根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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二章 魔道学校編

第53話 こんな自分は嫌なのに

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「んあ……?」

 ゆっくりと意識が覚醒していく。
 ぼんやりと目を開く。冷たい感触が頬に触れている。
 どうやらわたしは倒れているようだ。
 体を起こそうとしてうまく身動きが取れないことに気づく。

「縛られてる……?」

 わたしの両手首は後ろ手に縛られていた。金属みたいな感触だ。鎖みたいなものだろうか。手錠とか?
 ついでに両足首も同じく繋がれていた。これじゃあ体を起こすのも一苦労だ。
 バランスを取りながら上体だけ起こす。

「ここは……、もしかしなくても牢屋?」

 はっきりとしてきた頭で周囲を確認する。
 薄暗いところだった。六畳もないであろうここには何もない。
 石造りの床。それに鉄格子。そう、鉄格子である。
 なんというか……やっぱり牢屋だよね。
 鉄格子の向こう側には同じような部屋がある。これって部屋って言っていいものなのだろうか。プライベートなんて考慮されてないよね。丸見えだよ。
 確認のため鉄格子に近づいて外側を見てみる。左右を見ても同じような鉄格子がいくつか見えた。

「捕まったってこと?」

 なぜに? わたし犯罪者じゃないですよ?
 気を失う前の記憶を振り返ってみる。

「ディジーといっしょにストーカーのおじさんを追いかけて……、そしたらクエミーが出てきて……。そうだ、クエミーに気絶させられたんだ」

 なぜに? 気絶する前を思い出してみてもなんで牢屋に入れられているのかわからない。
 わからないことをいつまでも考えてたって仕方がない。周囲の観察を続けることにした。
 明かりはところどころにろうそくがあるくらいだ。ぼんやりとした灯だけじゃ頼りない。風はまったく感じられなかった。
 全部壁で外の様子がわからない。もしかして地下とか?

「これじゃあれから時間がどれくらい経ったかもわかんないな」

 さほど時間は経過していないのか、一日くらい経ってしまったのか。お腹の減り具合はそれなりにある。夕食は食べてなかったしなぁ。微妙に時間の経過がわからない。

「そういえばわたしの荷物ないし」

 張り込みするつもりだったからちょっとつまめる物を入れてたのに。ないと思ったら余計にお腹が空いてきた。

「なんでこんなことに……」

 本当にわけがわからない。悪い人を追いかけていたはずなのに、捕まったのはわたしだ。わたしだけ、ディジーはいない。

「もしかしてディジーって悪い人だったのかな……」

 そんな考えが過る。
 気絶する前のディジーとクエミーのやり取り。ディジーはわたしに何か隠し事があるんじゃないだろうか。だからわたしを置いて逃げてしまった。
 逃げなきゃならない何かをしたのか? それがわたしが牢屋に入っている理由なのだとしたら、とんでもないことになっているんじゃなかろうか。
 一体ディジーは何をしたんだろう?

「エル」
「わっ!? ……アウス?」

 ぼんやりとアウスの姿が浮き上がる。もうちょっと照明がほしいよ。

「体は大丈夫なの?」
「う、うん……なんとか」

 大丈夫じゃないのはこの状況かな。
 アウスのいつも眠たげな目が心なししょんぼりと垂れ気味になっていた。

「気づけなかったのはあーしの責任なの」
「気づけなかったって何が?」
「エルに暗示魔法がかけられていたの」
「暗示魔法?」

 オウム返しに首をかしげる。
 暗示ってこう、人を操る的菜あれだろうか。あなたはだんだん眠くなるー、とか。
 ……なんとなく嫌な想像が芽生える。

「それって誰にかけられたかってわかる?」
「ディジーなの」
「っ」

 はっきり名前を上げられる。
 ディジーがわたしに、なんのために? いや、そもそも暗示をかけられた感じなんて全然ない。わたしはわたしの思った通りの行動しかしていない。

「あーしも気づかなかったの。あまりにも敵意がなかったの。だから――」
「嘘だよ」
「エル?」

 口をついて出た言葉にアウスが怪訝な目を向ける。

「だってわたしは誰にも操られていない。わたしがわたしの考えで行動していた、ただそれだけだ。ディジーは関係ない。だってディジーは……わたしの友達なんだよ」

 ディジーはわたしを害したりしない。
 わたし達は互いに自分の力を振り絞って戦った中で、だからこそわかり合えた。友達になれた。それは彼女も口にしていたことだ。

「……ディジーはあーしの存在を知っていたの。だからこそ慎重に魔法をかけたの」

 なのに、アウスは続ける。

「さっきエルの体に異常がないか調べたの。それでわかったの。簡単な暗示魔法がかけられていたの。あーしとエルに気づかれないように軽度の暗示。それはディジーを害する者を許すなというものなの」

 わたしとアウスの付き合いはそれなりに長い。
 だからわかってしまう。アウスは嘘をついていない。そもそも精霊に嘘をつく理由はないのだから。
 嘘をつくのはいつだって人間だ。

「もっと強力なものなら気づけたの。それが返って違和感のないものになってしまったの」
「……」

 反論なんてできない。言っていることはおそらく正しい。
 それでも納得できないと思ってしまうのは、わたしがディジーを信じたいからだった。
 でも、振り返ってみればディジーの周りに誰かの影があるかもしれないと聞いただけでわざわざ張り込みなんてするわたしだっただろうか?
 いや、何か助けになればとは考えただろう。それでもここまで極端な行動に出る自分だったとは思えない。アウスから聞かされると余計にらしくないと思ってしまう。
 それが暗示、ということなのだろう。

「いつから? いつからわたしは暗示にかけられていたの?」
「暗示魔法は高度な魔法なの。使用できたとしても術者が対象に触れる必要があるの」
「それっていつ?」
「エルがディジーに胸を揉まれている時だと思うの」
「ぶっ」

 あ、あれかーっ!
 いきなりのスキンシップで何かと思ったんだよ! それが暗示魔法のためだったなんてショックにもほどがある。
 わたしは体を脱力させた。ぱたりと倒れる。

「……わたしってディジーに利用されていたのかな?」

 わたしを動かしてなんの得があるかはわからない。それでもこんな状況になったのも、ディジーの計画通りだったとしたら。そんなの嫌だな……。
 心が重くなる。横たわると石造りの床がひんやりしていてわたしを冷静にさせようとしてくる。
 だけど、冷静にはなれなかった。

「ディジーの目的って何?」
「それは、わからないの」
「なんなんだよ……」

 どういうつもりでディジーはわたしを利用したんだろうか。そもそもわたしに利用価値なんてあったのか? 別に大したことをしていない気がする。
 それとも、わたしが牢屋にぶち込まれるのが望みだったのだろうか。

「何を考えてるの。ディジー……」

 少なくとも彼女はクエミーが怒るようなことをしたのは間違いない。
 ディジーの話を信じるのならクエミーはこの国の最高戦力の一人だ。そんな彼女に捕まって、牢屋にまで入れられた。ただごとじゃないだろう。
 わたし、どうなるんだろう……。

「アウス」
「ん」
「アウスっていっつも出てくるのが遅いよね」
「エル?」

 寝転がったままアウスに目だけを向ける。

「なんでこんな状況になるまで放置するの? アウスならなんとかできたんじゃないの? もっと気を付けてたらディジーのことにも、クエミーに捕まることだってなかったんじゃないの? 大精霊なんでしょ? いっつもニンゲンなんてって見下すんだったらなんとかしてよ!!」

 最後は怒声だった。
 黒い感情を口に出してしまった。そのまま声にしてしまった。
 ……わたし、何言ってるんだろ。そう思っても後の祭り。
 アウスのせいじゃない。気づかなかったのはわたし。わかってないのはわたしなのに、なんでアウスに八つ当たりしているんだろう。
 アウスの表情は変わらない。ただ、小さい体がさらに小さくなっているように見えてしまった。

「……」

 互いに口を開かない。アウスは何も言ってくれない。
 何言ってるの、甘えたこと言わないの。そういうのでもなんでもいいから何か言ってよ。
 それこそがわたしの甘え。そんなことにわたしは気づかない。

「……ごめんなさい、なの」

 絞り出すように、そんな言葉が聞こえた。
 違うだろ! なんでアウスが謝るんだよ。何も悪いことしてないんなら謝るなよ!
 自分勝手な考えになっていることに気づけない。この時のわたしはどうかしていたのだ。
 いや、最初からどうかしていたのかもしれない。
 牢屋に入れられたという不安。ディジーに裏切られたかもしれないという不安。負の感情が混じり合って黒い塊が腹の底に落ちていく。
 これからどうなるんだろう。そんな先行きの不安がわたしの心を不安定にさせる。
 わたしはアウスと口を利かなかった。
 静かな牢屋だ。他に誰かがいる様子はやっぱりない。
 よほど犯罪者が希少ということだろうか。それとも他に理由でもあるのか。情報がないと仮説すらまともに立てられない。
 アウスに相談するという選択肢はなかった。どの口で言えるのか。
 静かに時間だけが経過する。どれくらいの時が過ぎたかなんてわからない。体感敵にはものすごくゆっくりな気がする。
 アウスはまだいるのだろうか? 気まずくて顔を向けられない。
 消えてくれているとありがたいな。なんて、最低なこと考えてる。
 ダメな方向に興奮していた。後からそれがわかっても言ったことを引っ込められるわけじゃない。考えなしの末路だ。
 自己嫌悪が心を締め付ける。これもまた自分勝手なのだろう。

「……」

 言葉を発しないままどれくらいの時が流れたのか。
 ついに変化が訪れる。
 反響する形で扉が開く音がしたのがわかった。
 誰か来た。わたしは慌てて身を起こす。
 足音が響く。二人分だろうか。だんだんと近づいてきていた。

「おっ、目を覚ましていたみたいだね」

 男の人の声だった。
 まん丸とした体形の男と、クエミーが鉄格子を挟んでわたしの前に現れた。
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