根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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二章 魔道学校編

第44話 頭の中がぐーるぐる

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「あー、どうしようどうしようどうしよー!」

 自室のベッドの上でじたばたと悶える。
 頭の中を支配するのはシグルド先輩のことばかりだった。それがぐるぐると頭の中を駆け回っている。

『あの時の返事を、聞かせてほしい』

 シグルド先輩からそう言われて、わたしは逃げの一手を打った。つまり「もう少しだけ時間をください」と返したのである。
 渋々とだが了承してくれた。けど、あんまり時間を空けるわけにはいかないよなぁ……。
 そもそもシグルド先輩の告白は恋愛的な意味でいいのかさえ答えが出ていないというのに。勘違いだったら恥ずかしいじゃないか。
 ああいうタイプは絶対何か裏があるのだ。そういうお約束なのだ。だから、断ってしまった方がいいのではないだろうか。そう考えている。

「はぁ……」

 ……いや、その考えも逃げだろうか。
 わたしにはまだ恋とか愛とかわからないのだ。前世の記憶と合わせれば四十年くらいは生きているというのにだ。
 量があっても質があるとは限らない。前世の薄っぺらい人生じゃあ参考にもならないだろう。

「もし、シグルド先輩が本当に本気だったら……どうしよう」

 勝手なイメージだけを押し付けるなんてそれこそ失礼にもほどがある。イケメン長髪キャラが腹黒だなんて一部の創作の中だけだ。
 ……ちゃんと考えてみようか。
 ごろんと仰向けになる。夜の時間帯だというのに明かりもつけずに頭の中を整理する作業に没頭する。
 まずはわたしの感情を整理しよう。
 前世が男だけれど、別に男相手に嫌悪感は湧かない。女の身に慣れたし、心は体に引っ張られるというのはあながち嘘でもなかったのだろうと思う。決して精神的BLとかではないはずだ。
 シグルド先輩はイケメンで家柄も良い。お母さんならもろ手を挙げて喜ぶだろう。
 ならば問題ないではないかという話なのだけど、やっぱり不安があった。

「シグルド先輩はわたしのどこが好きなんだろう?」

 ズバリそこである。
 自分の良いところを上げるのなら、容姿と魔法の実力といったところだろうか。この辺は胸を張れる部分だ。
 悪いところを上げるのなら、家柄と性格……、性格は良くなってると信じたいな。そこんとこ実際どう思われてんだろう?

「うーん……」

 考えて答えが出るものではないとはいえ、本人に直接聞くのもはばかられる。
 自分と向き合ってみても同じだ。むしろ自分自身だからこそ見えないものがあるのではないだろうか。

「うむむむむむ……」
「エル、うるさいの」
「え、うるさかった? ごめんねアウス」
「心の中が騒がしいとあーしにも影響が出るの。悩むなら静かに悩むの。眠りが浅くなって仕方がないの」

 いやいやアウスさん毎日ほとんど寝てるじゃないっすかー。とか言おうと思ったけど、ちょっと考えてやめた。
 その代わりにアウスに質問してみようかな。
 わたしと一番近い位置にいる他人。精霊を人扱いするのは違うかもだけど、悩み相談くらいはいいだろう。

「ねえアウス。わたしに良いところってある?」
「は?」
「な、なんていうかその……アウスはわたしのこと好き?」

 あれ、何言ってんだろわたし。なんかすごく恥ずかしくなってきた。

「……ニンゲンは面倒なの。子作りしたいのなら素直にすればいいと思うの」
「ぶっ!? ななな何を言うかっ!? そういうことを聞いてるんじゃないんだよ!」
「違うの? てっきり異性の感情を気にしているものだと思っていたの」
「……いやまあそうなんだけどさ。話が飛躍しすぎというか。そこまでの覚悟はさすがにできてないよ」
「ふぅん」
「はぁ……もういいや」

 アウスに背を向けるように寝返りを打つ。なんだか見つめられている気配がしたけれど、ちょっと意地になって向かないようにした。

「あーしにはニンゲンの考えはよくわからないの」

 でもアウスは言葉をかけてきた。

「……ただ、あーしは気に入った相手じゃないと契約はしないの。ずっと契約を継続しているのも同じなの」

 アウスの声には温かみがあるように感じた。
 アウスは嘘をついたりしない。精霊には嘘をつくという考え自体がないのだろう。だからこそ素直に聞くことができる。

「あーしはエルのことが嫌いじゃないの。面倒なニンゲンであることには変わりないの」
「そこは変わらないんだっ」

 思わずツッコミで振り向いてしまう。けど、そこにはアウスの姿はなかった。

「……逃げたか」

 まあいいや。もともと大精霊に相談する内容でもなかったしね。
 ただ、ちょっとだけ「好き」って言ってほしかった。そんな贅沢な欲望があった。

「そうだよなぁ……シグルド先輩から好きって言われたわけじゃないんだよなぁ……」

 そういうところも引っかかるところなのだろう。
 口にしてもらえないと安心できない。わたしって面倒な女?

「……」

 おっと、ネガティブ禁止。
 わたしはいい女。いい女は細かいことを気にしない。
 ふぅ。
 現代日本の若者なら付き合ってから自分と合うのかどうかを見定めるんだろうけど。わたしにはなかなか難しい。というか『俺』の時でもそんな簡単に付き合わなかったし。……いや嘘ついた、彼女できたことすらなかったわ。
 なんていうか、付き合うのなら一生を共にする覚悟でと考えてしまう。そういうのって重いよね。
 でもなぁ、どうしても将来のことって考えちゃうんだよ。この人といっしょになった先の未来。それを想像せずにはいられないのだ。
 もしシグルド先輩といっしょになったのなら? 大貴族なら働くこともなく家に居続けるのかもしれない。社交界みたいな場にばかり出て、愛想笑いばかりしている。貴族の勝手なイメージがわたしを縛る。

『ねえねえエル。将来僕といっしょにパーティーを組んで冒険者になろうよ!』

 唐突にウィリアムくんの声が聞こえた気がした。
 何年か前に約束した。将来はウィリアムくんと二人冒険者になるって。
 わたしは魔道学校で立派になって、ウィリアムくんは領地で剣や魔法の修行をがんばる。そうして再開できたのなら、冒険をするために外の世界へ行くのだ。

「ふふ、そうだね」

 誰かと付き合うことを難しく考える必要はない。それとは関係なくわたしには夢があるのだ。
 立派な魔道士になって冒険者になる。それがわたしの目標だったじゃないか。
 選択肢はある。それを選べる立場なのだ。そう、選んでいいのだ。
 どうせ二度目の人生なのだ。自分の納得できる答えを出そう。誰かがどう思っているとかじゃなくて、自分の考えを尊重してあげようじゃないか。
 そう思うと気持ちが楽になってきた。
 もう少しだけ時間はあるのだ。まずはゆっくり眠って、すっきりした頭でまた考えよう。
 きっとそれくらいの猶予はあるはずなのだから。
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