根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

文字の大きさ
上 下
107 / 127
四章 決着編

第98話 メイドになったわたし

しおりを挟む
 黒地のワンピースに白のエプロンとヘッドドレス。どこぞで見たことのあるメイド服である。
 これを着ればあなたも今日からメイド☆ ……みたいなセットを着ているわたし。見た目だけなら麗しい黒髪の乙女なので似合ってしまっていた。

「さて、と……。やりますか」

 エル・シエル、本日もメイド業に励みます!
 朝から掃除に洗濯と大忙しである。聖女様が住む城なので、そこら辺の貴族邸に比べても規模が段違いである。
 まあメイド経験なんて今までなかったんだけどね。実家と比べるのもおこがましいほどの差。他の貴族邸とやらも知らないし、比べられるほどの経験がなかった。
 とにかく広い! 大きい! すごい! ……と、大雑把な認識しかない。元貴族とは思えない無知っぷりだ。今さらだけどね。

「ふむ……、合格ですよエルさん。丁寧な仕事ですね」

 つい今しがたわたしが掃除した部屋を眺めての先輩メイドの感想である。
 窓枠に指を滑らせてホコリがあるかどうかまで調べていた。まさにどっかの創作物で見たことのある姑の如く。
 そこまで入念に確認されての合格判定である。嬉しさが込み上げてくるのも致し方ないだろう。

「エルさん、表情が緩んでいますよ。人前では感情を顔に出すのは控えてくださいね」
「あ、す、すみません……」

 叱られてしまった。まだまだメイドの道は険しい。
 だけど、仕事を一つ一つ教えてくれる先輩メイドは厳しくも優しい。そんな彼女の名はオデッサ。以前わたしを聖女様が待つ部屋へと案内したメイドでもあった。

 聖女……ルーナ様の命によりメイドとなったわたし。あれから五日が経過していた。
 オデッサさんにメイド服を着せられて、すぐにメイドのなんたるかを教えられた。あの時はまさに職業訓練の鬼と思ったものである。
 しかし、そのおかげでメイドとしてなんとか働いていけている。
 やることは決まっている。それを忠実にこなしていく。
 大変だけど、集中して取り組めば一日なんてあっという間に過ぎていった。夜は心地良い疲れとともに眠りにつく。充実した一日だ。

「ケケケ、メイドがよく似合っているじゃねえか。エルさんよ」
「マーセル……」

 次の掃除場所に向かおうと廊下を歩いていた時である。あまり会いたくない人物に声をかけられてしまった。
 これほど執事服が似合わない男がいただろうか。せめてもう少し身だしなみに気を遣ってくれれば印象も変わるだろうに。そのツンツン頭とかなんとかならないか?
 つい先日まで『黒蠍』などという物騒な冒険者パーティーのリーダーだったマーセル。
 そんな彼も仲間のほとんどを失ってしまった。気にくわない奴ではあるけれど、さすがに同情してしまう。わたしもその場にいたから余計にだ。

「皮肉のつもりだろうけどさ、お前だってルーナ様に捕まってたんだろ? むしろよく執事として雇ってもらえたもんだよ」

 マーセルは明後日の方向を向いた。
 この男は魔王(偽)の戦いが終わってドタバタしている間に逃亡を図ったようだ。だけど運悪く近くまで来ていた聖女様の索敵に引っ掛かったらしく、御用となったらしい。
 魔王の墓場への侵入の件を簡単にゲロったせいで、わたしの存在が聖女様にばれてしまった。こいつに関しては思いっきり怒ってもいいんじゃないかって思う。

「なあマーセル」
「な、なんだよエルさんよ?」

 動揺するとは珍しい。一応の後ろめたさがあるのにはびっくりだ。

「お前、あの魔王の墓場がどういう場所か知っていたのか?」

 マーセルの表情がすっと消える。
 人をムカつかせる笑いが得意なようだけど、嘘を隠すのは下手なのかもしれない。
 複数の棺桶。金銀財宝は確かにあった。でも、綺麗な状態で眠っていた魔王……いや、偽物だから、なんだろう? あの存在が一体なんだったのかは、わたしは知らない。
 とにかく、『黒蠍』のメンバーはともかくとして、マーセルの目的は金銀財宝じゃなかった。もっと別の秘密ってやつがあったんじゃないだろうか。
 予想としては、魔王(偽)自体か。あの存在に近い何かであるとは思うんだけど……。

「……」

 マーセルは答える気はないようだ。尖った輪郭をさらに尖らせたような空気をかもし出している。
 ……別にいいや。マーセル達ろくでもない連中に捕まっていたハドリーは帰ってきたのだ。彼が無事であるなら、もうこいつに関わる理由もない。

「……エルさんはよ」

 この場を後にしようと一歩目を踏み出したところでのぽつりとした声。わたしは足を止めた。

「エルさんはマグニカ王国から逃亡してきた、ってことで間違いないか?」

 疑問というか確認だろう。
 家名までばれてしまっている。わたしの出身国も知られて当然か。
 無言でいると、さらにマーセルは続ける。

「それは……魔道学校で何かあったからか?」

 魔道学校……。あったと言えばあったし、なかったと言えばなかった。
 原因の話をすれば学校外ではあったけれど、逃亡する際に妨害してきたのはアルバート魔道学校に在籍する人達ではあったから。
 ……今でも覚えている。
 アルベルトさんの腕を斬り飛ばしたクエミー。ディジーの胴体を穿ったトーラ先生。わたしは、あの時の衝撃を、生涯忘れることはないだろう。
 生かされてしまった自分。生半可な死に方はできないだろう。
 だからこそ、魔王と心中でもできれば許される死に方だと思った。まあ偽物だったみたいだけれど。

「さあね。人のこと詮索する趣味はやめた方がいいと思うよ。これ以上嫌われたら友達がいなくなる」

 答える気がないとわかったのだろう。

「悪かった。手を貸してもらうのはあれだけって約束だ」

 と、すんなり諦めてくれた。
 過去がどうだろうと、今のわたしはメイドで、マーセルは執事である。その職をまっとうするため、わたし達は仕事へと戻った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したもののトカゲでしたが、進化の実を食べて魔王になりました。

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
異世界に転生したのだけれど手違いでトカゲになっていた!しかし、女神に与えられた進化の実を食べて竜人になりました。 エブリスタと小説家になろうにも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

処理中です...