根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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四章 決着編

第90話 当代の聖女様は男?

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 今、目の前の男はなんと言った?

「……は?」

 脳が情報を処理できないまま、口から出てしまったのは間抜けな声だった。
 聖女。そう、目の前の男は自分が当代の聖女と言ったのだ。
 わたしが冒険者として活動しているスカアルス王国には聖女がいる。この町に来るとも確かに聞いていた。
 だが、事前知識として持っていた聖女像と、目の前の男は明らかに違っていた。
 男はルークと名乗ったが、わたしが聞いていた聖女の名はルーナである。一文字違いとはいえ、違うものは違うのだ。
 そもそも聖女というのだから女に決まっているだろう。ルークとやらは顔立ちこそ美しさから中世的に見えなくもないが、体つきは明らかに男のそれである。この体格の良さで女と言われたら驚く通り越してビビる。

「信じられない、って顔をしているぞ?」
「……ええ。思っていた聖女様とは違っているもので」

 正直に答える。疑いの目を止めるのは難しそうだし。
 わたしの返答にも気分を害した様子はない。それでもガタイのいい男に見下ろされているのは圧迫感がある。
 もう少し離れてくれないだろうか。それが言えたら苦労はないけどさ。

「で?」
「で、とは?」
「貴様が信じるにしろ信じないにしろ、俺様は名乗った。ならば次に貴様が名乗るのが筋ではないか?」

 そりゃそうか。名乗られたら名乗り返すのが礼儀だろう。なんだか疑問ばかりになって名乗ってすらなかったと気づく。

「エル……です」

 それだけ言って押し黙る。聖女様(仮)は何か咀嚼するようにふむふむと首肯した。

「それで、聖女様がわたしに何か用ですか?」
「あるに決まっているだろう。町では復活した魔王を倒したと大盛り上がりだ。とどめを刺したのがエルという冒険者ということも広まっているぞ」
「げっ……」

 わたしが眠っている間にとんでもない事態になってしまったようだ。
 あれが魔王だったと町のみんなにまでばれてしまっている。口ぶりから、なぜ魔王が復活したかまではばれていないみたいだけど、もしわたし達が元凶だとばれたら生半可なバッシングじゃ済まないだろう。後始末やってなかったのかよ、マーセルのバカ!

「くくく……」

 押し殺したような笑い声に顔を上げる。聖女様(仮)が口元を隠して笑っていた。

「いやすまん。意外と表情豊かなものだからおかしくなってしまった」

 まずい、顔に出てたのか? 慌てて顔を触って確認する。するとまた笑われてしまった。
 恥ずかしい……。思わず変な行動をしてしまう自分に恥を感じる。
 顔が熱くなるし、変な汗が出てきた気がする。そもそも三日間眠り続けていたんだったら、今のわたしってけっこう汗臭いのでは?
 それがまた恥ずかしさを増す原因となる。そうして汗が出る。悪循環だ……。

「今ではただの昔話だが、魔王がどういう存在かは知っているだろう? それを倒したとなれば、聖女だろうとも冒険者エルを丁重に扱うのは当然だろう」

 だったら身を清める時間を与えるくらいの気遣いがほしいものだ。
 目で訴えてみるけど通じない。はっきり口で言える度胸もなければ、ショックを引きずる心はやる気を出してはくれなかった。

「それに聖女としての仕事もある。魔王復活について、聖女として聞かなければならないことがあるのだとわかってくれ」

 聖女聖女とアピールしているみたい。尋ねるのも面倒だから頷いておく。今聞かれたところで誤魔化すしかないけどな。
 相手を考慮すれば何もなく自由の身にはなれないと想像がつく。
 だが答えるまでに時間の余裕があるのなら整理しておきたい。できればマーセルに会って口裏を合わせる必要があるだろう。また牢屋を経験するのはごめんだ。
 その尋問さえ乗り越えてしまえばこっちのもの。町を離れて拠点を別の場所へと移すだけだ。
 拠点を移せば元通り。 ……元通り何もないところからスタートして、死ねなかったわたしは何を希望に生きればいいのだろうか?

「この度の戦いに参加した者。エルだけではなく、今回率先して魔王と戦ってくれた冒険者達には深く感謝している。おかげで被害は未然に防がれた。その功績を正式に評価するためにも、全員王都へと来てもらうことになる。そこで話を聞き、相応の報酬を与えよう」
「お、王都……ですか?」
「何か問題でも?」
「ありません……。少し驚いてしまっただけです」

 王都という単語に嫌な思い出があるだけだ。それは聖女様(仮)には関係ない。
 しかしこれならマーセルと口裏を合わせる時間はいくらでもあるだろう。もしこの場で尋ねられたら、目が覚めたばかりで記憶が曖昧なんですー、とか答えるしかなかった。
 彼は「話はまた次の機会だ」と言い残して部屋を出ようと踵を返す。ドアの近くで立ち止まり、振り返るとまたつかつかと近寄ってきた。
 な、何? もう用事は済んだんじゃなかったのか?
 身構えるわたしに、彼は口を開いた。

「エル、俺様の名を呼んでみろ」

 え? ジャ○様?
 これはやっぱり偽物フラグなのだろうか。彼が聖女というのはそもそもの定義を考えなくてはいけなくなりそうだし。

「どうした? 遠慮するな、早く呼べ」

 軽く言いつつ威圧感がのしかかる。呼べばいいんでしょうが。

「ルーク……様」

 いざ呼ぶとなると正しい呼び方に自信が持てない。
 聖女かどうか明らかになっていないけど、それに近いお偉いさんだったらあまり気安く呼ぶわけにもいかないだろう。無難な呼び方だとは思うけど、どうだろうか?
 こんなことにさえテストされているように思えてしまう。恐々と反応を見守っていると、ルーク様は一つ頷いて再び踵を返した。
 え、これだけ?
 確かに名乗られてから実際に名前を呼んではいなかったけど。せっかく名乗ったのに聞き取れなかったのかと心配にでもなったのかな?

「エル! ヨランダさん連れてきたぞ!」

 それと入れ替わるようにハドリーが部屋に駆け込んてきた。ルーク様の横を通るハドリーからは敬意なんてものはなさそうだった。

「静かにしな。急いだって何も変わりゃしないよ」

 ハドリーの後ろからヨランダさんがひょっこり顔を出した。ゆっくりとした足取りで部屋に入ってくる。

「それではお祖母様、私はこれで失礼させていただきます」

 ヨランダさんにかしこまった態度で頭を下げたのはルーク様だった。さっきまでの俺様一人称はどこ行った!?
 ヨランダさんはさして気にした風もなく、黙ったまま頷きだけで応答する。ハドリーなんかベッドまで一直線で、後ろなんかまったく見てすらいない。
 違和感を覚えるのはわたしだけ? これも空白の三日間の弊害か。関係性が全然わからない。
 新たな謎を残したまま、ルーク様は今度こそ振り返らず去ってしまったのであった。
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