根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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二章 魔道学校編

第55話 それが罪

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「んー……ここをこうこう……、案外難しいもんだな」

 ただ今アルベルトさんが牢屋のカギをピッキング中。まさかのアナログ的な解錠方法である。

「あの……、どうして?」

 どうして、とは何を指すのか。
 なぜここがわかったのかとか、そもそもわたしが捕まっていることをどこで知ったのだとか、いろいろなことに対してのどうしてだったのだろう。だろうって、自分でも曖昧だ。

「俺がエルちゃんのピンチに駆けつけないわけがねえだろ。まあ任せなって」

 わたしの曖昧な問いに答えにならない答えを返された。
 でも、心にストンと落ちた。
 安心が体というか心にまで広がったらしい。目に涙が溜まってくる。両手を縛られているからそれを拭うこともできやしない。
 そんなわたしに気づいているのかいないのか。いや、気づかないフリをしてくれてるんだろうな。彼は鍵を開ける作業に集中しているという体を崩さない。
 カチャン、と軽い音が響いた。

「開いた開いた。いやー、けっこう手間取ったな」

 そう言ってたははと笑うアルベルトさん。その緊張感のない雰囲気が彼らしいと思った。

「改めて久しぶりー。俺のこと覚えてくれてっかな?」
「あ、当たり前じゃないですか。わたしがアルベルトさんを忘れるなんてあり得ませんよ」
「そう言ってもらえるとは嬉しいぜ。エルちゃんは大きくなったもんだ。想像通り美人に育っちゃって俺嬉しいよ」
「そういうアルベルトさんは変わりませんね。若々しくてカッコいいままですよ」
「マジか? お世辞でも嬉しいぜ」

 全然お世辞なんかじゃないんだけどな。
 薄暗くても黒髪には白髪の一本も混じっていないことがわかる。笑うと八重歯が覗くことや、吊り目だけど優しさを感じさせる目差しをしているところなんて全然変わってない。
 四年ぶりの再開。変わらない救世主の姿がわたしには眩しく映る。

「さて、と。これも取っちまうから動かないでくれよ」
「はい」

 後ろ手にはめられた手錠をさっきと同じようにピッキングしている。しばらくすると両手の拘束が解けた。

「やった」

 この腕を動かせる解放感。素晴らしいね。両手が自由になっているのが嬉しく思うだなんて、よほど窮屈な体勢だったんだな。解放されてよくわかる。

「これで解錠っと。他に何かされたりとかしてないか?」
「大丈夫、だと思います」

 体に異常は見られない。マナの保有、魔力への変換。その行使も問題はなさそうだった。

「よしよし。で? アウスはなんで落ち込んでんだ?」
「うっ……」

 わたしのせいです。とは正直に答えられなかった。アウスも相変わらず黙っているままだ。
 そっぽを向くわたしと黙ったままのアウス。わたし達を交互に見たアルベルトさんはにやりと笑った。

「いやはや、なるほどなるほど。俺が思っていた以上に仲良くなっているようで何より何より」

 この微妙な空気を感じていないのだろうか? まさかのアルベルトさん鈍感説が浮上する。
 本当に気づいていないようで、彼は満足そうに頷いていらっしゃる。マジですか? わたし今すっごく気まずいんですけど。

「さて……、エルちゃん」

 アルベルトさんから笑顔が消えて真面目な表情へと変わる。さっきまでの柔らかい雰囲気が消えてしまった。

「これからキミは脱獄するわけだが、ついでにこの国からも逃げなきゃならない。それ、わかるか?」
「え」

 国から逃げる?
 それは故郷を捨てると同義だ。王都で築いた交友だて捨て去ってしまわなければならない。

「……なんで、ですか?」

 それだけ絞り出すのが精一杯だった。
 アルベルトさんは軽く息を吐くと、わたしの目線に合わせるように膝を折ってくれた。昔と変わらないように接してくれる。

「脱獄して元の生活に戻るなんて無理なんだ。ここは城の牢屋、エルちゃんが捕まってここに入れられているのは王命だからだ」
「王、命……?」

 わたしが捕まったのは王様の命令ってこと?
 なんでそんな大それたことになっているの? 本当に意味がわからない。

「ごめんなエルちゃん」

 アルベルトさんが頭を下げる。突然の行動に驚きが先にきた。

「キミにはここでしっかり魔法の勉強をしてほしかった。ただそれだけだ。こんなことになるなんて思ってなかった。俺が甘かった」
「ちょっ……、アルベルトさんのせいじゃないです! お願いですから頭を上げてくださいっ」

 頭を上げた彼の眉尻は下がっていた。本当に申し訳ないと思っているのだろう。関係ないはずなのに、ただ自分が薦めた道だからこそ責任を感じているのだろうか。
 その責任は違う。お門違いだ。そんなものは存在しない。
 ここへ来たのはわたしの決断だった。だからこんなことになったのもわたしの責任のはずだ。アルベルトさんが心を痛めることなんて何もない。
 なのに……少しだけ寄りかかってしまう。
 口ではアルベルトさんが謝ることではないと言いながら、ほんの少しだけわたしは楽になっていた。わたしだけが悪いんじゃないと思ってしまった。
 そんな汚い考えは悪臭に蓋をするようにすぐに消えてしまう。

「あの、脱獄せずにいればそこまで罪に問われることもないんじゃないですか? ちゃんと誤解を解いて、正式な手続きでここから出してもらった方がいいと思うんですけど」
「それはないよ」

 断言だった。
 彼らしいはずのひょうひょうとした態度なんてどこにもない。それは確信しているのだと、わたしに充分伝えてくれる。

「なんで、ですか?」
「これは誰かが罰せられることを望んでいる。そんな連中が起こした事件だからだ」
「どういう……?」

 いつになればわたしは話に追いつけるのだろうか。
 きっとアルベルトさんならわかりやすく説明してくれる。そんな期待はわたしの怠慢そのものなのだろうか。
 それが見抜かれたわけじゃないのだろうけど、彼は首を横に振った。

「悪いが俺も情報をすべて集められたわけじゃない。ただ、ここまでの展開が早すぎる。計画されていたのは確かだろうな。それでもエルちゃんが捕まったことが全部計画通りとは限らない」
「どういうことですか?」
「まあ、言ってみればエルちゃんは候補者の一人だったんだろうな。あえて言うなら運が悪かった。それだけかもしれない」

 運が悪い?
 何それ……。運が悪いってだけでわたしはこの国から逃げ出さなきゃいけないの? 何が起こっているのかもわからないまま。

「不確かなことは口にはできない。勘違いするのは恐ろしいことだからな。それに、そろそろ逃げた方がいい。早くしないと見つかっちまうからな」

 アルベルトさんが立ち上がりながら手を引っ張る。そのままわたしも立ち上がる。地に足がついているはずなのにフワフワする。
 アルベルトさんの顔がわたしとは別の方向を向く。

「アウス」
「……何、なの?」
「エルちゃんのことは任せた。もしもの時は守ってくれよ」
「……」

 アルベルトさんの言葉に渋々といった感じでアウスは姿を消した。わたしの中にいるのがわかる。嫌々ながらも言う通りにするようだ。
 そんな彼女に対して「ごめん」という一言が出ない。たった一言なのにどう言っていいのかわからなかった。

「それとこれ。エルちゃんのか?」

 そう言ってアルベルトさんが差し出したのは取り上げられたはずのわたしの荷物だった。両手が自由になるようにリュックにしていたのだ。

「わたしのです。ありがとうございます」
「牢屋の鍵を探してる時に見つけてな。食いもんも入ってたし一応持ってきた」

 鍵が見つからなかったのはお察しである。

「さて、行くか」

 それはこの国を去らなければならないということ。理解してしまうと足が重い。
 そんなわたしを見てアルベルトさんが口を開く。

「本当にごめんな」

 また謝罪。

「アルベルトさんは悪くないですよ」
「……王都を出たらちゃんと説明する。仲間が情報を集めてくれてるだろうからな」
「仲間?」
「俺だって独りぼっちってわけじゃないんだぜ」
「あっいえ……そういうつもりで言ったんじゃないです」

 嘘だ。アルベルトさんは一匹狼というイメージがあったから、仲間というワードに違和感があった。

「とにかくここから出るぞ。今は王都にセフェロスがいないからな。チャンスは今しかねえ」
「セフェロスって、マグニカ最高戦力の一人の?」
「そう、大魔道士様だ。あいつがいたら俺でも逃げ切れる自信がないからな」

 アルベルトさんでもそういう評価なんだ。
 セフェロス・ノルイド。わたしは見たこともないけれど、ディジーでも勝てる気がしないとまで言わしめた相手だ。しかもアルベルトさんのこの言い方だと、彼でも勝てない相手なのかもしれない。
 ……アルベルトさんが勝てないだなんて想像がつかない。本当にそんな相手はいるのだろうか?

「エルちゃん、頼むから覚悟を決めてくれよ」
「……はい」

 足が地面に貼りついてしまっているわたしをアルベルトさんが促す。
 彼が逃げなければならないと言っている。もうこの選択肢しか残っていないのだろう。それしかできないのなら、やるしかない。
 アルベルトさんに続いて牢屋から出た。
 これでわたしは脱獄犯ということになるのか。
 納得できないという気持ちがある。それは否定できない。
 ただ、これ以上悪い状況になるのも怖かった。
 わたしはアルベルトさんに置いて行かれないように、必死になって走った。


  ※ ※ ※


 なんとか王城から脱出できた。
 見張りはいたけれどアルベルトさんの魔法が大活躍した。眠らせたり注意を逸らしたり音を殺したりしていた。わたしの知らない魔法を惜しむ素振りすらなく使いまくっていた。
 アルベルトさんがいれば怖いものなんてないと思った。そう思っていた。

「待ちなさい」

 美しい声が静かな王都の道に響いた。
 彼女の言葉に逆らうなんてことはできない。それは圧倒的な力の差がそうさせるのだ。

「おいおい待ち伏せかよ。……読まれてたか?」

 アルベルトさんの声が引きつっている。わたしなんて声すら出せない。
 わたし達の前方にいる人物が月明りの中、ゆっくりと姿を見せる。

「どこへ、行く気ですか?」

 力の体現者、勇者の末裔。
 わたしとアルベルトさんの前に、クエミーが立ちはだかる。
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