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第一部

24.宮坂葵は七五三を振り返る

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「これ……七五三の時の写真だ」

 気分転換にお部屋の掃除をしていると、懐かしい写真を見つけた。
 まだ小さい頃の私が晴れ着を身につけて笑っていた。本当に小さいなぁ……。
 私一人で映っている写真。お父さんとお母さんといっしょに映った写真。そして、トシくんと瞳子ちゃんといっしょに映った写真があった。

「ふふっ、トシくんも瞳子ちゃんも小さくてかわいいな」

 まだ二人とも幼い姿だった。今と比べるとびっくりしちゃうくらい。年月の経過を意識させられる。
 この頃からでも二人はしっかり者だった。私はそんな二人を見て、このままじゃダメなんじゃないかって思ったのだった。
 何がダメかなんて説明できない。ただ漠然と、情けない自分のままでは二人に置いていかれてしまうんじゃないかって思ったんだ。
 目をつむる。私はまぶたの裏を見つめながら、懐かしい日々を思い出していく。


  ※ ※ ※


 七歳の私は、トシくんと瞳子ちゃんと七五三の日を迎えていた。
 この頃になると、私達は家族ぐるみで仲良しになっていた。いろいろな行事で行動をともにしていたと思う。

「よし、バッチリね」

 着物の着付けをしてくれたお母さんが笑いながらOKを出してくれた。髪型もアップにまとめていつもとイメージを変えてくれていた。

「綺麗よ葵。これなら俊成くんだって見惚れちゃうわよ」
「本当? トシくんに好きになってもらえる?」
「ふふ、そうね。好きになってもらえるわよ」
「うん!」

 私は元気良く頷いた。我ながら単純だなと微笑ましくなってしまう。
 写真館で私達は合流した。それぞれ祖父母が遠くにいるというのもあり、私達は家族ぐるみで気がねなく七五三の行事をすることができた。
 七五三ということで写真館で晴れ着をレンタルしたのだ。いっしょにきていたトシくんと瞳子ちゃんも同様にレンタルした着物に着替えていた。

「葵ー? ちゃんと準備はできてる?」

 合流してすぐに瞳子ちゃんは私の着物姿をチェックする。「お母さんにやってもらったんだよ」と言っても「もしもってことがあるじゃない」と聞いてはくれなかった。お母さんも苦笑いしてたっけ。
 私の着物をチェックしている瞳子ちゃんはいつもとは違う装いでかわいかった。普段のツインテールではなくアップで整えられている髪型というのもあり、なんだか大人っぽく見えたのだ。
 やっぱり瞳子ちゃんはかわいい……。どうしようもなく特別な子なのだと、幼いながらも私は理解していた。

「うん、大丈夫そうね。じゃあ俊成のところに行きましょうか」
「うん」

 瞳子ちゃんは私の手を引いてくれる。この時の彼女は本当に姉のようだった。

「俊成、葵がきたわよ」
「葵ちゃん?」

 瞳子ちゃんの声に振り向いたトシくんはかっこいい着物姿だった。頼りがいのある彼がより一層頼もしく見えた。

「何ぽけーってしてるのよ。葵に見とれたんでしょ」
「え、あ、いや……」

 瞳子ちゃんに言われてトシくんは慌て出した。本当に見惚れてくれていたのだろうかと気になってしまう。
 ちょっとだけ赤くなった顔で、トシくんは私の方に真っすぐ顔を向けてくれる。

「その……かわいいよ葵ちゃん。着物もすごく似合ってる」
「……うん」

 トシくんは真っすぐ褒めてくれる人だった。こんなに小さいのにふざけたりしないで「かわいい」って口にしてくれる。

「俊成ってば、さっきあたしを見た時も同じこと言ったのよ」
「うっ……。ま、まあ瞳子ちゃんもかわいかったんだから仕方がないじゃないか」
「……」

 ……ちょっとだけ胸が苦しくなった。なんで嫌な気持ちになったかは、この時はちゃんとした意味でわかっていなかったのだ。ただ、そんなこと今言わなくてもいいのにと瞳子ちゃんに対して思ったのは憶えている。

「ほらほらー、そろそろ写真撮るからこっちにきなさい」

 お父さんが声をかけてくれて、胸の苦しさが幾分か消えてくれた。私は笑顔でトシくんの手を取った。

「写真だって。行こ?」
「わかった。いつもと違う格好なんだから走ると転んじゃうよ」

 急かす私をトシくんはたしなめる。いつもと違う雰囲気に私は興奮していたのだろう。トシくんがそう言ってくれなかったら走って転んでしまっていたかもしれない。
 それでもトシくんの言うことを聞く頭は残っていたようで、彼と手を繋いだまま歩いた。すぐに瞳子ちゃんが彼の反対の手を握っていたけれど。
 写真を撮られるといっても普通のカメラを向けられるのとは違っていた。静かなところで緊張したのを覚えている。
 家にあるカメラよりもフラッシュが強かった。何度か目を閉じてしまう。トシくんに声をかけられながらなんとか撮り終えることができた。
 私達はそれぞれ写真を取った。いつもと違う場所、いつもと違う格好、緊張することばかりだったけれど、トシくんと瞳子ちゃんがいると思えば幾分か気が楽だった。
 いろんな写真を撮って、最後に私とトシくんと瞳子ちゃんでの集合写真を撮ることとなった。
 私は迷わずトシくんの手を取った。だけどそれは瞳子ちゃんも同じだった。同時に彼の手を取ると瞳子ちゃんと目が合う。両手が塞がったトシくんは私と瞳子ちゃんを交互に視線を彷徨わせていた。

「……」
「……」

 ほんのちょっとの間だけ、彼女の青い瞳が揺れていた。私の瞳はどうなっていたかは今でもわからない。

「じゃあ二人とも、笑顔を写真に撮ってもらおうか」

 トシくんの言葉で私達はカメラと向き合った。大きくて立派なカメラのレンズが私達の姿を映す。
 この時の写真を見ると、自分で言うとおかしな感じだけれど、とても微笑ましい出来になっている。子供らしくて愛らしい。そんな風に私達は表現されていた。
 だけど、私と瞳子ちゃんはこの時にはすでにちゃんとした女の子だったのだ。それは今思い返してもそう思う。
 私達をそうさせたのはトシくんだ。彼のせいで、なんて言うつもりはない。むしろ彼のおかげで今の私達があるのだと思う。
 この後は確か……お宮参りに行ってから瞳子ちゃんの家に集まったんだ。みんなで食事をするということで彼女の家に集まったのだ。
 レンタルした着物を汚すわけにもいかないので普段着に着替えた。ふぅ、と息を吐いて解放感を味わう。着物はかわいかったけれど、慣れないものをずっと着るというのは子供ながらに疲れた。
 お母さん達は食事の準備に取りかかり、お父さん達でレンタルした着物を返しに行ったのかな。その間は私達三人で遊んでいた。
 習ったピアノの演奏をトシくんに聞かせたり、トシくんが習っている英語の歌を三人で歌ったりした。おままごとだけはできなかった。ママ役を私と瞳子ちゃんのどちらがやるかで絶対にケンカになっちゃうから。

「ちょっとトイレ借りるね」

 そんなことを言ってトシくんは部屋を出て行った。瞳子ちゃんと二人きりになって、少しだけ空気が張り詰める。

「ねえ瞳子ちゃん」

 最初に口火を切ったのは私だったと思う。
 綺麗な青い瞳が私を射抜く。これは睨んでいたわけではなく、彼女も緊張していたのだろうと今ならわかる。

「瞳子ちゃんはトシくんのこと好き?」
「ええ、大好きよ」

 即答だった。瞳子ちゃんは私に対して嘘はつかない。元々真っすぐな子ではあるけれど、トシくんへの想いは隠すどころか私に突きつけているようだった。
 そんな返答にも驚かない。それは幼い私にだってわかっていたことだから。

「葵もトシくんのことが好き。ううん、大好き。瞳子ちゃんに負けないくらい大大大好き」

 私の言葉に瞳子ちゃんは驚く様子はなかった。彼女もわかっていたのだろう。

「でも……、瞳子ちゃんにトシくんを取られちゃうのかなって思っちゃうの……」
「え?」

 次の言葉には、瞳子ちゃんでさえも驚いていた。

「瞳子ちゃんはかわいくてしっかりしてるんだもん……。トシくんは葵よりも瞳子ちゃんが好きなんだって思う……」

 子供ながらに私は不安だったのだ。トシくんの態度は瞳子ちゃんとその他の子とで違っていたから。瞳子ちゃんを特別扱いしてるんだって思っていたのだ。
 そんな思いがつらつらと口から零れる。聞き終わってから瞳子ちゃんはわかりやすくため息を吐いた。

「何それ。それはこっちのセリフよ」
「え?」

 今度は私が驚く番だった。

「葵はよく俊成を笑顔にしているわ。俊成だって葵を特別扱いしているのがわかるもの。……だからあたしだって葵に俊成を取られちゃうんじゃないかって恐かったんだから」

 まさかの思いだった。いつもはきはきしていて自信を持っている瞳子ちゃんがそんなことを言うなんて思ってもみなかったのだ。

「……あたしね、葵と初めて出会った時にあなたが天使みたいだって思ったのよ。とってもかわいくて勝てないって思っちゃったの」
「あ、葵だって瞳子ちゃんを初めて見て妖精さんみたいだって思ったよ! すごくかわいくて、葵よりもすごいって思ったもん」

 そう言ってから私達はしばし見つめ合った。そしてお互い同時にふふっ、と噴き出すように笑ってしまった。

「なんだ、あたし達って似た者同士なのね」
「うん。そっくりさんだね」

 そうしてまた笑い合う。
 一頻り笑い合ってから瞳子ちゃんが言った。

「俊成が好きな者同士として、あたしのライバルって認めてあげるわ。負けないわよ」
「うん、葵も負けないよ」
「でも……」

 瞳子ちゃんはちょっとだけ頬を赤くする。白い肌だから小さな変化でもすぐにわかった。

「……俊成ほどじゃないけど、葵のこともけっこう好きよ」

 そう口にしてそっぽを向く彼女はとてもかわいかった。
 幼い私もそう思ったのだろう。顔を赤くする瞳子ちゃんに抱きついた。

「えへへー。葵も瞳子ちゃんのこと好きだよー」
「わっ!? ちょ、ちょっとっ」

 バランスを崩してか瞳子ちゃんは後ろへ倒れる。私が押し倒すような形となった。
 青い瞳と視線がぶつかる。さっきまではちょっと不安になるような目だった。でも今は違う。彼女も私と同じなんだってわかったから。

「葵、正々堂々と勝負よ」
「せいせいどうどう?」
「……どっちが俊成と結婚できるか、恨みっこなしの勝負よ」
「……うん、わかったよ」

 トシくんが私を選ばなかったらという考えが頭をよぎって少しだけ躊躇いが生まれた。それはとても苦しいことだと思った。それでもそれは瞳子ちゃんもいっしょなのだ。そんな彼女が言うのだからと、私は力強く頷いてみせた。

「瞳子ちゃんの家って広いから迷っちゃったよー。結局おばさんにトイレの場所聞いちゃったし。……えーと、二人は何してるの?」
「「え?」」

 トシくんはこの後、なぜか変な目を私達に向けていた。彼らしくない眼差しだったから私と瞳子ちゃんは首をかしげるしかなかった。


  ※ ※ ※


「懐かしいなぁ……」

 七五三の写真を眺めながらそんなことを思い出していた。あれから私と瞳子ちゃんはライバルとして、正々堂々とたった一人の男の子にアタックし続けている。
 私と瞳子ちゃんがギスギスした関係にならなかったのは、これはもうお互いの性格としか言えない。なんたって似た者同士だしね。
 瞳子ちゃんのことは今でも好き。それでもトシくんは譲れない。こればっかりはお互いに納得した勝負だから。
 あの頃から私達の関係は本当の意味で始まったのだ。どうしようもなくて苦しいこともあるけれど、私達は好きという気持ちを諦めないだろう。
 子供の成長を祝う日に、私達は自分の中の気持ちを抱えて走ると決めたのだ。どちらが先にゴールできるかは、もうちょっとだけ未来のお話。
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