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第一部
7.葵ちゃんは甘えん坊
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葵ちゃんと遊べるのは休日だけだ。少なくなってしまった彼女との時間を大切にしている。
日曜日、宮坂家を訪ねるとちょうど葵ちゃんのお母さんが外出するところだった。
「俊成くんいらっしゃい。台所におやつ置いてるから二人で食べていいからね。夕方には戻るからそれまで葵をお願いするわね」
「はい。任せてください」
礼儀正しく返事をすると、葵ちゃんのお母さんは慌ただしく出て行った。
いつしか俺は葵ちゃんの保護者代理みたいな感じに思われているようだった。しっかり者としてやってきた甲斐があったというものだ。だいぶ信頼されている。
家には子供しかいないので玄関の鍵は閉めておく。知らない人が来ても出ない。これ四歳児の常識。だよね?
いつものように葵ちゃんに案内されて彼女の部屋に入る。今日はおばさんがいないからリビングかと思ったんだけど。まあ場所はどこでもいいけどね。
葵ちゃんの両親は忙しくしているので休日でも会えたり会えなかったりである。それでも娘に心配をかけまいとしているのか弱音を零している様子はない。そういうのってポロっと言っちゃうだけで子供に伝わるからね。というか子供は素直にバラしちゃうからな。
今のところ葵ちゃんから家族の話題は出ていない。状況は知らないけれど、あんまり重たい内容だったらかなり反応に困ってしまっただろう。
だけど葵ちゃんの生活が激変しているというわけでもないようだ。葵ちゃんがすごく泣いていたからもっと大変なことになっているのかと思っていたんだけど、どうやら泣き顔にやられて必要以上に心配し過ぎていたのかもしれない。
「あなた……今日もお仕事なの?」
「うん、まあ。できるだけ早く帰ってくるよ」
「そんなこと言って、いつも帰ってくるのが遅いじゃないっ」
……大丈夫だよね?
現在、葵ちゃんとおままごとをしている。本当におままごとが好きなんだなぁ。
なんてほんわかしている場合じゃない。葵ちゃんのおままごと設定がいつもと違うんですが。パパを責めたりなんて今までなかったよね。もっと和気あいあいとした家庭だったよね。
これが現在の宮坂家の家庭環境ということなのだろうか。本当に反応に困る。
これは彼女の父親に対する感情なのか、母親をマネしているのか。それとも両親どちらともへの気持ちが出てしまったのだろうか。
手を貸せることがあればいいんだけど。子供の身では働けもしない。まだまだ家庭にパソコンが普及しているとはいえない時代だからネットで副業ってのも難しい。
少なくとも前世では小中学校をいっしょの学校に通っていたのだ。気がつけば夜逃げをしていた、だなんてことにはならないはずだ。
それを考えれば瞳子ちゃんはどこの学校に行くんだろうか? 前世では小中高と彼女を見かけたという記憶はない。銀髪碧眼の美少女がいれば目立つだろうし、俺と同じ学校ではないのは確かだ。
ほんのちょっとだけだけど、瞳子ちゃんを俺の幼馴染として結婚相手の候補に考えたりもした。けれど前世を考えれば彼女は別の学校、もしかしたら遠くへ引っ越してしまう可能性がある。それでは幼馴染ルートに進まない。
やっぱり俺には葵ちゃんしかいない。君を離したりしないさ。
そんなことを考えていたら、いつの間にか葵ちゃんに頭を押しつけられていた。なんかぐりぐりと擦っている。
唐突な奇行に俺は目を白黒させてしまう。
「葵ちゃんどうしたの?」
「んー……。なんでもないー」
本当に? 聞き返すのも野暮な気がして、俺は体の力を抜いて葵ちゃんの思うがままにさせる。
おままごとは中断されてしまった。まあ宮坂家の一端を見るのは抵抗があるし、これでよかったのだろう。
葵ちゃんの頭はずりずりと下っていく。やがて俺の膝へと重みがかかった。
彼女の艶やかな黒髪を撫でる。葵ちゃんは「えへへ」と笑みを零した。
これはなんだろう? もしかして甘えているのかな。
最近は葵ちゃんのお母さんの姿を見る機会が減った。それは娘である彼女自身も同じなのだろう。
四歳児なんて甘え盛りの子供だ。その甘えたい衝動を、母親の代わりに俺にぶつけてきたって不思議じゃないのかもしれなかった。
よしよし、それじゃあおっさんが甘えさせてあげようではないか。
「葵ちゃん。保育園はどう?」
なんか父親が子供に話を振るみたいな感じになってしまった。これじゃあ堅苦しいか。
「どう……?」
聞き方が曖昧過ぎたかな? もっと単純に聞こう。
「保育園は楽しい?」
「んー……まあまあ」
なんか話を振った父親に返事する子供みたいな答えが返ってきた。俺、面倒臭がられてないよね?
俺の不安をよそに彼女は続ける。
「だって俊成くんがいないんだもん」
思ったよりかわいい理由だった。「だって」からの「だもん」はけっこうくるものがあるね。
にやけそうになるのを我慢する。ここは表情を崩す場面じゃない。
「友達はできたの?」
「真奈美ちゃんと良子ちゃんと桃ちゃんはお友達だよ」
「そっかー」
名前だけ言われてもわかんないよ。まあ友達がいないってわけじゃないから安心したけど。
「女の子ばっかりみたいだけど、男の子の友達はいないの?」
「男の子は怖いんだもん。みんな乱暴で嫌い」
そういえば葵ちゃんって公園で男の子にいじめられてたことがあったっけ。もしかしてそれがトラウマになっているのだろうか?
前世を思い返せば中学時代の彼女は恋人を作っていなかった。もちろん告白する男子はいた。なのに彼氏を作らなかった理由に様々な憶測があったけど、その一つに男性恐怖症ではないかというのがあった。
その理由が当たりだとして、こんな小さい頃からそうなっていたのか。いや、前世と今世は違う。ただ男に苦手意識があるのは正しいようだ。
「俺のことも怖い?」
「そんなことない!」
葵ちゃんががばっと勢いよく起き上がる。彼女の頭が俺の顎に当たりそうだったのでスウェーでかわす。
「俊成くんは違うもん! 他の男の子と違って葵に優しくしてくれるし、かっこいいんだもの!」
「う、うん……ありがとう」
かっこいい……。そんな真っすぐな瞳でストレートに言われると照れるな。
別に子供に嫉妬なんてしないし、このぐらいの歳だったら異性と仲良くしていたっていいと思っていた。
でも、葵ちゃんが俺を特別扱いしてくれてるっていうのなら、そのままずっと特別な存在にさせてもらってもいいんじゃないだろうか。
「じゃ、じゃあさ……葵ちゃんは保育園でも男の子と仲良くしたりしないんだ」
「うん。葵が仲良くする男の子は俊成くんだけだよ」
純粋な瞳が俺を映している。俺はごくりと喉を鳴らした。
「じゃあ俺は葵ちゃんの特別……かな?」
「とくべつって?」
小さい子って知ってる言葉と知らない言葉の境界線がわかりづらいな。
「えっと、みんなと違って良い……いや、他の人よりも好きってことかな」
「好き……うん!」
葵ちゃんは目を輝かせた。何度も頷いて俺の手を取った。
「葵は俊成くんが好き! とくべつなの!」
不覚ながら赤面してしまいました。
ここまで真っすぐな感情表現をされると恥ずかしくなってしまう。俺がおっさんで中身が汚れているからかな。葵ちゃんが眩しい。
でもやったぞ! ついに葵ちゃんから「好き」の言葉を引き出した。このままの流れで将来の誓いまで持っていけないだろうか。
「お、俺も好き……だよ」
四歳児相手にどもる子供の皮を被ったおっさんがいた。ていうか俺だった。我ながらキモい。
だが待ってほしい。いくら幼い子供相手とはいえ、将来は美少女になることが確定している女の子。それも結婚相手にしようとしている子なのだ。ちょっとどころじゃないほど意識してしまうのは当たり前ではなかろうか!
「葵も俊成くんが好き! いっしょだね」
元気良く葵ちゃんは俺に抱きついてきた。元々薄いパーソナルスペースがなくなってしまったような気さえした。俺と彼女に壁なんてない。そんな確信めいたものがあった。
葵ちゃんの黒髪が俺の頬をくすぐる。甘いにおいは女というより子供特有のものだった。
……なんだろうね。好きと言われ、好意から抱きしめられて、俺を必要としているのが伝わってくるとこう、なんか泣けてくる。
目頭が熱くなる。それを押さえようと顔を上に向けた。抱きしめている彼女は俺の様子に気がつかない。
手を目に伸ばそうとして、まだ彼女を抱きしめていないことに気づく。このチャンスを、幸せを逃してはなるまいと抱きしめ返した。
これで葵ちゃんルート確定。あとはこのままゴールインするだけだ。第三部完! って言ってもいいんじゃないかな。
彼女を抱きしめながら目をつむる。早く大人になりたい、そう心底思った。
日曜日、宮坂家を訪ねるとちょうど葵ちゃんのお母さんが外出するところだった。
「俊成くんいらっしゃい。台所におやつ置いてるから二人で食べていいからね。夕方には戻るからそれまで葵をお願いするわね」
「はい。任せてください」
礼儀正しく返事をすると、葵ちゃんのお母さんは慌ただしく出て行った。
いつしか俺は葵ちゃんの保護者代理みたいな感じに思われているようだった。しっかり者としてやってきた甲斐があったというものだ。だいぶ信頼されている。
家には子供しかいないので玄関の鍵は閉めておく。知らない人が来ても出ない。これ四歳児の常識。だよね?
いつものように葵ちゃんに案内されて彼女の部屋に入る。今日はおばさんがいないからリビングかと思ったんだけど。まあ場所はどこでもいいけどね。
葵ちゃんの両親は忙しくしているので休日でも会えたり会えなかったりである。それでも娘に心配をかけまいとしているのか弱音を零している様子はない。そういうのってポロっと言っちゃうだけで子供に伝わるからね。というか子供は素直にバラしちゃうからな。
今のところ葵ちゃんから家族の話題は出ていない。状況は知らないけれど、あんまり重たい内容だったらかなり反応に困ってしまっただろう。
だけど葵ちゃんの生活が激変しているというわけでもないようだ。葵ちゃんがすごく泣いていたからもっと大変なことになっているのかと思っていたんだけど、どうやら泣き顔にやられて必要以上に心配し過ぎていたのかもしれない。
「あなた……今日もお仕事なの?」
「うん、まあ。できるだけ早く帰ってくるよ」
「そんなこと言って、いつも帰ってくるのが遅いじゃないっ」
……大丈夫だよね?
現在、葵ちゃんとおままごとをしている。本当におままごとが好きなんだなぁ。
なんてほんわかしている場合じゃない。葵ちゃんのおままごと設定がいつもと違うんですが。パパを責めたりなんて今までなかったよね。もっと和気あいあいとした家庭だったよね。
これが現在の宮坂家の家庭環境ということなのだろうか。本当に反応に困る。
これは彼女の父親に対する感情なのか、母親をマネしているのか。それとも両親どちらともへの気持ちが出てしまったのだろうか。
手を貸せることがあればいいんだけど。子供の身では働けもしない。まだまだ家庭にパソコンが普及しているとはいえない時代だからネットで副業ってのも難しい。
少なくとも前世では小中学校をいっしょの学校に通っていたのだ。気がつけば夜逃げをしていた、だなんてことにはならないはずだ。
それを考えれば瞳子ちゃんはどこの学校に行くんだろうか? 前世では小中高と彼女を見かけたという記憶はない。銀髪碧眼の美少女がいれば目立つだろうし、俺と同じ学校ではないのは確かだ。
ほんのちょっとだけだけど、瞳子ちゃんを俺の幼馴染として結婚相手の候補に考えたりもした。けれど前世を考えれば彼女は別の学校、もしかしたら遠くへ引っ越してしまう可能性がある。それでは幼馴染ルートに進まない。
やっぱり俺には葵ちゃんしかいない。君を離したりしないさ。
そんなことを考えていたら、いつの間にか葵ちゃんに頭を押しつけられていた。なんかぐりぐりと擦っている。
唐突な奇行に俺は目を白黒させてしまう。
「葵ちゃんどうしたの?」
「んー……。なんでもないー」
本当に? 聞き返すのも野暮な気がして、俺は体の力を抜いて葵ちゃんの思うがままにさせる。
おままごとは中断されてしまった。まあ宮坂家の一端を見るのは抵抗があるし、これでよかったのだろう。
葵ちゃんの頭はずりずりと下っていく。やがて俺の膝へと重みがかかった。
彼女の艶やかな黒髪を撫でる。葵ちゃんは「えへへ」と笑みを零した。
これはなんだろう? もしかして甘えているのかな。
最近は葵ちゃんのお母さんの姿を見る機会が減った。それは娘である彼女自身も同じなのだろう。
四歳児なんて甘え盛りの子供だ。その甘えたい衝動を、母親の代わりに俺にぶつけてきたって不思議じゃないのかもしれなかった。
よしよし、それじゃあおっさんが甘えさせてあげようではないか。
「葵ちゃん。保育園はどう?」
なんか父親が子供に話を振るみたいな感じになってしまった。これじゃあ堅苦しいか。
「どう……?」
聞き方が曖昧過ぎたかな? もっと単純に聞こう。
「保育園は楽しい?」
「んー……まあまあ」
なんか話を振った父親に返事する子供みたいな答えが返ってきた。俺、面倒臭がられてないよね?
俺の不安をよそに彼女は続ける。
「だって俊成くんがいないんだもん」
思ったよりかわいい理由だった。「だって」からの「だもん」はけっこうくるものがあるね。
にやけそうになるのを我慢する。ここは表情を崩す場面じゃない。
「友達はできたの?」
「真奈美ちゃんと良子ちゃんと桃ちゃんはお友達だよ」
「そっかー」
名前だけ言われてもわかんないよ。まあ友達がいないってわけじゃないから安心したけど。
「女の子ばっかりみたいだけど、男の子の友達はいないの?」
「男の子は怖いんだもん。みんな乱暴で嫌い」
そういえば葵ちゃんって公園で男の子にいじめられてたことがあったっけ。もしかしてそれがトラウマになっているのだろうか?
前世を思い返せば中学時代の彼女は恋人を作っていなかった。もちろん告白する男子はいた。なのに彼氏を作らなかった理由に様々な憶測があったけど、その一つに男性恐怖症ではないかというのがあった。
その理由が当たりだとして、こんな小さい頃からそうなっていたのか。いや、前世と今世は違う。ただ男に苦手意識があるのは正しいようだ。
「俺のことも怖い?」
「そんなことない!」
葵ちゃんががばっと勢いよく起き上がる。彼女の頭が俺の顎に当たりそうだったのでスウェーでかわす。
「俊成くんは違うもん! 他の男の子と違って葵に優しくしてくれるし、かっこいいんだもの!」
「う、うん……ありがとう」
かっこいい……。そんな真っすぐな瞳でストレートに言われると照れるな。
別に子供に嫉妬なんてしないし、このぐらいの歳だったら異性と仲良くしていたっていいと思っていた。
でも、葵ちゃんが俺を特別扱いしてくれてるっていうのなら、そのままずっと特別な存在にさせてもらってもいいんじゃないだろうか。
「じゃ、じゃあさ……葵ちゃんは保育園でも男の子と仲良くしたりしないんだ」
「うん。葵が仲良くする男の子は俊成くんだけだよ」
純粋な瞳が俺を映している。俺はごくりと喉を鳴らした。
「じゃあ俺は葵ちゃんの特別……かな?」
「とくべつって?」
小さい子って知ってる言葉と知らない言葉の境界線がわかりづらいな。
「えっと、みんなと違って良い……いや、他の人よりも好きってことかな」
「好き……うん!」
葵ちゃんは目を輝かせた。何度も頷いて俺の手を取った。
「葵は俊成くんが好き! とくべつなの!」
不覚ながら赤面してしまいました。
ここまで真っすぐな感情表現をされると恥ずかしくなってしまう。俺がおっさんで中身が汚れているからかな。葵ちゃんが眩しい。
でもやったぞ! ついに葵ちゃんから「好き」の言葉を引き出した。このままの流れで将来の誓いまで持っていけないだろうか。
「お、俺も好き……だよ」
四歳児相手にどもる子供の皮を被ったおっさんがいた。ていうか俺だった。我ながらキモい。
だが待ってほしい。いくら幼い子供相手とはいえ、将来は美少女になることが確定している女の子。それも結婚相手にしようとしている子なのだ。ちょっとどころじゃないほど意識してしまうのは当たり前ではなかろうか!
「葵も俊成くんが好き! いっしょだね」
元気良く葵ちゃんは俺に抱きついてきた。元々薄いパーソナルスペースがなくなってしまったような気さえした。俺と彼女に壁なんてない。そんな確信めいたものがあった。
葵ちゃんの黒髪が俺の頬をくすぐる。甘いにおいは女というより子供特有のものだった。
……なんだろうね。好きと言われ、好意から抱きしめられて、俺を必要としているのが伝わってくるとこう、なんか泣けてくる。
目頭が熱くなる。それを押さえようと顔を上に向けた。抱きしめている彼女は俺の様子に気がつかない。
手を目に伸ばそうとして、まだ彼女を抱きしめていないことに気づく。このチャンスを、幸せを逃してはなるまいと抱きしめ返した。
これで葵ちゃんルート確定。あとはこのままゴールインするだけだ。第三部完! って言ってもいいんじゃないかな。
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