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三章 冒険者編

第70話 育成開始

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 わたしはハドリーを育てることにした。育てると言っても親になるとかそういうのではなくて、魔法を扱えるように鍛えるという意味だ。
 彼を育てるにあたってちょっとした問題があった。

「住む家がない?」
「寝泊まりは外でしてるよ」

 それは住所不定ということですが……。
 本当にハドリーは今までどうやって生きてきたのだろうか。そんな疑問を彼に聞くことはしなかった。深く踏み込むと何が出てくるかわかったもんじゃない。
 ただ、栄養状態が悪い体調が悪いでは効率が落ちてしまう。どうしたものかな。
 悩んでいるわたしにヨランダさんがこんなことを言った。

「あんたが面倒を見るんだろう。寝床の世話はあんたがするに決まっているじゃないかい」

 彼女のしゃがれた声にわたしは小さく「はい」と頷くしかなかった。少し言葉の解釈にずれがあったようだ。
 とはいえわたしが借りているのは屋根裏部屋だけだ。ハドリーが自立するまではいっしょの部屋で我慢するしかない。
 そうするにあたって一つの問題を解消しておかねばならないだろう。

「何だこれ?」
「これはお風呂っていうんだよ」

 この世界でも風呂は存在している。まあ当然のようにあるのは貴族邸ばかりだけどね。ちなみに我が実家であるシエル家にはなかったのでわたしが作りました。同じ要領でヨランダさんの家にも作ってみた。いつも仏頂面のヨランダさんだけれど、これに関してはご機嫌だったのをわたしは知っている。
 土魔法と水魔法、それに火魔法があればいつでも風呂に入れる。魔法って便利。風魔法があればドライヤー代わりにもなるしね。四大属性を極めたわたしに死角はない。

「とりあえず風呂に入って体を洗って。話はそれからしよう」

 いや本当にお願いしたい。汚れ過ぎというか、臭いがきついので話をすることすらためらってしまうのだ。そのままでいられると同じ部屋で寝られる気がしない。
 ヨランダさん特製石鹸を渡して風呂場へと放り込む。あとは数十分待つだけで綺麗なハドリーの完成だ。

「おーいエルー。何か体を拭く物ないかー?」

 おっ、どうやらお風呂タイムは終わったらしい。声に応じてわたしは風呂場へと入った。

「うおわっ!? 何普通に入ってきてんだよ!」

 ハドリーは慌てて浴槽の中へとダイブした。ざっぱーん! とお湯が飛んできたので風魔法で濡れないように弾いた。魔法の無駄使いである。

「いや、濡れた体を魔法で乾かしてあげようと思って」
「タオルか何か置いてくれればいいだろ! 入ってくる意味がわかんねえよ!!」

 そんなに怒らなくてもいいのに。

「わたしは風魔法も優秀だからね。あっという間に乾かしてあげるってば」
「おいやめろバカ! 俺は男だぞ!」
「知ってるよ。見ればわかる」
「絶対わかってねえ!」

 何かすごく嫌がられている。そこでようやく気づいた。
 子供とはいえ異性に裸を見られるのは恥ずかしいのか。いつから恥じらいを持つのかわかんなくなってきてるな。ハドリーが子供っぽく見えてしまうだけに距離感が取りづらい。
 面倒臭いけど、彼の恥じらう姿を見ても面白くもなんともない。さっさと次に進みたいしタオルを持ってきてやろう。
 わたしはふっと笑って了承を示す。

「ふふっ、わかった。ちょっと待っててね」
「おい! 今なんで笑った? 小さいと思ってバカにすんじゃねえっ!!」
「大丈夫。成長期なんだからハドリーはこれから大きくなるよ」
「励ましてんじゃねえよ!!」

 石鹸を投げつけられた。さらりとかわしてタオルを持って来る。
 しばらく待っているとハドリーが風呂場から出てきた。洗濯した服を着ているので身綺麗な感じになった。もともとすごく汚かったからビフォーアフター並みの変化に見える。

「よし、それじゃあ――」

 わたしがこれからのことを口にしようとした時、腹の虫がそれを遮った。もちろんわたしではない。犯人は恥ずかしそうにうつむいている。

「……じゃあ、まずは何か食べますか」

 これも必要経費か。腹が減っては何とやらと言いますからね。
 食事処へとハドリーをつれて行った。わたしも今日は食べていなかったからちょうどいいか。
 頑なに注文しようとしないハドリーに代わってわたしが適当に注文した。目の前に食べ物があると我慢できないのか、ついに彼は手を伸ばした。

「この借りは絶対に返すからな」
「うん。期待しているよ」

 本当に期待しているよ。キミががんばってくれればわたしの収入源が増えるからね。
 腹が満たされればようやく魔法の修業である。ここまでくるのに時間をかけてしまったな。
 さて、幼少の頃は独学で魔法の訓練をしていたわたしだったが、アルベルトさんと出会い、それから魔道学校で勉強をしたこともあってそれなりに心得がある。

「ハドリー、わたしが教えられるのは魔法のことだけです。なので魔法を教えようと思います」

 教師っぽさを意識して指示棒を手のひらに軽くぺしぺしと叩いてみる。指示棒は即席の魔法で作りました。
 ハドリーが元気良く挙手する。わたしは「どうぞ」と促した。

「剣は教えてはくれないのか?」

 彼はわたしの腰元を指差す。そこには剣を差していた。

「これは護身用だからね。わたしの得意分野は魔法だし、ハドリーにもその資質はあるはずだよ」

 まあ男の子にとって剣に興味を持つのは仕方がないだろう。魔法もロマンがあるんだけどね。

「でも俺、魔法の使い方なんてわからないぞ」
「大丈夫。そのためのわたしだからね」

 わたしはハドリーの頭に手を置く。急に触れたからか、彼の目に警戒の色が帯びる。

「な、なんだよ?」
「動かないで。そのままじっとして」

 ハドリーの魔力の流れを感じ取る。うん、良い循環だ。
 そんな彼の魔力に自分の魔力を流し込む。

「う……、なんか気持ち悪くなってきた……」
「男なら我慢して」

 ハドリーの魔力に紛れるように、わたしの魔力が彼の体に流れていく。治癒魔法と似ているようで、やっていることはまったく別物と言っていいくらいに違っていた。
 魔力を強くするためには魔法をぶつけ合うという方法がある。ボクシングをしたことはないけれど、サンドバッグを叩く感覚だろうと考えている。
 だが、そもそも魔法が使えない場合はどうすればいいのか。当たり前なのだが魔法を使えるようにするところから始まる。そうしないと強くするも何もないからだ。
 この初めの段階が一番面倒だったりはする。わたしはフィクションではあるが魔法というものを知っていたのでイメージでなんとかなっていた。いや、イメージだけで魔法が扱えるなんて今になってみるとけっこうチート臭いんだけども。
 一般的な人々は魔法のイメージが弱いように思える。そもそも自分の中の魔力を感じられないので、口で教えてもらったとしてもなかなか使えなかったりするものなのだ。
 ハドリーはその最初の段階である。つまり自分の魔力を感じ取れていないのだ。
 ただ、無意識とはいえ無詠唱で強力な魔法を使ったのを考えるに、潜在的なものを確かに持っているはずなのだ。なのでまずはそれを自覚させてやる。

「エ、エル~……、この気持ち悪いのいつまで続くんだ?」
「ハドリーが自分の魔力を自覚するまでかな。それまではこうやってわたしの魔力をキミの体内に流すんだ。気分が悪いだろうけれど害はないから安心して」

 ちなみに、この方法は魔力を与える側が調整を間違えると大変なことになるので注意が必要だ。相手の魔力の強さと同程度に合わせるのがベストである。
 わたしの魔力とハドリー自身の魔力が別物だとわかるようになれば成功である。一度体が覚えてくれれば後は感覚でなんとかなる、と思う。

「うぅ……、もう無理……。吐きそう……」
「あれ? 口を押さえてどうし――」

 わたしは見てしまったのだ。先ほど食べた物がリバースしてしまうところを……。
 ふむ、わたしの時は彼のような気持ち悪い感覚がなかったから見誤っていた。この方法は想像以上にしんどいものらしい。
 ハドリーの嘔吐物を魔法で処分しながら、わたしは反省したのであった。
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