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四章 決着編
第104話 ないないない……
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広い一室。中央には大きなベッドが存在感を主張していた。
ギシギシと軋む音が部屋に小さく響いていた。小さな息遣いが耳に届く。
「力加減はいかがですかー?」
「うむ」
「痛いところはございませんかー?」
「うむ」
「かゆいところはないですかー?」
「うむ」
……他に返事はないんですかねー?
現在わたしはルーク様と二人きり。ていうかマッサージさせられていた。
うつ伏せになってさらされた背中はたくましい。鍛えられているのだとわかる体だ。指を押し込めばしっかりとした筋肉を感じられる。
「エル」
「あっはい」
マッサージに集中していたから、急に名前呼ばれるとびっくりする。
「上手いぞ」
「あ、ありがとうございます」
褒められたのはマッサージだろう。本職でもないし、あんまり嬉しくないなぁ。
そもそもなんでマッサージなんてやらされているのだろうか。これもメイドのお仕事? そんなわけもなく、ただのわがままなんだろうな。むしろ特権階級の権利か。
「エル」
今度はなんだろう。耳を傾ける。
「あの小僧……ハドリーはどこで拾った?」
「ハドリーですか?」
拾ったとか……。犬猫じゃないんだから。
「ハドリーはわたしが冒険者をしている時に、町で出会ってからの付き合いになります」
「出会った時、何か気づかなかったか?」
「気づくとは、なにを?」
出会った時から薄汚れてはいたけれど、普通の子供だ。魔法が使えたってことかな? でも、それは一度っきりでちゃんと使えたと言っていいのか疑問だ。
「……」
そこで黙られても困るのですが……。ヒントはなしって意味の無言ですかね?
なんだろうか? わたしは彼に魔法の才能があると考えたけれど、実はそんなこと全然なかったとか? 実際まだ自分の意志で魔法を扱えてはないし。
それでも魔力の循環は確かに感じている。才能がないとは思ってもなかったんだけど、違ったかな。わたしの感じるものにどれだけ正しいものがあるかわかんないし。
「いや、今のは忘れろ」
「……わかりました」
役に立たなくて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。鈍感な自分はやっぱり変わっていない。
それからしばらく無言でマッサージを続けた。とくに文句も言われないのでちゃんとできているのだと思う。
「ああ、もういいぞ」
ルーク様は起き上がってベッドに腰かける。わたしはどうすればいいのかわからず、ベッドの上で正座する。
「なんだ? 何か言いたそうな顔をしているぞ」
「いえ、そんなことはありません」
そんな顔をした覚えはないのだけど……。じっと見つめてくる視線が痛い。本当に言いたいことなんてないですよー。
「貴様は顔に感情が表れる。わかりやすいほどにな」
「……すみません」
今はどんな表情をしたのか。それを尋ねるのはためらわれた。
そんな縮こまる態度もいけなかったのか、小さなため息が聞こえた。
「……お前には大切にしているものはあるか?」
急に変わった呼び方。ルーク様を見ても、その表情に変化はなかった。呆れられたってわけでもないのかな。
「いえ、別に……」
「言い方を変えよう。失いたくないものはあるか?」
失いたくないもの……。失ってばかりのわたしに今さら何があるというのだろうか。
「例えば人。ハドリーはどうだ? 面倒を見てやったということは邪険にしているわけでもないのだろう。それに今まで人との関係をすべて絶ってきたわけでもあるまい。この国でも、故郷でもなんでもいい」
ハドリーを失う。わたしとお別れするだけならいい。けれど、彼が命を落とすというのであれば話は別だ。
でも、そういう切羽詰まった話でもない気がする。
城にいる限り、ハドリーがわたしを必要というわけでもないだろう。もちろん命の危険ってわけでもない。
その他の人だって、恩はあるけれど親しいとは言えない。逃げ続けただけに国への愛着もない。権利も義務も主張できる立場ではない。
ないないない……。自分どころか、大切なものすら思いつかない。私には何もなかった。失う以前の問題だ。
「……」
黙るしかない。そんなわたしに今度こそ呆れたため息を吐きかけられそうで、ルーク様を見られなかった。
「え?」
意識の空白。その隙を突くかのようだった。
気づけばルーク様に押し倒されていた。ギシリとベッドが軋み、さっきまでとは逆に彼から見下ろされる形となった。
見上げる顔は無表情。それが少しの恐怖を感じさせる。
「えっと……あの?」
しどろもどろになって言葉が上手く出てこない。
そんなわたしを無視してルーク様は腕を振り上げる。がっちりとした筋肉のある、男の腕だ。
殴られる!? なぜ急にと考えながらも、咄嗟のことで目をぎゅっとつむった。
胸に衝撃。だけど痛みはなかった。
なぜだろうと目を開く。
「……へ?」
間抜けな音が口から零れる。
でも、これはさすがに、仕方がないだろ……。
振り下ろしたであろうルーク様の右手が、わたしの胸に突き刺さっていたのだから。
比喩でもなんでもない事実。彼の手首から先は、わたしの胸に埋まっていた。触られているとか生易しいものじゃない。彼の手によってわたしの胸は貫かれていた。
なのに痛みがない。何も感じない。実は即死したせいで痛みすら感じなかったのだろうか? なら今あるこの意識はなんだという話になるが……。
「よっこいしょい」
わたしの混乱をよそに、ルーク様は普段では出さないような気の抜けたような声を発した。
そのかけ声とともに腕が引き抜かれる。
「……っ!?」
声にならなかった。それとも言葉にならなかったのか。
ルーク様が引き抜いた手には何かが掴まれていた。いや、誰かを掴んでいた。
淡く発光した少女だった。灰色の髪には見覚えがあった。
「あ、あ……」
穏やかに眠っているような、そんな安らかな表情で目を閉じている少女。
それは人間ではない。感覚ではなく、覚えているからこそ断言できる。忘れるはずがない。
わたしと契約し、クエミーの手で存在が消されてしまった。そう思っていて、諦めそうになっていた、アウスが、わたしの中から引っ張り出されていた。
ギシギシと軋む音が部屋に小さく響いていた。小さな息遣いが耳に届く。
「力加減はいかがですかー?」
「うむ」
「痛いところはございませんかー?」
「うむ」
「かゆいところはないですかー?」
「うむ」
……他に返事はないんですかねー?
現在わたしはルーク様と二人きり。ていうかマッサージさせられていた。
うつ伏せになってさらされた背中はたくましい。鍛えられているのだとわかる体だ。指を押し込めばしっかりとした筋肉を感じられる。
「エル」
「あっはい」
マッサージに集中していたから、急に名前呼ばれるとびっくりする。
「上手いぞ」
「あ、ありがとうございます」
褒められたのはマッサージだろう。本職でもないし、あんまり嬉しくないなぁ。
そもそもなんでマッサージなんてやらされているのだろうか。これもメイドのお仕事? そんなわけもなく、ただのわがままなんだろうな。むしろ特権階級の権利か。
「エル」
今度はなんだろう。耳を傾ける。
「あの小僧……ハドリーはどこで拾った?」
「ハドリーですか?」
拾ったとか……。犬猫じゃないんだから。
「ハドリーはわたしが冒険者をしている時に、町で出会ってからの付き合いになります」
「出会った時、何か気づかなかったか?」
「気づくとは、なにを?」
出会った時から薄汚れてはいたけれど、普通の子供だ。魔法が使えたってことかな? でも、それは一度っきりでちゃんと使えたと言っていいのか疑問だ。
「……」
そこで黙られても困るのですが……。ヒントはなしって意味の無言ですかね?
なんだろうか? わたしは彼に魔法の才能があると考えたけれど、実はそんなこと全然なかったとか? 実際まだ自分の意志で魔法を扱えてはないし。
それでも魔力の循環は確かに感じている。才能がないとは思ってもなかったんだけど、違ったかな。わたしの感じるものにどれだけ正しいものがあるかわかんないし。
「いや、今のは忘れろ」
「……わかりました」
役に立たなくて申し訳ない気持ちでいっぱいになる。鈍感な自分はやっぱり変わっていない。
それからしばらく無言でマッサージを続けた。とくに文句も言われないのでちゃんとできているのだと思う。
「ああ、もういいぞ」
ルーク様は起き上がってベッドに腰かける。わたしはどうすればいいのかわからず、ベッドの上で正座する。
「なんだ? 何か言いたそうな顔をしているぞ」
「いえ、そんなことはありません」
そんな顔をした覚えはないのだけど……。じっと見つめてくる視線が痛い。本当に言いたいことなんてないですよー。
「貴様は顔に感情が表れる。わかりやすいほどにな」
「……すみません」
今はどんな表情をしたのか。それを尋ねるのはためらわれた。
そんな縮こまる態度もいけなかったのか、小さなため息が聞こえた。
「……お前には大切にしているものはあるか?」
急に変わった呼び方。ルーク様を見ても、その表情に変化はなかった。呆れられたってわけでもないのかな。
「いえ、別に……」
「言い方を変えよう。失いたくないものはあるか?」
失いたくないもの……。失ってばかりのわたしに今さら何があるというのだろうか。
「例えば人。ハドリーはどうだ? 面倒を見てやったということは邪険にしているわけでもないのだろう。それに今まで人との関係をすべて絶ってきたわけでもあるまい。この国でも、故郷でもなんでもいい」
ハドリーを失う。わたしとお別れするだけならいい。けれど、彼が命を落とすというのであれば話は別だ。
でも、そういう切羽詰まった話でもない気がする。
城にいる限り、ハドリーがわたしを必要というわけでもないだろう。もちろん命の危険ってわけでもない。
その他の人だって、恩はあるけれど親しいとは言えない。逃げ続けただけに国への愛着もない。権利も義務も主張できる立場ではない。
ないないない……。自分どころか、大切なものすら思いつかない。私には何もなかった。失う以前の問題だ。
「……」
黙るしかない。そんなわたしに今度こそ呆れたため息を吐きかけられそうで、ルーク様を見られなかった。
「え?」
意識の空白。その隙を突くかのようだった。
気づけばルーク様に押し倒されていた。ギシリとベッドが軋み、さっきまでとは逆に彼から見下ろされる形となった。
見上げる顔は無表情。それが少しの恐怖を感じさせる。
「えっと……あの?」
しどろもどろになって言葉が上手く出てこない。
そんなわたしを無視してルーク様は腕を振り上げる。がっちりとした筋肉のある、男の腕だ。
殴られる!? なぜ急にと考えながらも、咄嗟のことで目をぎゅっとつむった。
胸に衝撃。だけど痛みはなかった。
なぜだろうと目を開く。
「……へ?」
間抜けな音が口から零れる。
でも、これはさすがに、仕方がないだろ……。
振り下ろしたであろうルーク様の右手が、わたしの胸に突き刺さっていたのだから。
比喩でもなんでもない事実。彼の手首から先は、わたしの胸に埋まっていた。触られているとか生易しいものじゃない。彼の手によってわたしの胸は貫かれていた。
なのに痛みがない。何も感じない。実は即死したせいで痛みすら感じなかったのだろうか? なら今あるこの意識はなんだという話になるが……。
「よっこいしょい」
わたしの混乱をよそに、ルーク様は普段では出さないような気の抜けたような声を発した。
そのかけ声とともに腕が引き抜かれる。
「……っ!?」
声にならなかった。それとも言葉にならなかったのか。
ルーク様が引き抜いた手には何かが掴まれていた。いや、誰かを掴んでいた。
淡く発光した少女だった。灰色の髪には見覚えがあった。
「あ、あ……」
穏やかに眠っているような、そんな安らかな表情で目を閉じている少女。
それは人間ではない。感覚ではなく、覚えているからこそ断言できる。忘れるはずがない。
わたしと契約し、クエミーの手で存在が消されてしまった。そう思っていて、諦めそうになっていた、アウスが、わたしの中から引っ張り出されていた。
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