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第一部
9.やっぱり親子
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それはある晴れた日のこと。少し雲が気になるけど、太陽が出てるんだから晴れの日だった。
日曜日なのでいつものように葵ちゃんと遊んでいる。
今日は珍しく公園に訪れていた。場所の決定権は葵ちゃんにあるので彼女の要望なのだけど、けっこうインドアな葵ちゃんにしては珍しかった。
「きゃー! 俊成くんもっとやってー」
「はーい。いっくよー」
葵ちゃんはきゃっきゃとはしゃいでいる。この子供らしい反応にはいつもながらほっこりさせられるね。
公園に辿り着くと、彼女は真っすぐにブランコへと駆け出した。ついに葵ちゃんは遊具で遊ぶということを覚えたようだ。今までは家だろうが公園だろうがおままごとばっかりだったからね。
葵ちゃんはブランコに座ると押して押してとせがんできた。家族サービスをする父親のような気持ちで背中を押してあげる。
ブランコか。懐かしいな。男子は立ち漕ぎでどこまで高く行けるかとか、座った体勢から飛び降りてどれだけ距離を伸ばせるかとかやったなぁ。
未来では、今ある遊具はけっこう撤去されていたりする。ケガをする子が多いのが理由だったか。子供はケガしてなんぼじゃろい、と思わなくもないが、さすがに指が飛んだというニュースを目にした時は致し方ないと思ったものだ。
せっかくここの公園はそれなりの数の遊具を有しているのだ。小学生になるまでには制覇しておきたいものである。子供の特権は子供のうちに使っておこうじゃないか。
「葵ちゃん、あっちでも遊ばない?」
他の遊具を見ながら提案してみる。
「やーだー。ブランコがいいー」
風に乗るような葵ちゃんからの返答。ブランコ以外には見向きもしない。ご執心ですかそうですか。
まあいいか。葵ちゃんの小さな背中を押しては返ってくる。それを押しての繰り返し。単純作業だが彼女が嬉しそうなのでこっちも笑顔になる。
しばらくそうやっていると薄暗くなってきた。見上げれば雨雲が太陽を隠してしまっていた。
雨が降りそうだ。今日は晴れだと思っていたから傘なんて持ってきてないぞ。
「葵ちゃん、雨が降りそうだ。降ってくる前に家に帰ろう」
「えー? やーだー」
え、ここでわがまま発動?
そんなことを言われても雨に濡れてしまうのは面倒だ。ほら、他の子達も帰ってるし。
俺は葵ちゃんの背中を押すのをやめてブランコを静止させる。
葵ちゃんは俺をその大きな眼で見上げてくる。なんかうるうるしてない?
「俊成くん……葵と遊んでくれないの?」
「そうじゃなくてね、雨が降ると濡れちゃうから帰ろうって言ってるだけだよ。遊ぶのは家でもできるよ」
「でも……葵は俊成くんとお外で遊べるの、楽しみにしてたの」
声が涙交じりになる。あれ? 俺いじめてないよね?
葵ちゃんの反応を見るに、今日は絶対に俺と公園で遊ぶと決めていたようだ。決めていたことが崩れてしまうのは我慢ならないのだろう。
葵ちゃんと遊べるのは大体週に一度のペースだ。祝日があったり、用事の兼ね合いで変わることもあるけれど、大体がそれくらいのペースなのだ。
そのなかなか会えない時間が、葵ちゃんが俺に対して甘える言動をとる原因になっているのだろう。そう考えると黙ってても好感度が上がると思えば悪くないと思えた。
けれど、その分だけ会えた時にわがままになってきた気がする。
いや、それが迷惑に思っているわけじゃない。所詮は子供のわがまま、かわいいものだ。
しかしこの状況ですらわがままを言われるとは思わなかった。さて、どうしたものか……。
俺はゆっくりと葵ちゃんの背中を押した。
「……もうちょっとだけだからね」
「わーい!」
俺は屈した。弱い男だった。
子供のしつけとは難しい。いや、俺は葵ちゃんの親じゃないんだけど。だからこそ強く言えない自分がいた。
あー……、空がゴロゴロ鳴っていらっしゃる。どうかお手柔らかにお願いします。
※ ※ ※
案の定ずぶ濡れになりました。
あの後、少し経ってからついに雨が降ってきた。小雨、なんてことはなくざんざん降りだった。
急いで葵ちゃんの手を引きながら彼女の家へと向かった。その途中で葵ちゃんのお母さんが傘を差して迎えにきてくれた。傘の中に入ったけれど、すでにずぶ濡れになってしまったというわけだ。
「俊成くん、お母さんには電話したからね。夕方には雨は止むって天気予報で言ってたから、それまではうちにいなさい」
「はい。わざわざありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。タオルを貸してもらった上に温かい飲み物までいただいている。お礼を言うのは当然だ。
「ごめんね。葵のせいで……」
「別にいいよ」
俺の言うことを聞かずに雨に降られてしまったことを反省しているらしい。葵ちゃんはしおらしく俺に身を寄せてくる。
まあ別に雨に濡れるくらいどうってことない。むしろ葵ちゃんの艶やかな黒髪が肌に張りついてちょっと色っぽいとか思ってしまった。良いものが見れた……って俺は幼女になんてこと考えてんだか。
「お風呂沸いたわよー。風邪引くといけないから入っちゃいましょうか」
葵ちゃんのお母さんがそんなことを言った。確かに風邪を引かないためにも体を温めておいた方がいいだろう。
葵ちゃんが立ちあがってお風呂に向かったので、俺はテレビにでも意識を向けることにした。
「俊成くん何してるの? 早く行こうよ」
葵ちゃんがとてとてと戻ってきてそんなことを言う。俺は「どこに?」と首をかしげてしまう。
「お風呂だよ」
にぱーと笑う彼女に俺は固まった。
え? いっしょにお風呂? いやいやいや! それはまだ早いと言いますか……。
俺の内心の動揺に気づかず、彼女は俺の手を引っ張ってくる。ま、待って! まだ心の準備がっ。
「俊成くんも早くいらっしゃい。温まるわよ」
葵ちゃんのお母さんからの追撃。まさかの親のお許しが出てしまった。
お、落ち着け俺! これはあれだ、そう、「昔はいっしょに風呂にも入った仲じゃないか」「バカ。小さい頃の話でしょ」っていう幼馴染特有で発生する会話のあれだ。そういうイベントだ!
それってこんな突発的に発生するものだったのか。初めて知った。
動揺するなよ俺。これはごく自然なことだ。何よりお母様から誘っているのだ。俺は悪くない! って誰に対しての言い訳だよっ。
「はい……。よろしくお願いします……」
顔が赤くなってないか。それが一番気になった。
※ ※ ※
宮坂家の風呂は、高木家とそう変わらないくらいの広さだった。まあ風呂なんて一般家庭で考えるなら、そうそう差が出るところではないだろう。
宮坂親子は躊躇いもなくすべての衣服を脱いだ。当たり前だが俺は男扱いされていないようだ。恥ずかしがって脱ぐのを躊躇っていた俺の方がバカみたいだ。
葵ちゃんの裸体は俺とそう体型が変わらないはずなのに、純真無垢というのがその肌やラインに出ているみたいでまったくの別物に見えた。思わず出そうになったかわいい、という言葉を飲み込む。
だが、今の俺に衝撃を与えているのは葵ちゃんが一番ではなかったりする。
「俊成くん、頭洗ってあげましょうか?」
「いえ……、自分でできますので」
葵ちゃんのお母さんは美人である。さすがは将来マドンナと呼ばれるほどの美少女になる宮坂葵の母といったところ。葵ちゃんが成長していけばこの女性に似ていくのだろう。
そしてすごいのはそのプロポーション。女性らしい丸みを帯びたラインは平均を大きく逸脱している。もちろん良い意味で、だ。頭の悪い言い方をするのならバンッ、キュッ、バンッ、である。
確か二十代後半だったと思うのだが、肌のハリツヤは衰えている様子はない。そもそも元は四十過ぎのおっさんからすればこの人は充分に若い部類だ。子供だから「おばさん」と呼んでいるだけで、普通に「お姉さん」だ。
こんな女性といっしょにお風呂。興奮と困惑が入り混じる。もちろん体は反応しませんがね。
「俊成くん洗いっこしよ」
「いいよー」
あまりの大人の色気に緊張してしまい、俺は童心に返ることにした。
そもそも五歳児がドギマギしてどうする。今の俺は子供なのだ。だったら子供らしく振る舞ってやるのが正解のはずだ。そうだ、集中するのだ俺!
洗いっこと言うので、俺は葵ちゃんの体を優しく丁寧に洗う。女の子の肌への接し方は瞳子ちゃんに日焼け止めクリームを塗ったことで慣れている。
次に俺が葵ちゃんに体を洗われた。拙い感じだったけれど「んしょ、んしょ」の掛け声とともにがんばっていた。娘に背中を洗ってもらう父親の気分を味わえた。
子供二人と大人一人。なんとか三人で湯船に浸かることができた。
「ん? 俊成くんどうしたの?」
葵ちゃんのお母さんが俺の目線に気づいて尋ねてきた。心臓が一瞬大きく跳ねる。
この美人ママをできるだけ視界に入れないように葵ちゃんばかりを見ていた。だけどその……、お湯に浮いている二つの山を見ずにはいられないと言いますか。
「あの、母さんよりも大きいと思って」
おいっ! 何ストレートに口走ってんだよ!? ど真ん中の絶好球じゃないですか!! ぶっ叩かれたいのか俺!?
「このエロガキ」と怒られてしまうかと覚悟した。けれど返ってきたのはふふっ、という優しい微笑みだった。
「そう? うふふ、ありがとうね」
彼女は嬉しそうに笑う。大人の余裕だった。
こんなお母さんを持った葵ちゃんは確実に魔性の女になるでしょうな。血の運命ってやつですよ。
あんまり見つめていると頭が沸騰しそうになるので、俺は葵ちゃんとお風呂遊びに熱中した。
※ ※ ※
今日は心臓に悪い日なのかもしれない。
風呂から上がると葵ちゃんのパジャマを貸してもらうこととなった。まだほとんど同じ体型なのでぴったりだ。子供ながらに悔しい。
ちょっと恥ずかしさがあるものの、ここまではよかった。
「君が俊成くんかい?」
まさかのお義父様との初対面である。
着替えも済んでリビングに行くと普通にソファーに座っていたのだ。どうやら風呂に入っている間に帰ってきたらしかった。
お父さんの帰宅に葵ちゃんは大喜び。おばさんもいっしょになって家族団欒の空気が出来上がる。
その空気を止めてまでお父さんは俺を見据えながら声をかけてきたのだった。
葵ちゃんのお父さんはダンディーなおじ様だった。整えたヒゲが貫録を感じさせる。
そうは言っても、上に見たとしても三十代前半といったところだろう。貫録がある顔だが、シワなんてなく若々しい。
きっと将来大物になるだろう。いや、現在進行形で大物なのか? 葵ちゃん情報だと仕事に失敗したのかな? ってイメージがあるんだけども。
ただ、この父の風格みたいなものが俺のイメージを払拭させる。少なくとも俺の父よりはすごそうに思えた。ごめんよ父さん。
「はい。初めまして、高木俊成です。あっ、お邪魔しています」
そう言って頭を下げる。気分は営業で取引先を相手にしているみたいだった。その営業はすぐに異動しちゃったんだけどね。
「ふむ、礼儀正しいな。よほど両親から厳しくしつけられたのだろうね」
「いえ、父さんも母さんも厳しくないですよ。二人とも優しいので」
これは事実。言葉とかは俺がすぐにしゃべれるようになったもんだから教えてもらったなんてことはない。ただ普通に喜んでくれていただけだ。
「葵とは……仲良くしてくれていると聞いているよ」
やはり父親。娘の男関係が気になると見える。
こんなに幼くても気になってしまうのだろう。俺は父親になったことがないから憶測だけれども。
俺はまだ子供だ。「娘さんを僕にください!」なんてやり取りを今するはずがない。ならば子供らしく無難に答えておくべきか。
「はい。葵ちゃんとはお友だ――」「うんっ。すっごく仲良しなの! 葵は俊成くんのこと大好き!」
俺が言いきる前に葵ちゃんが割り込んできた。目を輝かせながらいかに俺のことが好きなのかと語り始めた。語り始めちゃったのである。
うん。嬉しいよ葵ちゃん。でも今そのアピールは俺の心臓に悪いよ。
葵ちゃんは俺をお父さんに紹介したくて堪らなかったのだろう。息継ぎが心配になるくらいしゃべりまくっている。
いつ終わるのこれ? おばさんはくすくす笑っている。俺は笑えない。お父様の顔が見れない。
娘が話終わったタイミングでお父様は今一度俺に目を向けた。
「葵と仲良くしているようだね?」
先ほどとは質問の意図が微妙に違う。これはただの確認だ。だってその内容は葵ちゃんががんばって言ってくれたからね。やっぱり息継ぎが足りなかったのか、肩で息をしてるし。
ええい! びびってどうするよ。俺は背筋を伸ばした。
「はい。俺と葵ちゃんは仲良しです」
言ってやったぞ。お義父様相手に俺は退かなかった。
俺の返答に、葵ちゃんのお父さんはダンディーな顔を緩ませた。
「そうか。これからも葵と仲良くしてやってくれ」
「も、もちろんです」
そこには娘を思いやる父親の顔があった。
緊張していたのが嘘だったかのように脱力する。威厳ありそうな見た目に騙されていた。娘に近づく男の子としてチェックされていると思いきや、ただ娘の友達を歓迎しているだけのようだった。
結局、俺はまだまだただの子供ということか。こっちが結婚相手として見ていても、大人からはその候補にすら思われていない。
まあいいさ。歳をとるにつれて信頼を勝ち取っていければいい。それが幼馴染の特権なのだから。
この後は帰る時間になるまでおじさんを交えて遊んだ。葵ちゃんは家族サービスをあまりできていなかった父親と大はしゃぎした。そう父親「と」だ。ダンディーな見た目に反してけっこうな子煩悩だったようで、はしゃぐ姿は親子なのだと感じさせた。
日曜日なのでいつものように葵ちゃんと遊んでいる。
今日は珍しく公園に訪れていた。場所の決定権は葵ちゃんにあるので彼女の要望なのだけど、けっこうインドアな葵ちゃんにしては珍しかった。
「きゃー! 俊成くんもっとやってー」
「はーい。いっくよー」
葵ちゃんはきゃっきゃとはしゃいでいる。この子供らしい反応にはいつもながらほっこりさせられるね。
公園に辿り着くと、彼女は真っすぐにブランコへと駆け出した。ついに葵ちゃんは遊具で遊ぶということを覚えたようだ。今までは家だろうが公園だろうがおままごとばっかりだったからね。
葵ちゃんはブランコに座ると押して押してとせがんできた。家族サービスをする父親のような気持ちで背中を押してあげる。
ブランコか。懐かしいな。男子は立ち漕ぎでどこまで高く行けるかとか、座った体勢から飛び降りてどれだけ距離を伸ばせるかとかやったなぁ。
未来では、今ある遊具はけっこう撤去されていたりする。ケガをする子が多いのが理由だったか。子供はケガしてなんぼじゃろい、と思わなくもないが、さすがに指が飛んだというニュースを目にした時は致し方ないと思ったものだ。
せっかくここの公園はそれなりの数の遊具を有しているのだ。小学生になるまでには制覇しておきたいものである。子供の特権は子供のうちに使っておこうじゃないか。
「葵ちゃん、あっちでも遊ばない?」
他の遊具を見ながら提案してみる。
「やーだー。ブランコがいいー」
風に乗るような葵ちゃんからの返答。ブランコ以外には見向きもしない。ご執心ですかそうですか。
まあいいか。葵ちゃんの小さな背中を押しては返ってくる。それを押しての繰り返し。単純作業だが彼女が嬉しそうなのでこっちも笑顔になる。
しばらくそうやっていると薄暗くなってきた。見上げれば雨雲が太陽を隠してしまっていた。
雨が降りそうだ。今日は晴れだと思っていたから傘なんて持ってきてないぞ。
「葵ちゃん、雨が降りそうだ。降ってくる前に家に帰ろう」
「えー? やーだー」
え、ここでわがまま発動?
そんなことを言われても雨に濡れてしまうのは面倒だ。ほら、他の子達も帰ってるし。
俺は葵ちゃんの背中を押すのをやめてブランコを静止させる。
葵ちゃんは俺をその大きな眼で見上げてくる。なんかうるうるしてない?
「俊成くん……葵と遊んでくれないの?」
「そうじゃなくてね、雨が降ると濡れちゃうから帰ろうって言ってるだけだよ。遊ぶのは家でもできるよ」
「でも……葵は俊成くんとお外で遊べるの、楽しみにしてたの」
声が涙交じりになる。あれ? 俺いじめてないよね?
葵ちゃんの反応を見るに、今日は絶対に俺と公園で遊ぶと決めていたようだ。決めていたことが崩れてしまうのは我慢ならないのだろう。
葵ちゃんと遊べるのは大体週に一度のペースだ。祝日があったり、用事の兼ね合いで変わることもあるけれど、大体がそれくらいのペースなのだ。
そのなかなか会えない時間が、葵ちゃんが俺に対して甘える言動をとる原因になっているのだろう。そう考えると黙ってても好感度が上がると思えば悪くないと思えた。
けれど、その分だけ会えた時にわがままになってきた気がする。
いや、それが迷惑に思っているわけじゃない。所詮は子供のわがまま、かわいいものだ。
しかしこの状況ですらわがままを言われるとは思わなかった。さて、どうしたものか……。
俺はゆっくりと葵ちゃんの背中を押した。
「……もうちょっとだけだからね」
「わーい!」
俺は屈した。弱い男だった。
子供のしつけとは難しい。いや、俺は葵ちゃんの親じゃないんだけど。だからこそ強く言えない自分がいた。
あー……、空がゴロゴロ鳴っていらっしゃる。どうかお手柔らかにお願いします。
※ ※ ※
案の定ずぶ濡れになりました。
あの後、少し経ってからついに雨が降ってきた。小雨、なんてことはなくざんざん降りだった。
急いで葵ちゃんの手を引きながら彼女の家へと向かった。その途中で葵ちゃんのお母さんが傘を差して迎えにきてくれた。傘の中に入ったけれど、すでにずぶ濡れになってしまったというわけだ。
「俊成くん、お母さんには電話したからね。夕方には雨は止むって天気予報で言ってたから、それまではうちにいなさい」
「はい。わざわざありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる。タオルを貸してもらった上に温かい飲み物までいただいている。お礼を言うのは当然だ。
「ごめんね。葵のせいで……」
「別にいいよ」
俺の言うことを聞かずに雨に降られてしまったことを反省しているらしい。葵ちゃんはしおらしく俺に身を寄せてくる。
まあ別に雨に濡れるくらいどうってことない。むしろ葵ちゃんの艶やかな黒髪が肌に張りついてちょっと色っぽいとか思ってしまった。良いものが見れた……って俺は幼女になんてこと考えてんだか。
「お風呂沸いたわよー。風邪引くといけないから入っちゃいましょうか」
葵ちゃんのお母さんがそんなことを言った。確かに風邪を引かないためにも体を温めておいた方がいいだろう。
葵ちゃんが立ちあがってお風呂に向かったので、俺はテレビにでも意識を向けることにした。
「俊成くん何してるの? 早く行こうよ」
葵ちゃんがとてとてと戻ってきてそんなことを言う。俺は「どこに?」と首をかしげてしまう。
「お風呂だよ」
にぱーと笑う彼女に俺は固まった。
え? いっしょにお風呂? いやいやいや! それはまだ早いと言いますか……。
俺の内心の動揺に気づかず、彼女は俺の手を引っ張ってくる。ま、待って! まだ心の準備がっ。
「俊成くんも早くいらっしゃい。温まるわよ」
葵ちゃんのお母さんからの追撃。まさかの親のお許しが出てしまった。
お、落ち着け俺! これはあれだ、そう、「昔はいっしょに風呂にも入った仲じゃないか」「バカ。小さい頃の話でしょ」っていう幼馴染特有で発生する会話のあれだ。そういうイベントだ!
それってこんな突発的に発生するものだったのか。初めて知った。
動揺するなよ俺。これはごく自然なことだ。何よりお母様から誘っているのだ。俺は悪くない! って誰に対しての言い訳だよっ。
「はい……。よろしくお願いします……」
顔が赤くなってないか。それが一番気になった。
※ ※ ※
宮坂家の風呂は、高木家とそう変わらないくらいの広さだった。まあ風呂なんて一般家庭で考えるなら、そうそう差が出るところではないだろう。
宮坂親子は躊躇いもなくすべての衣服を脱いだ。当たり前だが俺は男扱いされていないようだ。恥ずかしがって脱ぐのを躊躇っていた俺の方がバカみたいだ。
葵ちゃんの裸体は俺とそう体型が変わらないはずなのに、純真無垢というのがその肌やラインに出ているみたいでまったくの別物に見えた。思わず出そうになったかわいい、という言葉を飲み込む。
だが、今の俺に衝撃を与えているのは葵ちゃんが一番ではなかったりする。
「俊成くん、頭洗ってあげましょうか?」
「いえ……、自分でできますので」
葵ちゃんのお母さんは美人である。さすがは将来マドンナと呼ばれるほどの美少女になる宮坂葵の母といったところ。葵ちゃんが成長していけばこの女性に似ていくのだろう。
そしてすごいのはそのプロポーション。女性らしい丸みを帯びたラインは平均を大きく逸脱している。もちろん良い意味で、だ。頭の悪い言い方をするのならバンッ、キュッ、バンッ、である。
確か二十代後半だったと思うのだが、肌のハリツヤは衰えている様子はない。そもそも元は四十過ぎのおっさんからすればこの人は充分に若い部類だ。子供だから「おばさん」と呼んでいるだけで、普通に「お姉さん」だ。
こんな女性といっしょにお風呂。興奮と困惑が入り混じる。もちろん体は反応しませんがね。
「俊成くん洗いっこしよ」
「いいよー」
あまりの大人の色気に緊張してしまい、俺は童心に返ることにした。
そもそも五歳児がドギマギしてどうする。今の俺は子供なのだ。だったら子供らしく振る舞ってやるのが正解のはずだ。そうだ、集中するのだ俺!
洗いっこと言うので、俺は葵ちゃんの体を優しく丁寧に洗う。女の子の肌への接し方は瞳子ちゃんに日焼け止めクリームを塗ったことで慣れている。
次に俺が葵ちゃんに体を洗われた。拙い感じだったけれど「んしょ、んしょ」の掛け声とともにがんばっていた。娘に背中を洗ってもらう父親の気分を味わえた。
子供二人と大人一人。なんとか三人で湯船に浸かることができた。
「ん? 俊成くんどうしたの?」
葵ちゃんのお母さんが俺の目線に気づいて尋ねてきた。心臓が一瞬大きく跳ねる。
この美人ママをできるだけ視界に入れないように葵ちゃんばかりを見ていた。だけどその……、お湯に浮いている二つの山を見ずにはいられないと言いますか。
「あの、母さんよりも大きいと思って」
おいっ! 何ストレートに口走ってんだよ!? ど真ん中の絶好球じゃないですか!! ぶっ叩かれたいのか俺!?
「このエロガキ」と怒られてしまうかと覚悟した。けれど返ってきたのはふふっ、という優しい微笑みだった。
「そう? うふふ、ありがとうね」
彼女は嬉しそうに笑う。大人の余裕だった。
こんなお母さんを持った葵ちゃんは確実に魔性の女になるでしょうな。血の運命ってやつですよ。
あんまり見つめていると頭が沸騰しそうになるので、俺は葵ちゃんとお風呂遊びに熱中した。
※ ※ ※
今日は心臓に悪い日なのかもしれない。
風呂から上がると葵ちゃんのパジャマを貸してもらうこととなった。まだほとんど同じ体型なのでぴったりだ。子供ながらに悔しい。
ちょっと恥ずかしさがあるものの、ここまではよかった。
「君が俊成くんかい?」
まさかのお義父様との初対面である。
着替えも済んでリビングに行くと普通にソファーに座っていたのだ。どうやら風呂に入っている間に帰ってきたらしかった。
お父さんの帰宅に葵ちゃんは大喜び。おばさんもいっしょになって家族団欒の空気が出来上がる。
その空気を止めてまでお父さんは俺を見据えながら声をかけてきたのだった。
葵ちゃんのお父さんはダンディーなおじ様だった。整えたヒゲが貫録を感じさせる。
そうは言っても、上に見たとしても三十代前半といったところだろう。貫録がある顔だが、シワなんてなく若々しい。
きっと将来大物になるだろう。いや、現在進行形で大物なのか? 葵ちゃん情報だと仕事に失敗したのかな? ってイメージがあるんだけども。
ただ、この父の風格みたいなものが俺のイメージを払拭させる。少なくとも俺の父よりはすごそうに思えた。ごめんよ父さん。
「はい。初めまして、高木俊成です。あっ、お邪魔しています」
そう言って頭を下げる。気分は営業で取引先を相手にしているみたいだった。その営業はすぐに異動しちゃったんだけどね。
「ふむ、礼儀正しいな。よほど両親から厳しくしつけられたのだろうね」
「いえ、父さんも母さんも厳しくないですよ。二人とも優しいので」
これは事実。言葉とかは俺がすぐにしゃべれるようになったもんだから教えてもらったなんてことはない。ただ普通に喜んでくれていただけだ。
「葵とは……仲良くしてくれていると聞いているよ」
やはり父親。娘の男関係が気になると見える。
こんなに幼くても気になってしまうのだろう。俺は父親になったことがないから憶測だけれども。
俺はまだ子供だ。「娘さんを僕にください!」なんてやり取りを今するはずがない。ならば子供らしく無難に答えておくべきか。
「はい。葵ちゃんとはお友だ――」「うんっ。すっごく仲良しなの! 葵は俊成くんのこと大好き!」
俺が言いきる前に葵ちゃんが割り込んできた。目を輝かせながらいかに俺のことが好きなのかと語り始めた。語り始めちゃったのである。
うん。嬉しいよ葵ちゃん。でも今そのアピールは俺の心臓に悪いよ。
葵ちゃんは俺をお父さんに紹介したくて堪らなかったのだろう。息継ぎが心配になるくらいしゃべりまくっている。
いつ終わるのこれ? おばさんはくすくす笑っている。俺は笑えない。お父様の顔が見れない。
娘が話終わったタイミングでお父様は今一度俺に目を向けた。
「葵と仲良くしているようだね?」
先ほどとは質問の意図が微妙に違う。これはただの確認だ。だってその内容は葵ちゃんががんばって言ってくれたからね。やっぱり息継ぎが足りなかったのか、肩で息をしてるし。
ええい! びびってどうするよ。俺は背筋を伸ばした。
「はい。俺と葵ちゃんは仲良しです」
言ってやったぞ。お義父様相手に俺は退かなかった。
俺の返答に、葵ちゃんのお父さんはダンディーな顔を緩ませた。
「そうか。これからも葵と仲良くしてやってくれ」
「も、もちろんです」
そこには娘を思いやる父親の顔があった。
緊張していたのが嘘だったかのように脱力する。威厳ありそうな見た目に騙されていた。娘に近づく男の子としてチェックされていると思いきや、ただ娘の友達を歓迎しているだけのようだった。
結局、俺はまだまだただの子供ということか。こっちが結婚相手として見ていても、大人からはその候補にすら思われていない。
まあいいさ。歳をとるにつれて信頼を勝ち取っていければいい。それが幼馴染の特権なのだから。
この後は帰る時間になるまでおじさんを交えて遊んだ。葵ちゃんは家族サービスをあまりできていなかった父親と大はしゃぎした。そう父親「と」だ。ダンディーな見た目に反してけっこうな子煩悩だったようで、はしゃぐ姿は親子なのだと感じさせた。
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ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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