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四章 決着編
第114話 大きな光
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「……」
ウィリアムくんに剣を向けられても、クエミーは動じなかった。
無表情で、なんの感情も読み取れない。表情が乏しいなりにも小さな感情が表れていたのに、今は何を考えているのかわからない。
「……ごめんね」
きっと、わたしとは比べものにならないくらいの時間を彼女と過ごしてきたのであろうウィリアムくん。そんな彼は何かを読み取ったのか、小さく謝罪を口にした。
謝罪の意味を、わたしははかりかねた。
普通なら「裏切ってごめんね」ということだろうか。でも、そんなことを言ったところでどうしようもないし、見方によっては煽っているようにも聞こえてしまう。
ウィリアムくんがそんなことをするだろうか?
「──は、バカですね」
クエミーが何か呟く。囁くよりも小さい声で、わたしにはよく聞こえなかった。
しかし、それで空気が変わった。
クエミーが一歩を踏み出す。ザッ、という足音が、さっきまでの静寂を簡単に壊した。
「行きますよ、ウィル」
「負けないよ、クエミー」
どちらも、落ち着いた声色だった。
まるでこれから稽古でも始まるのかというほど穏やかに。それでも、これから始まるのは命を懸けた真剣勝負だ。
たった一歩で距離を潰してくるクエミー。光を纏った剣はただ移動するだけで美しい。
「真正面すぎるよ」
その光速の動きを、ウィリアムくんはしっかりと捉えていた。
魔法で視覚を強化したわたしでも一瞬見失う。剣と剣がぶつかった音で、ウィリアムくんも剣を振るっていたのだと知った。
「手加減はしません」
「そんな余裕はないと思うけどね」
剣筋が見えない。クエミーも、さっきまでとはスピードが段違いだ。
「レ、レベルが違う……」
苛烈な剣戟。常人には入り込む隙なんかありはしない。
ウィリアムくんはこんなにも強くなっていたのか……。まだ戦いが始まって十秒も経っていないというのに、彼の実力に驚愕した。
「ハァッ!」
クエミーが力強く踏み込む。地面が陥没した。パワーも別次元だ。
「それも真っすぐすぎるよ」
雷のような一撃を、ウィリアムくんは風のように受け流した。
あまりにもあっさりで目を疑う。わたしにはウィリアムくんが優勢に見えた。余裕があるようにも見えてしまった。
「このっ」
「クエミーはすぐに熱くなるよね。どんなに体が熱くなろうとも、頭は冷静さを失うな。ロイド様に教えられたことだよ」
光速の斬撃が次々とウィリアムくんを襲う。勇者の一撃一撃を、ウィリアムくんは丁寧に合わせ、受け流す。
「くぅっ」
クエミーの体勢が崩れた。
前のめりに体が流れていく。その隙を、ウィリアムくんは見逃さなかった。
一閃。素人のわたしでも、美しい剣筋だと感じた。
「……やるね、クエミー」
しかし、仕留められなかった。
彼女の全身が眩く輝いたかと思えば、いつの間にか離れた位置にその姿があった。
今のはなんだ? 高速移動っていうレベルじゃない。まさに瞬間移動だった。
これも勇者の力なのか。勇者ってやつは一体どれほどのことができるのだろう……。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
新たな力を目にし、わたしが焦りの感情でいっぱいになろうとした時、クエミーが片膝をついた。
呼吸が荒く、見ているだけでも疲労困憊といった様子だ。彼女から放たれている光も弱まっていた。
もしかして……勇者の力ってやつには何か制限があるのか?
たとえば長時間は使えないみたいな。たとえば回数制限があるとか。
だとしたら、なんとかなるかもしれない。
「エル……その目をやめなさい……。そんな目で見るのを……やめろと言っています!」
クエミーの怒声。彼女の目からは憤怒の感情が見て取れた。
「わ、わたしは別に……」
何か突破口はないかと観察していただけなのに。怒られたわたしは思わず目を泳がせる。
なんで弱腰になってんだ! あのクエミーが余裕を失っているんだ。今こそチャンスじゃないか。
ウィリアムくんの実力はクエミー以上だった。少なくとも剣に関しては。
このまま負けを認めて撤退してくれないかな? そんな願いを抱いていると、わたしの周りに微精霊が集まってきた。
「どうしたの? って、集まりすぎっ!?」
わたし自身が微精霊に埋め尽くされようとしていた。もう数を数えるどころではない。微精霊を感知できない人が見れば、わたしの焦りは理解されないだろう。
呼びかけに応じてくれたり、その土地によっては微精霊の数が多いことがある。
それでも、視界を埋め尽くすほどに集まるのは初めてだ。一体何があった?
「負けられない……こんな形で、私は負けられないのです!」
感情が高ぶったようなクエミーの声。彼女の声に反応して、微精霊がざわめく。
「もしかして、怯えてるのか?」
そう考えると、集まってきた微精霊はわたしにすがっているように見えなくもなかった。
こういう時、言葉が伝わらないのってすごく不便。アウスがいろんな意味で優秀だったと実感する。さすがは大精霊といったところか。
「エル! 離れて!」
ウィリアムくんの鋭い声に、わたしはその場から飛び退いた。
攻撃されたわけじゃない。攻撃はされていないけれど、クエミーの様子がおかしかった。
「私は弱くない……私は弱くないんです……だから、だからだから……!」
何かぶつぶつと呟いている。ここからじゃあ聞き取れはしなかったけど、わかりやすい変化があった。
「なんて大きな……光……」
クエミーが光に包まれる。なぜだかこの光は、どうしても綺麗だとは思えなかった。
クエミーを包んだ光が、人型になって大きくなる。
「これはまた、なんて言えばいいんだろう……」
見た目通りの感想を述べるなら、光の巨人だ。
およそ三十メートルの巨人。光でしかないのに、その形は腕も足も、顔でさえも、はっきりと人のものだった。
これも勇者の力ってやつなのか? 巨大化、ともまた別な気がするけれど。
「私は勇者です。だから、こんなところで敗北することは許されないのです」
巨人と同じく、巨大な剣。その剣先がわたしの方を向く。
強い義務感を思わせる宣言に、わたしの胸はぎゅぅっと締めつけられた。
ウィリアムくんに剣を向けられても、クエミーは動じなかった。
無表情で、なんの感情も読み取れない。表情が乏しいなりにも小さな感情が表れていたのに、今は何を考えているのかわからない。
「……ごめんね」
きっと、わたしとは比べものにならないくらいの時間を彼女と過ごしてきたのであろうウィリアムくん。そんな彼は何かを読み取ったのか、小さく謝罪を口にした。
謝罪の意味を、わたしははかりかねた。
普通なら「裏切ってごめんね」ということだろうか。でも、そんなことを言ったところでどうしようもないし、見方によっては煽っているようにも聞こえてしまう。
ウィリアムくんがそんなことをするだろうか?
「──は、バカですね」
クエミーが何か呟く。囁くよりも小さい声で、わたしにはよく聞こえなかった。
しかし、それで空気が変わった。
クエミーが一歩を踏み出す。ザッ、という足音が、さっきまでの静寂を簡単に壊した。
「行きますよ、ウィル」
「負けないよ、クエミー」
どちらも、落ち着いた声色だった。
まるでこれから稽古でも始まるのかというほど穏やかに。それでも、これから始まるのは命を懸けた真剣勝負だ。
たった一歩で距離を潰してくるクエミー。光を纏った剣はただ移動するだけで美しい。
「真正面すぎるよ」
その光速の動きを、ウィリアムくんはしっかりと捉えていた。
魔法で視覚を強化したわたしでも一瞬見失う。剣と剣がぶつかった音で、ウィリアムくんも剣を振るっていたのだと知った。
「手加減はしません」
「そんな余裕はないと思うけどね」
剣筋が見えない。クエミーも、さっきまでとはスピードが段違いだ。
「レ、レベルが違う……」
苛烈な剣戟。常人には入り込む隙なんかありはしない。
ウィリアムくんはこんなにも強くなっていたのか……。まだ戦いが始まって十秒も経っていないというのに、彼の実力に驚愕した。
「ハァッ!」
クエミーが力強く踏み込む。地面が陥没した。パワーも別次元だ。
「それも真っすぐすぎるよ」
雷のような一撃を、ウィリアムくんは風のように受け流した。
あまりにもあっさりで目を疑う。わたしにはウィリアムくんが優勢に見えた。余裕があるようにも見えてしまった。
「このっ」
「クエミーはすぐに熱くなるよね。どんなに体が熱くなろうとも、頭は冷静さを失うな。ロイド様に教えられたことだよ」
光速の斬撃が次々とウィリアムくんを襲う。勇者の一撃一撃を、ウィリアムくんは丁寧に合わせ、受け流す。
「くぅっ」
クエミーの体勢が崩れた。
前のめりに体が流れていく。その隙を、ウィリアムくんは見逃さなかった。
一閃。素人のわたしでも、美しい剣筋だと感じた。
「……やるね、クエミー」
しかし、仕留められなかった。
彼女の全身が眩く輝いたかと思えば、いつの間にか離れた位置にその姿があった。
今のはなんだ? 高速移動っていうレベルじゃない。まさに瞬間移動だった。
これも勇者の力なのか。勇者ってやつは一体どれほどのことができるのだろう……。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
新たな力を目にし、わたしが焦りの感情でいっぱいになろうとした時、クエミーが片膝をついた。
呼吸が荒く、見ているだけでも疲労困憊といった様子だ。彼女から放たれている光も弱まっていた。
もしかして……勇者の力ってやつには何か制限があるのか?
たとえば長時間は使えないみたいな。たとえば回数制限があるとか。
だとしたら、なんとかなるかもしれない。
「エル……その目をやめなさい……。そんな目で見るのを……やめろと言っています!」
クエミーの怒声。彼女の目からは憤怒の感情が見て取れた。
「わ、わたしは別に……」
何か突破口はないかと観察していただけなのに。怒られたわたしは思わず目を泳がせる。
なんで弱腰になってんだ! あのクエミーが余裕を失っているんだ。今こそチャンスじゃないか。
ウィリアムくんの実力はクエミー以上だった。少なくとも剣に関しては。
このまま負けを認めて撤退してくれないかな? そんな願いを抱いていると、わたしの周りに微精霊が集まってきた。
「どうしたの? って、集まりすぎっ!?」
わたし自身が微精霊に埋め尽くされようとしていた。もう数を数えるどころではない。微精霊を感知できない人が見れば、わたしの焦りは理解されないだろう。
呼びかけに応じてくれたり、その土地によっては微精霊の数が多いことがある。
それでも、視界を埋め尽くすほどに集まるのは初めてだ。一体何があった?
「負けられない……こんな形で、私は負けられないのです!」
感情が高ぶったようなクエミーの声。彼女の声に反応して、微精霊がざわめく。
「もしかして、怯えてるのか?」
そう考えると、集まってきた微精霊はわたしにすがっているように見えなくもなかった。
こういう時、言葉が伝わらないのってすごく不便。アウスがいろんな意味で優秀だったと実感する。さすがは大精霊といったところか。
「エル! 離れて!」
ウィリアムくんの鋭い声に、わたしはその場から飛び退いた。
攻撃されたわけじゃない。攻撃はされていないけれど、クエミーの様子がおかしかった。
「私は弱くない……私は弱くないんです……だから、だからだから……!」
何かぶつぶつと呟いている。ここからじゃあ聞き取れはしなかったけど、わかりやすい変化があった。
「なんて大きな……光……」
クエミーが光に包まれる。なぜだかこの光は、どうしても綺麗だとは思えなかった。
クエミーを包んだ光が、人型になって大きくなる。
「これはまた、なんて言えばいいんだろう……」
見た目通りの感想を述べるなら、光の巨人だ。
およそ三十メートルの巨人。光でしかないのに、その形は腕も足も、顔でさえも、はっきりと人のものだった。
これも勇者の力ってやつなのか? 巨大化、ともまた別な気がするけれど。
「私は勇者です。だから、こんなところで敗北することは許されないのです」
巨人と同じく、巨大な剣。その剣先がわたしの方を向く。
強い義務感を思わせる宣言に、わたしの胸はぎゅぅっと締めつけられた。
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