元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ

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第一部

28.習い事は順調です

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 俺は週に二回英語教室へと通っている。
 講師には外国人がいるのでイントネーションの違いなどもわかりやすく教えられる。さすがは「将来英会話ができるようになる!」と謳い文句にしているだけはある。
 レッスン内容は座学はもちろんあるのだが、比重としてはマンツーマンでの会話などが多い。その相手は外国人講師であるケリー先生だ。メリハリのある欧米の女性である。

『トシナリはカレーライスが好きなんですか?』
『おかわりするくらいには好きですね。辛口はまだ食べられませんが』
『ワタシは辛口くらい食べられますよ』
『そりゃあケリー先生は大人ですもん』
『おっと、トイレに行きたくなりました。トシナリ、トイレはどこですか?』
『唐突ですね。ドアを出て突き当たりの右です』
『ありがとう。もうこれくらいなら問題ないですね』

 俺とケリー先生のマンツーマンでの会話が終了した。周りの子達が拍手してくれる。ちなみにさっきのは全部英語である。
 小学四年生になった現在。簡単な英会話ならできるようになっていた。
 この調子でいけば将来留学なんてこともできるだろうか。いや、まだそこまでは考えていないんだけれども。
 だけど、英語がしゃべれるというだけでも選択肢は広がる。将来英語を話せる人材は重宝されるというのは知っているからな。仕事求人でも英語を話せるというだけで給料がかなり上がる職種もあったほどだ。
 前世の時は英語に対する苦手意識が凄まじかったからな。学生時代で一番苦手な教科だった。今の調子でいけば、今回は英語が俺の強みになりそうだ。

『トシナリ。今日の発音は完璧でした。これならいつでも女の子をデートに誘えますね』
『今のところ外国の女性をデートに誘う予定はないんですが』
『おっと、トシナリにはもうカノジョがいるのでしたか』
『……まだいませんよ』

 ケリー先生は生徒達に対して本当に楽しそうに話しかけてくる。俺をからかうのは本当に楽しいんだろうけども。なんかもうウキウキとしているね。
 マンツーマンでの英会話でもアドリブが多い人だ。けれどそれが子供達にはウケがいいようで、みんな楽しんで英語を覚えている。俺もなんだかんだで雑談程度ならできるようになっているしな。
 ここの英語教室を選んで本当によかったと思う。やはりテストだけではなく、しっかりと自分のものにしてこそのスキルだからな。そういう意味では本場の英語に触れられるのは大きい。
 ケリー先生は日本語も問題なく話せるのだが、ある程度の日常会話を話せるようになった生徒にはレッスンが終わっても英語で話しかけてくる。日常的に英語を馴染ませようとする気遣いなのだろう。
 そんな気遣いが本当にあるのかどうか、ケリー先生はニカッと笑って言った。

『で? どっちと付き合うか決めたのですか?』

 悪意のかけらもなくツッコまれる。あまりにあっけらかんと尋ねてくるもんだから思わずむせてしまった。
 ケリー先生には葵ちゃんと瞳子ちゃんといっしょにいるところを見られたことがあったのだ。しかもタイミングが悪く、ちょうど俺を取り合うような形でケンカを始めてしまった時だったのだ。あまりケンカをしなくなったとはいえたまにそういうことが起こる。そのたまにの場面を目撃されてしまっていたのだった。
 それからというもの、レッスンが終わる度に俺の恋愛事情を尋ねてくるようになったのである。この野次馬的なところは小川さんと通ずるものがあるな。

『熟慮した上で、ちゃんと答えを出そうと思っております』
『うふふ。青春ですね』

 こっちはこれでも真剣なんだけどな。まあ言ったところで仕方のないところだけれども。


  ※ ※ ※


 俺は週に二回水泳教室へと通っている。
 ここでは瞳子ちゃんといっしょのスイミングスクールだ。こちらも小学一年生の頃からがんばっている。
 小学四年生から変化があったとすれば、俺ではなく瞳子ちゃんの方だった。

「そういえば選手コースに入ったんだよね。平日はほとんど泳ぎにきてるんでしょ? 他の習い事とかはどうしたの?」
「うーん……」

 瞳子ちゃんは濡らした髪を水泳キャップに入れながら口をもごもごさせる。髪が長いと大変だよね。
 小学四年生になって、彼女は選手コースという実力のある人だけが入れるところに入ったのだ。要は特別な子達の仲間入りをしたということである。

「まあ、他はやめたわ。じゃなきゃ選手コースでやってられないし」
「じゃあピアノとかも?」

 確かピアノは葵ちゃんといっしょのところに通っていたはずだ。それをやめると言って、葵ちゃんは何も言わなかったのだろうか?
 俺の質問に瞳子ちゃんは渋い顔をしていた。

「葵は……もう大丈夫よ。あの子のピアノの才能はあたしよりも上だもの」

 なんとなく声の調子が沈んでいるように聞こえた。それはまるで敗北宣言のようだった。
 なんでもそつなくこなす瞳子ちゃんが素直に自分よりも上だと認めるなんて。よほど葵ちゃんにはピアノの才能があるということなのだろうか?
 それでも葵ちゃんは送り迎えの関係でピアノに通っているのは週に一度だったと思うのだが。それなのにもう瞳子ちゃんを超えたのか? ちょっと信じられん。

「そんな顔するなら今度弾いてもらいなさいよ。本当に上手だから」
「んー、そうだね」

 葵ちゃんの家には練習用として電子ピアノがある。今度家に遊びに行った時にでも聞かせてもらおう。

「それよりも俊成はどうなのよ。あんたもコーチから選手コースを誘われたんでしょ?」
「うん、まあね」

 この水泳教室には通常コースと選手コースに分かれている。
 通常コースは楽しく学ぶ、という感じだが、選手コースではタイムが求められる。まず選手コースに入ろうと思っても基準のタイムをクリアしなければ入れないようになっているのだ。

「俺は選手コースとかはいいかな。ほら、英語教室も通ってるしさ。ちょっと本格的にはできないよ」

 本当の理由は水泳ばかりに時間を取られたくなかったからだ。選手コースに入ると週に五回は練習にこなければならなくなる。競泳選手になりたいわけでもないし、俺には習い事以外にもやっておきたいことがあるのだ。
 英語も水泳も、すべては将来のため。立派な男になるためには足りないことばかりだ。だからこそいろいろがんばらなければならないのだ。

「じゃあ大会とかは出ないんだ……」

 しゅんとする瞳子ちゃん。あれ、もしかして寂しいのか?
 選手コースに入ると記録会など大会に出るようになる。これは通常コースでは出られないのだそうだ。
 俺が選手コースに入らないということは、いっしょに大会に出られないということだ。瞳子ちゃんはそれが寂しいのだろう。

「や、もちろん瞳子ちゃんが大会に出る時は応援に行くよ。応援に行くくらいなら問題ないしさ」
「本当? きてくれる?」
「もちろん」

 そんな風に言われてこないわけがない。せっかく瞳子ちゃんが他の習い事をやめてまで水泳に打ち込もうとしているのだ。応援くらいはいくらでもする。

「あっ、そろそろ行かなきゃ。じゃあね俊成」
「うん。がんばってね瞳子ちゃん」

 時間がきたので瞳子ちゃんは選手コースの方に、俺は通常コースの方へと向かった。
 タイムなどでコース分けをされている。俺は通常コースでは一番速い組にいた。
 これでも一応選手コースに入るための基準タイムはクリアしているからね。通常コースに残っている子達でそのタイムをクリアしているのはあまりいなかった。
 慣れてくると水の中というのは気持ち良い場所だと感じる。一見動きにくそうだが、自由があって爽快なのだ。
 泳ぐ時は、がむしゃらに泳ぐのではなく、体の動きを一つ一つ連動させるイメージが重要だ。筋トレで鍛える筋肉を意識しながら動かすと効果が出るように、スポーツでの動きでも同じようにそういったイメージをしながら意識して動かすと結果が出やすくなる。いやー、前世のテレビでそういったことを言っていた気がするんだよな。テレビ情報もバカにはできないね。
 そんなわけで順調にタイムを伸ばしているのだった。たぶん、何も知らない状態の子供の俺だったらこんなにもタイムは伸びなかっただろうな。体だってよく食べ、よく寝て、よく動いているからか、前世よりも確実に大きくなっている。まあ平均身長をようやく超えたかどうかってくらいでしかないんだけどな。
 クロールに平泳ぎ、背泳ぎにバタフライ。とりあえず一通りは泳げるようになっただろう。「俺はフリーしか泳がない」なんて口にすることなく教わった泳ぎ方はしっかりとものにしていた。
 これだけ泳げれば夏に川や海に行った時でも溺れる心配はないだろう。毎年のように水難事故とかはあるからな。それが自分にだけはないだなんて断言はできない。気をつけるに越したことはないし、備えがあれば多少の安心感になるだろう。
 前世の俺よりは順調なのは確かだ。それでもちゃんと立派な男になれているのだろうかという不安が取り除けたわけではない。
 前世の記憶があるにも拘らず失敗したらどうしよう。そんな不安に襲われることがある。できるだけ新聞やニュースを見るようにして、ここは元々俺がいた世界で合っているんだよな? と自問自答もしていたりもする。
 小心者の俺だ。本当はもっと上手く生きるための術ってやつがあるのかもしれない。チート主人公みたいに楽勝な人生を送れるのかもしれない。
 だけど、どうしても失敗するのが恐いのだ。何がきっかけでそうなるかわからない。俺が知っている未来だっていつ変わってしまうかもわからないのだ。
 だからこそ、今できることだけはしっかりとやろうと思う。習い事だってそうだ。しっかりと身につける。一番信頼できるのは自分の力で身につけたもののはずだから。
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