根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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三章 冒険者編

第60話 わたしはただの冒険者の一人

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「た、ただいまー……」

 夜更けに帰宅した。音を立てないようにドアを開けて中へと侵入する。なんか泥棒みたいに足音を消してしまう。

「遅かったじゃないかい」
「ほわあっ!? ヨ、ヨランダさん? 起きていたんですか」

 中に入ってすぐにカウンターの向こう側からの声に驚いてしまった。
 ヨランダさんは八十歳は超えているであろうほどのしわを顔に刻んでいるお婆ちゃんである。現役で薬屋をしており、わたしはこの人の家の屋根裏部屋を借りているのだ。

「明日の仕込みをしていただけだよ。戸締りは忘れるんじゃないよ」
「は、はい。あのっ、しびれ玉はゴブリンにも効果がありました……です」
「そうかい」

 仏頂面で一言。わたしは邪魔にならないうちに階段を上がって屋根裏部屋へと向かった。
 最初は埃っぽかった屋根裏部屋も掃除をすればけっこう住みやすいものである。
 荷物を置いて帽子をかける。今日は疲れた。さっさと寝てしまおう。
 服を脱いで裸になると、水魔法で簡単に体を清めた。魔法が便利過ぎて手放せないよ。
 体を拭いて備え付けているベッドへと横になる。すぐにまぶたが重くなってきた。

「アウス……」

 呼びかけてみるが返事はない。いつものことだ。
 存在だって感じられないのだ。これじゃあ幽霊に話しかけようとしている痛い子みたいだな。
 でも、やらずにはいられない。毎日の日課になるほどに、わたしはそんな無意味なことを続けている。

「……おやすみ」

 返ってくる言葉がないとわかっていながら、わたしはそう言って眠りについた。


  ※ ※ ※


 朝になって冒険者ギルドへと訪れた。
 朝早くから冒険者ギルドは賑わっていた。働き者が多いようだ。

「ゴブリン討伐終わりました。これ、倒した数のゴブリンの耳が入ってます」

 受付でゴブリンの耳が入った袋を渡す。

「エルさん、いつもお疲れ様です。確認して参りますので少々お待ちくださいね」

 受付嬢の営業スマイルを受けて椅子に座って待たせてもらうことにする。今回の依頼は村から出る報酬だし額は変わらないだろうに。先に報酬を渡してくれればいいのにな。
 座ってのんびりしていると、冒険者の男達に見られているのがわかってしまった。なんかいやらしい目だ。駆け出しかな?

「なあそこの姉ちゃん。俺達とパーティー組まないか?」

 目が合って運命とでも思われたのか話しかけられた。

「組みません。間に合ってますので」

 断って体ごとそっぽを向く。ついでに話しかけるなオーラを出しておく。魔法とはまったく関係ないけど、空気が読めるのなら効果はあるはずだ。

「そんなこと言うなよ。こっちもあと一人いれば六人ぴったりになるんだ」

 効果はいま一つのようだ。男は距離を詰めてくる。
 冒険者は仲間を集ってパーティーが組めるのだが、基本的には六人までと人数制限があったりする。
 理由としてはあまり人数が多いと連係に支障をきたすとのことだ。それに洞窟などの狭い場所を考えればそれくらいの人数しかまともに戦闘はできないだろう。それに報酬だって人数分で分けなければならないことを忘れてはいけない。と、全部登録をする時に受付嬢から言われたことだったり。
 まあ、冒険者に徒党を組まれないようにするためかもしれないけれど。気性の荒い連中が集まると何しでかすかわからないからね。

「別に六人いなきゃいけないもんでもないでしょ。どうしても六人目が欲しいのなら他を当たってください」

 わたしが頑として仲間に加わらないのがお気に召さないのか、他の男達が席を立ってわたしを囲んだ。
 なんかこういう連中に絡まれるスキルかなんかがわたしに備わっているんじゃないだろうか。
 ため息をつきたくなる。ていうかついた。

「なんだその態度は! せっかく誘ってやってんのによ!」

 怒りたいのはこっちだ。他の冒険者はいつの間にか隅の方で避難している。
 わたしを囲んでいる男達は気づいていない。すぐ後ろにわたしが作ったゴーレムがいるということを。

「ぐえっ!? な、なんだ?」
「しつこくせずにさっさとどこかに行ってしまえばよかったのに」

 男達は五人。ゴーレムは五体。
 指先を動かせば、わたしの命令に従ってゴーレムが男達を取り押さえる。女一人を囲むような奴等は床に這いつくばっているがいい。
 とんがり帽子をトントンと叩いて、わたしはもう一度ため息をついた。

「相手は選ぶべきだったね」

 右手の指を動かす。するとゴーレムの無機質な目に光が灯り、男達を取り押さえる力が増していった。

「ぐぎゃあああああああっ!!」

 一人が声を漏らせば連鎖するかのように悲鳴が広がった。
 このゴーレムは一般的な自律型とは違ってわたしがリアルタイムで命令を送っている。それでもアウスとのゴーレムよりは調整はしづらいんだけどね。
 これくらいの力加減なら問題ない。行動事態は全部いっしょだし。ややこしくなくて助かる。
 死なない程度に痛みを与えていく。とりあえず、もう二度とわたしに声をかけたくなくなるくらいには痛めつけておこう。

「黒いの、それくらいにしておけ」

 背後から止めるようにと声をかけられる。振り返れば立派な鋼鉄の鎧を身につけた男がいた。
 この人は、確かサイラスといったか。年季の入った風格のある冒険者だ。

「……わかりましたよ」

 ゴーレムを消して男達を解放する。解放された男達はすがりつくようにサイラスの足へとしがみついた。

「お前等新顔だろ。あいつに近づくならケガする覚悟を持っておくんだな」

 威勢良く返事した男達は逃げて行った。これに懲りたらもうわたしに関わることはないだろう。

「黒いの、別にケンカは止めるつもりはねえがあまり見せつけてやるな。お前を怖がっている連中だっているんだ」
「ケンカを売られたからって殺すつもりなんてないですよ。ただ、何度も絡まれるのも面倒でしょう?」
「……まあいい」

 サイラスは仲間の元へと戻る。冒険者ギルドの建物の中には酒場もいっしょになって営業中である。どうやら飲んでいたところを邪魔してしまったがために注意されたようだ。
 あと黒いのって呼び方はいい加減やめてもらえないかな。まあ全身真っ黒な格好をしているわたしも悪いんだろうけどもさ。
 髪の毛も黒色だしなぁ。肩にかかる程度の長さの髪をなんとなく払ってみる。長い髪だった頃に比べれば様にならない仕草だが、手入れが楽になったのでよしとしている。

「エルさーん、確認終わりましたので来てくださーい」

 受付嬢に呼ばれた。近づくと身を乗り出して「めっ」と怒られる。

「ダメですよエルさん。ギルド内で問題を起こさないでください」
「ごめんなさい。でも冒険者同士のケンカなんてしょっちゅうでしょ?」
「それはそうですけど……。こっちも後始末が大変なんですよ」
「あー……、わかりました。今度からは外で始末つけるようにします」
「わかってないですよね!」

 受付嬢は「もー!」と怒りを露わにする。美人さんがかわいくぷりぷりしているようにしか見えない。
 くどくどと説教されて、報酬をもらうまでに時間がかかってしまった。この人わたし相手にこんなに時間かけてもいいのかな。他にも仕事があるでしょうに。

「なんで俺が冒険者になれないんだよ!」

 横の受付からの大声にびっくりしてしまった。見ればまだ子供だろう男の子が憤慨していた。
 現代日本で考えれば中学生になるかならないくらいの年齢に見える。一体何を騒いでいるんだ?

「ハドリーくん、また来ているんですね……」
「ハドリーくん? あの子の名前ですか?」
「あっ、すみません。……ハドリーくん冒険者になりたいそうなんですが、試験に通らなくて依頼を受けられないんですよね。危険な依頼もありますし、簡単に命を落としてしまうような、それも子供を冒険者として認めるわけにもいかないですからね。諦めるか実力をつけてからもう一度試験を受けるかしかないんですが、なかなか聞き入れてもらえなくて……」

 受付嬢は困ったような顔をする。相手が小さい子とあってか心配の感情が大きいように見える。

「そうですか。報酬も受け取ったのでわたしはこれで失礼します」
「今日は依頼を受けないのですか?」
「ええ、今日は約束がありますので」
「えっ!? まさか男性の方とですか?」

 なんだその期待に満ちた目は。こんなんで冒険者ギルドの受付嬢なんてやってていいのかね。

「……まあ、そうです」

 受付嬢が「きゃー!」と黄色い声を上げた。うるさい。
 それに彼女が考えているような甘い関係では断じてない。わたしにそんな相手がいるわけがない。


  ※ ※ ※


 日が暮れてから待ち合わせの酒場へと訪れた。
 冒険者ギルドに隣接されている酒場と違って、ここは町で働く人が利用していることが多い。客は住み分けされているのだ。
 わたしは冒険者ではあるのだけど、酒を飲むために利用することがないのでたまにしか見かけない客としか認識されていないだろう。
 目的の人物はまだ来ていないようだ。店に入った以上何も頼まないわけにもいかないので適当に食事を注文する。
 席に着いてゆっくりと食事を楽しむ。

「待たせてしまいましたかねぇ」
「んぐ……、大丈夫」

 気配もなく待ち合わせをしていた男が現れる。ちょっと喉につっかえそうになってしまった。
 フードを被った小男が対面の席へと座る。すぐに酒と食事を注文していた。おごりだと思っているのか遠慮がない。

「今回はちゃんと情報を入手できたの?」
「もちろんでさ」

 出っ歯を見せて上機嫌に笑っている。これは期待できるかな。
 飲み物に口をつけて喉を潤す。周囲の人がこちらに注目している気配はない。

「それじゃあゾラン。仕入れた情報を教えてもらおうか」
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