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2.魔王なのだが、村人男と交渉する

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 近くに人間どもの集落がある。
 吾輩と側近のラスティアは村を訪れた。ここでゴブリンが言った必要な物をそろえるのだ。

「ん? 兄ちゃん、ここじゃ見ない顔だね。旅人かい?」

 ちょうどいい。村人男が現れた。

「無礼者! 気安く魔王様に話しかけるでないわ!」

 吾輩が何かを言うよりも早く、隣にいたラスティアが声を荒らげた。
 うむ……。「魔王様に交渉をさせるだなんて心配です。私が側近としてその役、見事こなしてみせましょう」と胸を張っていたのはどこのサキュバスなのだろうか。

「まお……様……?」

 村人男が目を丸くする。ここで人間どもに吾輩の生存を知られるわけにはいくまい。いつ勇者が飛んでくることかわかったものではないからな。

「なるほどなるほど、マオ様ってんだな。よくよく見れば高貴なお方に見えなくもないか。こんなところまで来るってことは訳ありなんだろ? ここは他人の事情に頓着しないから安心しろよ」

 村人男は朗らかに笑う。吾輩が魔王だとは気づかれなかったようだ。聞き違いをするなど、軟弱な聴覚よな。
 吾輩の背中を気安く叩く村人男。ラスティアの青筋が立つ。それを目で制した。
 まずやらねばならぬのは魔王城を再び建てること。それを勇者に知られるわけにはいかんのだ。ここで騒ぎを起こすのは得策ではない。

「村人男よ。頼みがあるのだ」
「なんだい兄ちゃん?」

 ラスティアの「魔王様が人間ごときに頼み事など」とか「人間ごときが魔王様を気安く呼ぶだなんて許せない」など小声が聞こえる。
 人間が軟弱な聴覚で助かった。交渉役のためについてきたのではないのか。内心側近を選び直そうかと真剣に悩む。

「新たに吾輩の城を建てようかと考えているのだ。何か材料になるものはないか?」

 ゴブリンが言った魔王である吾輩にしかできないこととは、人間どもから城を建てるために必要な材料を献上させることであった。
 魔王様が一声かければ、一声をかけずとも存在そのもので人間はひれ伏すでしょう。というのがゴブリンの言だったか。
 村人男は吾輩とラスティアを交互に見る。そうして、ついにうんと頷いた。

「なるほどなるほど、兄ちゃんの城か……。一家の主なら当然だな。よしきた! 材料になりそうなものは全部俺が集めてやるよ! せっかくの二人の門出だ。村の一員として祝ってやらないといけねえな」
「うむ。任せたぞ」

 ゴブリンの言った通りであった。村人男は魔王たる吾輩の命令に逆らえないようだ。
 村人男は他の人間どもを集める。集まった奴らはひれ伏すように吾輩へとあいさつにきた。
 ふむ、なかなか従順ではないか。人間どもとはいえ、こ奴らならば配下にしてやってもよいかもしれぬな。

「初めまして。それから、おめでとうございます!」
「新居を建てるんだってな。おめでとう」
「こんな別嬪さんといっしょになるんかい。お幸せに」
「あらまあ、あんた良い男じゃないか。奥さんのためにもがんばっていくんだよ。ふふ、若い頃を思い出すねぇ」

 人間どもは吾輩に首を垂れる。さらには「おめでとう」だの「幸せに」だのと祝いの言葉を並べる。なかなか良い人間どもである。

「よし、材料は俺達村の男連中が運んでやるよ。せっかくだからあんたの城ってのを建てるのを手伝ってやろうか?」
「ほう、それは助かる」

 本当に気が利く人間どもだ。ゴブリンどももこの村人男を見習うべきではないだろうか。

「あとは村人男どもに任せておけばよいな。では行くぞラスティア。……ラスティア?」

 側近のサキュバスの名を呼んだというのに反応が返ってこない。眉間にしわが寄るのを自覚しながらラスティアの顔をのぞき込む。

「あ、はいっ、そ、そうですね……。私と魔王様が……あわわわわ」

 ようやく反応したかと思えば、よくわからんことをつぶやく。顔が真っ赤になっているし、きっと病にでもかかったのだろう。もしくは第二形態の予兆か……。ラスティアよ、変身するのはまだ早いぞ。
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