元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ

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第一部

20.小学生はじめての夏休み

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 夏休みがやってきた。小学生になって初めての夏休みである。
 夏休みといえば宿題を溜め込んでしまったせいで地獄を見たっけか……。今回の人生では気をつけよう。
 まだ小学一年生の宿題だ。そう大したものなんてない。面倒そうなのは毎日つけないといけない絵日記と、お題がなくて悩んでしまう自由研究くらいなものか。そういえばアサガオを持って帰ったんだった。これもまた夏休み明けに持って行かなければならないので枯らさないように気をつけねば。
 夏休みの日数は驚くほど長い。社会人になってしまうとまずこんなにも休めるなんてことはない。これだけの自由時間を取ろうと思ったら、もう仕事を辞めるくらいしか方法がないからな。
 だからこそ満喫してやろうではないか。学生時代の夏休みは様々な経験をするチャンスである。早めに宿題を終わらせても余りある時間が残っているのだ。普段やれないようなことだってやれるチャンスだった。


  ※ ※ ※


 夏休みに入るとラジオ体操なんてものがある。朝、登校の集合場所にしている公園で近所の子供と大人が、ラジオから流れる音楽とかけ声に合わせて体操するのである。長いこと続けられる国民健康体操だ。
 これをするかしないかで子供の運動能力に差が出るらしい。健康にもいいし、このまま取り入れてみようかな。
 野沢先輩との朝のトレーニングを終えたタイミングで近所の子達が集まってきた。葵ちゃんもお母さんにつれられてやってきた。あいさつもそこそこに雑談を始める。

「葵ちゃん、ピアノは楽しい?」
「うん! 楽しいよ! 瞳子ちゃんも教えてくれるからすっごくわかりやすいの」

 葵ちゃんはこの前の宣言通りにピアノを始めていた。瞳子ちゃんと同じ教室らしく、二人の交流がさらに深まったようだ。
 俺? 俺はちょっと……。この前瞳子ちゃんの家に葵ちゃんと二人して遊びに行ったのだが、その時にピアノに触らせてもらったのだ。うん、まあ……難しかったよ。イマイチリズムが掴めないというかなんというか。パソコンのキーボードに慣れるまでに苦労したものだが、これはこれで別の感覚が必要に思えた。
 両手でピアノを弾く瞳子ちゃんは実にリズミカルに演奏していた。あの領域に辿り着くのは至難の業に思えてしまったのだ。ちなみに葵ちゃんはあっさりと「ねこふんじゃった」を弾けるようになっていた。俺? 聞くな。

「へぇー、葵ちゃんピアノ習ってるんだ。すごいね」

 野沢先輩が感心して葵ちゃんの頭を撫でる。ナチュラルに頭を撫でられるなんてあなたこそすごいです先輩!
 年上のお姉さんに褒められて「えへへ」と笑う葵ちゃんだった。かわいいな。
 俺も習い事を始めたら野沢先輩に褒めてもらえるのだろうか。母と話をしてこの夏休みにいろいろと体験させてもらえることになった。自分に合うものを探して何かしらのスキルを磨くのだ。
 人が集まり時間がきたのでラジオ体操が始まった。前世で聞き慣れていたため、動きに淀みなく体操できた。葵ちゃんはまだ覚えられていないようで変な踊りみたいになっていた。その動きがちょっとかわいくて、何も口出ししなかった。そんな俺を許してください、と心の中だけで懺悔した。


  ※ ※ ※


 手始めにスイミングスクールの体験レッスンを受けてみることにした。
 なぜ水泳を選んだかといえば、水泳はどんなスポーツにでも応用が利くかと思ったからだ。全身をバランスよく鍛えられ、負荷が少ない水泳は子供の体にとってデメリットを探す方が難しいだろう。
 それに泳げるに越したことはない。夏になると川や海での水難事故はけっこうニュースで耳にしていた。事故予防にもなるだろう。
 あとは単純に瞳子ちゃんが通っているところだったからだ。やっぱり習い事をするにしても知っている人がいるとやりやすいしね。

「でもあたしと俊成はクラスが違うから。いっしょには泳げないわよ」
「わ、わかってるよっ」

 そこまでさみしんぼじゃないわいっ。だからそんな心配そうな目をするのはやめてくれないか。母の目と被るってば。

「あれー? 俊成くんじゃない」
「野沢先輩じゃないですか。どうしてここに?」

 なんと、このスイミングスクールには野沢先輩も通っていたらしい。いつもジャージか制服しか見ていないから競泳水着がとっても新鮮だ。

「春姉をじっと見つめてどうしたのよ?」

 春姉!? 瞳子ちゃんの野沢先輩に対する意外な呼び方に面喰らってしまった。その親しげな呼び方を聞いて察せられるだろうが、瞳子ちゃんと野沢先輩は仲良しさんだったのである。
 話を聞けば野沢先輩は小学一年生の頃からこのスイミングスクールに通っているのだとか。後から入会した瞳子ちゃんがメキメキと成長して、それを見て刺激された野沢先輩が瞳子ちゃんに話しかけてから交流が始まったそうだ。それから仲良くなるのにさほど時間はかからなかったらしい。

「あの時はびっくりしたなー。瞳子ちゃんが好きな男の子が俊成くんだなんてね。世間は狭いねー」
「は、春姉っ。あんまり大きな声で言わないでよ……」

 ほんわかと言葉を放つ野沢先輩に、瞳子ちゃんは顔を赤くしてしまう。いつも周りの目なんて気にしない風なのに、実際に口にされると恥ずかしいらしい。
 野沢先輩が言うあの時というのは、登校中に瞳子ちゃんが葵ちゃんとケンカを始めてしまった時のことだろう。あの時からすでに二人は顔見知りだったのか。
 それにしてもからかわれる瞳子ちゃんなんて珍しいな。クラスでは向かうところ敵なしで、一つ二つ上の子が相手でも物怖じしないのに。さすがは五年生、低学年の子の相手なんてお手の物か。

「それにしても野沢先輩が水泳もやってるなんてびっくりしました。てっきり陸上だけかと思ってましたから」
「あはっ、水泳はねお母さんとの約束なんだ。小学校を卒業するまでは続けるっていう約束をしてるの」
「先輩のお母さんは水泳にこだわりでもあるんですか?」

 野沢先輩は「そうじゃなくてね」と手を横に振る。

「最初は水に恐がらないようにっていう理由でね。それだけだったんだけど、お母さんが一度やり始めたことは途中で放り出さないって言うから小学生までって約束したの。中学生になったら陸上に専念したいからね」
「春姉はすごいのよ。大会に出て一番になったことがあるんだから!」

 瞳子ちゃんが目を輝かせながら言った。その目からは尊敬の色が見て取れた。
 ていうか大会で一番ってすごいな。そんなにすごい結果を出しているのにきっぱりやめられるものなのだろうか? 俺なら勿体ないって思っちゃうけどな。
 そんな考えが読みとれたのだろう。野沢先輩は柔らかい笑みを浮かべながら教えてくれた。

「やっぱり私が一番好きなのは走ることだから。胸を張ってやりたいことをするの。水泳だってそのためにしてるって思うからここまで続けられたの」

 ……やっぱり野沢先輩はすごいな。俺にはそれだけの情熱を捧げられるものなんて見当たらない。何をおいても一番好きだって、口にすることすら難しいことなのに。
 時間がきたので瞳子ちゃんと野沢先輩は練習に行ってしまった。俺も体験レッスンを担当する先生につれられ、準備体操を終えてからプールへと入る。

「はい、じゃあ水に顔をつけてみて」

 指示どおりに顔を水につけた。これくらいなら学校のプールの授業でもやった。ここでつまずく子はそうはいないだろう。……葵ちゃん以外は。
 プールの授業では葵ちゃんが水を恐がってしまったのだ。いっしょにお風呂に入った時なんかは顔をつけるのは大丈夫そうだったんだけど、プールとなると勝手が違うらしい。
 なんとか水に顔をつけられるようになったかと思えば、今度はそのまま沈んでしまったのだった。低学年用のプールでちゃんと足はつくはずなのにな。なんか不思議なものを見てしまった気分になったのだ。
 そんなわけで、すっかりプールに苦手意識を持った葵ちゃんは水泳に対してまったく興味を示さなかった。一応今日の体験レッスンのことは伝えてはみたが「葵も行きたい!」とはならなかった。ピアノはすぐに喰いついたのにね。
 体験、というのもあって優しめにレッスンは進んでいく。俺と同じく参加している子供がいたけれど、さすがに葵ちゃんみたいにつまずいてしまう子はいなかった。
 一通りバタ足のやり方などを教えてもらってから、一人ずつビート板を使って泳ぐこととなった。
 ビート板があるのだから、バタ足をするだけの簡単なものだ。先生だってついてくれている。恐がる子なんていなかった。
 一人ずつ順調に泳いでいく。すぐに俺の番がきた。

「はい、次は高木くんね」
「はい。行きます」

 初心者コースで飛び込みなんかしない。俺はプールの端を蹴ってスタートした。
 バタ足をがんばればがんばるほどバシャバシャと音が大きくなる。本格的に水泳をしなかったとはいえ、前世の体育の授業で二十五メートルは普通に泳げたのだ。これくらいは楽勝だ。
 スタートから反対側の端に辿り着く。息が上がっていた。小さい体なんだから前世ほど上手く泳げはしないか。いや、別に泳ぎが得意だったわけじゃないけども。
 体験レッスンは無事終えることができた。案外泳ぐのも悪くないな。前世ではそうは思わなかったのに、どういう心境の変化だろうか?
 体験レッスンは時間が短めだったので、瞳子ちゃんと野沢先輩に別れのあいさつをすることができなかった。まあ二人とも夏休み中でもたくさん会う機会があるからいいんだけどね。

「俊成ちゃん、今日は楽しかった?」
「うん」

 帰り際、母にそう尋ねられたので素直に頷いた。思った以上に水泳は楽しかった。
 この他にも体験会をしているところはある。まだまだ自分に合っているかなんてわからないけど、ちょっとだけやってみたいな、と思う心が芽生えたのは確かだった。
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