113 / 127
四章 決着編
第104話 ないないない……
しおりを挟む
広い一室。中央には大きなベッドが存在感を主張していた。
ギシギシと軋む音が部屋に小さく響いていた。小さな息遣いが耳に届く。
「力加減はいかがですかー?」
「うむ」
「痛いところはございませんかー?」
「うむ」
「かゆいところはないですかー?」
「うむ」
……他に返事はないんですかねー?
現在わたしはルーク様と二人きり。ていうかマッサージさせられていた。
うつ伏せになってさらされた背中はたくましい。鍛えられているのだとわかる体だ。指を押し込めばしっかりとした筋肉を感じられる。
「エル」
「あっはい」
マッサージに集中していたから、急に名前呼ばれるとびっくりする。
「上手いぞ」
「あ、ありがとうございます」
褒められたのはマッサージだろう。本職でもないし、あんまり嬉しくないなぁ。
そもそもなんでマッサージなんてやらされているのだろうか。これもメイドのお仕事? そんなわけもなく、ただのわがままなんだろうな。むしろ特権階級の権利か。
「エル」
今度はなんだろう。耳を傾ける。
「あの小僧……ハドリーはどこで拾った?」
「ハドリーですか?」
拾ったとか……。犬猫じゃないんだから。
「ハドリーはわたしが冒険者をしている時に、町で出会ってからの付き合いになります」
「出会った時、何か気づかなかったか?」
「気づくとは、なにを?」
出会った時から薄汚れてはいたけれど、普通の子供だ。魔法が使えたってことかな? でも、それは一度っきりでちゃんと使えたと言っていいのか疑問だ。
「……」
そこで黙られても困るのですが……。ヒントはなしって意味の無言ですかね?
なんだろうか? わたしは彼に魔法の才能があると考えたけれど、実はそんなこと全然なかったとか? 実際まだ自分の意志で魔法を扱えてはないし。
それでも魔力の循環は確かに感じている。才能がないとは思ってもなかったんだけど、違ったかな。わたしの感じるものにどれだけ正しいものがあるかわかんないし。
「いや、今のは忘れろ」
「……わかりました」
役に立たなくて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。鈍感な自分はやっぱり変わっていない。
それからしばらく無言でマッサージを続けた。とくに文句も言われないのでちゃんとできているのだと思う。
「ああ、もういいぞ」
ルーク様は起き上がってベッドに腰かける。わたしはどうすればいいのかわからず、ベッドの上で正座する。
「なんだ? 何か言いたそうな顔をしているぞ」
「いえ、そんなことはありません」
そんな顔をした覚えはないのだけど……。じっと見つめてくる視線が痛い。本当に言いたいことなんてないですよー。
「貴様は顔に感情が表れる。わかりやすいほどにな」
「……すみません」
今はどんな表情をしたのか。それを尋ねるのはためらわれた。
そんな縮こまる態度もいけなかったのか、小さなため息が聞こえた。
「……お前には大切にしているものはあるか?」
急に変わった呼び方。ルーク様を見ても、その表情に変化はなかった。呆れられたってわけでもないのかな。
「いえ、別に……」
「言い方を変えよう。失いたくないものはあるか?」
失いたくないもの……。失ってばかりのわたしに今さら何があるというのだろうか。
「例えば人。ハドリーはどうだ? 面倒を見てやったということは邪険にしているわけでもないのだろう。それに今まで人との関係をすべて絶ってきたわけでもあるまい。この国でも、故郷でもなんでもいい」
ハドリーを失う。わたしとお別れするだけならいい。けれど、彼が命を落とすというのであれば話は別だ。
でも、そういう切羽詰まった話でもない気がする。
城にいる限り、ハドリーがわたしを必要というわけでもないだろう。もちろん命の危険ってわけでもない。
その他の人だって、恩はあるけれど親しいとは言えない。逃げ続けただけに国への愛着もない。権利も義務も主張できる立場ではない。
ないないない……。自分どころか、大切なものすら思いつかない。私には何もなかった。失う以前の問題だ。
「……」
黙るしかない。そんなわたしに今度こそ呆れたため息を吐きかけられそうで、ルーク様を見られなかった。
「え?」
意識の空白。その隙を突くかのようだった。
気づけばルーク様に押し倒されていた。ギシリとベッドが軋み、さっきまでとは逆に彼から見下ろされる形となった。
見上げる顔は無表情。それが少しの恐怖を感じさせる。
「えっと……あの?」
しどろもどろになって言葉が上手く出てこない。
そんなわたしを無視してルーク様は腕を振り上げる。がっちりとした筋肉のある、男の腕だ。
殴られる!? なぜ急にと考えながらも、咄嗟のことで目をぎゅっとつむった。
胸に衝撃。だけど痛みはなかった。
なぜだろうと目を開く。
「……へ?」
間抜けな音が口から零れる。
でも、これはさすがに、仕方がないだろ……。
振り下ろしたであろうルーク様の右手が、わたしの胸に突き刺さっていたのだから。
比喩でもなんでもない事実。彼の手首から先は、わたしの胸に埋まっていた。触られているとか生易しいものじゃない。彼の手によってわたしの胸は貫かれていた。
なのに痛みがない。何も感じない。実は即死したせいで痛みすら感じなかったのだろうか? なら今あるこの意識はなんだという話になるが……。
「よっこいしょい」
わたしの混乱をよそに、ルーク様は普段では出さないような気の抜けたような声を発した。
そのかけ声とともに腕が引き抜かれる。
「……っ!?」
声にならなかった。それとも言葉にならなかったのか。
ルーク様が引き抜いた手には何かが掴まれていた。いや、誰かを掴んでいた。
淡く発光した少女だった。灰色の髪には見覚えがあった。
「あ、あ……」
穏やかに眠っているような、そんな安らかな表情で目を閉じている少女。
それは人間ではない。感覚ではなく、覚えているからこそ断言できる。忘れるはずがない。
わたしと契約し、クエミーの手で存在が消されてしまった。そう思っていて、諦めそうになっていた、アウスが、わたしの中から引っ張り出されていた。
ギシギシと軋む音が部屋に小さく響いていた。小さな息遣いが耳に届く。
「力加減はいかがですかー?」
「うむ」
「痛いところはございませんかー?」
「うむ」
「かゆいところはないですかー?」
「うむ」
……他に返事はないんですかねー?
現在わたしはルーク様と二人きり。ていうかマッサージさせられていた。
うつ伏せになってさらされた背中はたくましい。鍛えられているのだとわかる体だ。指を押し込めばしっかりとした筋肉を感じられる。
「エル」
「あっはい」
マッサージに集中していたから、急に名前呼ばれるとびっくりする。
「上手いぞ」
「あ、ありがとうございます」
褒められたのはマッサージだろう。本職でもないし、あんまり嬉しくないなぁ。
そもそもなんでマッサージなんてやらされているのだろうか。これもメイドのお仕事? そんなわけもなく、ただのわがままなんだろうな。むしろ特権階級の権利か。
「エル」
今度はなんだろう。耳を傾ける。
「あの小僧……ハドリーはどこで拾った?」
「ハドリーですか?」
拾ったとか……。犬猫じゃないんだから。
「ハドリーはわたしが冒険者をしている時に、町で出会ってからの付き合いになります」
「出会った時、何か気づかなかったか?」
「気づくとは、なにを?」
出会った時から薄汚れてはいたけれど、普通の子供だ。魔法が使えたってことかな? でも、それは一度っきりでちゃんと使えたと言っていいのか疑問だ。
「……」
そこで黙られても困るのですが……。ヒントはなしって意味の無言ですかね?
なんだろうか? わたしは彼に魔法の才能があると考えたけれど、実はそんなこと全然なかったとか? 実際まだ自分の意志で魔法を扱えてはないし。
それでも魔力の循環は確かに感じている。才能がないとは思ってもなかったんだけど、違ったかな。わたしの感じるものにどれだけ正しいものがあるかわかんないし。
「いや、今のは忘れろ」
「……わかりました」
役に立たなくて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。鈍感な自分はやっぱり変わっていない。
それからしばらく無言でマッサージを続けた。とくに文句も言われないのでちゃんとできているのだと思う。
「ああ、もういいぞ」
ルーク様は起き上がってベッドに腰かける。わたしはどうすればいいのかわからず、ベッドの上で正座する。
「なんだ? 何か言いたそうな顔をしているぞ」
「いえ、そんなことはありません」
そんな顔をした覚えはないのだけど……。じっと見つめてくる視線が痛い。本当に言いたいことなんてないですよー。
「貴様は顔に感情が表れる。わかりやすいほどにな」
「……すみません」
今はどんな表情をしたのか。それを尋ねるのはためらわれた。
そんな縮こまる態度もいけなかったのか、小さなため息が聞こえた。
「……お前には大切にしているものはあるか?」
急に変わった呼び方。ルーク様を見ても、その表情に変化はなかった。呆れられたってわけでもないのかな。
「いえ、別に……」
「言い方を変えよう。失いたくないものはあるか?」
失いたくないもの……。失ってばかりのわたしに今さら何があるというのだろうか。
「例えば人。ハドリーはどうだ? 面倒を見てやったということは邪険にしているわけでもないのだろう。それに今まで人との関係をすべて絶ってきたわけでもあるまい。この国でも、故郷でもなんでもいい」
ハドリーを失う。わたしとお別れするだけならいい。けれど、彼が命を落とすというのであれば話は別だ。
でも、そういう切羽詰まった話でもない気がする。
城にいる限り、ハドリーがわたしを必要というわけでもないだろう。もちろん命の危険ってわけでもない。
その他の人だって、恩はあるけれど親しいとは言えない。逃げ続けただけに国への愛着もない。権利も義務も主張できる立場ではない。
ないないない……。自分どころか、大切なものすら思いつかない。私には何もなかった。失う以前の問題だ。
「……」
黙るしかない。そんなわたしに今度こそ呆れたため息を吐きかけられそうで、ルーク様を見られなかった。
「え?」
意識の空白。その隙を突くかのようだった。
気づけばルーク様に押し倒されていた。ギシリとベッドが軋み、さっきまでとは逆に彼から見下ろされる形となった。
見上げる顔は無表情。それが少しの恐怖を感じさせる。
「えっと……あの?」
しどろもどろになって言葉が上手く出てこない。
そんなわたしを無視してルーク様は腕を振り上げる。がっちりとした筋肉のある、男の腕だ。
殴られる!? なぜ急にと考えながらも、咄嗟のことで目をぎゅっとつむった。
胸に衝撃。だけど痛みはなかった。
なぜだろうと目を開く。
「……へ?」
間抜けな音が口から零れる。
でも、これはさすがに、仕方がないだろ……。
振り下ろしたであろうルーク様の右手が、わたしの胸に突き刺さっていたのだから。
比喩でもなんでもない事実。彼の手首から先は、わたしの胸に埋まっていた。触られているとか生易しいものじゃない。彼の手によってわたしの胸は貫かれていた。
なのに痛みがない。何も感じない。実は即死したせいで痛みすら感じなかったのだろうか? なら今あるこの意識はなんだという話になるが……。
「よっこいしょい」
わたしの混乱をよそに、ルーク様は普段では出さないような気の抜けたような声を発した。
そのかけ声とともに腕が引き抜かれる。
「……っ!?」
声にならなかった。それとも言葉にならなかったのか。
ルーク様が引き抜いた手には何かが掴まれていた。いや、誰かを掴んでいた。
淡く発光した少女だった。灰色の髪には見覚えがあった。
「あ、あ……」
穏やかに眠っているような、そんな安らかな表情で目を閉じている少女。
それは人間ではない。感覚ではなく、覚えているからこそ断言できる。忘れるはずがない。
わたしと契約し、クエミーの手で存在が消されてしまった。そう思っていて、諦めそうになっていた、アウスが、わたしの中から引っ張り出されていた。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
少年神官系勇者―異世界から帰還する―
mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる?
別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨
この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行)
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。
この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。
この作品は「pixiv」にも掲載しています。
【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
異世界転生騒動記
高見 梁川
ファンタジー
とある貴族の少年は前世の記憶を取り戻した。
しかしその前世はひとつだけではなく、もうひとつ存在した。
3つの記憶を持つ少年がファンタジー世界に変革をもたらすとき、風変わりな一人の英雄は現れる!

投擲魔導士 ~杖より投げる方が強い~
カタナヅキ
ファンタジー
魔物に襲われた時に助けてくれた祖父に憧れ、魔術師になろうと決意した主人公の「レノ」祖父は自分の孫には魔術師になってほしくないために反対したが、彼の熱意に負けて魔法の技術を授ける。しかし、魔術師になれたのにレノは自分の杖をもっていなかった。そこで彼は自分が得意とする「投石」の技術を生かして魔法を投げる。
「あれ?投げる方が杖で撃つよりも早いし、威力も大きい気がする」
魔法学園に入学した後も主人公は魔法を投げ続け、いつしか彼は「投擲魔術師」という渾名を名付けられた――
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる