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第一部

26.俺達サッカー少年少女

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 小学生の体育の授業は男女合同である。
 本日はサッカーをやっている。ひとチーム十人くらいで三チーム作っての総当たり戦だ。
 球技は大人気でみんなテンションを上げている。まあ冬にやるマラソンや縄跳びよりも面白いのは認める。

「サッカーかぁ……」

 葵ちゃんはあんまりサッカーが好きではないようだ。というか体育全般嫌いだよね。
 それでもすぐに暗い顔をぱっと明るくさせて俺を見た。

「トシくん。いっしょのチームになろうね!」
「いや、俺が決めるわけじゃないからね」

 チーム分けはくじ引きである。時間も限られているので早速くじ引きが行われる。
 先生から先端を赤・青・黄で色分けされている棒の束を差し出される。迷うもんでもないのでさっさと引っこ抜いた。棒の先端は青色。俺は青チームとなった。

「青、か」
「青、ね」

 振り返ると、葵ちゃんと瞳子ちゃんが俺が引いた棒を見つめていた。二人とも真剣な目をしていた。

「はい、次は宮坂だな」

 そう言って先生が葵ちゃんに棒の束を差し出す。彼女は両手を組んで祈りのポーズを作った。
 カッ、と目を見開き長いまつ毛が揺れる。勢いよく一本の棒を掴むと、その勢いのまま引き抜いた。

「宮坂は赤チームだな。はい、次ー」

 無情にも先生の声が響く。葵ちゃんはがっくりとうなだれた。

「ふっ、あたしがくじ引きに強いってところを見せてあげるわ」

 くじに強いも弱いもないと思うのだが。それでも瞳子ちゃんは自信満々である。その自信はどこからきているのやら。
 瞳子ちゃんは大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。精神を落ち着かせているらしい。
 葵ちゃんとは反対に、彼女はゆっくりとした動作で一本の棒を取った。

「やった! やったわ俊成!」

 俺の方に振り返った瞳子ちゃんの手には、青チームだと証明するくじの結果があった。
 瞳子ちゃんは大はしゃぎ。対する葵ちゃんはますますがっくりしてしまった。なんか試合が始まる前に勝負が決してしまったかのようだ。

「高木。あたしも青チーム」
「おっ、よろしくね赤城さん」

 わざわざ赤城さんが報告してくれた。さてさて、他のチームはどうなってるのやら。

「僕赤チームや。高木くんとは敵同士やね」
「マジかー。でも手加減しないぜ佐藤」
「お手柔らかになー」

 佐藤とは別のチームになってしまったか。くじだから仕方ないけどな。
 赤青黄チームそれぞれ分かれて作戦会議をする。ポジションを決めとかないとな。まあ体育のサッカーなんてキーパーさえ決められればあとはお任せって感じだろう。本格的にやっている奴がいなけりゃ作戦も立てようがないしな。
 授業時間中に全試合をするので一試合十分程度のものだ。まあ一チーム二試合するのでポジションを変更するのもありだろう。みんなボールに触りたいだろうし、ずっとキーパーを一人だけにさせるのはいけない。
 一応のポジションを決めてはみるが、たぶんあんまり意味がないだろうな。小学生のサッカーなんてみんなボールに触りたいからポジション関係なくボールの方に群がっちゃうだろうしね。
 まあサッカーは楽しめてなんぼでしょ。プロでも部活ですらもないんだから。
 俺は最初の試合はキーパーをすることにした。みんな嫌がってるし、ここは俺がキーパーをした方がいいだろう。サッカーはお遊び程度だったけど前世で楽しんだからな。できるだけみんなにも楽しんでもらいたいものだ。

「ちょっと! 俊成運動神経いいんだから攻めなさいよ!」

 瞳子ちゃんに文句を言われてしまったけれど、まあ二試合はやるのだし一試合くらいはキーパーをやった方がいいだろう。みんながんばってー。
 最初の試合は黄チームとだった。案の定みんなボールに群がって蹴りまくっている。一応体育でボールの蹴り方だとかは教えてもらっているんだけど、試合になると一生懸命でそんな技術は頭から離れてしまっているようだ。力任せに蹴られてボールが飛んだ。
 そこで活躍したのは瞳子ちゃんだった。彼女は女子の中でダントツの運動能力を誇る。小学生のサッカーでは技術うんぬんよりも運動能力の高さがものをいうようだ。
 俺はたまにくるシュートを確実に防いだ。みんな素直だからどこにシュートするかわかっちゃうんだよな。子供の時にはなかった視野の広さが今の俺にはあった。
 時間がきて青チームが勝利した。そのまま続けて赤チームとの試合になる。連戦でも子供は元気だ。
 赤チームは葵ちゃんと佐藤がいる。それともう一人。

「よろしく」

 敵である青チームを相手に丁寧にあいさつをするイケメン小学生。本郷永人が赤チームの一員だった。
 前世でものすごい奴だってのは知っている。だけどまだ小学四年生だ。負けるわけにはいかない。これでも今世では鍛えてるんだから。
 ポジションをチェンジして俺は前線に上がった。作戦を立てられるようなチームでもないので自由だ。あえて作戦名をつけるのなら「ガンガンいこうぜ」ってことで。
 キックオフは赤チームからだ。早速本郷がボールを持った。
 当然のようにみんなボールに群がっていく。しかし本郷はそれを簡単にかわしていく。まるでボールが生きているかのように操っていた。
 いやいやそれ小学生のレベルじゃないだろ! 一分も経たないうちに本郷のサッカーレベルの高さに驚愕させられる。

「止めるわよ!」

 瞳子ちゃんが果敢にも本郷の前に立ちはだかる。それに慌てることなく、本郷はふっと息を吐いた。
 その隙を逃すまいと瞳子ちゃんがボールを奪いにいく。だが、次の瞬間にはかわされてしまっていた。
 瞳子ちゃんですらあっさり抜かれてしまうだなんて。あいつはどこのつばさくんだよ。
 これ以上行かせてしまえばゴールされてしまう。俺は本郷の前に出てドリブルを止める。
 リズム感のある動きで体を左右に振っている。フェイントに引っ掛からないように気をつけた。
 本郷の背後からはボールを求めて他の子達が走ってきている。このまま前進させるのを防いでいるだけでも守りはできている。
 本郷がふっと息を吐いた。その瞬間、俺は彼の目を見た。

「あっ」

 しまったという声が漏れる。その声の主は本郷だった。
 彼の視線から左右どちらに抜こうとするのか予測したのだ。その予測は正解。見事ボールを奪うことに成功した。
 まだボールばかりに目が行ってしまう子ばかりだ。だからこそ彼も目線でのフェイントをしなかったのだろう。そんなことができるかまでは知らないけど。
 奪ったボールを蹴り上げてあとは任せることにした。本郷に抜かれてから前線で待っていたらしい瞳子ちゃんにボールが渡りゴールを決めてくれた。

「やったわ俊成!」

 飛び上がって喜びを表現する瞳子ちゃん。なんとなく瞳子ちゃんはサッカーも向いてるんじゃないかなって思った。

「ねえ君、名前は?」

 声に反応して振り返れば、本郷にじーっと見つめられていた。あっ、名前聞かれてるの俺か。

「高木俊成だけど」
「そっか……、憶えたよ」

 むしろ今まで名前も覚えられてなかったのか。クラスメートなのに……。
 そんなやり取りがありながらも試合は進む。少し離れた位置からボールが行ったり来たりするのを眺めていた。

「わわっ。どうしよっ」

 ボールが飛んだ先にいたのは葵ちゃんだった。足で止めたまではよかったものの、ボールに向かって殺到するみんなを見て葵ちゃんがパニックになる。

「宮坂さんこっち」

 さすがは佐藤。フォローが上手い。安心した葵ちゃんが佐藤にパスをする。
 とはいえ、前世の俺と同じで佐藤もそれほど運動ができるわけじゃない。まあ下手というわけでもないので無難にパスを出していた。

「よし! みんな行くぞ!」

 そのパスを受け取ったのは本郷だった。彼が一声かけるだけで赤チームの気が引き締まったかのように見える。これがリーダーシップってやつなのか。
 ドリブルで切り込んでくる。やっぱりサッカーが上手な本郷からは誰もボールを取れなかった。小学四年生にしてかなりの差を見せつけてくる。
 俺が本郷の前に行くと、一旦ボールを止めてフェイントをかけてくる。俺にはそんな技術はマネできないだろう。それでもゴールはさせてやらない。

「えい」
「あ」

 するりと本郷の後ろから赤城さんがボールを奪い取った。視界には入っていたのだろうが、俺も気づかなかった。赤城さんはミスディレクションでもできるのか?
 目立たないけど赤城さんもけっこう運動ができる子だ。油断をしてはいけないらしい。
 本郷がぐぬぬと悔しがる。なんだ、そんな顔もするのか。爽やかスマイルしかしない奴だったらどうしようかと思った。
 子供らしく負けず嫌いな面が出ているようだ。そんなところにちょっとだけ好感を持てた。
 などと気を緩めてしまっていたのか。次の本郷の攻めにはやられてしまい、ゴールを決められてしまった。

「ぐぬぬ……」

 今度は俺がぐぬぬをする番だった。それを見た本郷がふっと笑う。余計にぐぬぬしてしまった。

「悔しがるんだったら俊成も攻めなさいよ」

 瞳子ちゃんは攻撃は最大の防御と言わんばかりに俺の尻を叩いてくる。実力がある人ってのはみんな負けず嫌いなのかね。
 そんなわけで俺と瞳子ちゃんのツートップで攻めていく。足の速い俺たちになかなか追いつける子はいなかった。

「通さないよ」

 本郷に回り込まれた。俺は逃げるを選択する。

「ナイスパス!」

 瞳子ちゃんにパスをした。いくら本郷がサッカーが上手くても二人相手ではきついだろう。
 しかし本郷は諦めない。走ってすぐに瞳子ちゃんに追いついた。ていうか足速いな。もしかして俺よりも速くない?
 追いつかれてしまえば瞳子ちゃんは苦しいようだ。俺に目を向けてくる。
 パスを受け取るために動く。その動きを察して瞳子ちゃんのパスが飛んだ。ボールを受け取ったところで、目の前に誰かがいるのに気づく。

「トシくん、勝負!」

 ふんすと鼻を鳴らす葵ちゃんだった。真剣な面持ちで俺と向かい合う。

「……」

 正直隙だらけだ。抜こうと思えば抜ける気がする。
 それでもなんか躊躇っちゃうな。俺に抜かれて泣いたりなんかしないよね? 葵ちゃんの涙目には未だに弱いのだ。

「俊成何やってるの! そっち行ったわよ!」

 瞳子ちゃんの声が飛んでくる。見れば本郷が俺に向かって突進していた。
 やべっ。瞳子ちゃんにパスを出そうにも葵ちゃんの体がパスコースを塞いでいた。ここは葵ちゃんを抜いてから瞳子ちゃんにパスを出そう。
 そう決めると、俺はドリブルで葵ちゃんの右に突っ込んだ。

「うわっ!?」
「きゃあっ!」

 抜けると思ったのだが、タイミングよく葵ちゃんが俺の進行方向に体を滑らせていた。まるで予測したかのような絶妙のタイミングだった。
 俺は葵ちゃんとぶつかり、彼女を巻き込みながら倒れてしまう。葵ちゃんにケガをさせないように下になろうとしたのだが、失敗してしまった。

「いてて……」

 庇うのに失敗して変な体勢になってしまった。葵ちゃんは大丈夫だろうか?

「トシくん……」

 葵ちゃんの声が頭の上から降ってきた。声を認識して、なんだか感触がおかしいことに気づく。
 顔のあたりが柔らかいような。手を動かすとむにゅりとした感触が返ってきた。

「やん」

 葵ちゃんのなんとも言えない声色に驚いてしまう。そこで我に返った。思いっきり葵ちゃんを押し倒していたのだ。
 俺は倒れた拍子に葵ちゃんの胸に顔を押しつけてしまっていた。確かな膨らみと柔らかさを顔で感じる。
 さらに、葵ちゃんを守ろうとしたのだろう。俺の手が彼女の背面に触れていた。もっと厳密に言えば、ブルマに包まれたお尻を掴んでいた。

「~~~~!?」

 俺はうろたえた。もう自分でもびっくりするくらいうろたえた。大人の余裕なんて存在しなかった。
 そんな俺を落ち着かせようとしたのだろう。葵ちゃんはこんなことを言い放った。

「……いいよ。トシくんになら。何も心配してないから」

 俺の顔が真っ赤になってしまったのは言うまでもない。
 俺と葵ちゃんはケガをしていないか確認するためにグラウンドを出た。俺に軽い擦り傷があったので、葵ちゃんが付き添いという形で保健室へとつれて行ってくれた。
 その後、赤チームと青チームの試合は二対二で引き分けに終わったらしい。本郷が華麗にゴールを決めて、瞳子ちゃんが執念のゴールを決めたのだとか。
 佐藤が言うにはあの後の瞳子ちゃんはかなり恐かったのだとか。なんかすまんかった。
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