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四章 決着編
第100話 実力を見せてやりましょう
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聖女様のメイドに求められるレベルが普通なわけがない。と、わかっていたつもりである。
城を駆け回り仕事をこなした。わたしが通った道はピカピカと綺麗になる。そんな伝説が生まれそうな予感。
遅めの昼食にありつこうとした時にルーナ様が来られた。もちろん食事は中断してお出迎えの構えとなった。
「エルさん、お時間よろしいでしょうか?」
雇い主にそう言われては「よろしくありません」と口にできるわけもなく、昼食抜きのままわたしはルーナ様にとある場所へと案内された。
とある場所ともったいつけるつもりはない。ただ、ここはどこだろうと思っただけだ。
塀によってぐるりと円形に囲まれている広場。そんな空間にいるのは、敬礼する数十人にも及ぶたくましい男どもだった。
聖女様が姿を現すまではキンキンと金属がぶつかる音が響いていた。男達が手にしている剣や槍を見るに、ここで修練に励んでいたのだろうか。
つまりここは修練場?
聖女様が来るような場所ではないと思う。メイドのわたしですら場違い感がある。ほら、まじまじと見られてるし。
「クラウド」
「はい」
ルーナ様に呼ばれて前へと出たのは白髪のおじいちゃんである。執事服を着ているので執事だろう。というか初めてルーナ様に出会った時にお茶とお菓子を用意してくれた執事さんだ。
音もなく、どころか陰すら認識できていなかった。さっきまでいなかったような……あれ、いたのかな? わたしが気づかなかっただけか?
よく考えなくても聖女様を一人にするわけがないか。鈍感なわたしのことだ。気づかなかっただけなんだろう。
「エルさんと一戦、よろしいですか?」
「ええ、もちろんでございます」
とか考えているうちに、何やら話が済んだらしい。
おじいちゃん執事がわたしへと近づく。え、何が始まるの?
「エルさんエルさん」
気品のある美しい微笑み。こういうのを聖女の微笑みというのだろうね。
「今からこのクラウドと戦ってください。実力を見たいので本気でお願いしますね」
「はい?」
笑顔で何をおっしゃっているのだろう? 戦う? このおじいちゃんと?
「よろしいですかな。では、行きますぞ」
クラウドさんも穏やかな口調。穏やかな空気のまま、戦いは始まった。
クラウドさんは土埃を巻き上げて踏み込んできた。
急激に襲い掛かるピリピリとした殺気。表情は穏やかなままなのに、クラウドさんは本気でわたしに攻撃を仕掛けてきた。
手には何も持っていない。何か武器を隠し持っている素振りもない。
それでも接近されて攻撃された。
「くっ」
その攻撃手段は素手による打撃だった。クラウドさんの拳がわたしの前髪をかすった。
ギリギリでなんとかかわせた。が、すぐに次がくる。
左拳での突きが続いたかと思えば、フックの軌道で右が飛んでくる。地面を転がってかわした。メイド服が汚れただろうけれど、構ってられない。
まるでボクシングだ。老体だと舐めていたらやられる。鋭い風切り音がそれを証明していた。
「エルさーん。遠慮しないでいいんですよー」
のほほんとしたように聞こえるルーナ様の声。
こっちも無手なんですが! という言い訳はできなかった。
「エルさんが杖がなくても無詠唱で魔法が使えるのはわかっていますよー。だから本気でお願いしますねー」
……ばればれか。
相手は聖女。過去に魔王を倒したうちの一人というのなら、きっとルーナ様も相当な実力の持ち主なのだろう。
少なくとも、わたしが勝てる相手ではない。
わたしがこれまで冒険者としてやってきたこと。それから魔王(偽)を倒すだけの手段があること。それらはもう隠すべき情報なのではない。
わたしがしなきゃならないのは証明すること。実力は本物で、聖女様のお手伝いくらいはできるのだと、それを証明しなきゃならない。
「クラウドさん……でしたか?」
体勢を立て直し、それっぽい構えをして口を開いた。
戦いは始まっている。が、わたし自身が開始の合図をしなければどうにもやりづらい。
これは実戦ではない。けれどそのつもりでやれ、と言われたとしても、試合のように礼儀は尽くしたい。
「はい、申し遅れました。ルーナ様の執事をしております。クラウドと申します」
わたしのワガママに乗ってくれたか、執事のおじいちゃん改めクラウドさんが名乗ってくれる。
「わたしはエルと申します。ここからは、本気で行きます」
「ええ。では私も本気で……お相手しましょう」
ぶわっと、熱気に似た何かが顔に当たった。
思わず目を閉じてしまいそうになる。でもそれは許されない。
「……っ」
クラウドさんの鋭い目が許してはくれない。目を離してしまえば一瞬で喉元を喰いちぎられそうな、そんな恐怖に襲われる。
殺気を向けられるのは初めてじゃない。それでも、ここまで洗練された殺気は初めてだった。
いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の猛者。まだまともに戦ってすらないのに、そう思わせるのに充分な風格だ。
やはり只者ではない。聖女様の執事はただお茶を淹れるだけの役職ではなさそうだ。
……じゃあ、いいよね?
「ふっ」
一息で岩を生成し、回転を加えつつクラウドさんに向けて射出する。
早撃ちガンマンのように。相手には飛び道具がないとわかっているからこその速度。
杖を構えず、詠唱すらまったくない。ノーモーションから、この距離での魔法攻撃は防ぎようがないだろう。
「ハァッ!」
それも一般的な冒険者レベルでの話だけどね。
クラウドさんは迫りくる岩の弾丸を拳の一撃だけで粉砕したのだ。もちろん彼は無傷である。
今さら驚くことでもない。冒険者でもサイラスやブリキッドあたりなら似たようなことはやってのけるだろう。
つまり、わたしって思ったよりも強くないってことだ。それもだいぶ前にわかっていたことではあるけれど。
その上で挑戦する。
自分の居場所を潰してきた。高望みはするべきではないとわかった。一人では生きられなかった。一人では死ねなかった。
習ったことはあまりに少なく、それは他人のせいではなく、自分が挑戦を拒んできたからだ。
失敗してもいいとは言わない。とても言えやしない。
けれど、立ち止まった者に与えられる居場所はない。わたしを見定めようとするルーナ様に、わたしは立ち尽くしてなんかいないのだと証明しなければならなかった。
城を駆け回り仕事をこなした。わたしが通った道はピカピカと綺麗になる。そんな伝説が生まれそうな予感。
遅めの昼食にありつこうとした時にルーナ様が来られた。もちろん食事は中断してお出迎えの構えとなった。
「エルさん、お時間よろしいでしょうか?」
雇い主にそう言われては「よろしくありません」と口にできるわけもなく、昼食抜きのままわたしはルーナ様にとある場所へと案内された。
とある場所ともったいつけるつもりはない。ただ、ここはどこだろうと思っただけだ。
塀によってぐるりと円形に囲まれている広場。そんな空間にいるのは、敬礼する数十人にも及ぶたくましい男どもだった。
聖女様が姿を現すまではキンキンと金属がぶつかる音が響いていた。男達が手にしている剣や槍を見るに、ここで修練に励んでいたのだろうか。
つまりここは修練場?
聖女様が来るような場所ではないと思う。メイドのわたしですら場違い感がある。ほら、まじまじと見られてるし。
「クラウド」
「はい」
ルーナ様に呼ばれて前へと出たのは白髪のおじいちゃんである。執事服を着ているので執事だろう。というか初めてルーナ様に出会った時にお茶とお菓子を用意してくれた執事さんだ。
音もなく、どころか陰すら認識できていなかった。さっきまでいなかったような……あれ、いたのかな? わたしが気づかなかっただけか?
よく考えなくても聖女様を一人にするわけがないか。鈍感なわたしのことだ。気づかなかっただけなんだろう。
「エルさんと一戦、よろしいですか?」
「ええ、もちろんでございます」
とか考えているうちに、何やら話が済んだらしい。
おじいちゃん執事がわたしへと近づく。え、何が始まるの?
「エルさんエルさん」
気品のある美しい微笑み。こういうのを聖女の微笑みというのだろうね。
「今からこのクラウドと戦ってください。実力を見たいので本気でお願いしますね」
「はい?」
笑顔で何をおっしゃっているのだろう? 戦う? このおじいちゃんと?
「よろしいですかな。では、行きますぞ」
クラウドさんも穏やかな口調。穏やかな空気のまま、戦いは始まった。
クラウドさんは土埃を巻き上げて踏み込んできた。
急激に襲い掛かるピリピリとした殺気。表情は穏やかなままなのに、クラウドさんは本気でわたしに攻撃を仕掛けてきた。
手には何も持っていない。何か武器を隠し持っている素振りもない。
それでも接近されて攻撃された。
「くっ」
その攻撃手段は素手による打撃だった。クラウドさんの拳がわたしの前髪をかすった。
ギリギリでなんとかかわせた。が、すぐに次がくる。
左拳での突きが続いたかと思えば、フックの軌道で右が飛んでくる。地面を転がってかわした。メイド服が汚れただろうけれど、構ってられない。
まるでボクシングだ。老体だと舐めていたらやられる。鋭い風切り音がそれを証明していた。
「エルさーん。遠慮しないでいいんですよー」
のほほんとしたように聞こえるルーナ様の声。
こっちも無手なんですが! という言い訳はできなかった。
「エルさんが杖がなくても無詠唱で魔法が使えるのはわかっていますよー。だから本気でお願いしますねー」
……ばればれか。
相手は聖女。過去に魔王を倒したうちの一人というのなら、きっとルーナ様も相当な実力の持ち主なのだろう。
少なくとも、わたしが勝てる相手ではない。
わたしがこれまで冒険者としてやってきたこと。それから魔王(偽)を倒すだけの手段があること。それらはもう隠すべき情報なのではない。
わたしがしなきゃならないのは証明すること。実力は本物で、聖女様のお手伝いくらいはできるのだと、それを証明しなきゃならない。
「クラウドさん……でしたか?」
体勢を立て直し、それっぽい構えをして口を開いた。
戦いは始まっている。が、わたし自身が開始の合図をしなければどうにもやりづらい。
これは実戦ではない。けれどそのつもりでやれ、と言われたとしても、試合のように礼儀は尽くしたい。
「はい、申し遅れました。ルーナ様の執事をしております。クラウドと申します」
わたしのワガママに乗ってくれたか、執事のおじいちゃん改めクラウドさんが名乗ってくれる。
「わたしはエルと申します。ここからは、本気で行きます」
「ええ。では私も本気で……お相手しましょう」
ぶわっと、熱気に似た何かが顔に当たった。
思わず目を閉じてしまいそうになる。でもそれは許されない。
「……っ」
クラウドさんの鋭い目が許してはくれない。目を離してしまえば一瞬で喉元を喰いちぎられそうな、そんな恐怖に襲われる。
殺気を向けられるのは初めてじゃない。それでも、ここまで洗練された殺気は初めてだった。
いくつもの修羅場をくぐり抜けてきた歴戦の猛者。まだまともに戦ってすらないのに、そう思わせるのに充分な風格だ。
やはり只者ではない。聖女様の執事はただお茶を淹れるだけの役職ではなさそうだ。
……じゃあ、いいよね?
「ふっ」
一息で岩を生成し、回転を加えつつクラウドさんに向けて射出する。
早撃ちガンマンのように。相手には飛び道具がないとわかっているからこその速度。
杖を構えず、詠唱すらまったくない。ノーモーションから、この距離での魔法攻撃は防ぎようがないだろう。
「ハァッ!」
それも一般的な冒険者レベルでの話だけどね。
クラウドさんは迫りくる岩の弾丸を拳の一撃だけで粉砕したのだ。もちろん彼は無傷である。
今さら驚くことでもない。冒険者でもサイラスやブリキッドあたりなら似たようなことはやってのけるだろう。
つまり、わたしって思ったよりも強くないってことだ。それもだいぶ前にわかっていたことではあるけれど。
その上で挑戦する。
自分の居場所を潰してきた。高望みはするべきではないとわかった。一人では生きられなかった。一人では死ねなかった。
習ったことはあまりに少なく、それは他人のせいではなく、自分が挑戦を拒んできたからだ。
失敗してもいいとは言わない。とても言えやしない。
けれど、立ち止まった者に与えられる居場所はない。わたしを見定めようとするルーナ様に、わたしは立ち尽くしてなんかいないのだと証明しなければならなかった。
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