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第一部
36.自覚して考える
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うちの小学校には仲間班活動というものがある。一週間に一時間、時間割に組み込まれていた。
一年生から六年生までの全学年が各班に分かれて活動するのだ。その活動内容は遊ぶことばかりだったりする。
遊びを通じて集団意識を高めようというのが狙いなのだろうか。とくに高学年の子達は低学年の子の面倒を見るようにと言われている。年下の相手をさせてお兄さんお姉さん意識を芽生えさせようとしているのだろう。
とはいえ、遊ぶにしても低学年と高学年の子では運動能力も頭の回転のどちらもかなりの差がある。年上の子が手加減するにしても遊びの内容はちゃんと考えてあげなければならなかった。
「今日は椅子取りゲームをしようと思う」
俺の所属する十班の班長である野沢くんがそう切り出した。低学年の子達から歓声が上がる。ノリがいいなぁ。
最上級生である野沢くんを含めた六年生が遊びの内容を考えてくることが多い。一年生から六年生までが楽しめる遊びを考えるのは毎回のことながら大変だと思う。俺も六年生になったら同じことをしなきゃいけないんだよな。今のうちに何をやってどんな反応をされるか観察しとかないとな。
「高木くーん、椅子取るのに夢中になって低学年の子をいじめたらダメなのよー?」
「そんなことしないってば。小川さんの方が熱くなりそうで心配だよ」
「何よ、熱くなって何が悪いの。真剣にやって勝つからこそゲームは楽しいんじゃない!」
めっちゃ本気じゃないですか小川さん。まあそう言いつつも彼女のオーバーリアクションに低学年の子達が喜んでいるのも確かなんだけどね。
仲間班では違う学年、違うクラスの子達といっしょになる。だからこそ俺は小川さんや野沢くんといっしょの班になっていた。逆に同じクラスの子といっしょになることはないので葵ちゃんや瞳子ちゃんとは別々になってしまっている。
一つの班に一人の先生がついているものの、基本的には生徒の自主性に任せられている。なので進行を務めるのも生徒に委ねられていた。
そこはさすがの野沢くん。指示を出して机を端に寄せて椅子を教室の中央に集めた。テキパキとした指示にみんな素直に従う。
「品川ちゃんもこっちにおいでよ」
「……」
テキパキと動いているみんなの中で、一人だけ端っこで固まってしまっている子がいた。その子は眼鏡をかけている三年生の女子だった。
名前は品川秋葉。下の名前は「あきば」ではなく「あきは」なので注意が必要だ。濁りません。
品川ちゃんはかなりの引っ込み思案である。そういうタイプの子は何人かいたものだけれど、彼女はその中でもダントツの恥ずかしがり屋さんだった。
誰かとしゃべるところをほとんど見たことがないし、話しかけても顔を真っ赤にしてうつむくばかりだ。
とはいえ、この仲間班というのは六年生は一年生を、五年生は二年生を、そして俺達四年生は三年生の面倒を見ることになっている。そんなわけで放っておくわけにもいかないのだ。
一つ下の三年生というのは微妙にやりづらい。低学年の子達なら気安く接する方が喜ばれるのだが、中学年の、それも一つしか歳が違わないとなるとあまりに気安くするとふてくされてしまうのだ。
これがもっと年上相手ならそんなことにはならないと思うのだが、そうは言っても気にかけてやらないといけないのだ。それを放り出すわけにもいくまい。なんともさじ加減が難しい。
俺は品川ちゃんの手を引いてみんなの輪の中心へと入っていく。名字にちゃん付けするのは変な感じなのだが、できるだけ仲良くできるようにと考えたらこうなってしまった。低学年の子なら下の名前で呼べるけど、三年生相手だとどうかなと考えてしまうのだ。さん付けも距離が離れてしまう気がするのでこんな呼び方になってしまった。
「先生、これCDです。音楽をかけて適当なところで止めてください」
「はい、任せなさい」
野沢くんが先生に音楽CDを渡す。今日のために用意してくれたのだろう。さすが抜かりはないようだ。
ちなみにこの十班を担当している先生は俺が一年生の頃の担任だった女教師である。ニコニコとしていて子供達から人気なのだ。なんだか俺達の担任をしていた頃よりも笑顔が多い気がする。
「はいはーい。みんな椅子の周りに集まってねー。押しちゃダメよー」
先生に言われて低学年の子達が元気良く返事する。微笑ましい。
椅子取りゲームとは音楽に合わせてみんなで椅子の周りを歩く。そして音楽が止まったら椅子に座るというゲームだ。参加人数よりも少なめに椅子を用意するので座れなかった子は負けとなって輪の外に出る。そうやって人数を減らしていって最終的に一人になるまでそれを繰り返すのだ。
これならルールが単純だから低学年の子達でも楽しく遊べるのだろう。参考にしておこう。
円を描くように椅子が揃えられている。その周りを一年生から六年生の子達がぐるりと囲んでいる。
椅子の数は二十七。六学年の各クラスの生徒が一人ずつ集まっているので、ここにいる十班の人数は三十人である。つまり最初で三人の脱落者が出るということだ。最初だからとはいえ気を抜いていられない。
……なーんて本気で勝つことを考えるわけでもない。俺はみんなが楽しめればいいので最初に脱落しても構わなかった。
「……」
ただ、俺の手をぎゅっと握る女の子。品川ちゃんのことを考えると簡単に終わるわけにもいかないと思わされる。というかゲームが始まるんだから手を離した方がいいんだけどね。
「よぉーっし! 私本気でやるからねーっ! みんなも本気でかかってくるのよ!!」
低学年の子達を中心に「うおおおおーーっ!」と元気な声が上がる。盛り上げ役としては小川さんって優秀だよね。拳を突き上げる姿なんか五六年生と遜色ない背丈をしているだけに様になってるし。
「じゃあ始めるわよー。ミュージックスタート!」
先生がそう言うとCDラジカセから軽快な音楽が流れる。きゃっきゃとはしゃぎながらみんな楽しそうに椅子の周りを歩く。
音楽が止まった。みんな一斉に椅子へと座っていく。俺は品川ちゃんの手を引いて椅子へと座った。
「はーい、座れなかった子はアウトだからねー」
最初に脱落したのは三人とも六年生だった。こうやって年上の自覚やら空気を読む能力やらを鍛えられているのかも。なんとなしにそう思った。
「負けても音楽に合わせて歌うからな」
脱落者の一人である野沢くんがそう言って盛り上げてくれる。なるほどな。それなら負けたとしても歌を歌うことで参加し続けられるか。ちゃんと考えてるんだな。
「うおっしゃあっ! この椅子私が取ったどー!」
小川さんは容赦がない。競り合いになった相手が一年生だとしても譲らなかった。それでも大袈裟に喜ぶ姿がウケたのか不満が上がることはなかった。すごいな。
椅子の数は半分以下にまで減った。負けたら負けたでみんな楽しそうに歌ってるし、そろそろ俺も負けてもいいだろうか。
また音楽が流れる。周りはそれに合わせて歌っている。人数も少なくなってきたからか残っている子から真剣な表情がうかがえた。
全力で遊べるのは子供の特権だよね。今の俺にそこまでの気持ちになるのはちょっと無理だ。枯れてると言われても反論できない。
音楽が止まる。みんな俊敏な動きで椅子に座っていく。あと残っているのは一つだけだ。
「品川ちゃん座りなよ」
俺は手を引いて残った椅子に品川ちゃんを座らせた。これで全部の椅子が埋まった。俺は脱落だ。
負けたので品川ちゃんの手を離そうとすると、手が離れなかった。あれ? と思って彼女に目を向けると、眼鏡の奥の瞳が涙で潤んでいるのがわかった。
「し、品川ちゃん?」
「む、無理です……」
何が? そう聞き返す前に彼女は立ち上がってしまった。すかさず座れなかった子が滑り込むようにその椅子へと座った。なんかすごい動きだった。
品川ちゃんは耳まで赤くしながらうつむいている。それでも俺の手を離そうとはしなかった。
とても恥ずかしがり屋な子だ。手を離したら一人になってしまうとでも思ってしまったのかもしれない。見た目は全然違うのに葵ちゃんと瞳子ちゃんの二人と重なる。
まあ、俺は四年生で品川ちゃんは三年生だ。面倒を見なければならないのなら、この時間が終わるまでは傍にいよう。
「じゃあ、いっしょに音楽に合わせて歌おうね」
「……」
言葉はなかったけど頷いてくれた。今はまだ恥ずかしさが勝ってしまうのだとしても、こうやって遊んでいるうちにいずれ克服できるものだと信じよう。俺にはそれくらいしかできなさそうだ。
椅子取りゲームに勝ったのは二年生の男の子だった。小川さんは最後まで残っていたけど、最後の最後で負けてしまった。いや、あれは花を持たせたのだろう。なんだかんだ言ってもエンターテイナーなところがある女の子だよね。
チャイムが鳴るまで椅子取りゲームをした。品川ちゃんも口元が笑みの形を作りつつあったので楽しくはあったのだろう。よかったよかった。
机と椅子を戻してから解散となった。それぞれ自分の教室に帰っていく。
「高木は本当に女子と手を繋ぐのが好きだよな」
去り際に野沢くんからチクリと一言。登校中は葵ちゃんと手を繋いでるのを毎回見られてるもんなぁ。でもこれは意味合いが全然違うんだよ。そう言い訳する前に彼はいなくなっちゃったけども。
「あおっちときのぴーだけじゃ物足りないって言うの。高木くんって罪深いよねー」
「待て待て。誤解を招くような言い方をするんじゃないっ」
俺の反論なんて聞こえないとばかりに小川さんは笑いながら去って行った。くそー、あれはからかいたかっただけだな。品川ちゃんが超がつくほどの引っ込み思案ってことを知ってるくせにっ。
「高木くんは相変わらずモテモテなのね」
「せ、先生まで……」
一年生の頃を思い出すと先生がまた男女関係にトラウマを持っているのかと思って身構える。けれど先生の表情は穏やかなものだった。
「……先生、何か良いことがあったんですか?」
「え? えっ!? な、何もないわよっ」
わかりやすいなー。先生は隠しごととかできないタイプのようだ。
動揺している先生だったが、キョロキョロと辺りを見渡してから俺に顔を寄せてきた。
「ま、まあ高木くんのおかげってのもあるからちょっとだけ教えてあげるわ。うん、とっても良いことがあったの。その……ね?」
「彼氏でもできたんですか?」
「ほわあっ!? そそそそこまでは言ってないでしょ!」
「あ、ごめんなさい。つい思ったことを言っちゃいました」
これは本当に男ができたんだな。俺のおかげってのは意味がわからないんだけど。何もしてませんよ?
「こ、こほん。ま、まあまた学校から報告があるから、今の話は秘密にしてるのよ?」
「わかりました」
つまり、彼氏どころか結婚が決まってるってことなのか。いつの間にそんなことになっていたのやら。学年が上がってから先生を見かけるのも少なくなってたから気づきもしなかったよ。
でもまあ、そうだとしたら本当におめでたいことだ。
先生は幸せそうに微笑んでいた。幸福が滲み出ているといった感じだ。
先生にこんな顔をさせるということは、その結婚相手はとても良い人なのだろう。これからの未来を明るく思わせてくれるような、そんな人なのだろう。
俺も、将来の結婚相手をこんな幸せそうな顔にできるだろうか?
葵ちゃんと瞳子ちゃんに接していると、本当に幸せになるのは一人だけではできないものだと思わされる。
葵ちゃんと瞳子ちゃんが笑ってくれると俺も嬉しい。どちらか一方に決められていない俺だけど、その想いは本物なのだ。
前世で恋愛なんてしなかったものだからそんなことさえもわかっていなかった。それに関しては前世のアドバンテージなんて一つもない。下手をすればマイナスになっているかもしれない。
だからこそ、なぜ結婚をしたいのか。結婚をすることによってその先にどういった変化があるのか。真剣に、真摯に考える必要があると感じた。
また一から考え直そう。ただ結婚するだけじゃない。結婚をすることで相手を幸せにできるようにするのだ。それが俺の幸せにも繋がる気がするのだから。
「先生、おめでとうございます」
「も、もうっ、秘密って言ってるでしょ!」
唇を尖らせる先生はどこまでも幸せそうだった。
一年生から六年生までの全学年が各班に分かれて活動するのだ。その活動内容は遊ぶことばかりだったりする。
遊びを通じて集団意識を高めようというのが狙いなのだろうか。とくに高学年の子達は低学年の子の面倒を見るようにと言われている。年下の相手をさせてお兄さんお姉さん意識を芽生えさせようとしているのだろう。
とはいえ、遊ぶにしても低学年と高学年の子では運動能力も頭の回転のどちらもかなりの差がある。年上の子が手加減するにしても遊びの内容はちゃんと考えてあげなければならなかった。
「今日は椅子取りゲームをしようと思う」
俺の所属する十班の班長である野沢くんがそう切り出した。低学年の子達から歓声が上がる。ノリがいいなぁ。
最上級生である野沢くんを含めた六年生が遊びの内容を考えてくることが多い。一年生から六年生までが楽しめる遊びを考えるのは毎回のことながら大変だと思う。俺も六年生になったら同じことをしなきゃいけないんだよな。今のうちに何をやってどんな反応をされるか観察しとかないとな。
「高木くーん、椅子取るのに夢中になって低学年の子をいじめたらダメなのよー?」
「そんなことしないってば。小川さんの方が熱くなりそうで心配だよ」
「何よ、熱くなって何が悪いの。真剣にやって勝つからこそゲームは楽しいんじゃない!」
めっちゃ本気じゃないですか小川さん。まあそう言いつつも彼女のオーバーリアクションに低学年の子達が喜んでいるのも確かなんだけどね。
仲間班では違う学年、違うクラスの子達といっしょになる。だからこそ俺は小川さんや野沢くんといっしょの班になっていた。逆に同じクラスの子といっしょになることはないので葵ちゃんや瞳子ちゃんとは別々になってしまっている。
一つの班に一人の先生がついているものの、基本的には生徒の自主性に任せられている。なので進行を務めるのも生徒に委ねられていた。
そこはさすがの野沢くん。指示を出して机を端に寄せて椅子を教室の中央に集めた。テキパキとした指示にみんな素直に従う。
「品川ちゃんもこっちにおいでよ」
「……」
テキパキと動いているみんなの中で、一人だけ端っこで固まってしまっている子がいた。その子は眼鏡をかけている三年生の女子だった。
名前は品川秋葉。下の名前は「あきば」ではなく「あきは」なので注意が必要だ。濁りません。
品川ちゃんはかなりの引っ込み思案である。そういうタイプの子は何人かいたものだけれど、彼女はその中でもダントツの恥ずかしがり屋さんだった。
誰かとしゃべるところをほとんど見たことがないし、話しかけても顔を真っ赤にしてうつむくばかりだ。
とはいえ、この仲間班というのは六年生は一年生を、五年生は二年生を、そして俺達四年生は三年生の面倒を見ることになっている。そんなわけで放っておくわけにもいかないのだ。
一つ下の三年生というのは微妙にやりづらい。低学年の子達なら気安く接する方が喜ばれるのだが、中学年の、それも一つしか歳が違わないとなるとあまりに気安くするとふてくされてしまうのだ。
これがもっと年上相手ならそんなことにはならないと思うのだが、そうは言っても気にかけてやらないといけないのだ。それを放り出すわけにもいくまい。なんともさじ加減が難しい。
俺は品川ちゃんの手を引いてみんなの輪の中心へと入っていく。名字にちゃん付けするのは変な感じなのだが、できるだけ仲良くできるようにと考えたらこうなってしまった。低学年の子なら下の名前で呼べるけど、三年生相手だとどうかなと考えてしまうのだ。さん付けも距離が離れてしまう気がするのでこんな呼び方になってしまった。
「先生、これCDです。音楽をかけて適当なところで止めてください」
「はい、任せなさい」
野沢くんが先生に音楽CDを渡す。今日のために用意してくれたのだろう。さすが抜かりはないようだ。
ちなみにこの十班を担当している先生は俺が一年生の頃の担任だった女教師である。ニコニコとしていて子供達から人気なのだ。なんだか俺達の担任をしていた頃よりも笑顔が多い気がする。
「はいはーい。みんな椅子の周りに集まってねー。押しちゃダメよー」
先生に言われて低学年の子達が元気良く返事する。微笑ましい。
椅子取りゲームとは音楽に合わせてみんなで椅子の周りを歩く。そして音楽が止まったら椅子に座るというゲームだ。参加人数よりも少なめに椅子を用意するので座れなかった子は負けとなって輪の外に出る。そうやって人数を減らしていって最終的に一人になるまでそれを繰り返すのだ。
これならルールが単純だから低学年の子達でも楽しく遊べるのだろう。参考にしておこう。
円を描くように椅子が揃えられている。その周りを一年生から六年生の子達がぐるりと囲んでいる。
椅子の数は二十七。六学年の各クラスの生徒が一人ずつ集まっているので、ここにいる十班の人数は三十人である。つまり最初で三人の脱落者が出るということだ。最初だからとはいえ気を抜いていられない。
……なーんて本気で勝つことを考えるわけでもない。俺はみんなが楽しめればいいので最初に脱落しても構わなかった。
「……」
ただ、俺の手をぎゅっと握る女の子。品川ちゃんのことを考えると簡単に終わるわけにもいかないと思わされる。というかゲームが始まるんだから手を離した方がいいんだけどね。
「よぉーっし! 私本気でやるからねーっ! みんなも本気でかかってくるのよ!!」
低学年の子達を中心に「うおおおおーーっ!」と元気な声が上がる。盛り上げ役としては小川さんって優秀だよね。拳を突き上げる姿なんか五六年生と遜色ない背丈をしているだけに様になってるし。
「じゃあ始めるわよー。ミュージックスタート!」
先生がそう言うとCDラジカセから軽快な音楽が流れる。きゃっきゃとはしゃぎながらみんな楽しそうに椅子の周りを歩く。
音楽が止まった。みんな一斉に椅子へと座っていく。俺は品川ちゃんの手を引いて椅子へと座った。
「はーい、座れなかった子はアウトだからねー」
最初に脱落したのは三人とも六年生だった。こうやって年上の自覚やら空気を読む能力やらを鍛えられているのかも。なんとなしにそう思った。
「負けても音楽に合わせて歌うからな」
脱落者の一人である野沢くんがそう言って盛り上げてくれる。なるほどな。それなら負けたとしても歌を歌うことで参加し続けられるか。ちゃんと考えてるんだな。
「うおっしゃあっ! この椅子私が取ったどー!」
小川さんは容赦がない。競り合いになった相手が一年生だとしても譲らなかった。それでも大袈裟に喜ぶ姿がウケたのか不満が上がることはなかった。すごいな。
椅子の数は半分以下にまで減った。負けたら負けたでみんな楽しそうに歌ってるし、そろそろ俺も負けてもいいだろうか。
また音楽が流れる。周りはそれに合わせて歌っている。人数も少なくなってきたからか残っている子から真剣な表情がうかがえた。
全力で遊べるのは子供の特権だよね。今の俺にそこまでの気持ちになるのはちょっと無理だ。枯れてると言われても反論できない。
音楽が止まる。みんな俊敏な動きで椅子に座っていく。あと残っているのは一つだけだ。
「品川ちゃん座りなよ」
俺は手を引いて残った椅子に品川ちゃんを座らせた。これで全部の椅子が埋まった。俺は脱落だ。
負けたので品川ちゃんの手を離そうとすると、手が離れなかった。あれ? と思って彼女に目を向けると、眼鏡の奥の瞳が涙で潤んでいるのがわかった。
「し、品川ちゃん?」
「む、無理です……」
何が? そう聞き返す前に彼女は立ち上がってしまった。すかさず座れなかった子が滑り込むようにその椅子へと座った。なんかすごい動きだった。
品川ちゃんは耳まで赤くしながらうつむいている。それでも俺の手を離そうとはしなかった。
とても恥ずかしがり屋な子だ。手を離したら一人になってしまうとでも思ってしまったのかもしれない。見た目は全然違うのに葵ちゃんと瞳子ちゃんの二人と重なる。
まあ、俺は四年生で品川ちゃんは三年生だ。面倒を見なければならないのなら、この時間が終わるまでは傍にいよう。
「じゃあ、いっしょに音楽に合わせて歌おうね」
「……」
言葉はなかったけど頷いてくれた。今はまだ恥ずかしさが勝ってしまうのだとしても、こうやって遊んでいるうちにいずれ克服できるものだと信じよう。俺にはそれくらいしかできなさそうだ。
椅子取りゲームに勝ったのは二年生の男の子だった。小川さんは最後まで残っていたけど、最後の最後で負けてしまった。いや、あれは花を持たせたのだろう。なんだかんだ言ってもエンターテイナーなところがある女の子だよね。
チャイムが鳴るまで椅子取りゲームをした。品川ちゃんも口元が笑みの形を作りつつあったので楽しくはあったのだろう。よかったよかった。
机と椅子を戻してから解散となった。それぞれ自分の教室に帰っていく。
「高木は本当に女子と手を繋ぐのが好きだよな」
去り際に野沢くんからチクリと一言。登校中は葵ちゃんと手を繋いでるのを毎回見られてるもんなぁ。でもこれは意味合いが全然違うんだよ。そう言い訳する前に彼はいなくなっちゃったけども。
「あおっちときのぴーだけじゃ物足りないって言うの。高木くんって罪深いよねー」
「待て待て。誤解を招くような言い方をするんじゃないっ」
俺の反論なんて聞こえないとばかりに小川さんは笑いながら去って行った。くそー、あれはからかいたかっただけだな。品川ちゃんが超がつくほどの引っ込み思案ってことを知ってるくせにっ。
「高木くんは相変わらずモテモテなのね」
「せ、先生まで……」
一年生の頃を思い出すと先生がまた男女関係にトラウマを持っているのかと思って身構える。けれど先生の表情は穏やかなものだった。
「……先生、何か良いことがあったんですか?」
「え? えっ!? な、何もないわよっ」
わかりやすいなー。先生は隠しごととかできないタイプのようだ。
動揺している先生だったが、キョロキョロと辺りを見渡してから俺に顔を寄せてきた。
「ま、まあ高木くんのおかげってのもあるからちょっとだけ教えてあげるわ。うん、とっても良いことがあったの。その……ね?」
「彼氏でもできたんですか?」
「ほわあっ!? そそそそこまでは言ってないでしょ!」
「あ、ごめんなさい。つい思ったことを言っちゃいました」
これは本当に男ができたんだな。俺のおかげってのは意味がわからないんだけど。何もしてませんよ?
「こ、こほん。ま、まあまた学校から報告があるから、今の話は秘密にしてるのよ?」
「わかりました」
つまり、彼氏どころか結婚が決まってるってことなのか。いつの間にそんなことになっていたのやら。学年が上がってから先生を見かけるのも少なくなってたから気づきもしなかったよ。
でもまあ、そうだとしたら本当におめでたいことだ。
先生は幸せそうに微笑んでいた。幸福が滲み出ているといった感じだ。
先生にこんな顔をさせるということは、その結婚相手はとても良い人なのだろう。これからの未来を明るく思わせてくれるような、そんな人なのだろう。
俺も、将来の結婚相手をこんな幸せそうな顔にできるだろうか?
葵ちゃんと瞳子ちゃんに接していると、本当に幸せになるのは一人だけではできないものだと思わされる。
葵ちゃんと瞳子ちゃんが笑ってくれると俺も嬉しい。どちらか一方に決められていない俺だけど、その想いは本物なのだ。
前世で恋愛なんてしなかったものだからそんなことさえもわかっていなかった。それに関しては前世のアドバンテージなんて一つもない。下手をすればマイナスになっているかもしれない。
だからこそ、なぜ結婚をしたいのか。結婚をすることによってその先にどういった変化があるのか。真剣に、真摯に考える必要があると感じた。
また一から考え直そう。ただ結婚するだけじゃない。結婚をすることで相手を幸せにできるようにするのだ。それが俺の幸せにも繋がる気がするのだから。
「先生、おめでとうございます」
「も、もうっ、秘密って言ってるでしょ!」
唇を尖らせる先生はどこまでも幸せそうだった。
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