた。
「インスタントカメラ~♪」
俺は某青いネコ型ロボットの口調をマネしながら、制服の内ポケットからカメラを取り出す。この時代はまだ声が変わってないから安心してモノマネできるね。
そのまま流れるようにレンズを品川ちゃんの机に向ける。俺は躊躇いなくシャッターを押した。シャッター音とフラッシュにざわめきが教室に広がった。
それでいい。わざわざ声に出して注目を集めたり、隠すことなく撮影をしたのも狙ってやっている。
「よし、証拠は残したぞ。さっさと掃除してしまおうか」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが雑巾を用意してくれた。このクラスの雑巾を使っているのに誰も何も言わない。俺は品川ちゃんの机の拭き掃除を終えて額の汗をぬぐった。
さて、俺が「証拠」という単語を使ってからいじめっ子達の顔色が悪くなったな。カメラを持ってくるのは校則違反だが、いじめを容認しているこのクラスでそのことを先生に伝えたりなんてしないだろう。別に先生に言いたいなら言えばいいけどな。まだ二つだがこっちには「証拠」があるのだ。それがわかりやすいように口に出してやったしな。
こっちが証拠集めをしているというアピールが重要だ。相手からすればどこまで証拠を集められたなんてわからないからな。少なくとも堂々といじめたりなんてできなくなるだろう。
「じゃあ秋葉ちゃん。私達は行くね。何かあったら友達の私達になんでも言ってね」
「そうよ。あたし達五年生はあなたの味方なんだからね」
葵ちゃんと瞳子ちゃんが打ち合わせ通りに牽制してくれる。小学生でも上級生というのは大きな存在だからね。しかも二人は五年生の中でも目立つ存在だ。下級生からすればより大きく見えるだろう。
そうなるとおいそれと品川ちゃんに手出しできないはずだ。それでも確実じゃないからこそもっと協力者が必要なんだけども。
昼休みにはいっしょに過ごすと約束できた。それでもそれまでの休み時間で何かをされる可能性があるのだ。俺達は次の行動へと迅速に移らなければならない。
「秋葉ちゃん、大丈夫かな?」
教室を出て五年生の校舎に向かう途中、葵ちゃんが心配げに何度も振り返っていた。
絶対に大丈夫だなんて言えない。だけどこれだけのアピールをしたのだ。もし人目につかないようないじめをしたとしても俺達の耳に入るとわかるはずだ。……ちゃんとわかってるよね?
「なんとかするためにも、俺達は昼休みまでに仲間集めをがんばろう」
「うん、そうだね」
昼休みまでに俺達がやることは五年生の協力者を募ることだ。
いじめっ子達には上級生の圧力というものを受けてもらう。そのための仲間集めだ。
葵ちゃんと瞳子ちゃんだけでもかなりの人を集められるだろう。そこへ小川さんや、少しだけしゃくだが本郷の協力を得られれば五年生のほとんどの生徒は味方になってくれるはずだ。
たくさん味方がいれば四年生も仲間に引き入れられるだろう。そうしていけばあのいじめっ子達は少数派になっていく。いつになっても少数派は肩身が狭いもんだからな。
五年二組は葵ちゃんと瞳子ちゃんに任せていれば問題ないだろう。俺は俺で自分のクラスメートの説得だ。
二人と別れて自分の教室へと入る。赤城さんと佐藤がいたので早速声をかけた。
「そうなんだ。あたしにできることがあったらなんでも言って。協力する」
「僕も! してほしいことがあったらすぐに言うてや。全力で力になるで!」
赤城さんはいつもの無表情ながらも真剣な面持ちで、佐藤は腕まくりをして出ない力こぶを作ってやる気を示してくれた。
「二人とも、本当にありがとう」
素直に想ったことが口から出ていた。二人が頼れる友達で本当によかった。
あとは本郷だ。彼の協力を得られれば一気に味方が増えるだろう。
本郷の姿を探すが、まだ教室に来ていないようだ。時計を見ればもうすぐチャイムが鳴ってしまう。続きは授業終わりの休み時間だな。そう思ったところで本郷が教室に入ってきた。ギリギリかよ。
まあ俺も四年生の教室に寄っていたから赤城さんと佐藤を説得するだけで時間ギリギリだった。焦らず次の休み時間までにどう説得するか考えておくか。
一時間目の授業を終えて、俺はすぐに本郷の元へと向かった。
「本郷、ちょっと話があるんだけどいいか?」
「なんだよ高木。真面目な顔してなんかあったのか?」
「まあいいからこっちに来てくれないか」
本郷は爽やかスマイルで「いいぜ」と頷いてくれた。人の少ない場所に移動して手早く品川ちゃんの事情を説明する。
俺はなんだかんだで本郷は悪い奴じゃないと思っている。話せばわかってくれるし、誰かのピンチには立ち上がってくれる奴だと思っていた。
「――というわけなんだ。彼女をいじめから助けるために本郷も手を貸してくれないか?」
「……」
だからこそ、言い終えて本郷の表情を見た時、俺は思わず首をかしげそうになってしまった。なぜなら彼らしからぬ強張った顔をしていたからだ。
さらに本郷の次の言葉を聞いて、俺は大いに戸惑ってしまうこととなった。
「お、俺には……できない……」
0
お気に入りに追加
242
あなたにおすすめの小説

覚えたての催眠術で幼馴染(悔しいが美少女)の弱味を握ろうとしたら俺のことを好きだとカミングアウトされたので、欲望に身を任せてみることにした
みずがめ
恋愛
覚えたての催眠術を幼馴染で試してみた。結果は大成功。催眠術にかかった幼馴染は俺の言うことをなんでも聞くようになった。
普段からわがままな幼馴染の従順な姿に、ある考えが思いつく。
「そうだ、弱味を聞き出そう」
弱点を知れば俺の前で好き勝手なことをされずに済む。催眠術の力で口を割らせようとしたのだが。
「あたしの好きな人は、マーくん……」
幼馴染がカミングアウトしたのは俺の名前だった。
よく見れば美少女となっていた幼馴染からの告白。彼女を女として見た時、俺は欲望を抑えることなんかできなかった。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

高身長お姉さん達に囲まれてると思ったらここは貞操逆転世界でした。〜どうやら元の世界には帰れないので、今を謳歌しようと思います〜
水国 水
恋愛
ある日、阿宮 海(あみや かい)はバイト先から自転車で家へ帰っていた。
その時、快晴で雲一つ無い空が急変し、突如、周囲に濃い霧に包まれる。
危険を感じた阿宮は自転車を押して帰ることにした。そして徒歩で歩き、喉も乾いてきた時、運良く喫茶店の看板を発見する。
彼は霧が晴れるまでそこで休憩しようと思い、扉を開く。そこには女性の店員が一人居るだけだった。
初めは男装だと考えていた女性の店員、阿宮と会話していくうちに彼が男性だということに気がついた。そして同時に阿宮も世界の常識がおかしいことに気がつく。
そして話していくうちに貞操逆転世界へ転移してしまったことを知る。
警察へ連れて行かれ、戸籍がないことも発覚し、家もない状況。先が不安ではあるが、戻れないだろうと考え新たな世界で生きていくことを決意した。
これはひょんなことから貞操逆転世界に転移してしまった阿宮が高身長女子と関わり、関係を深めながら貞操逆転世界を謳歌する話。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる