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第一部

15.幼馴染は相まみえる(後編)

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 先生の先導の元、男女一列となって体育館に向かった。
 道すがら懐かしい気持ちになった。小学校なんて卒業してから訪れることなんてなかったからなぁ……。
 入学式はつつがなく終えることができた。トラブルなんて起こすような子はいなかった。みんな良い子である。
 体育館を出てからまた教室へと戻る。それぞれの席に着くと、後から保護者が教室の後ろへと陣取った。
 先生が教科書や時間割表などを配布する。ついにランドセルの出番である。小学生といえばランドセルだよね。ほんと懐かしい。
 そういえば、前世では様々なランドセルの形や色があったな。ランドセルだけでも一人一人特徴があった。
 今俺が持っているのは黒色のランドセルだ。男子は黒で女子は赤、形はみんないっしょだ。俺の時代はこんなものである。
 そこに一年生は黄色いカバーをかけている。交通安全のあれである。これつけられるまで忘れてたね。いつまでつければいいんだったか。
 教科書類をランドセルに仕舞っていく。それから連絡事項を説明される。先生は子供にというより親に向かって話しているようだった。まあ集中力がないから仕方ないね。入学式は耐えれていたけれど、教室では後ろに振り向いて自分達の親を見ている子が多いし。
 俺はふむふむと頷きながら聞いた。久しぶり過ぎて学校のルールなんて憶えてないからね。さすがによほどのことをやらかさなければ問題ないとは思うんだけども。

「はい、それじゃあ皆さんお写真を撮りましょうか」

 連絡事項が終わるとクラス写真を撮るようだった。まずは教室で撮影して、それから場所を変えてもう一枚撮るらしい。みんな一斉に席から立ってはしゃいでいる。テンション爆上がりだな。
 クラスの人数は三十人くらいだった。これは幼稚園の一組よりも多い人数だ。これをまとめながら写真を撮るのは大変そうだ。
 この時期の子供は知らない子とでもすぐに仲良くなれるようだ。そこらかしこで「隣になろうよ」という声が聞こえてくる。並び順は自由、と先生が言ってから行動が早い。

「俊成くんのお隣いいよね?」
「俊成、いっしょに並んで撮ってもらうわよ」

 葵ちゃんと瞳子ちゃんが同時に話しかけてきた。二人は顔を向かい合わせると、睨み合いを始めてしまった。なんか火花が見えるんですけど……。
 瞳子ちゃんのブルーアイズがキラリと光る。この睨みつける攻撃は強い! 今にもホワイトドラゴンが召喚されそうなほどの威圧感があった。
 対する葵ちゃんの背後から虎が「がおー!」と咆哮を上げる。……ん? いや、虎かと思ったら猫か? かわいらしい猫ちゃんがぷるぷるしながら睨みつける……いや、涙目になっていた。
 というかまさに葵ちゃんがぷるぷる震えながら涙目になっていた。彼女にはまだ瞳子ちゃんの睨みつける攻撃は早かったようだ。
 だが、効果はあったらしい。涙目になった葵ちゃんを見て瞳子ちゃんがうっと呻く。ちょっと脅し過ぎたとでも思ったのだろう。瞳子ちゃんはいい子だからね。

「えーと……、とりあえず二人は俺の両隣りってことでいい?」
「うん!」
「そうね……それでいいわ」

 俺の提案に二人は争いを中断した。右隣に葵ちゃん、左隣に瞳子ちゃんがくっつく。
 なんだろう、両手に花のはずなのに息苦しく感じる。挟まれてはいけないものに挟まれてしまったような……そんな感覚に襲われてしまう。
 ま、まあ今は気にしないでおこう。写真を撮るだけなのに時間をかけるわけにもいかないし。
 カメラを持った先生に目を向ければ、なぜか死んだ目で俺達を見ていた。というかさっきのやり取りを見られてたのかよ。
 みんなは二列になって教室の後ろに並んだ。みんなの顔が映るように前の人は屈んで、後ろの人は立った状態で撮影するようだ。保護者の方々は廊下に出て我が子の姿を見つめている。

「皆さーん。いいですかー? はいチーズ、で撮りますから笑ってくださいねー。高木くんわかったかなー?」

 なぜ俺を名指ししたの? なんか先生の目が恐いのは気のせいですか?
 悪目立ちしたくなかったから端っこに行こうとしたのに、葵ちゃんと瞳子ちゃんに両腕を拘束されて真ん中へとつれて来られた。
 俺達は後ろの列に並んだ。左右からガッチリと固められて身動きが取れない。写真を撮るだけなのに、なんで二人ともこんなにも力が強いのか。

「はい、チーズ!」

 先生が持つカメラからミシリ、と音がしたのは聞かなかったことにした。


  ※ ※ ※


 無事にクラス写真を撮り終えた一年一組は解散することとなった。この後は自由に写真を撮ってもいいとのことなので、それぞれの親御さんは記念写真という思い出のために子供をつれて散らばって行った。
 俺達、高木家と宮坂家と木之下家はいっしょに行動している。子供の交友関係はそのまま親同士の関係を構築しているようだ。

「わっはっはっ! 俊成くんはモテモテだな」

 葵ちゃんのお父さんが豪快に笑う。彼から見ればこんなのはかわいい子供のやり取りにしか見えないのだろう。
 そう、俺は両腕を葵ちゃんと瞳子ちゃんに掴まれたままだった。クラス写真が撮り終わってもこの体勢は変わらない。いい加減腕が疲れてきたんだけど……。

「……」
「……」

 言い合いはなくなったけれど、今度は無言で視線を交わしながら牽制し合っている。なんだか酸素が薄い気がします……。

「あそこの遊具で写真はどうだ?」

 俺の父が指差した先には、ジャングルジムや滑り台などが合体したような大きな遊具があった。公園であんなに大きな遊具はなかったな。

「それはいい考えデスネ。さすがはトシナリのパパ。素晴らしいデス」

 瞳子ちゃんのお母さんにべた褒めされて父が赤面する。気持ちはわかるよ父さん。異国の美人さんっていろいろ破壊力があるからね。それでも息子として複雑な気持ちになります。母さんに思いっきり肘でど突かれたから許すけど。

「せっかくだからてっぺんで撮ってやろう。ほらほら、俊成くんの腕を掴んでるままだと登れないぞ?」

 もしかして葵ちゃんのお父さん、俺を助けてくれてる? こうでも言えば手を離さざるをえないだろう。

「……」
「……」

 だが離れない。相変わらず無言のままで牽制し合っている。先に手を離したら負けと言わんばかりである。
 それを見ていた葵ちゃんのお母さんは笑いを堪えている。なんか宮坂夫婦ってこの状況を面白がってません?

「てっぺんに登りたいなー。俺早く写真撮りたいなー」

 遠まわしに手を離してほしいとアピールしてみる。しかし効果はない。むしろより一層力を込められた。いや逃げないよ?
 動かない俺達を見て、葵ちゃんのお父さんは「それじゃあ」と提案する。

「先にてっぺんに登った子に賞品をあげようか」
「賞品?」

 俺が聞き返すとおじさんはダンディーな笑みを作った。

「俊成くんとのツーショット、とかね。先にこのジャングルジムのてっぺんに登った方に、俊成くんと二人っきりの写真を撮ると約束しよう」

 俺に確認することなくそんなことを言い出しやがった。賞品って俺かよ!
 そこからは速かった。
 両腕が軽くなったかと思いきや、二人は同時にジャングルジムを登り始めていた。大人の体では入れないところをスイスイと進んで行く。

「勝ったわ!」

 結果は予想通りと言うべきか、瞳子ちゃんの勝利だった。インドア派な葵ちゃんでは運動能力に差があったようだ。

「うぅ……」

 目に涙を溜める葵ちゃん。今度は瞳子ちゃんに躊躇いはない。競争で勝ったのだからと無邪気に喜んでいた。

「…………もん」
「え? 何よ?」

 葵ちゃんはすーっと大きく息を吸い込んだ。

「葵は俊成くんのことが好きなんだもん! 俊成くんだってそうなんだもん! だから負けてないんだもん!」

 いきなりの告白に瞳子ちゃんが面喰った。たぶんこの場にいる全員そうだと思う。俺なんか表情がおかしなことになってる自信がある。
 だけど瞳子ちゃんも負けていない。すぐに葵ちゃんの目を見つめ返すと口を開いた。

「あたしだって俊成のことが好きよ! あなたよりもずっとずぅーっとね!」
「葵の方が好きだもん!」
「あたしの方が好きよ!」

 子供らしい応酬が続く。俺は居た堪れなくなってきた。なんか視線が集まってる気がするし。
 らちが明かないと思ったのか、瞳子ちゃんが切り口を変えてきた。

「あたしは俊成といっしょに寝たことがあるし、お風呂だっていっしょに入ったことがあるんだからね!」

 うん、幼稚園のお泊まり会のことですね。本人にそこまでの意図はないんだろうけど、言葉だけ聞くとけっこう危ない。

「葵だって俊成くんといっしょに寝たことあるもん! お風呂だっていっしょに入って、洗いっこだってしたもん!」
「え」

 うん、休日に遊び疲れていっしょにお昼寝したね。お風呂も一回だけだけどお母さんと三人で入ったね。
 同じことをしたはずなのに、瞳子ちゃんは動揺の色を見せる。たぶん「洗いっこ」という単語に反応したんだと思う、

「そ、そう……あ、あたしなんか、あたしなんかね……」

 瞳子ちゃんは視線を上げて記憶を探っていた。いつの間にか流れで思い出対決になってるし。いつ勝負方法が変わったのか。

「あ、あたしなんか……俊成に体の隅々まで日焼け止めクリームを塗ってもらったんだからね!」

 ワオ! と瞳子ちゃんのお母さんの声が耳に入った。俺は声なんて出せなかった。
 瞳子ちゃんのセリフにはちょっと脚色が入っていた。ちょっとどころじゃないくらい意味合いが違ってきたけどな!
 幼稚園時代に彼女に日焼け止めクリームを塗ったのは事実である。だけど誓ってもいい、俺は瞳子ちゃんの体の後ろ側しか手をつけていませんよ! 体の隅々だなんて……できるわけがない!
 だからお願いです。保護者の方々は一刻も早くそんな目で俺を見るのをやめてください。いや、どんな目か見れてないけど。とにかく視線が刺さってるのは確かだった。
 葵ちゃんも顔を上げて「えーとえーと」と考え始めた。とにかく瞳子ちゃんに負けない一心のようだ。たぶん彼女はあまり意味を理解できてはいない気がするけども。

「あ、葵は……葵は俊成くんと結婚の約束したもん!」

 ここにきての強烈な一撃! 瞳子ちゃんはのけ反った。次いで俺を睨んだ。思わず首をぶんぶんと横に振る。
 これは完全に葵ちゃんの嘘である。負けたくないがためにこんな嘘をついてしまったのだろう。ずっと望んでいた約束だけれど、こんなところで聞きたくはなかったよ……。

「あ、あたしだって……あたしだって俊成と結婚の約束くらいしたわよ!」

 してないしてない! 瞳子ちゃんとは際どいやり取りがあったものの、結婚という具体的な単語は出たことがない。断言してもいい。
 こっちもこっちで相手に負けない想いが強過ぎて嘘をついてしまったようだ。こうなるともう収拾はつかなかった。
 二人はどんどんヒートアップしていき、終いにはないことないこと言い出す始末。俺が間に入ろうとしても一向に言い合いは止まらなかった。
 最後には葵ちゃんのお父さんが仲介してくれた。威厳のあるおヒゲの前では女の子もケンカを止めざるを得ないようだ。
 二人が大人しくなったところで、葵ちゃんのお父さんは俺にしか聞こえない声でこんなことを言った。

「俊成くん。色男でもいいが、誰に何を口にするかは気をつけておくんだな。まっ、まだ子供だからわからないよな」

 わっはっはっ! と豪快に笑う葵ちゃんのお父さん。さっきの真剣な目はかなり俺の胸に突き刺さった。
 小学校生活はまだ始まったばかり。こんなことで俺の心と体はもつのだろうか? 葵ちゃんと瞳子ちゃんをぼんやり眺めながらそう思った。
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