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三章 冒険者編

第87話 正しい命の使い方

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 サイラスとブリキッドが巨大ゴーレムに突貫した。

「ぬおっ!?」
「でかいわりに動くじゃないか!」

 だが先ほどの焼き直しにはならなかった。
 それは当然だ。相手はもうただのかかしではないのだ。腰の入ったゴーレムのパンチが唸りを上げて二人に襲い掛かる。
 二人は空中にいるのが信じられない動きでゴーレムの攻撃を回避したものの、風圧がわたし達を襲う。吹き飛ばされないようにと剣を地面に刺して堪えた。
 相変わらずゴーレムにダメージは期待できない。それでも足を止められた。町の破壊よりもサイラス達の排除を優先したようだ。

「みんなでいくわよ! マーセル! あなたも手伝いなさい!」
「わかってますよ。合わせるんで、好きにやっちまってください」

 テュルティさんの号令で他のメンバーも攻撃に加わる。マーセルでさえ援護に向かっていた。

「「――ヴァレーヒ」」

 というかテュルティさんとマーセルが合体魔法を放っていた。マーセルお前魔法使えたのかよ!?
 混ざりあった魔法は火力を上げる。上位魔法を超えるほどの炎がゴーレムにぶつかった。
 炎上。あれほどの大きいゴーレムを包むほどの炎。中身は無事では済まないだろう。普通なら、だけど。
 そうだ。魔王のゴーレムには精霊の力が加わっているのだ。わたしだってあの中なら外界からの攻撃を食らっても、さほどダメージを感じなかった。

「まだだ!! こんなことであのゴーレムは止まらない!」

 わたしが叫ぶと同時、それを証明するかのようにゴーレムの標的がテュルティさんとマーセルに向いた。
 あっけないほど簡単に炎を振り払い、ゴーレムは地面に向かって拳を振り下ろす。あまりのスピードに後衛職の二人は逃げられない。

「させるか!!」

 横からサイラスの一撃。振り下ろされていた拳の軌道が変わり、何もない地面を殴った。
 ズドォン! そんな轟音が大気を震わせる。大きなクレーターを見れば、直撃すれば肉片も残らないかもしれない恐怖を抱かせるには充分だった。
 しかし、超一流の冒険者はそんなことで止まったりはしない。当然だ。死線を潜り抜けたからこそ今の地位にいるのだから。
 振り下ろされたゴーレムの腕に矢が突き刺さった。その矢の一撃は凄まじく、頑丈なゴーレムの腕を一部ではあるが破壊した。弓矢の威力じゃない……。
 弓矢での攻撃は『漆黒の翼』のメンバーの一人だろう。全員を知っているわけじゃないが、一人たりとも実力不足の者はいなさそうだ。
 足りていないのはわたしだけ。だからこそ、この役目はわたしに相応しい。

「くそっ! 破壊してもすぐに元通りになっちまう!」

 ブリキッドが悪態をつきたくなる気持ちもわかる。せっかく破壊しても、ゴーレムは精霊の力を借りて元通りに修復してしまう。
 ただでさえ頑丈なゴーレムだ。やっと破壊できたと思っても、こうも簡単に復元されてしまうとキリがない。
 ならば一点集中攻撃だ。こういう相手には核を破壊するのが最善と相場が決まっている。核さえ破壊できれば自己再生もできないだろう。
 核の部分はどこになるのか。わたし自身よく知っていた。

「ゴーレムの胸の中心だ! 魔王はその中にいるはず。本体を叩けば再生できないはずだ」

 岩の弾丸を放ち、ゴーレムの胸へと命中させてやる。これが目印だ。
 みんなも同じことを考えていたのだろう。言葉を交わす必要もなく、各々が魔王本体を狙うべく動き出す。パーティーの足並みは揃っていた。

「マーセル! ゴーレムの動きを止めるわよ! 協力しなさい!」
「ケッ。言われなくても勝手に合わせますよ」

 テュルティさんとマーセルはゴーレムから距離を取りながら詠唱を始める。その二人が標的にされないように弓矢での援護。息ぴったりだ。

「ヒョオオオオオオオオオオオ!!」

 ブリキッドが宙を蹴る、蹴る、蹴る。まるで分身したかのように残像がいくつも現れる。強化魔法で動体視力も上がっているわたしでも追いきれない。
 ゴーレムは目の前を飛び回るブリキッドを捕まえようと手を伸ばす。しかしまったく捕まえられない。不格好に空振りを続けるばかりだ。
 大きさの割にゴーレムの動きは機敏だ。それでもブリキッドのスピードはそれすらスローモーションに感じさせた。これが彼の本気なのだろう。やはり槍兵は速い。

「「――プリズムチェーン」」

 ブリキッドに気を取られているうちに、テュルティさんとマーセルの魔法が完成した。
 ゴーレムに負けないほどの巨大な魔法陣から魔法で作られた鎖が放たれる。いくつも放たれた鎖はゴーレムの体のありとあらゆる部位を拘束する。
 ゴーレムは抵抗の意思を示す。手足を振り回して暴れるが、絡みつく鎖の数がどんどん増えていき、それと比例して動きが制限されていく。

「レッドドラゴンだって捕まえた魔法なのよ。そう簡単に逃がすもんですか!」

 けっこうな大技のようだ。実際、ゴーレムの足は完全に止まった。

「どでかいのをぶち込んでやるぜ!!」

 空中で回転するブリキッド。コマのように高速で回転し、その勢いを殺すことなく槍を投げた。
 紫電を纏った槍は、狙いたがわずゴーレムの胸へと命中した。落雷があったかのような轟音。ブリキッド渾身の一撃は、ゴーレムの体に亀裂を走らせた。
 すかさずサイラスが前に出た。

「奥義……邪王滅殺斬!!」

 いろんな意味でやばそうな口上とともに放たれたのは黒い斬撃だった。空を裂かんばかりに突き進み、ゴーレムへと衝突した。
 亀裂が塞がる前に連続での必殺技を受けたのだ。ダメージは甚大なはずだ。

「これでも足りないかっ!?」

 あのサイラスが目を見開く。それほどの一撃だったのだろう。奥義って言ってたし。
 なのに、ゴーレムは立っていた。胸を中心に広がる亀裂が大きくなったものの、まだ倒れない。それどころかすでに修復は始まっていた。
 必殺技を放った直後の硬直時間。サイラスとブリキッドは今すぐ動ける状態ではなかった。二人が大勢を立て直す頃には、ゴーレムの修復は終わってしまうだろう。
 ゴーレムを縛る魔法の鎖も徐々に弱まっている。拘束魔法も長くは持ちそうにない。テュルティさんの表情に絶望の感情が浮かぶ。

「ああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 わたしは叫んだ。叫びながら突っ込んだ。
 砲弾のようにゴーレムに向かって飛んでいた。今までの飛行魔法では考えられないほどの速度が出ている。鉄砲玉ってこんな感じかな。
 剣を両手でしっかりと握り。ゴーレムに向けた。真っすぐ突き刺す。それだけを意識して、腕がガチガチになる。
 動けない土塊にかわす手段なんてない。かわされず、払い落とされもせず、わたしの剣はゴーレムの胸、亀裂の中心へと突き刺さった。
 突き刺さったとはいえ、相手は五十メートルはあるであろう巨大ゴーレムだ。こんな剣が刺さったくらいのこと、蚊に刺されたのと変わらないだろう。
 でも、これで充分だ。
 ここまでお膳立てをしてくれて感謝してもしきれない。これでようやく、わたしの目的が達せられる……。


 あれからずっと考えていたことがある。
 どうすれば罪をあがなえるのか。どうすればやってしまったことをなかったことにできるのか。
 いくら考えても答えは出なくて。わたしのない頭からそんな上等な答えが出るのなら、初めからみんなに迷惑をかけなかった。そんな当たり前のことに気づくまで時間をかけ過ぎてしまった。
 生きてしまった以上、何かをしなければならないと思った。だから情報収集をしてきた。やるべきことを探すために。自分にしかできないことを見つけるために。冒険者になったのはその一手段でもあった。
 けれど、知れば知るほどわたしにはどうにもできない事態があるのだとわかってしまった。首を突っ込むべきではないとわかってしまった。
 でもさ、それならわたしはどうすればいいのだろう?
 何もできない自分。これから出会う人にだって、わたしは何もしてあげられないだろう。むしろ害にしかならない。誰かと関わるべきではないと、思い知った。
 人と、世界と馴染めない自分。なのに一人ぼっちでいるのは苦しくて、悲しい。
 動いたら迷惑をかけてしまう。でも、動かずにいるのもつらかった。
 救われた命をどう使えばいいのだろうか。役に立たなければ無意味だ。それはあってはならない。
 だって、無意味になってしまったらアルベルトさんは、ディジーは、そしてアウスの犠牲はどうなる?
 ない頭を振り絞り、こんなわたしでも満足する使い方があるのだと思いついた。見ようによってはヒーローになれる。救ってくれた人達に顔向けできるってものだ。
 こんなわたしでも誰かに感謝され、自己満足に浸れる。これこそウィンウィンってやつだろう。なんと素晴らしいことか。


 わたしの持つ剣は自身の魔力で作られた、まさに手製の代物である。
 いわば魔力の塊だ。年月をかけてその質を高めてきたのだ。内包する魔力は自分自身の魔力保有量を大きく超えている。
 さて問題です。剣に溜め込んだ魔力を暴走させたらどうなるでしょうか?
 溜め込んだ魔力を火薬の量と置き換えれば想像しやすいかな。暴走させるというのは起爆させるということ。もうこれほとんど答え言ってんな。
 そこへ今わたしに残っている魔力のすべてを注ぎ込む。威力は何倍にも増すだろう。もともと格上殺しの手段だったんだ。この程度のゴーレム風情、倒せない道理はない!

「魔王だろうがなんだろうが、これでおしまいだ……じゃあね」

 どんなにゴーレムが大きくて固かろうが、亀裂が走って硬さを失いわたしのものを突き刺してやったのだ。逃げることはできず、守ることもできない状態で、これから受ける力に耐えられるはずがなかった。
 剣が発光する。それは凝縮された力の塊が解き放たれる予兆だった。
 そこへわたしの魔力をありったけ注いでやった。それがスイッチとなり、そしてただでさえ大きい力の塊が何倍にもなって解放された。
 一瞬で巨大ゴーレムは無に還す。さすがの魔王も目を剥いて驚いていた。ザマーミロ。
 もちろん爆発の中心地にいるわたしだってただじゃ済まない。実際、何もかもがスローモーションに感じられる。もうちょっとしたら走馬灯だって見られるかもしれない。
 おっと、最後まで油断するなよわたし。魔力の暴走はゴーレムの大きさで留めさせてもらう。だから他の人達に迷惑はかけない。爆発の範囲内の破壊力は増すし、一石二鳥である。

「……ア」

 もう見えないし聞こえないけれど、放たれた魔力を通して魔王の口が動いたことを感じる。断末魔でも上げるのだろうか。なんにしても意味のある言葉はないだろう。

「ア、ウス……様……」

 魔王は消滅した。それを認識し、わたしも消滅した。
 最後に感じたのは体中を包むぬくもりだった。熱さでも痛みでもなかったことが、最後に良かったと思えたことだった。

 バカは死んでも直らない。どこにいたって、どんな世界だったとしても不要な存在はいる。
 そんなバカの使い方。いつか強大な敵が現れて、命を尽くして打倒する。まさに英雄だ。一対一の交換としてはこれ以上ない。最高の結果ってやつだ、ははっ。

 二度の生でわたしが得たことがあったとすれば、わたしなんかが幸せになれる世界はなかったということだ。それが教訓。だから神様、いるかどうかもわからない存在に願うことがあるとすれば一つだけ――

「もう二度と、こんな奴を転生なんてさせないで……っ」

 と、願った。
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