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三章 冒険者編
第61話 情報と憶測
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忘れられないあの日。二年前、わたしが王都から逃亡した日のことだ。
ディジーのストーカーという言を信じてカラスティア魔道学校へと侵入した。そこで対峙したおじさんが目の前のゾランである。
なぜそんなおじさんと交流を持っているのか。それは逃亡したあの日を振り返らなければならない。
わたしとディジーに追われてクエミー宅へと逃げたゾランだったが、別に仲間でもなかったのかそこでとっ捕まっていたらしい。
そんな中とある騒動が起こった。混乱に乗じてゾランは逃げ出したのだ。
王都から無事脱出を果たし、国外へと逃げ延びようとしていた。そこでばったりわたしと出会ったのである。
わたしは咄嗟にゾランを魔法で拘束した。口の堅いおじさんだったのでおりおりさせてもらった。
その結果、快く情報屋として働いてくれるようになったのだ。
「へっへっへっ、結局盗まれたって言う特別な魔石を探せとマグニカ王は未だに怒り心頭ですぜ。そのせいで継承戦も滞っているみたいでさぁ。王子達には特別な魔石を取り戻した者に王の座を継がせるという条件まで出しちまいましたからね。よほど大事な物なんでしょうね」
「その特別な魔石ってのがどんなのかはわからないの?」
「それはなんとも……。あっしですら騒ぎになってようやく耳にした情報ですからねぇ」
故郷の国はまだまだ騒ぎの波が引かないらしい。
わたしはマグニカから出ていくつかの国をまたいでいた。安心できる、とまではいかないが、対岸の火事として見られる程度には距離に余裕がある。
離れてみればこんなわたしでも少しは冷静に状況は見られるだろうか。そう思ってゾランに情報を入手してもらっている。
まずわたしが逃亡した日。王都で襲撃があったそうだ。
貴族街を中心にかなりの被害が出たそうだ。犯人グループは暴れるだけ暴れて自害してしまったそうな。
おそらくそれは誘導だったのだろうと推測されている。その間にマグニカ王が激怒するほどに大切にしていた特別な魔石が盗まれたのだから。
「それから、ウィリアムって男は王都にいるみたいですぜ。他の面々は行方知れずのままですがね。少なくともマグニカの村や町にはいないってのは確かですかねぇ」
「……そっか」
脱獄したせいなのか、わたしを魔石を盗んだ容疑者の一人として見なしているようだ。
わたしの足取りを追って国の連中が領地に来たそうだ。その際に家族とウィリアムくんが捕まり、残った村の人達は領地から出て行ってしまったそうだ。
……これはわたしの責任だ。きっと家族も村の人達も、ウィリアムくんだってわたしを恨んでいることだろう。
彼等を助けられるほどの力はわたしにはない。最初からなかったんだ。
なのに彼等の生活を壊してしまった。本当にどうしようもない奴だ……。
「ディジーとアルベルトって男も行方がわからないままです。こっちは未だにどうやって王都から脱出したのかもわからねえ」
「何? 無脳発言?」
「あっしが足取りを追えないなんて相当なんですがね……。相手は優秀な魔道士と考えれば痕跡を消すのも容易いということなんでしょうよ」
ゾランは酒を喉に通して、それ以上の弱音もいっしょに飲み下した。
ゾランにもプライドがあるのだろう。そういうのがある方が信用できるか。
もともとこの二人は繋がりがあった。たぶんあの日の騒動に関わっている……というか首謀者なんだろうな。
二人は悪者なのかもしれない。でも、わたしが二人に助けられたのも確かだった。
それにアルベルトさんはかなりの手傷をクエミーに負わされたはずだけど……。助かっていることだけは事実らしいので安堵している自分がいる。
それから様々な情報を教えてもらった。この世界にはテレビもネットもないので信頼できる情報は貴重だ。
「ふぃ~、食った食った」
「小さいくせによく食べるね」
「へへっ、そりゃあタダより美味いもんなないですからねぇ」
背丈はわたしとそう変わらないのになぁ。これが男と女の違いとでもいうのかね。
「じゃあこれ。報酬だよ」
テーブルの上に銀貨が詰まった袋を置く。ゾランは手早くそれを手に取り数え出した。
「冒険者稼業は儲かっているみたいですね。これだけの額がもらえるなんて高額な依頼をこなしているんでしょう?」
ゾランはいやらしく笑いながら尋ねる。わたしは何でもないかのように「まあね」と答えた。
「ではまた何かわかったら情報を渡しますぜ。連絡手段はいつも通りで。ここまでくるとあっしも特別な魔石ってのに興味が湧いてきましたからねぇ」
「うん、またよろしく」
「……エルさん。周りの奴等にはくれぐれも気をつけてくださいよ」
「わかってる。だからパーティーも組まずに一人でやっているんだから」
「そうですかい」
ゾランは気配を消して去って行った。わたしも会計を済ませて店を出る。
夜道は静かでいて、まったく人の気配が感じないわけではないというちょうど良さがあった。
静かすぎず煩すぎず、わたしはそんな中を誰にも認識されずに歩いている。
ゾランは依頼者の秘密を絶対に漏らさない。どんな目に遭わされたとしてもそのルールだけは決して破ったりはしない。
だからこそ安心できるし、だからこそ本当は知っている情報を持っているのに黙っているんじゃないかっていう疑いがある。
少なくとも彼はディジーをつけ狙っていた。ついでにわたしの情報も集めていたようだ。
それを黙ったままということは依頼者がいたのだ。そいつはディジーの何かに感づいているのかもしれなかった。
それに関して気になることといえば『忌み子』という単語だろうか。クエミーにそれを口にされた時、ディジーは激怒していたし。
そうでなくても本当にディジーが王都を襲撃した一味だとすればなかなかに見る目がある奴ということになる。
わたしに関しては簡単だ。もとを辿れば実家にいた頃、隣町で安く治癒魔法を振りまいていたのが原因だ。
あそこを治める貴族にわたしの存在がばれていたらしい。手を出されなかったのは領地の村と隣町の荒くれ者に守られていたからだそうだ。その事実を知ったのは去年のことである。
ベドスもバガンも、他の誰もそんなこと一切言ってはくれなかった。もしかしたらわたしが治癒魔法をかけた人の中にそのために負ってしまった傷があったかもしれない。
わたしが魔道学校に入学するため王都に行ったことでチャンスだと思ったのだろう。けれど入学試験で学年トップの成績を残したことで警戒されてしまった。
それでゾランにわたしに関していろいろと調べさせたり、なんとかっていう冒険者どもをぶつけてきたりしたのだろうな。そう考えるとゾランを雇ったのはその貴族ということにはなるが……。
あとクラスメートがやけに冷たかったのはわたしが貧乏貴族だから以上に、何か吹き込まれていたのだろうと思う。その辺はどっちにしても仲良くはなれなかっただろうしいいんだけどね。
「同級生でまともに仲良くしてくれたのはホリンくんだけだけど……」
ホリン・アーミット。マグニカの第三王子である。
王子は全員腹違いで、マグニカを継げるのは一人だけとあって兄弟仲はだいぶ悪いらしい。
わたしがホリンくん以外で会ったことのある王子様はチェスタスとかいうぽっちゃり系だ。本人がいないから強気に言うが、ホリンくんとはまったく似ていないぶちゃいくである。ちなみにそんな彼が第一王子だとか。
ホリンくんがわたしと仲良くしたのだって優秀な魔法の使い手が欲しかったからだろう。そうでなければわざわざ接触する理由がない。
というか、知らなかったとはいえ王子相手に馴れ馴れしくしすぎていた。無知ってのは言い訳にならないほどの不敬を働いていたんだな。どっちにしても打ち首の刑とかにはなっていたかも。
そのせいかコーデリアさんには嫌われていたっぽいし……。そうなるとわたしに友達なんて最初から一人もいなかったのかという嫌な事実に気づかされる。
上級生に目を向けてもシグルド先輩とルヴァイン先輩くらいか。シグルド先輩は何か企んでいたのは間違いないし、ルヴァイン先輩は憐れみからだろうな。
改めて振り返ってもひどい。やってきたことに対して何も考えず、上辺だけで人と関わってきたわたしが悪いのだろうけれど。
「全部、わたしの自業自得なんだよね……」
夜空には星が瞬いている。異世界の宇宙ってのはどうなっているんだろうか。そんなどうでもいいことに思考を向けさせる。無理だけど。
わたしはちゃんと考えるべきだった。自分の行動で起こる結果を。その変化に敏感であるべきだった。
本物の主人公ってやつなら事件を早期に解決できただろう。それどころか未然に防いでいたかもしれない。
もっとスマートにやってのけて、他の貴族からいらない恨みを買うこともなかったかもしれない。それどころか仲良くなってたくさんの仲間を作ることだってできただろう。
「わたしってどんくさいや」
そんなのはわかり切ったことで、生まれる前から知っていたはずなのに、何もわかっちゃいなかった。
だからこうやってのうのうと生きている。
「せめて、あの時のケジメだけはつけなきゃ……」
やらかしてしまったことに対しての罪滅ぼし。それくらいはできるだけの勇気がほしかった。
ディジーのストーカーという言を信じてカラスティア魔道学校へと侵入した。そこで対峙したおじさんが目の前のゾランである。
なぜそんなおじさんと交流を持っているのか。それは逃亡したあの日を振り返らなければならない。
わたしとディジーに追われてクエミー宅へと逃げたゾランだったが、別に仲間でもなかったのかそこでとっ捕まっていたらしい。
そんな中とある騒動が起こった。混乱に乗じてゾランは逃げ出したのだ。
王都から無事脱出を果たし、国外へと逃げ延びようとしていた。そこでばったりわたしと出会ったのである。
わたしは咄嗟にゾランを魔法で拘束した。口の堅いおじさんだったのでおりおりさせてもらった。
その結果、快く情報屋として働いてくれるようになったのだ。
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「その特別な魔石ってのがどんなのかはわからないの?」
「それはなんとも……。あっしですら騒ぎになってようやく耳にした情報ですからねぇ」
故郷の国はまだまだ騒ぎの波が引かないらしい。
わたしはマグニカから出ていくつかの国をまたいでいた。安心できる、とまではいかないが、対岸の火事として見られる程度には距離に余裕がある。
離れてみればこんなわたしでも少しは冷静に状況は見られるだろうか。そう思ってゾランに情報を入手してもらっている。
まずわたしが逃亡した日。王都で襲撃があったそうだ。
貴族街を中心にかなりの被害が出たそうだ。犯人グループは暴れるだけ暴れて自害してしまったそうな。
おそらくそれは誘導だったのだろうと推測されている。その間にマグニカ王が激怒するほどに大切にしていた特別な魔石が盗まれたのだから。
「それから、ウィリアムって男は王都にいるみたいですぜ。他の面々は行方知れずのままですがね。少なくともマグニカの村や町にはいないってのは確かですかねぇ」
「……そっか」
脱獄したせいなのか、わたしを魔石を盗んだ容疑者の一人として見なしているようだ。
わたしの足取りを追って国の連中が領地に来たそうだ。その際に家族とウィリアムくんが捕まり、残った村の人達は領地から出て行ってしまったそうだ。
……これはわたしの責任だ。きっと家族も村の人達も、ウィリアムくんだってわたしを恨んでいることだろう。
彼等を助けられるほどの力はわたしにはない。最初からなかったんだ。
なのに彼等の生活を壊してしまった。本当にどうしようもない奴だ……。
「ディジーとアルベルトって男も行方がわからないままです。こっちは未だにどうやって王都から脱出したのかもわからねえ」
「何? 無脳発言?」
「あっしが足取りを追えないなんて相当なんですがね……。相手は優秀な魔道士と考えれば痕跡を消すのも容易いということなんでしょうよ」
ゾランは酒を喉に通して、それ以上の弱音もいっしょに飲み下した。
ゾランにもプライドがあるのだろう。そういうのがある方が信用できるか。
もともとこの二人は繋がりがあった。たぶんあの日の騒動に関わっている……というか首謀者なんだろうな。
二人は悪者なのかもしれない。でも、わたしが二人に助けられたのも確かだった。
それにアルベルトさんはかなりの手傷をクエミーに負わされたはずだけど……。助かっていることだけは事実らしいので安堵している自分がいる。
それから様々な情報を教えてもらった。この世界にはテレビもネットもないので信頼できる情報は貴重だ。
「ふぃ~、食った食った」
「小さいくせによく食べるね」
「へへっ、そりゃあタダより美味いもんなないですからねぇ」
背丈はわたしとそう変わらないのになぁ。これが男と女の違いとでもいうのかね。
「じゃあこれ。報酬だよ」
テーブルの上に銀貨が詰まった袋を置く。ゾランは手早くそれを手に取り数え出した。
「冒険者稼業は儲かっているみたいですね。これだけの額がもらえるなんて高額な依頼をこなしているんでしょう?」
ゾランはいやらしく笑いながら尋ねる。わたしは何でもないかのように「まあね」と答えた。
「ではまた何かわかったら情報を渡しますぜ。連絡手段はいつも通りで。ここまでくるとあっしも特別な魔石ってのに興味が湧いてきましたからねぇ」
「うん、またよろしく」
「……エルさん。周りの奴等にはくれぐれも気をつけてくださいよ」
「わかってる。だからパーティーも組まずに一人でやっているんだから」
「そうですかい」
ゾランは気配を消して去って行った。わたしも会計を済ませて店を出る。
夜道は静かでいて、まったく人の気配が感じないわけではないというちょうど良さがあった。
静かすぎず煩すぎず、わたしはそんな中を誰にも認識されずに歩いている。
ゾランは依頼者の秘密を絶対に漏らさない。どんな目に遭わされたとしてもそのルールだけは決して破ったりはしない。
だからこそ安心できるし、だからこそ本当は知っている情報を持っているのに黙っているんじゃないかっていう疑いがある。
少なくとも彼はディジーをつけ狙っていた。ついでにわたしの情報も集めていたようだ。
それを黙ったままということは依頼者がいたのだ。そいつはディジーの何かに感づいているのかもしれなかった。
それに関して気になることといえば『忌み子』という単語だろうか。クエミーにそれを口にされた時、ディジーは激怒していたし。
そうでなくても本当にディジーが王都を襲撃した一味だとすればなかなかに見る目がある奴ということになる。
わたしに関しては簡単だ。もとを辿れば実家にいた頃、隣町で安く治癒魔法を振りまいていたのが原因だ。
あそこを治める貴族にわたしの存在がばれていたらしい。手を出されなかったのは領地の村と隣町の荒くれ者に守られていたからだそうだ。その事実を知ったのは去年のことである。
ベドスもバガンも、他の誰もそんなこと一切言ってはくれなかった。もしかしたらわたしが治癒魔法をかけた人の中にそのために負ってしまった傷があったかもしれない。
わたしが魔道学校に入学するため王都に行ったことでチャンスだと思ったのだろう。けれど入学試験で学年トップの成績を残したことで警戒されてしまった。
それでゾランにわたしに関していろいろと調べさせたり、なんとかっていう冒険者どもをぶつけてきたりしたのだろうな。そう考えるとゾランを雇ったのはその貴族ということにはなるが……。
あとクラスメートがやけに冷たかったのはわたしが貧乏貴族だから以上に、何か吹き込まれていたのだろうと思う。その辺はどっちにしても仲良くはなれなかっただろうしいいんだけどね。
「同級生でまともに仲良くしてくれたのはホリンくんだけだけど……」
ホリン・アーミット。マグニカの第三王子である。
王子は全員腹違いで、マグニカを継げるのは一人だけとあって兄弟仲はだいぶ悪いらしい。
わたしがホリンくん以外で会ったことのある王子様はチェスタスとかいうぽっちゃり系だ。本人がいないから強気に言うが、ホリンくんとはまったく似ていないぶちゃいくである。ちなみにそんな彼が第一王子だとか。
ホリンくんがわたしと仲良くしたのだって優秀な魔法の使い手が欲しかったからだろう。そうでなければわざわざ接触する理由がない。
というか、知らなかったとはいえ王子相手に馴れ馴れしくしすぎていた。無知ってのは言い訳にならないほどの不敬を働いていたんだな。どっちにしても打ち首の刑とかにはなっていたかも。
そのせいかコーデリアさんには嫌われていたっぽいし……。そうなるとわたしに友達なんて最初から一人もいなかったのかという嫌な事実に気づかされる。
上級生に目を向けてもシグルド先輩とルヴァイン先輩くらいか。シグルド先輩は何か企んでいたのは間違いないし、ルヴァイン先輩は憐れみからだろうな。
改めて振り返ってもひどい。やってきたことに対して何も考えず、上辺だけで人と関わってきたわたしが悪いのだろうけれど。
「全部、わたしの自業自得なんだよね……」
夜空には星が瞬いている。異世界の宇宙ってのはどうなっているんだろうか。そんなどうでもいいことに思考を向けさせる。無理だけど。
わたしはちゃんと考えるべきだった。自分の行動で起こる結果を。その変化に敏感であるべきだった。
本物の主人公ってやつなら事件を早期に解決できただろう。それどころか未然に防いでいたかもしれない。
もっとスマートにやってのけて、他の貴族からいらない恨みを買うこともなかったかもしれない。それどころか仲良くなってたくさんの仲間を作ることだってできただろう。
「わたしってどんくさいや」
そんなのはわかり切ったことで、生まれる前から知っていたはずなのに、何もわかっちゃいなかった。
だからこうやってのうのうと生きている。
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