根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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三章 冒険者編

第72話 ハドリーの一日

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 俺の名前はハドリー。今はエルという姉ちゃんのもとで魔法の特訓をしている。
 特訓ということで日々体に魔力を流されている。それだけで気持ち悪くなってしまっている。これを耐えれば俺だって魔法を使えるようになるのだろうか。

「じゃあわたしは依頼に行ってくるからね。ヨランダさんに迷惑をかけないように」
「わかってるよ」

 今日も朝の日課として俺に魔力を流したエルは冒険者の仕事へと向かった。
 見送ったはいいものの、休まないと動けそうにない。魔法を使うためとはいえ、みんなこんなことを我慢しているのかよ。

「いつまで寝ているんだい」
「うおっ!?」

 気持ち悪さから地面に倒れていると、いきなり頭を蹴られた。
 痛ぇな! と怒鳴ってやろうかと顔を上げれば、そこには見慣れてきたしわがれた顔があった。
 俺とエルを居候させてくれている家主、ヨランダさんが面白くもないといった顔で俺を見下ろしていた。唯一「さん」を付けろとエルにきつく言われている人だ。

「もう起きれるんだろ。さっさと支度して仕事を手伝いな」
「あ、はいっ」

 ヨランダさんには逆らうなともエルにきつく言われている。なぜかはよくわからないけど、エルはヨランダさんには頭が上がらないようだった。居候だからか?
 ヨランダさんからすれば俺もエルも同じ居候だからな。迷惑をかけられないし、黙って言うことを聞くしかない。
 体を起こすと多少の気持ち悪さは残っているものの、動くのは大丈夫そうだ。少しずつでも気持ち悪くなる時間が短くなっている……気がする。
 部屋に戻って着替えを済ませる。ちょっと前までは汚れた格好をしていたとは思えないほどの綺麗な服だ。洗濯は全部エルがしてくれている。
 髪だってボサボサだったのに、手触りが良くなってきた。毎日風呂に入れているからだ。なんか俺、贅沢な生活をしているな。

「これをすり潰してみな」
「はい、わかりました」

 ヨランダさんから何種類かの薬草を渡される。俺にはよくわからないが、言う通りにしていればいい。
 ヨランダさんはいろんな魔法薬を作って売っている。今はポーションを作っているのだ。
 エルもある程度はポーションを作れるらしいが、ヨランダさんには敵わないらしい。魔法を使えなければいけないと言っていたし、もしかしてヨランダさんってエルよりもすごい魔道士なのか?

「何しているんだい。早く手を動かしな」
「は、はいっ。すいません」

 俺が見つめているのに気づいたヨランダさんに怒られてしまう。
 老人と呼んでもいい年齢だろうに、怒ると恐い。声を張ったりすることはないが、なんだか表現できないような迫力があった。
 この人苦手なんだよな。エルがいなかったら居候なんてさせてもらおうとも考えなかっただろう。

 俺がまともに生活できているのはエルのおかげだ。
 彼女は俺に生活する基盤を与えただけじゃなく、魔法の特訓にだって付き合ってくれている。
 魔法を使えるようになれば俺だって冒険者として働ける。そうなれば恩を返せるはずだ。今まで食い物とかたくさん食わせてもらったし、さっさと借りを返したい。
 そして強くなれた時には……。俺は芽生えた考えを振り払うように頭を振った。

「何やってんだい。手が止まっているよ」
「す、すんませんっ」

 俺は慌てて手を動かし始める。今の俺の仕事はポーション作成の手伝いだ。

「おいハドリー。飯の時間だよ。早く来な」
「はい。今行きます」

 ヨランダさんに続いて俺は作業を止めた。
 エルは朝に冒険者ギルドへと向かい、日が暮れる前には帰ってくる。それまではヨランダさんといっしょにいるのだ。
 ヨランダさんはぶっきら棒ではあるけど、昼飯を食べさせてくれたりとエルがいない間はよくしてもらっている。
 テーブルに着いて用意してもらったパンとスープを食べる。ヨランダさんはスープだけだ。足りるのかな? と思いながら眺めていると怪訝な顔をされた。

「足りないのかい?」
「い、いや、俺じゃなくてヨランダさんが足りるのかなって思って……」

 ふっと空気が和らいだ気がした。ちょっとだけヨランダさんが笑ったように見えたけど、それが見間違いだったみたいにいつもの仏頂面に戻っていた。

「あの……聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「なんでエルはここで居候しているんですか?」

 これはなんでだろうと思っていたことだ。
 エルはBランク冒険者だと聞いている。高ランク冒険者はかなりの収入があると聞いたことがある。分け前を考えなくてもいいソロならなおさらだ。
 もちろん最初から高ランクだったわけじゃあないだろう。駆け出しの時からなら住む場所にだって困っていた時期があったのかもしれない。
 それでも今は違う。金があるならわざわざ居候をする理由はないはずだ。エルとヨランダさんの関係性がわからないからこそ、気になってしまうのだ。

「……捨てられたみたいな顔をしていたからかね」
「え?」
「別にあたしゃ関係ないけどね。ただ、放っておいたらいつまでもそこに佇んでいるんじゃないかって思ったのさ」
「? それってどういう?」

 ヨランダさんは食器を持って席を立った。皿は空になっている。もう食事が終わったみたいだった。

「知りたきゃ本人に聞くんだね。あたしゃあの子の何かを知っているわけじゃないんだ。聞かれたって何も出やしないよ」

 そう言ってヨランダさんは仕事へと戻って行った。
 確かに本人のいないところで何もかもを知ろうだなんてするべきじゃないか。俺は食事を口いっぱいに詰め込んで一気に飲み込む。俺も仕事に戻らなきゃ。

「ただいまー。ハドリー元気にしてた?」
「別に変わらねえよ」

 夕暮れになる頃にエルが帰ってきた。
 俺がいるからと近場の依頼ばかり受けているそうだけど、それにしても帰ってくるのが早いな。ギルドの受付嬢なんかもエルは優秀だって言っていたし、意外と仕事が早いのか?

「なんだよ?」

 エルに見つめられている気がして聞いてみれば、曖昧に笑われてしまった。

「別になんでもないよ。わりと平気そうだから今から魔法の訓練でもする?」
「おう。もちろんやるぜ」

 はやる気持ちのまま庭へと出た。そんな俺を見つめるエルの顔を、俺が気づくことはなかった。
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