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三章 冒険者編
番外編 悪魔と王子
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夜の町並みが広がっている中、不自然な光源がそこにいる集団を照らしていた。見る者が見れば光源の正体が魔石から発せられるものだとすぐにわかるだろう。
「ディジーさんや」
「なんだいアルベルトさん」
「こういう状況をなんて言うか知ってるか?」
「うーん、前にも似たようなことがあったような……。あっ、絶体絶命っていうんだったかな」
「正解!」
「わーい。……アルベルト、まったく嬉しくないよ」
黒髪の青年アルベルトとオレンジ色の髪をした少女ディジーは両手を挙げる。まるで降参したといった仕草である。
事実その通り。二人は降参していた。
アルベルトとディジーを取り囲むのはいくつもの光と銃口。魔道銃と呼ばれる武器である。
本来の魔法より幾分か威力が落ちるとはいえ、トリガーを引くだけで攻撃魔法を射出する。一斉に射撃を行えば、人の身程度ならあっさりと命を奪える代物だ。
「意外と余裕のようだね。もしかして、自分が死ぬだなんて思い浮かびもしない事柄なのかな?」
アルバート魔道学校の専属治療師、トーラは気だるげでありながらも、構えた魔道銃の銃口は寸分も狂わずに標的へと向けられていた。
「そんなわけないじゃないか。ボクなんて一度キミに撃たれたこともあるんだからね。二度目はごめんだ」
ディジーは嫌だ嫌だと口にしながらかぶりを振る。トーラは油断する様子もない。だるそうな表情を浮かべてはいるが、手にする魔道銃の銃口がブレることもなかった。
「できれば抵抗しないでほしい。こっちも大切な銃士隊を消耗させたくはない」
やる気がないとも捕れるトーラの声色に、アルベルトの目が細められた。
「貴重な戦力を持ってきちゃってまあ……。俺達にそこまでする価値はないと思うぞ。なあ?」
アルベルトが首を巡らせて見渡せば、魔道銃を持つ銃士隊はおよそ三十名ほど。これが魔道銃の最大保有数であると見る。
視線は大きな杖を持つ金髪の少女、コーデリアへと向く。そして最後に目つきの悪い赤毛の男に視線は固定された。
「そうでもないだろ。これだけ連れてきても俺は安心できない。あんたらは逃げることに関しては一級品のものを持ってやがるからな」
アルベルトと視線を交差させる男、ホリンは油断なく言う。
「そうかい。で、俺達を逃げられないようにしてどうするって?」
「アルベルト、ディジー。二人とも俺に手を貸せ」
「……は?」
アルベルトの目が瞬く。ホリンは続けた。
「俺の味方は兄共に比べて少ないんでな。協力してくれる戦力が一人でもほしい」
「正気か? 俺達が仲間になるとか、本気で思ってんの?」
「なるさ。マグニカの中枢が気になってんだろ? あの国の腹の中を、どうにかしたいんだろ?」
「……」
無言は肯定だった。その表情はホリンの満足いくものだったらしく、不敵な笑みを見せる。
「言っとくが買いかぶるなよ。俺が戦力にならない場合だってあるんだぞ」
「買いかぶってはいない。王都を襲撃したゴーレムの軍勢。全部あんた一人の魔法なんだろ?」
アルベルトは唇を尖らせた。
「ホリン・アーミットは魔法の才に恵まれなかった。そう聞いていたんだけどな」
「それは間違いない。ただ、見る目には自信があるってだけだ。なかなか精巧な人形だったぞ」
落ち着いた物言いをするホリンに、アルベルトは完全に脱力した。
「ディジー。お前はどうするんだ?」
「ここで聞くのかい? もしボクだけ逃げる、なーんて言ったらどんな目に遭わされるか。想像したくもないね」
ディジーが目を向けた先では、コーデリアが杖を構えていた。感じ取れる魔力は膨大であり、巧みに凝縮されていた。
王都で戦った時とは状況が違う。魔力の消費を抑える帽子がなく、コーデリアが守りに回らなければならない理由は何もない。
周囲の被害を気にせず戦うとすれば、ディジーは自分に勝ち目はないと考えていた。
「賢者の弟子に真っ向から戦いを挑む度胸はボクにはないさ」
「あら? わたくし、前回はあなたにしてやられましたわ」
「二年前のことなんて忘れてほしいね。それに、ボクはキミが思う存分戦える状況ではないと知っていて戦ったんだ。まあ、コーデリア嬢が思った以上に大雑把な魔道士だったと知れただけで収穫だったけどね」
「……わたくしが本当に大雑把かどうか、今ここで試してみましょうか?」
「冗談はよしてくれよ。こっちに戦意はないと伝わっているはずだ」
言葉通り、ディジーからも戦意は感じられない。ホリンはアルベルトに向き直る。
「決まり、ってことでいいんだよな」
「ああ。よろしく王子様。俺を使うってことは王様になるんだろうけど」
「いや」とホリンは首を振る。
「俺は王にはならない。なりたくもない。むしろ、これから王になる者の敵になるだろうさ」
そう言ってホリンは口の端を上げた。
言葉にされた意味を噛み砕けないアルベルトではない。表面的ではなく、心底からの笑みが零れる。
「くっくっくっ……。なんだよホリン。案外俺達は仲良くできそうじゃないか」
「それはこれからわかることだ。まずはあんたが持っている情報を吐いてもらわなきゃならない」
ホリンが背を向ける。警戒心をすべて解いたわけではない。それでも、警戒ばかりを見せては話ができないだろう。
アルベルトとディジーは彼の後へと続く。逃げる意思も、ましてや戦う意思なんてなかった。
敵意はない。そのはずだった。
「!? ホリン様っ!!」
コーデリアの叫びに、ホリンは体を反転して身構えた。
「おま……っ。いやマジで空気読めよお願いしますから!」
すぐにアルベルトの懇願が木霊する。そして、一陣の風が吹いた。
突風にホリンは思わずまぶたを閉じた。すぐに目を空けたが、視界に入ったのは空に浮かぶ圧倒的な存在感の塊だった。
長い白髪に真っ白な肌。人形めいた容姿をしている女だった。だが、その目だけは爛々としている。
突然現れた女。彼女はホリン達に対して一瞥すらない。魔道銃を向けられても気づいていない、いや、目に留める価値すらないといった態度である。
「アルベルト」
女が口を開く。やはりアルベルトとなんらかの関りがあるようだ。
「アウスの存在が、感じられなくなったわ」
「……そうか」
静かに頷くアルベルト。ディジーも目を伏せた。
「どういうことだ。そもそもその女はどこから現れたんだ?」
女は地上を見下ろした。目を向けたわけではない。その目は誰も捉えてはいなかった。
「悪いけど、先に行くわ」
「待ちなさい! どなたかは存じ上げませんが、勝手なことはさせませんわ!」
コーデリアの周囲に水球が次々と生み出されていく。
小さな水の球に見えるだろう。しかしそこに凝縮された魔力は計り知れない。
それを感じ取ったのか。女の目が初めて人を映す。コーデリアという魔道士の姿を捉えた。
「たかがニンゲン程度の力で、このアタシをどうにかできるだろうという考え。本当におめでたいことね」
静かな殺気に、コーデリアの背に冷や汗が流れる。
いや、コーデリアだけではない。この場のすべての者が等しく経験したことのない重圧に襲われていた。幾人かは立っていることもできず膝をついてしまっている。
「待てよシルフィ」
そんな周りの状態も意に介さず、アルベルトは気兼ねを感じさせない声色で続ける。
「行くのは構わないが、この方も連れて行って差し上げろ」
そう言って示されたのはホリンだった。
ホリンは意図はなんだと目で語る。彼に向き直ってアルベルトはニヤリと笑った。
「エルちゃんに会いたいだろ? シルフィが行くって言うなら仕方ない。せっかくだから案内してもらうといい」
「ディジーさんや」
「なんだいアルベルトさん」
「こういう状況をなんて言うか知ってるか?」
「うーん、前にも似たようなことがあったような……。あっ、絶体絶命っていうんだったかな」
「正解!」
「わーい。……アルベルト、まったく嬉しくないよ」
黒髪の青年アルベルトとオレンジ色の髪をした少女ディジーは両手を挙げる。まるで降参したといった仕草である。
事実その通り。二人は降参していた。
アルベルトとディジーを取り囲むのはいくつもの光と銃口。魔道銃と呼ばれる武器である。
本来の魔法より幾分か威力が落ちるとはいえ、トリガーを引くだけで攻撃魔法を射出する。一斉に射撃を行えば、人の身程度ならあっさりと命を奪える代物だ。
「意外と余裕のようだね。もしかして、自分が死ぬだなんて思い浮かびもしない事柄なのかな?」
アルバート魔道学校の専属治療師、トーラは気だるげでありながらも、構えた魔道銃の銃口は寸分も狂わずに標的へと向けられていた。
「そんなわけないじゃないか。ボクなんて一度キミに撃たれたこともあるんだからね。二度目はごめんだ」
ディジーは嫌だ嫌だと口にしながらかぶりを振る。トーラは油断する様子もない。だるそうな表情を浮かべてはいるが、手にする魔道銃の銃口がブレることもなかった。
「できれば抵抗しないでほしい。こっちも大切な銃士隊を消耗させたくはない」
やる気がないとも捕れるトーラの声色に、アルベルトの目が細められた。
「貴重な戦力を持ってきちゃってまあ……。俺達にそこまでする価値はないと思うぞ。なあ?」
アルベルトが首を巡らせて見渡せば、魔道銃を持つ銃士隊はおよそ三十名ほど。これが魔道銃の最大保有数であると見る。
視線は大きな杖を持つ金髪の少女、コーデリアへと向く。そして最後に目つきの悪い赤毛の男に視線は固定された。
「そうでもないだろ。これだけ連れてきても俺は安心できない。あんたらは逃げることに関しては一級品のものを持ってやがるからな」
アルベルトと視線を交差させる男、ホリンは油断なく言う。
「そうかい。で、俺達を逃げられないようにしてどうするって?」
「アルベルト、ディジー。二人とも俺に手を貸せ」
「……は?」
アルベルトの目が瞬く。ホリンは続けた。
「俺の味方は兄共に比べて少ないんでな。協力してくれる戦力が一人でもほしい」
「正気か? 俺達が仲間になるとか、本気で思ってんの?」
「なるさ。マグニカの中枢が気になってんだろ? あの国の腹の中を、どうにかしたいんだろ?」
「……」
無言は肯定だった。その表情はホリンの満足いくものだったらしく、不敵な笑みを見せる。
「言っとくが買いかぶるなよ。俺が戦力にならない場合だってあるんだぞ」
「買いかぶってはいない。王都を襲撃したゴーレムの軍勢。全部あんた一人の魔法なんだろ?」
アルベルトは唇を尖らせた。
「ホリン・アーミットは魔法の才に恵まれなかった。そう聞いていたんだけどな」
「それは間違いない。ただ、見る目には自信があるってだけだ。なかなか精巧な人形だったぞ」
落ち着いた物言いをするホリンに、アルベルトは完全に脱力した。
「ディジー。お前はどうするんだ?」
「ここで聞くのかい? もしボクだけ逃げる、なーんて言ったらどんな目に遭わされるか。想像したくもないね」
ディジーが目を向けた先では、コーデリアが杖を構えていた。感じ取れる魔力は膨大であり、巧みに凝縮されていた。
王都で戦った時とは状況が違う。魔力の消費を抑える帽子がなく、コーデリアが守りに回らなければならない理由は何もない。
周囲の被害を気にせず戦うとすれば、ディジーは自分に勝ち目はないと考えていた。
「賢者の弟子に真っ向から戦いを挑む度胸はボクにはないさ」
「あら? わたくし、前回はあなたにしてやられましたわ」
「二年前のことなんて忘れてほしいね。それに、ボクはキミが思う存分戦える状況ではないと知っていて戦ったんだ。まあ、コーデリア嬢が思った以上に大雑把な魔道士だったと知れただけで収穫だったけどね」
「……わたくしが本当に大雑把かどうか、今ここで試してみましょうか?」
「冗談はよしてくれよ。こっちに戦意はないと伝わっているはずだ」
言葉通り、ディジーからも戦意は感じられない。ホリンはアルベルトに向き直る。
「決まり、ってことでいいんだよな」
「ああ。よろしく王子様。俺を使うってことは王様になるんだろうけど」
「いや」とホリンは首を振る。
「俺は王にはならない。なりたくもない。むしろ、これから王になる者の敵になるだろうさ」
そう言ってホリンは口の端を上げた。
言葉にされた意味を噛み砕けないアルベルトではない。表面的ではなく、心底からの笑みが零れる。
「くっくっくっ……。なんだよホリン。案外俺達は仲良くできそうじゃないか」
「それはこれからわかることだ。まずはあんたが持っている情報を吐いてもらわなきゃならない」
ホリンが背を向ける。警戒心をすべて解いたわけではない。それでも、警戒ばかりを見せては話ができないだろう。
アルベルトとディジーは彼の後へと続く。逃げる意思も、ましてや戦う意思なんてなかった。
敵意はない。そのはずだった。
「!? ホリン様っ!!」
コーデリアの叫びに、ホリンは体を反転して身構えた。
「おま……っ。いやマジで空気読めよお願いしますから!」
すぐにアルベルトの懇願が木霊する。そして、一陣の風が吹いた。
突風にホリンは思わずまぶたを閉じた。すぐに目を空けたが、視界に入ったのは空に浮かぶ圧倒的な存在感の塊だった。
長い白髪に真っ白な肌。人形めいた容姿をしている女だった。だが、その目だけは爛々としている。
突然現れた女。彼女はホリン達に対して一瞥すらない。魔道銃を向けられても気づいていない、いや、目に留める価値すらないといった態度である。
「アルベルト」
女が口を開く。やはりアルベルトとなんらかの関りがあるようだ。
「アウスの存在が、感じられなくなったわ」
「……そうか」
静かに頷くアルベルト。ディジーも目を伏せた。
「どういうことだ。そもそもその女はどこから現れたんだ?」
女は地上を見下ろした。目を向けたわけではない。その目は誰も捉えてはいなかった。
「悪いけど、先に行くわ」
「待ちなさい! どなたかは存じ上げませんが、勝手なことはさせませんわ!」
コーデリアの周囲に水球が次々と生み出されていく。
小さな水の球に見えるだろう。しかしそこに凝縮された魔力は計り知れない。
それを感じ取ったのか。女の目が初めて人を映す。コーデリアという魔道士の姿を捉えた。
「たかがニンゲン程度の力で、このアタシをどうにかできるだろうという考え。本当におめでたいことね」
静かな殺気に、コーデリアの背に冷や汗が流れる。
いや、コーデリアだけではない。この場のすべての者が等しく経験したことのない重圧に襲われていた。幾人かは立っていることもできず膝をついてしまっている。
「待てよシルフィ」
そんな周りの状態も意に介さず、アルベルトは気兼ねを感じさせない声色で続ける。
「行くのは構わないが、この方も連れて行って差し上げろ」
そう言って示されたのはホリンだった。
ホリンは意図はなんだと目で語る。彼に向き直ってアルベルトはニヤリと笑った。
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