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第一部

25.新しいクラス

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 小学四年生になった。
 二年生と三年生の時は葵ちゃんと瞳子ちゃんと別々のクラスになっていた。休み時間や下校なんかはいっしょのことが多かったけど、俺がいない間二人はそれぞれの交友関係を築いているようだった。
 ちょっと嬉しいような寂しいような、そんな複雑な気分。まあいつも俺にべったりというわけにもいかないし、彼女達のためにはそれでいいんだけども。こればっかりは気持ちの問題ってやつだな。
 そんなわけで、久々に二人と同じクラスになったのだ。四年二組。それが俺達の新しいクラスである。

「私とトシくんと瞳子ちゃんが同じクラスだなんて一年生の時以来だね。嬉しいな」

 貼り出された四年生のクラス表を眺めていると葵ちゃんが言った。彼女も俺達の名前を見つけたようだ。
 葵ちゃんは自分の呼び方を「葵」から「私」に変えていた。子供っぽいのが嫌だからという理由だったか。そんな気持ちが少しずつ芽生えているようだ。
 横目で俺の隣に並んだ彼女を見ながら思う。一年生の頃に比べて葵ちゃんは本当に大きくなった。
 長く艶やかな黒髪に、大きな目と長いまつ毛。少女らしくありながらも、ほんのちょっぴり色気を纏うようになった。
 順調に美少女へと成長しているようで、葵ちゃんがパチパチと瞬きをするだけで顔を赤らめる男子がいるほどまでになっている。まさに魅惑の眼である。段々と性を意識する子が増えると考えると、これから大変そうだと心配になってしまう。
 それになんと言いますか……胸のあたりがふっくらとしてきたのだ。この時期にはもう膨らんでくるものなんですかね? 前世の彼女は驚くほどには大きくなかった気がするのだが。実際のところどこまで成長するのだろうか……、ちょっぴり楽しみである。

「あっ、俊成に葵。何組だったの?」
「二組だよ。私達三人いっしょなんだよ」
「本当? やったわね」

 背中から瞳子ちゃんの声がして我に返る。どうやら今登校してきたようだった。
 あいさつを交わして瞳子ちゃんが俺の隣にくる。サラリとツインテールにしている銀髪が揺れた。
 猫目のブルーアイズが優しく向けられる。元々年齢のわりに大人びている子だったけれど、今はさらに気持ちにゆとりが生まれたかのような雰囲気を出していた。
 習い事の水泳をともにしているのもあって瞳子ちゃんの体のラインは知っている。スラリと美しい曲線を描いているのだ。見惚れないように耐えるのが大変なくらいだ。これからさらに美を磨いていくであろう。期待せずにはいられない。
 葵ちゃんと瞳子ちゃんはすでに学校内でかなりの人気を得ていた。ちょっとやそっとじゃお目にかかれない美少女である。二人はどちらも心根が良いこともあって、男女どちらからも好意的に見られていた。とくに年上のお姉さん方なんかは二人をものすごくかわいがっている。
 逆に、少しばかりヘイトを集めてしまったのが俺である。二人の俺に対するアピール合戦を見られてしまう度に黒々とした視線を突き刺されてしまうのだ。
 女子はそういうのはないのだが、問題は男子だ。とくに上級生な。色気づいてくるのもあってか一人前に嫉妬なんかしちゃっている。小学生の時の俺はそんな感情はなかったと思うんだがなぁ……。
 二年生までは野沢先輩が助けてくれていたのだが、彼女は卒業してしまって現在は中学生である。スイミングスクールも引退してしまい、さらに部活の朝練があるからと、朝の公園でのランニングもこなくなってしまったのだ。
 家は近所にはなるのでたまに会えば話をしたりはするのだが、まあそれだけだ。先輩とあまり会えなくなってちょっと寂しくなった。
 そういうこともあって、三人がまた同じクラスになるのは嬉しいことばかりではないのだ。今以上に嫉妬を込められた視線をぶつけられるに違いない。……自己防衛手段とか考えなきゃダメかもしれんね。

「俊成? 何ぼーっとしてるのよ。早く教室に行くわよ」
「だね。行こっかトシくん」

 両手が二人の手の感触に包まれる。体は大きくなっても、この温かさは変わらない。
 年月が流れても、二人の俺への想いは未だに変わらない。そんな二人に対して俺は未だに答えを出せてはいなかった。
 本物の想いに対しては、本物の答えを返さなければならない。そう真剣に考えれば考えるほど自分の心がわからなくなっていた。
 葵ちゃんも瞳子ちゃんも、決して俺を急かしたりはしなかった。いつまでも二人の優しさに甘えるわけにもいかないってのはわかってるんだけどな……。

「葵ちゃん、瞳子ちゃん。またよろしくね」

 それでも、俺の言葉に笑顔を見せてくれる二人といっしょにいたいというのは、間違いなく俺の本心だった。


  ※ ※ ※


「おはよう高木」

 四年二組の教室に入ると赤城さんに出迎えられた。少々面食らったもののあいさつを返す。

「赤城さんも二組なんだね。同じクラスになるのは初めてかな?」
「そうね」

 赤城さんとは三年生まで別々のクラスだった。それでも一年生の時の運動会から交流は続いており、あいさつや雑談をする以外にもバレンタインは毎年お世話になっていたりする。
 義理とはいえ、毎年チョコをもらえるというのは嬉しいものだ。ついついホワイトデーのお返しに力を入れてしまっていたのだ。もちろん葵ちゃんと瞳子ちゃんへのお返しはそれ以上の力の入れようである。おかげでお菓子作りをできるようになったのだ。

「赤城さんもいっしょのクラスで楽しくなりそうだね」

 葵ちゃんが俺の前に出て赤城さんと話す。ガールズトークの雰囲気を察して俺は自分の席へと向かった。

「げっ」

 瞳子ちゃんがらしくない声を漏らした。なんだろうかと思って彼女の顔を見ると、まるで嫌いな食べ物が食卓に並んでしまったかのような顔をしていた。

「瞳子ちゃんどうしたの?」
「別に……なんでもないわよ」

 なんでもないような反応じゃなかった。瞳子ちゃんを見つめていると視線を向けていた方向に気づく。
 それを追って目を向けて見れば、俺は少しだけ体を硬直させてしまった。
 そこにいたのは一人の男子だった。まだ子供ながらにもかかわらず、イケメンオーラをこれでもかと放っている。
 俺はそいつを知っていた。そりゃそうだ。俺には前世の記憶があるんだからな。
 その男子の名前は本郷ほんごう永人えいと。将来超絶イケメンになる男子である。
 彼は葵ちゃんと同じように、小中と俺と同じ学校だったのだ。同級生全員を憶えているわけじゃないが、本郷のことはしっかりと憶えていた。
 前世での本郷永人は学校で一番のイケメンだった。宮坂葵が女子で一番かわいいのならば、男子で一番かっこいいのは彼なのだと誰もが迷うことなく答えていただろう。俺もその一人だった。
 本郷は外見がいいだけじゃなく、運動や勉強もできていた。とくに運動に関しては中学時代にサッカーですごいと騒がれていたのを憶えている。あの時は興味もなかったけれど、おそらく部活で良い成績が出せるほどには上手かったのだろう。
 そんなかっこいい本郷くんである。そりゃもうモテた。ものすごくモテていた。前世の人生の中で俺は彼以上にモテていた男を見たことがない。
 ただ救いなのは、前世で葵ちゃんと本郷の二人が付き合っていたという話は耳にしなかったことだ。よく美男美女でお似合いのカップルになるんじゃないかって言われていたのだが、結局中学を卒業してもそういう話はなかった。まあ実はこっそり誰にも気づかれないように付き合っていた、なんてことだったら知りようがないのだが。
 うーん……、どちらにしても警戒はした方がいいかな。気がついたら葵ちゃんも瞳子ちゃんも本郷に夢中になってました、だなんて嫌過ぎる。
 それにしても、まさかここで彼と同じクラスになってしまうとは。前世では小中学校の九年間で一度も同じクラスにならなかったのになぁ……。なんだか試練でも与えられている気分だ。

「瞳子ちゃん。あいつに話しかけちゃダメだよ」

 俺は本郷を指差しながら言った。我ながら小さい男である。それがわかっていても言わずにはいられなかったのだ。

「話しかけないわよ。そもそも俊成って本郷のこと知ってたの?」
「……いや、知らないけどね」

 あくまで前世は前世である。今世で同じようにいくとは限らないし、本郷がモテモテになるとは限らない。……でもこのイケメンオーラを見てしまうとやっぱりモテそうなんだよなぁ……。

「というか瞳子ちゃんはあいつのこと知ってるの?」
「まあ……去年同じクラスだったしね」
「まさか言い寄られたりとか?」

 ごくりと唾を飲み込む。緊張する俺とは対照的に瞳子ちゃんは手を横に振って「ないわよ」とあっけらかんと言った。

「あたしが嫌いなタイプってだけよ。ただそれだけ」
「ほ、本当にそれだけ? 実はかっこいいとか思ってるんじゃない?」
「ん? もしかして俊成、妬いてるの?」
「なっ!?」

 俺が嫉妬!? いやいや小四なんてまだまだお子様ですよ? いくら俺が葵ちゃんと瞳子ちゃんが好きとはいえ子供に嫉妬だなんて、そんなことないってば!

「俊成変な顔になってるー」

 瞳子ちゃんはふふっ、と笑いながら俺の肩を指で突っついてきた。なんかすごく恥ずかしい……。
 なんだか四年二組はいろいろと目立つ人が集まってしまったようだ。同じクラスというのもあり、毎日が気を抜けない日々になるかもしれない。そう考えて気を引き締めた。

「高木くんおはようさん。今年もよろしゅうなー」

 佐藤の顔を見たら一気にリラックスできた。これで佐藤とは四年連続で同じクラスになったのだった。
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