根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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四章 決着編

第92話 応接間へどうぞ

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「黒い子ちゃん……本当に生きていたのね。良かったわ……」
「あの爆発を見た時は死んだかと思ったぜ。貧弱そうに見えて不死身なんだな」

 テュルティさんとブリキッドから体をまじまじと見られながら言葉をかけられる。
 ブリキッドはゲラゲラ笑いながらという軽いノリなのに対し、テュルティさんは涙ぐんでいる。いっそのこと笑い飛ばしてくれた方が楽なんだけどな。

「ま、まあなんとかね……」

 気の利いた返事ができないわたしはこんなことしか言えやしない。こういう時ってどんな返答が正しいんだっけ?
 ただ二人が、いや、他の人達が大なり小なりわたしの心配をしてくれたってのはわかった。本当に優しい人達だ。
 ここには優しい人しかいないのかもしれない。冒険者として活動しながらも、他の人とあまり関わってこなかったわたしなんかを心配してくれるんだから。

「はいはい、皆さんそこまでですよ。エルさんはこれからギルド長とお話があるんですからね」

 受付嬢が手を叩いて場を静かにさせる。わたしは彼女が口にした単語に呻きそうになった。

「ギルド長と話さなきゃならないんですか」
「当たり前じゃないですか。とくに主戦場で戦ってくれた方には報酬が多めに出ますよ」

 いや金の話とかじゃなくてね。
 冒険者ギルドにも、それを取り仕切るギルド長がいる。多忙な人だし、わたしも一度しか会ったことのない人なんだけど、なんというか苦手に感じてしまう人なのだ。
 できることなら関りは最小限にしたかった。だけど事を考えれば長だからこそ働かなければならないのだろう。
 まあいいや。適当に話をして、さっさと終わらせてしまおう。どうせ聖女様の尋問が終わればここへ戻ることなんてないのだから。


  ※ ※ ※


 見慣れた受付スペースから、奥にある応接間へと案内される。普通に冒険者やっているだけだったら用のない場所だったろう。
 ハドリーはわたしの「待ってて」という言葉に頑として首を振って反対した。いわく「エルから目を離したらまた倒れるかもしれないだろ」とのことだ。三日間眠っていたのは事実だろうけどさ、どんだけ貧弱に思われてんだろうね。
 案内してくれた受付嬢は苦笑している。冒険者でもないハドリーを同席させるのは普通ならできないことなのだろう。だけど一応同じ屋根の下で寝食を共にしている仲なのだ。それは身内と言えなくもないのかもしれない。
 応接間の中心には大男数人でもゆったりと座れるであろうソファーがあった。ローテーブルを挟み、向かい側にも同じソファーがある。

「すぐにギルド長が来ますので、座って待っていてくださいね」

 そう言って受付嬢は部屋を後にした。残されたわたしとハドリーは言われた通り手前のソファーに並んで座る。

「おおっ! なんだこの椅子。尻が沈んでくぞ!」
「コラコラはしゃがないの」

 初めての感触にご満悦のハドリーである。まだまだ子供だなぁ。
 でもハドリーじゃないけど、不思議な感触のソファーだ。魔物の皮とかを素材にしているのだろうか? もふもふでもちもちの……形容するのが難しい感触。すごく気持ちいい感触には違いないけどね。
 ハドリーに見られないように手触りを確かめていると、背後のドアからガチャリと音がした。ちょっとビクッてしたのは内緒にしておこう。

「どうもー、お待たせして申し訳ありません」

 分厚いレンズの眼鏡をかけた痩身の男がそそくさと対面のソファまで歩を進める。わたしは立ち上がって頭を下げた。

「いえ、こちらこそギルド長には多忙なところお時間を取ってもらっていますので、お気になさらないでください」

 わたしの低姿勢な態度に、隣で座ったままのハドリーがぎょっと目を剥いた。
 上司ってのもまた違うだろうけれど、わたしが冒険者として働くためにはギルドは不可欠なのだ。実力主義とはいえ、態度には気を遣う。

「まあまあまあまあっ、頭を上げて。座って楽にしていてくださいよ」

 わたしの低姿勢に負けず劣らずの腰の低さを見せるギルド長。こんな人だっけ?
 一度しか会ったことがなかったけど、わたしに対しては淡白というか、愛想どころか興味の一かけらもないって感じだったと思うんだけど。イメチェンした?
 ギルド長はそそくさとそのまま対面のソファに座る。ニコニコと愛想を振りまいているように感じる。

「私自身この目で見たわけではありませんが、我が町の冒険者が復活した魔王を討伐したと聞き及んでおります。いやはや、ギルド長として鼻が高いですよ」

 小さく頷き返す。それにしてもギルド長ニッコニコだな。
 今は揉み手でもしそうな勢いだ。普段からここまでへりくだった態度は見せないってのに。

「あなた方冒険者を疑うわけではありませんが、町を襲った存在が本当に魔王だったのか。それが明らかになるのは聖女様が魔王の墓場を調査し終わってからになります。ですが、魔物の大群を従えていたことから、魔王でなくとも脅威になる存在であるのには間違いありません。町に被害が出なかったことが本当に奇跡ですよ」

 ギルド長は興奮気味に語る。それからわたしをじっと見つめてきた。

「エルさん、私は感動しているのですよ」
「感動、ですか?」

 いきなり感動したとはどういうことか? 話の流れに感動要素はまったくなかったぞ。

「まさか、と言っては失礼ですが、エルさんが人々のために命を差し違える覚悟で大魔法を実行するとは驚きました。同時に感動したのです。民衆のために自らの命をかける覚悟を持つ者がこの時代にどれほどいるでしょうか? 国に仕える騎士ならばともかく、冒険者ではそういないでしょう」

 涙を流す勢いでギルド長が語り続ける。わたしはといえば「この人何言ってんの?」と困惑した思いである。

「冒険者とは金のためであり、名誉のために戦います。しかし、それらは命あっての物種。まともに魔王に挑もう、それどころか相打ちしてでも確実に魔王を倒そうと、強く考えていた者は、まずいないでしょうね」

 ギルド長はそこでようやく息を吐いた。わたしとハドリーも揃って息を吐いた。
 いつの間にか勢いのあるギルド長の語りに飲まれていたようだ。

「……正直、エルさんがそこまでこの町のことを考えてくれているとは思っていなかったのです。冒険者はあくまで金を稼ぐ手段。私にはあなたがそう考えているように見えていましたものでね」

 頭をかきながら「お恥ずかしい話ですが」と付け足すギルド長。その評価、間違ってないです。

「町を襲ったのが本当に復活した魔王だったのか、それとも別の何かなのか。はっきりしてからのことにはなりますが、エルさんには冒険者としての最高ランクへの昇格を予定しております」

 最高ランク。つまりはサイラス達『漆黒の翼』と同じAランクってことか。
 今がBランクなのだから、昇格となればそれしかないだろう。サイラス達と肩を並ぶところを想像するが、力不足にもほどがある。

「エルさんのようにパーティーを組まない。ソロでのAランク到達者は今までいませんでしたからね。我がスカアルス王国始まって以来の快挙ですよ」
「それってすげえじゃんか。やったなエル!」

 わたしの昇格の話なのにハドリーが喜ぶ。大してわたし自身に喜びの感情はない。
 さすがにAランクともなれば、国外にまで名前が広まるかもしれない。冒険者としての最高ランクはそれほどまでにすごいことなのだ。
 ど、どうしよう……。すごく迷惑だ。

「い、いえ。あれはみんなで戦った結果ですので……。わたしが一人で倒したわけでもありませんし……、昇格は結構ですよ」

 丁重にお断りさせてもらおう。そう思って言葉を放ったのだけど、なぜかギルド長は目を潤ませた。

「命を懸けておきながら謙遜するだなんて……。あなたの献身に、私どもはどう応えればいいのでしょうか」

 ええ……、これどうすればいいの?
 ギルド長を見ているとわたしが何を言っても謙遜しているようにしか思ってくれないのかな。そんな聖人みたいなもんじゃないってのはちょっと考えればわかりそうなもんだけど。
 これは断れそうにない。わたし程度の説得なんか通じる気がしないほどの頑なな態度だ。
 まあいいや。どうせ聖女様との話を済ませれば自由の身になれる。あとはまた国をまたいで別の拠点を作ればいいだけだ。Aランク冒険者ともなれば、さすがに名前を変えなきゃいけないだろうけども。

「それとは別にですね」

 瞬間、さっきまでの表情豊かさが嘘だったみたいに消失した。

「魔物の大群を引き連れてきた存在。それが魔王だという情報は、その存在が魔王の墓場から出てきたのを見たとのことですが……。立ち入り禁止、それも聖女様が張られた結界があるというのに、誰が目撃できたのでしょうね?」

 興奮を含んでいた、先ほどまでとは違ったギルド長の静かな調子の言葉に、わたしの背中から冷や汗がだらだらと流れた。
 ギルド長は眼鏡を光らせこっちを見据えている。さっきまでむずがゆいようなことを言われていたとは思えない雰囲気だ。

「さ、さあ?」

 声が裏返りそうになった。裏返ってはないから大丈夫のはず……。
 待っている時は何を聞かれたとしても動じないつもりだったのに。ギルド長に騙された気分だ。たぶん本人はそんなつもりないんだろうけれど。

「冒険者の方々からはエルさんが援護に来てくれたのだとうかがっております。どうして魔王が復活したのか……、聖女様の調査もそうですが、私どもも聞き込みをしているのですよ」
「そ、そうなんですか」
「ちなみに、エルさんから何か見解はありませんか?」
「えっ!?」
「優秀な魔道士として、なぜ魔王が復活したのか。何か思い当たることはありませんか?」

 ああ、魔道士としてね。わたしに評論家みたいなことは言えませんよ。

「さすがに思い当たることはありませんね。わたしにとって魔王は昔話、ただの物語の存在だったもので。実際に魔王が復活するだなんて夢にも思いませんでしたよ」

 嘘は言ってない。むしろ本当のことしか言ってないから声が震えたりなんてしなかった。
 魔王が復活したところを目撃したのは事実だけれど、なぜ復活したのかまでは思い当たらない。うん、大丈夫だ。嘘じゃない。

「そもそも、魔王が復活しただなんて最初に誰が言い出したんですか?」

 それはマーセルだろうけども。もしくはマーセル以外の『黑蠍』のメンバーだろうけど。
 あいつらが早く報告してくれたおかげでたくさんの冒険者が集まったのだ。まあ原因もわたしを含めたあいつらなんだけども。
 わたしの問いにギルド長は予想通りの答えを返してくれる。しかし、続いた言葉は予想外のものだった。

「情報源は『黑蠍』の方々ですね。ですから詳しい話を聞きたかったのですがね。戦いが終わった後に彼らを探したのですが、メンバーの誰一人として見つからないのですよ」
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