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第一部

31.動物園へ行こう

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 今年のGWは高木家、宮坂家、木之下家が揃って遠出の旅行をすることとなった。
 GWに三家族が集まって遊びに行くというのは毎年のことになっていたのだが、今年はそれぞれの両親が予定を合わせてくれたというのもあり、俺達は泊まりがけの旅行をすることとなったのだ。
 温泉旅館に泊まるらしいのでちょっぴり楽しみなのだ。温泉だなんて前世の社員旅行以来だな。

「トシくん。はい、あーん」
「俊成。あたしの方を食べるわよね?」

 行きの車内、後部座席の中心で俺は窮地に立たされていた。
 高木家の車の中、子供達はいっしょにということで俺達三人は揃って後部座席に座っていた。俺の右に葵ちゃん、左に瞳子ちゃんという布陣である。ちなみにもう一台の車は木之下家のもので、そこに宮坂夫婦も乗っている。
 それで今の状況を説明すると、目的地に着くまでに時間があるのでお菓子を食べようという話になったのだ。ただ問題だったのは葵ちゃんと瞳子ちゃんが同時にお菓子を開けてしまったということである。
 しかも開けたお菓子というのが「きのこのお山様」と「たけのこのお里様」である。これはもう戦待ったなしである。

「ほらトシくん、お口開けて? 私が食べさせてあげるから」

 きのこ軍の葵ちゃんが攻めてくる! きのこ軍の方がたけのこ軍よりもチョコの量が多いのだ。それはすなわち数の優位!

「こっち向いてよ俊成。ほら、あたしの方がおいしいから」

 負けずとたけのこ軍の瞳子ちゃんが攻めてきた! きのこ軍とは形を変え、チョコとクッキーを融合させている。それは単純に足し算をしたおいしさにあらず!
 この二つの軍はチョコを二層構造にして、互いに味を微妙に変えてきているのだ。なんたる策士であろうか!
 まさに甲乙つけがたい戦いである。前世でどっち派かの選挙なるものがあったが、やはりこれは個人の趣向の問題だ。各々好きなものこそがナンバーワンなのである。

「自分の息子がモテるだなんて、いつ見ても不思議よね」
「だねー」

 前の方で両親がほのぼのした調子で会話している。自分の息子のピンチなのですが。
 俺がどちらかを決めきれないでいると葵ちゃんと瞳子ちゃんが睨み合いを始めてしまった。それは俺を取り合っての戦いなのか、それともきのこかたけのこかの戦いなのか、微妙に判断できない。

「と、とりあえず葵ちゃんと瞳子ちゃんがお互いの分を食べさせ合ったらどうかな? ほら、どっちもおいしいしさ」
「むぅ~」
「ふんっ、なら決着をつけましょうか」

 きのことたけのこの戦いに巻き込まれてしまっては堪らない。葵ちゃんは頬を膨らませたが、瞳子ちゃんが乗ってくれた。
 葵ちゃんも意を決して瞳子ちゃんの口元にきのこ様を持って行く。それを見た瞳子ちゃんも同じようにたけのこ様を葵ちゃんの口に向かって差し出した。
 二人はお互いに食べさせ合いっこをする。互いに違う特色を持ったチョコとクッキーをくっつけたお菓子である。果たしてどちらに軍配が上がるのか。

「あ、おいしい」
「……おいしいじゃない」

 葵ちゃんと瞳子ちゃんは見つめ合う。そしてもう一度互いの将を食べさせ合った。二人の口は笑みの形を作っていた。二つの軍が手を結んだ証だった。
 食が進んだ二人は俺の目の前でお菓子を完食してしまった。「はい、あーん」も葵ちゃんと瞳子ちゃんの二人だけで終えてしまった。あれ? こんなつもりじゃなかったんだけども。


  ※ ※ ※


 昼前には動物園へと到着した。今日は昼間に動物園で遊び、夕方には予約している旅館へと行く予定だ。

「ゾウさんだ! すっごくおっきいー!」

 初めての動物園に葵ちゃんは大はしゃぎである。瞳子ちゃんなんかはぽかんとしながらゾウを見上げている。実際に大きなゾウを見て圧倒されてしまっているようだった。

「ワォッ! すごいデスネ。大きいデス」

 瞳子ちゃんのお母さんもはしゃいでいた。もしかしたら動物園に来るのが初めてなのかもしれない。

「動物園なんて何年振りかしらね」
「だねー」

 俺の両親はほのぼのしたものである。懐かしむように周りの動物に目を向けていた。

「瞳子ー! ゾウさんと写真を撮ってやるぞー」
「何? こっちも写真だ! 葵ー! こっち向いてくれー」

 瞳子ちゃんと葵ちゃんのお父さんが対抗するようにカメラのシャッターを切る。こっちも別の意味ではしゃいでるな。ついていけないとでも思ったのか葵ちゃんのお母さんは俺の両親のもとへと行ってしまいましたが。
 パシャパシャとシャッター音に気づいた葵ちゃんと瞳子ちゃんの二人が俺の手を取った。ゾウを背景にして三人で撮影してもらった。
 いくつか見て回ってから昼ごはんとなった。動物園は広いのでここでエネルギーを補給しておかないとな。
 俺はハヤシライスを、葵ちゃんと瞳子ちゃんはナポリタンを注文した。小四なんて食べ方が汚くても仕方のない年齢だとは思うのだが、二人の食べ方は綺麗なものだった。口元を汚すことなく完食していた。家で食事マナーとか勉強してるのかなと思ってしまう。
 昼食が済めば再び園内を回る。ちょうど動物に触れ合ったりエサをあげられるみたいなので行ってみた。
 ふれあい広場には子供達がたくさんいて動物たちと触れ合っていた。やはり連休というのもあり人が多かった。
 俺達は親からエサを買ってもらい、早速動物達の方へと突撃した。
 ヤギや羊などが俺達のエサに気づいて群がってくる。突撃していた葵ちゃんと瞳子ちゃんは急停止するが時すでに遅し。あっさりと囲まれてしまった。

「わっ。ちょ、ちょっと待って待って! 順番だからっ」
「あっ、コラ! 勝手に食べるなっ」

 二人は動物達にいいようにやられてしまっていた。手にしているエサを早い者勝ちだと言わんばかりに取られてしまっている。

「こっちに注目ー。エサだぞ。ほらほら整列しろー」

 手に持ったエサを掲げてやると、動物達の視線が上に集まっていく。なんて純真な目をしているのだろうか。食欲に忠実だな。
 俺の言っている意味が通じたのかはわからないが、言う通りに並んでくれた。元々そういう風にできるようには飼育員さんにしつけられていたのかもしれない。

「トシくんすごいすごい!」

 この光景を見て葵ちゃんが褒めてくれる。まあ悪い気はしないな。

「俊成って動物を操れるの?」

 純真な目で瞳子ちゃんに尋ねられる。操れるなんてそんな大層なことはできないのだが、動物園にいる動物達ってのは基本的にみんな良い子なのだ。こうやって触れ合わせてくれる動物はとくにだ。
 葵ちゃんと瞳子ちゃんに群がってしまったのだって、連休で子供が多かったからいつもよりもはっちゃけていただけかもしれないのだ。せっかく触れ合えるのだから優しく接してあげよう。
 小動物を触れるとのことなので飼育員さんがいろいろとつれてきてくれた。モルモットを膝に乗っけられる。大人しくてかわいい。
 モルモットってなんか実験用みたいなイメージがあるけれど、こうやって動物園にも普通にいるんだな。撫でてあげると目をとろんとさせる。おお、かわいいな。
 同じように膝にモルモットを乗せた葵ちゃんと瞳子ちゃんもご満悦である。モルモットの株が上がったね。
 次に見たのは百獣の王、ライオンである。鬣がふさふさして立派だ。

「あははー、あくびしてるー。かわいー」
「牙は立派なのになぁ……」

 野性をなくしたライオンはただのネコ科の動物でしかなかった。あくびしてくつろいでいる様子のライオンを見て瞳子ちゃんはちょっと残念そうだ。
 迫力のある動物がいるとはいえ、ここでは凶暴なのはいないようだった。柵に囲まれているとはいえ威嚇ばっかりする動物には子供も寄って行かないだろうし、こんなものなのかもしれない。
 様々な動物を見て回る。ライオンなどの王道のものからカピバラなどのマイナー寄りの動物も見た。その度に葵ちゃんと瞳子ちゃんがいろんな反応をしてくれて俺と親達はほっこりさせられた。
 だが、その途中で事件が起こった。起きてしまったのである。

「あれー? あのお猿さん何してるんだろ? くっついてる?」

 始まりは葵ちゃんの言葉からだった。
 声に反応して別々のところを見ていた俺と瞳子ちゃんは葵ちゃんの方へと近づいた。それから彼女の視線を追った。

「何かしら……? あっ! 後ろから体を動かして何かしているわ!」

 一匹の猿がもう一匹の猿に後ろから覆い被さっていた。もぞもぞと動いていたかと思いきや、急にガクガクと腰振りを始めたのである。
 あまりの激しい動きにびっくり。ここで瞳子ちゃんが叫ぶ。

「あれはいじめているのよ! どうしよう、誰かに助けてもらわなきゃ!」

 正義感の強い瞳子ちゃんが目を吊り上げる。人だろうが動物だろうがいじめは許せないようだ。
 瞳子ちゃんのその心は尊いと思う。本当に心の底から強く思う。
 だがあれはいじめているわけではないのだ。おそらくあの二匹の猿からすればお互い了承している行為なのだろう。
 わかってない二人に説明してくれと、後ろにいる親達の方へと振り返る。全員顔を逸らしやがった!
 わかっているさ。純真な女の子にどう説明するかと困ってしまうのだろう。これは気まずい。
 でもさ、そんな二人に挟まれている俺はもっと気まずいんだよ! 誰か俺を助けてほしい。
 さて、ここまでで二匹のお猿さんが何をしているか察せられたかもしれない。察せられている人は立派な大人だよ。
 ……ぶっちゃけ交尾してるんだよね。
 何も今やらんでもいいのに。瞳子ちゃんはいじめだと怒り、それを聞いた葵ちゃんはあわあわと慌てている。その間にいる俺は固まったままだった。

「あたし飼育員さんを呼んでくるわ!」
「待って!」

 瞳子ちゃんが走り出そうとするので慌てて腕を掴む。そして強引に彼女の顔を俺の胸へと押しつけた。
 とりあえずこれで視界を塞げたな。ほっとする間もなく瞳子ちゃんが暴れる。

「離して俊成! 早くしないとあのお猿さんがかわいそうよ!」

 瞳子ちゃん……。なんて君は真っすぐ清らかなのだろうか。なんかもうこのままの君でいてほしいと思ってしまうよ。

「大丈夫だよ瞳子ちゃん。あれはいじめじゃないんだ。きっと合意のもとで行われているんだよ」
「へ? え? そ、そうなの?」
「うん。だからこのまま静かにしておこうね」

 そう言って瞳子ちゃんを抱きしめた。すると彼女はいじめじゃないとわかって安心したのか大人しくなった。
 瞳子ちゃんが大人しくなってくれて安堵の息が漏れる。

「じゃああれは何を? あ……」

 いじめじゃないとわかってか安心する葵ちゃんだったが、何をしているか気になって凝視しようとする。まだ葵ちゃんには早い。俺は葵ちゃんの腕を引いて彼女の頭も俺の胸に押しつける。

「ト、トシくん?」
「ちょっとの間、そっとしててあげようね」
「……うん」

 よかった。何かよくわかってないだろうけど葵ちゃんはとりあえずでも納得してくれたみたいだ。
 右胸と左胸に温かな感触。二人の吐息が生温かい。
 葵ちゃんが背中に手を回してくる。それに気づいてか同じように瞳子ちゃんも俺を抱きしめる。
 静寂な空気となった俺達の耳には、なんとも言えないぶつけるような叩きつけるような音が届いていた。その音が止むまで俺はこの体勢を維持し続けた。
 行為が終わるまでそれぞれの両親は顔を逸らしていた。どちらに気を遣ったのかは考えないことにする。
 あー……、早く温泉でさっぱりしたいなぁ。
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