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三章 冒険者編
第81話 悪夢再び
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激しい体の痛みで目が覚めた。
ズッキン! ズッキン! と、もうわかったってのに絶えず痛みの信号が送られてくる。指先一つ動かすだけで痛みが増す。左手に至ってはまったく動かなかった。
「痛……」
声を漏らすだけでも痛い。頭が痛みでいっぱいになりそうだ。
心の中だけで痛い痛いと呟いていると、少しずつ状況を思い出してきた。
そうだ。棺桶から魔王が出てきて、だからわたしは戦って……。
がばりと上体を起き上がらせる。強い痛みがわたしの心をくじこうとしてくるが、歯を食いしばって耐えた。
「魔王……魔王はどこ!?」
わたしの声だけが反響する。静かなもので、誰も反応しない。誰もいなかった。
どれほどの時間気を失っていたのか。いや、今そんなことを考えたってしょうがない。正しく状況を認識しろ。
魔王はここを出てしまったのだ。外へと出て、何をするかなんて『魔王』の単語だけで想像できようというものだ。
「は、早く追いかけなきゃ――」
立ち上がろうとして、体が硬直してしまうほどの痛みでバランスを崩してしまう。不格好に倒れ、頭を打ちつけた。
「なんだよ……もうっ……」
悪態だけは一人前だなバカ野郎っ。無駄口叩けるならさっさと動けよ!
文句は出るのに体は動かなくて、魔法で治癒しようとしてみても、強化して無理やり動かそうとしてみても、どうしようもなかった。あるのは倦怠感だけで、体と心はもう無理だと、そんな泣き言ばかりを叫んでいるみたいだ。
今のわたしには魔力がない。魔力量ではそうそう負けない自信があったのに……。全部奪われてしまった。
だから治癒も強化も使えない。ただの無能なわたしが転がっているだけだ。本当に役立たずだった。
涙が出そうになるのを頭を打ちつけて止める。泣くだなんて甘え以外のなんだというんだ。もう甘ったれた自分なんて許せなかった。
「ん?」
地面に何か光るものが見える。立ち上がることすらままならないけれど、なんとか這いずることはできた。
「魔結晶……?」
近づいてみれば、どこから出てきたのか魔結晶が転がっていた。
そういえば、魔王は人を結晶に変えていた。そんなことができるなんて聞いたことがなかったけど、実際に目にしたことを信じないわけにもいかない。
しかし、人を魔結晶に変えて、それは魔王が自身に取り込んでいた。じゃあこれはどこから出てきたんだ?
わたしは引き寄せられるように落ちている魔結晶に手を伸ばしていた。その辺の魔石よりも純度の濃い魔力を感じられる。
自分の魔力はゼロ。手の中には魔力の塊。ちょうどいいだろ。
魔結晶が溶けるようにわたしの糧となる。キラキラとした光が私を包み込んでくれる。
「な、にこれ? 溢れそう……」
膨大な魔力がわたしの体の中へと入り込んでくる。あまりにも多くて、想像を遥かに超える量を零さないようにと必死になる。
なんだこれなんだこれなんだこれ!? 体が熱い……。熱すぎておかしくなっちゃいそうだ。
焼けて溶けてしまいそうなほどの熱を感じていた。のたうち回ることもできず、熱が引くまで亀みたいにただじっと耐えていた。
自分の中から膨れ上がる。それが何かもわからず、それでも待ち望んでいた何かではないかと思った。
「……動く。体は……問題ないのかな」
気づけば体の熱は綺麗さっぱり消えていた。というかいつの間に立ち上がっていたんだろう? さっきまで地面で丸くなっていたはずなのに。
魔力が回復している。ボロボロになっていた左腕も痛くない。怖いくらい全身スッキリとしていた。
体の問題が解消されたのなら行かなきゃならない。早くここから出て魔王を追いかけるんだ。
※ ※ ※
魔王の墓場を出たら空が赤く染まっていた。
それは夕日の時刻だからではなく、夜の暗闇を赤色が照らしているのだ。
「まさか……っ」
わたしは急いで空が赤く染まっている方角を目指した。その方向には町がある。
魔法で空を飛ぶ。ぐんぐんと町へと近づき、空を赤く染める正体を見た。
「なんだよあの数は……」
空を飛んでいるのも忘れて呆然と立ち尽くしてしまう。
地上では火の海が広がっていた。それは町を飲み込んではいなかったけれど、もう少しで町にまで達しそうなほど近づいてもいた。
町が無事……と安心もできない。その火の海を挟んで魔物の大群が迫っていたからだ。魔物の種族はゴブリンやオーガやスライムなど多種であり、その数を数えようだなんてバカらしくなるほどだ。
魔物の大群は真っすぐ町へと向かっているようだった。それだけの大群がまだ町まで辿り着けていない。その進行を押し止めるものがあるからだ。
町を守っていたのはたくさんの冒険者だった。言葉を交わしたことなんてあまりないけれど、ギルドに行けば嫌でも顔を覚えてしまう。そんな連中が町のためにと一致団結していた。
その中にはマーセルの顔もある。きっと魔物の大群が押し寄せる前に危機を知らせられたのだろう。……逃げ出さなかったんだな。
とにかくこの魔物の大群をどうにかしなければならない。異常な数だ。十中八九あれを引き連れてきたのは魔王だろう。数が多過ぎてその魔王の姿はいくら探しても見当たらなかった。
原因を排除、というわけにはいかないようだ。そもそも実力的にできるのかって話だけど。いないならいないでこの魔物の群れを排除するだけだ。
自分の尻ぬぐいくらいやってやる。たとえ自分がどうなったって、魔王を倒してみせる。それがわたしにできる責任の取り方だろうから。
※ ※ ※
「だーくそ! ここから出しやがれってんだ!!」
何度目かもわからない体当たりを扉にぶつける。でも鉄でできた扉にはびくともしねえ。
体が扉にぶつかった音が反響する。小さな部屋に扉が一つだけ。今俺がいる場所はたぶん地下にある。
知らない姉ちゃんにエルが危ないからってついて行ってみれば、気づいたらこんなところに閉じ込められていた。食事を出してくれるのだけが救いで、いい加減脱出しないと気が狂いそうだ。
「それに、これ以上エルに心配かけるわけにはいかねえ……」
薄汚れた俺なんかを拾っちまうお人好しだ。きっと気にしてる。そもそも俺をここに閉じ込めた連中に何か要求されているかもしれねえ。
「くっそー! 早まるんじゃねえぞ!!」
体当たりを繰り返す。子供の自分がもどかしい。俺が大人だったらこんなことになっていなかったのにっ。
悔しくて目が熱くなる。熱に任せて無駄だとわかっていながら扉へと体当たりを続けた。
「ご苦労様ねハドリー」
何度体当たりをしても開かなかった扉が突然開いた。入ってきたのは見覚えのある、俺をここに閉じ込めた姉ちゃんだった。
「あっ! あんたはあの時の姉ちゃん」
「もうここにいなくてもいいわ。出なさい」
姉ちゃんは通路の端に寄ってここから出ろと促す。
いきなり捕まえて、いきなり解放するだって? ふざけてんのか!
「ここから出て、この町から逃げた方がいいわ。逃げ遅れないようにね」
静かな言い方に掴みかかろうとしていたのをやめる。
「逃げ遅れないようにって……どういう意味なんだ?」
よく見れば姉ちゃんは疲れた顔をしていた。その表情と言葉が気になった。
躊躇う様子を見せていたけど、姉ちゃんは観念したかのように口を開いた。
「魔物の軍勢……いいえ、魔王が町に襲撃してきたのよ」
それを聞いて、俺は故郷を襲った悪夢を思い出していた。
ズッキン! ズッキン! と、もうわかったってのに絶えず痛みの信号が送られてくる。指先一つ動かすだけで痛みが増す。左手に至ってはまったく動かなかった。
「痛……」
声を漏らすだけでも痛い。頭が痛みでいっぱいになりそうだ。
心の中だけで痛い痛いと呟いていると、少しずつ状況を思い出してきた。
そうだ。棺桶から魔王が出てきて、だからわたしは戦って……。
がばりと上体を起き上がらせる。強い痛みがわたしの心をくじこうとしてくるが、歯を食いしばって耐えた。
「魔王……魔王はどこ!?」
わたしの声だけが反響する。静かなもので、誰も反応しない。誰もいなかった。
どれほどの時間気を失っていたのか。いや、今そんなことを考えたってしょうがない。正しく状況を認識しろ。
魔王はここを出てしまったのだ。外へと出て、何をするかなんて『魔王』の単語だけで想像できようというものだ。
「は、早く追いかけなきゃ――」
立ち上がろうとして、体が硬直してしまうほどの痛みでバランスを崩してしまう。不格好に倒れ、頭を打ちつけた。
「なんだよ……もうっ……」
悪態だけは一人前だなバカ野郎っ。無駄口叩けるならさっさと動けよ!
文句は出るのに体は動かなくて、魔法で治癒しようとしてみても、強化して無理やり動かそうとしてみても、どうしようもなかった。あるのは倦怠感だけで、体と心はもう無理だと、そんな泣き言ばかりを叫んでいるみたいだ。
今のわたしには魔力がない。魔力量ではそうそう負けない自信があったのに……。全部奪われてしまった。
だから治癒も強化も使えない。ただの無能なわたしが転がっているだけだ。本当に役立たずだった。
涙が出そうになるのを頭を打ちつけて止める。泣くだなんて甘え以外のなんだというんだ。もう甘ったれた自分なんて許せなかった。
「ん?」
地面に何か光るものが見える。立ち上がることすらままならないけれど、なんとか這いずることはできた。
「魔結晶……?」
近づいてみれば、どこから出てきたのか魔結晶が転がっていた。
そういえば、魔王は人を結晶に変えていた。そんなことができるなんて聞いたことがなかったけど、実際に目にしたことを信じないわけにもいかない。
しかし、人を魔結晶に変えて、それは魔王が自身に取り込んでいた。じゃあこれはどこから出てきたんだ?
わたしは引き寄せられるように落ちている魔結晶に手を伸ばしていた。その辺の魔石よりも純度の濃い魔力を感じられる。
自分の魔力はゼロ。手の中には魔力の塊。ちょうどいいだろ。
魔結晶が溶けるようにわたしの糧となる。キラキラとした光が私を包み込んでくれる。
「な、にこれ? 溢れそう……」
膨大な魔力がわたしの体の中へと入り込んでくる。あまりにも多くて、想像を遥かに超える量を零さないようにと必死になる。
なんだこれなんだこれなんだこれ!? 体が熱い……。熱すぎておかしくなっちゃいそうだ。
焼けて溶けてしまいそうなほどの熱を感じていた。のたうち回ることもできず、熱が引くまで亀みたいにただじっと耐えていた。
自分の中から膨れ上がる。それが何かもわからず、それでも待ち望んでいた何かではないかと思った。
「……動く。体は……問題ないのかな」
気づけば体の熱は綺麗さっぱり消えていた。というかいつの間に立ち上がっていたんだろう? さっきまで地面で丸くなっていたはずなのに。
魔力が回復している。ボロボロになっていた左腕も痛くない。怖いくらい全身スッキリとしていた。
体の問題が解消されたのなら行かなきゃならない。早くここから出て魔王を追いかけるんだ。
※ ※ ※
魔王の墓場を出たら空が赤く染まっていた。
それは夕日の時刻だからではなく、夜の暗闇を赤色が照らしているのだ。
「まさか……っ」
わたしは急いで空が赤く染まっている方角を目指した。その方向には町がある。
魔法で空を飛ぶ。ぐんぐんと町へと近づき、空を赤く染める正体を見た。
「なんだよあの数は……」
空を飛んでいるのも忘れて呆然と立ち尽くしてしまう。
地上では火の海が広がっていた。それは町を飲み込んではいなかったけれど、もう少しで町にまで達しそうなほど近づいてもいた。
町が無事……と安心もできない。その火の海を挟んで魔物の大群が迫っていたからだ。魔物の種族はゴブリンやオーガやスライムなど多種であり、その数を数えようだなんてバカらしくなるほどだ。
魔物の大群は真っすぐ町へと向かっているようだった。それだけの大群がまだ町まで辿り着けていない。その進行を押し止めるものがあるからだ。
町を守っていたのはたくさんの冒険者だった。言葉を交わしたことなんてあまりないけれど、ギルドに行けば嫌でも顔を覚えてしまう。そんな連中が町のためにと一致団結していた。
その中にはマーセルの顔もある。きっと魔物の大群が押し寄せる前に危機を知らせられたのだろう。……逃げ出さなかったんだな。
とにかくこの魔物の大群をどうにかしなければならない。異常な数だ。十中八九あれを引き連れてきたのは魔王だろう。数が多過ぎてその魔王の姿はいくら探しても見当たらなかった。
原因を排除、というわけにはいかないようだ。そもそも実力的にできるのかって話だけど。いないならいないでこの魔物の群れを排除するだけだ。
自分の尻ぬぐいくらいやってやる。たとえ自分がどうなったって、魔王を倒してみせる。それがわたしにできる責任の取り方だろうから。
※ ※ ※
「だーくそ! ここから出しやがれってんだ!!」
何度目かもわからない体当たりを扉にぶつける。でも鉄でできた扉にはびくともしねえ。
体が扉にぶつかった音が反響する。小さな部屋に扉が一つだけ。今俺がいる場所はたぶん地下にある。
知らない姉ちゃんにエルが危ないからってついて行ってみれば、気づいたらこんなところに閉じ込められていた。食事を出してくれるのだけが救いで、いい加減脱出しないと気が狂いそうだ。
「それに、これ以上エルに心配かけるわけにはいかねえ……」
薄汚れた俺なんかを拾っちまうお人好しだ。きっと気にしてる。そもそも俺をここに閉じ込めた連中に何か要求されているかもしれねえ。
「くっそー! 早まるんじゃねえぞ!!」
体当たりを繰り返す。子供の自分がもどかしい。俺が大人だったらこんなことになっていなかったのにっ。
悔しくて目が熱くなる。熱に任せて無駄だとわかっていながら扉へと体当たりを続けた。
「ご苦労様ねハドリー」
何度体当たりをしても開かなかった扉が突然開いた。入ってきたのは見覚えのある、俺をここに閉じ込めた姉ちゃんだった。
「あっ! あんたはあの時の姉ちゃん」
「もうここにいなくてもいいわ。出なさい」
姉ちゃんは通路の端に寄ってここから出ろと促す。
いきなり捕まえて、いきなり解放するだって? ふざけてんのか!
「ここから出て、この町から逃げた方がいいわ。逃げ遅れないようにね」
静かな言い方に掴みかかろうとしていたのをやめる。
「逃げ遅れないようにって……どういう意味なんだ?」
よく見れば姉ちゃんは疲れた顔をしていた。その表情と言葉が気になった。
躊躇う様子を見せていたけど、姉ちゃんは観念したかのように口を開いた。
「魔物の軍勢……いいえ、魔王が町に襲撃してきたのよ」
それを聞いて、俺は故郷を襲った悪夢を思い出していた。
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