根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

文字の大きさ
上 下
89 / 127
三章 冒険者編

第81話 悪夢再び

しおりを挟む
 激しい体の痛みで目が覚めた。
 ズッキン! ズッキン! と、もうわかったってのに絶えず痛みの信号が送られてくる。指先一つ動かすだけで痛みが増す。左手に至ってはまったく動かなかった。

「痛……」

 声を漏らすだけでも痛い。頭が痛みでいっぱいになりそうだ。
 心の中だけで痛い痛いと呟いていると、少しずつ状況を思い出してきた。
 そうだ。棺桶から魔王が出てきて、だからわたしは戦って……。
 がばりと上体を起き上がらせる。強い痛みがわたしの心をくじこうとしてくるが、歯を食いしばって耐えた。

「魔王……魔王はどこ!?」

 わたしの声だけが反響する。静かなもので、誰も反応しない。誰もいなかった。
 どれほどの時間気を失っていたのか。いや、今そんなことを考えたってしょうがない。正しく状況を認識しろ。
 魔王はここを出てしまったのだ。外へと出て、何をするかなんて『魔王』の単語だけで想像できようというものだ。

「は、早く追いかけなきゃ――」

 立ち上がろうとして、体が硬直してしまうほどの痛みでバランスを崩してしまう。不格好に倒れ、頭を打ちつけた。

「なんだよ……もうっ……」

 悪態だけは一人前だなバカ野郎っ。無駄口叩けるならさっさと動けよ!
 文句は出るのに体は動かなくて、魔法で治癒しようとしてみても、強化して無理やり動かそうとしてみても、どうしようもなかった。あるのは倦怠感だけで、体と心はもう無理だと、そんな泣き言ばかりを叫んでいるみたいだ。
 今のわたしには魔力がない。魔力量ではそうそう負けない自信があったのに……。全部奪われてしまった。
 だから治癒も強化も使えない。ただの無能なわたしが転がっているだけだ。本当に役立たずだった。
 涙が出そうになるのを頭を打ちつけて止める。泣くだなんて甘え以外のなんだというんだ。もう甘ったれた自分なんて許せなかった。

「ん?」

 地面に何か光るものが見える。立ち上がることすらままならないけれど、なんとか這いずることはできた。

「魔結晶……?」

 近づいてみれば、どこから出てきたのか魔結晶が転がっていた。
 そういえば、魔王は人を結晶に変えていた。そんなことができるなんて聞いたことがなかったけど、実際に目にしたことを信じないわけにもいかない。
 しかし、人を魔結晶に変えて、それは魔王が自身に取り込んでいた。じゃあこれはどこから出てきたんだ?
 わたしは引き寄せられるように落ちている魔結晶に手を伸ばしていた。その辺の魔石よりも純度の濃い魔力を感じられる。
 自分の魔力はゼロ。手の中には魔力の塊。ちょうどいいだろ。
 魔結晶が溶けるようにわたしの糧となる。キラキラとした光が私を包み込んでくれる。

「な、にこれ? 溢れそう……」

 膨大な魔力がわたしの体の中へと入り込んでくる。あまりにも多くて、想像を遥かに超える量を零さないようにと必死になる。
 なんだこれなんだこれなんだこれ!? 体が熱い……。熱すぎておかしくなっちゃいそうだ。
 焼けて溶けてしまいそうなほどの熱を感じていた。のたうち回ることもできず、熱が引くまで亀みたいにただじっと耐えていた。
 自分の中から膨れ上がる。それが何かもわからず、それでも待ち望んでいた何かではないかと思った。

「……動く。体は……問題ないのかな」

 気づけば体の熱は綺麗さっぱり消えていた。というかいつの間に立ち上がっていたんだろう? さっきまで地面で丸くなっていたはずなのに。
 魔力が回復している。ボロボロになっていた左腕も痛くない。怖いくらい全身スッキリとしていた。
 体の問題が解消されたのなら行かなきゃならない。早くここから出て魔王を追いかけるんだ。


  ※ ※ ※


 魔王の墓場を出たら空が赤く染まっていた。
 それは夕日の時刻だからではなく、夜の暗闇を赤色が照らしているのだ。

「まさか……っ」

 わたしは急いで空が赤く染まっている方角を目指した。その方向には町がある。
 魔法で空を飛ぶ。ぐんぐんと町へと近づき、空を赤く染める正体を見た。

「なんだよあの数は……」

 空を飛んでいるのも忘れて呆然と立ち尽くしてしまう。
 地上では火の海が広がっていた。それは町を飲み込んではいなかったけれど、もう少しで町にまで達しそうなほど近づいてもいた。
 町が無事……と安心もできない。その火の海を挟んで魔物の大群が迫っていたからだ。魔物の種族はゴブリンやオーガやスライムなど多種であり、その数を数えようだなんてバカらしくなるほどだ。
 魔物の大群は真っすぐ町へと向かっているようだった。それだけの大群がまだ町まで辿り着けていない。その進行を押し止めるものがあるからだ。
 町を守っていたのはたくさんの冒険者だった。言葉を交わしたことなんてあまりないけれど、ギルドに行けば嫌でも顔を覚えてしまう。そんな連中が町のためにと一致団結していた。
 その中にはマーセルの顔もある。きっと魔物の大群が押し寄せる前に危機を知らせられたのだろう。……逃げ出さなかったんだな。
 とにかくこの魔物の大群をどうにかしなければならない。異常な数だ。十中八九あれを引き連れてきたのは魔王だろう。数が多過ぎてその魔王の姿はいくら探しても見当たらなかった。
 原因を排除、というわけにはいかないようだ。そもそも実力的にできるのかって話だけど。いないならいないでこの魔物の群れを排除するだけだ。
 自分の尻ぬぐいくらいやってやる。たとえ自分がどうなったって、魔王を倒してみせる。それがわたしにできる責任の取り方だろうから。


  ※ ※ ※


「だーくそ! ここから出しやがれってんだ!!」

 何度目かもわからない体当たりを扉にぶつける。でも鉄でできた扉にはびくともしねえ。
 体が扉にぶつかった音が反響する。小さな部屋に扉が一つだけ。今俺がいる場所はたぶん地下にある。
 知らない姉ちゃんにエルが危ないからってついて行ってみれば、気づいたらこんなところに閉じ込められていた。食事を出してくれるのだけが救いで、いい加減脱出しないと気が狂いそうだ。

「それに、これ以上エルに心配かけるわけにはいかねえ……」

 薄汚れた俺なんかを拾っちまうお人好しだ。きっと気にしてる。そもそも俺をここに閉じ込めた連中に何か要求されているかもしれねえ。

「くっそー! 早まるんじゃねえぞ!!」

 体当たりを繰り返す。子供の自分がもどかしい。俺が大人だったらこんなことになっていなかったのにっ。
 悔しくて目が熱くなる。熱に任せて無駄だとわかっていながら扉へと体当たりを続けた。

「ご苦労様ねハドリー」

 何度体当たりをしても開かなかった扉が突然開いた。入ってきたのは見覚えのある、俺をここに閉じ込めた姉ちゃんだった。

「あっ! あんたはあの時の姉ちゃん」
「もうここにいなくてもいいわ。出なさい」

 姉ちゃんは通路の端に寄ってここから出ろと促す。
 いきなり捕まえて、いきなり解放するだって? ふざけてんのか!

「ここから出て、この町から逃げた方がいいわ。逃げ遅れないようにね」

 静かな言い方に掴みかかろうとしていたのをやめる。

「逃げ遅れないようにって……どういう意味なんだ?」

 よく見れば姉ちゃんは疲れた顔をしていた。その表情と言葉が気になった。
 躊躇う様子を見せていたけど、姉ちゃんは観念したかのように口を開いた。

「魔物の軍勢……いいえ、魔王が町に襲撃してきたのよ」

 それを聞いて、俺は故郷を襲った悪夢を思い出していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したもののトカゲでしたが、進化の実を食べて魔王になりました。

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
異世界に転生したのだけれど手違いでトカゲになっていた!しかし、女神に与えられた進化の実を食べて竜人になりました。 エブリスタと小説家になろうにも掲載しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

処理中です...