根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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三章 冒険者編

第62話 少年はうざい子なのかもしれない

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 今日は依頼を受けなきゃならない。ゾランに報酬を渡してしまったからあまりお金が残っていないのだ。

「仕事に行くのかい?」

 家から出ようとするとヨランダさんに声をかけられた。
 何やら薬を作っていたみたいだから声をかけずに出ようと思っていたのに……。なんか逆に悪いことをしてしまった気分。

「あ、はい……。い、行ってきます」
「待ちな」

 ヨランダさんは何かを手に持ってわたしに渡してきた。

「これは?」
「魔力を回復させるポーションだよ。使ったら感想を聞かせておくれ」
「あ、ありがとうございます」

 わたしが受け取ったのを見ると、ヨランダさんは作業へと戻って行った。わたしはぺこりと頭を下げてから家を出た。
 ヨランダさんはこうやってわたしに自分が作ったものを渡してくることがある。実験台として使われているんだろうな。居候なので断らないけどさ。
 まあ実験台とはいえひどい目に遭ったことなんて一度もないけど。売り物にするんだろうし、失敗作を渡すなんてことはそうないか。

「でも、今回のはわたしには必要ないかなぁ」

 とんがり帽子のつばに指を這わせる。
 ディジーから受け取ったこの帽子、これがチートアイテムだと気づくのにそう時間はかからなかった。
 この帽子を被った状態で魔法を使うと、魔力の消費をかなり抑えられるのだ。
 感覚としては普通に魔法を行使した時に比べて十分の一以下に抑えられている。だからディジーは魔力消費の激しいディスペルを連発できたのかと納得したものである。こんにゃろめと思った。
 そんなわけで魔法の使いすぎで疲れた、なんてことは今のわたしには起こりえない。連発したとしても大気のマナを取り込んで回復する方が速いほどだ。

「おはようございますエルさん。昨夜はお楽しみでしたか?」

 冒険者ギルドの受付に行くと開口一番これである。受付嬢をチェンジしてもらおうかなぁ。

「……何か依頼はありますか?」
「もうっ、たまには女同士でお話しましょうよー。女性の冒険者って少ないんですから仲良くしたいんですよ」

 仕事しろギルド職員! ニコニコとした人好きのする笑顔を向けられたら怒る気にもなれない。

「別に、昨日のはそういう浮ついた相手じゃないので。それで依頼は……」
「じゃあ他にそういう浮ついた人がいるってことですか?」

 そのキラキラとした目をやめなさい! 本当にこんな人を職員として雇っていていいんですかね。
 ……まあ、気を遣われているのは伝わってきますがね。
 一組の冒険者パーティーがギルドから出て行った。その気配を背中で感じ、わたしは息を吐く。

「なんで俺をパーティーに入れてくれねえんだよ!!」

 建物内に響く声にわたしと受付嬢は顔を向ける。
 騒ぎ立てているのは昨日の子供、ハドリーといったか。一組のパーティーに交渉をしているようだ。とても交渉と呼べるようにはみえないけど。

「お前みたいなガキを入れるわけねえだろっ。さっさとどっか行きやがれ!」
「誰がガキだこの野郎!」

 少年が男に掴みかかる。さすがに冒険者の男相手にそれは無謀だろうに。

「ああっ、ハドリーくん……」

 振り払われる少年を見て受付嬢が心配そうな声を漏らす。というかわたしをチラチラ見ている。
 あんまりアテにしないでほしい。しかし騒ぎを治めないとこの受付嬢は仕事をしてくれなさそうだ。

「……貸しですからね」

 そう言って立ち上がる。
 近づいてみれば少年と話していたのは昨日わたしを囲んだ冒険者だった。まさか今度はわたしから接触することになるとは皮肉なもんだ。

「ちょっといいかな? ここで騒ぎを起こすのはやめてほしいんだけど」
「はあ? 誰だ……はっ!?」

 うん、いいリアクションですね。
 昨日の脅しが効いていたのか、男達はさっと顔を青ざめさせる。
 わたしが出口を指差すと、男達は慌てて出て行った。あんなんで冒険者とかやってられるのかな。心配なんて一ミクロンもしてないけども。

「あ、あんた!」

 受付に戻ろうとすると少年に呼び止められる。
 見れば少年の姿は薄汚れていた。冒険者というより貧民街の子供に見える。

「あんたも冒険者なんだろ? 俺とパーティーを――」
「お断りします」
「まだ全部言ってねえだろ!」

 いや、言わなくたってわかるでしょ。
 少年から感謝なんて期待してないし、いっしょにパーティーを組むなんて論外である。
 なんか叫んでいるが無視して受付へと戻った。

「あの、ハドリーくんが……」
「冒険者ギルドの受付をしているんだったらあまり個人に優しくしない方がいいですよ」

 この受付嬢、母性があるのかあの少年に肩入れしているように見える。
 でも、冒険者ってのは戦いがすべてじゃないとはいえ強さが求められる職業だ。かわいそうだからという理由で特別扱いでもして、死んでしまったらどうするのだ。
 試験に落ちたということはハドリーは対して強くもないのだろう。そういうことならギルドの判断は正しい。むやみに命を危険にさらさせる必要もないだろう。仕事は他にもあるのだから。
 わたしは依頼を受けて冒険者ギルドから出た。

「なあ姉ちゃん。俺の話を聞いてくれよ」

 なんか後ろからついて来ている気配があるけども……。無視無視、聞こえなーい。
 さて、受けた依頼は山に生息しているオーガの数が急増しているので減らしてほしいとのことだ。
 オーガはこの間討伐したゴブリンよりも屈強な魔物である。気を引き締めていかないとな。

「姉ちゃんってば! 無視すんなよ聞こえてんだろ!」
「うるさいな! わたしはキミの姉でもなんでもないでしょうがっ!」

 なんだよこのガキンチョは。さっきの男達の対応が悪いとは思えなくなってきたぞ。
 それにしても、この子痩せてるな。あまり食べていないのだろう。こんな状態で戦うどころじゃないだろうに。
 わたしは手近な店からいくつか果物を買った。それをハドリーに押し付ける。

「これをあげるからもうわたしに話しかけないで」

 少年は果物を目にしてよだれを垂らす。しかし誘惑を断ち切るかのようにぶんぶんと首を振った。

「ふざけんな! 誰が施しなんか受けるかよ!」

 とか言いつつも果物を手放す様子はない。腹の虫が鳴っているし、我慢せずに食べればいいのに。その間に逃げるから。
 少年はわたしから目を離さない。仕方がない。優しい感じの笑みを作って口を開く。

「食べなきゃ働くことだってできないでしょ。まずは食べて。話はそれからだよ」
「……」

 少年は視線をわたしと果物に行き来する。

「……こ、これは借りだかんな」

 躊躇いがありながらも、少年は口を大きく開けて果物にかぶりついた。目を見開いて幸せそうな顔になる。
 そこからはストッパーが外れたかのように一心不乱に食べていた。やっぱり腹減ってたんじゃないか。
 豪快に立ち食いしている彼を見つめながら、わたしは優しい笑みのままその場から立ち去ったのであった。
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