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二章 魔道学校編
第35話 コスチュームチェンジした二回戦
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次の日、早くも対校戦の二回戦が行われる。
目覚め良く早起きしたわたしはしっかりと朝食をとってラジオ体操なんかしちゃったりするくらいの余裕があった。早起きは三文の得と言いますからなぁ。幸先はいいよね。
体に巡る魔力を確認する。うん、問題なし。昨日消費した分もきっちり回復している。
魔力の回復力は自信があるからね。一晩寝て全回復してなかったことがないのだ。
あとは忘れ物がないかを確認して、それから闘技場へと向かった。
「ほら、これ着ろよ」
ホリンくんからそう言って渡されたのは黒いローブだった。ところどころに金色の刺繍が入っている。高級そうに見えるのは気のせいだろうか。
昨日、試合が終わった後に服装の変更を先生に要求していた。あの現代日本の女子高校生のような制服では乙女の秘密が暴かれてしまう不安があったのだ。不届き者の存在を知ってしまった以上、譲れないところである。
なぜかそれをホリンくんが用意してくれていた。まあ動きやすそうな他の服といっても、領地にいた頃のみすぼらしい服しかないんだけどね。女子としてアウトとか言ってはいけない。
そんなわけでありがたく着させてもらった。ゆったりした感じで動きやすい。まさに魔道士って感じの見た目になったぞ。
服装が変われば気分も変わる。わたしの意識は戦闘モードへと移り変わっていった。
うん。これで今日も勝てるね。
ホリンくんからもらった物なので見せつけてあげることにした。
「どうどう? 似合う?」
「……まあな」
なんか言葉がつっかえた気がしたんだけど。今のってお世辞だったのかも。
いけないいけない。ちょっと身なりが変わったくらいで調子に乗ってたら貧乏くささが目立ってしまうかもしれない。あら、やっぱりシエルの人間は服を買うお金すらないのかしら、おーっほっほっほー。なんてことを言われかねない。
落ち着いて、優雅に行こう。これでもわたくし貴族なのですわよからねっ! 言葉遣いが貴族になり切れないっ。
「俺はもう終わっちまったけど、エルはがんばれよ!」
「うん!」
ホリンくんから服だけじゃなく、力強い言葉をもらった。なんだか体の奥底から力が漲ってくる。
「エルくん」
シグルド先輩から声をかけられる。まだ昨日の敗戦を引きずっているのか声にいつもの元気がないように感じた。
「キミなら優勝できる。アルバートの名を背負って、精一杯やってほしい」
「はい」
いつものシグルド先輩と違って真摯な声色だった。
きっと、最初は彼がアルバートの名を背負って対校戦に出場したのだろう。最上級生として、アルバート魔道学校の代表者達を引っ張っていくつもりだったのだ。
そういった覚悟をわたしに託した。どんな想いだったのかは想像することすらおこがましい。それだけシグルド先輩はアルバートのトップであることの責務をまっとうしていたのだ。
残ったアルバート魔道学校の代表者はわたしだけ。
シグルド先輩が言ったアルバートの名を背負うっていうのは、全生徒の名を背負うということなのだろう。
いつまでもお坊ちゃん学校なんて言われるのもしゃくだしね。力いっぱいやってやろうじゃないですか!
「エル・シエル様。時間がきましたのでこちらへどうぞ」
気合が入ったところで控室に案内のおじさんがやってきた。
「じゃあ行ってきます」
控室にいる全員に向かって言った。みんな負けてしまった代表者だけれど、わたしを激励しようと残ってくれていたのだ。
みんなが応援してくれている。ホリンくんやシグルド先輩、他の先輩や同級生までもが応援の言葉を口にする。
わたし一人だけのことじゃないもんね。緊張ではない筋肉のこわばりを感じる。それは高揚感だった。
昨日も通った会場の通路。今度はちゃんと道を覚えられるほどには心に余裕があった。
そうして、わたしは戦いのフィールドへと立つ。
姿を見せただけで歓声が巻き起こる。ぐるりと見渡す限りに人、人、人。たぶん何万人ってくらいの規模があるのだろう。歓声だけで体がビリビリと震える。
わたしの登場に遅れて対戦相手が登場した。
「あ、顎ヒゲだ……」
登場したのは男だった。
もっさりした顎ヒゲを生やしている。明らかに若者には見えない外見である。本当に学生か?
「な、なんだよー。俺の顔じろじろ見やがってよー。なんかあんのかよー?」
見た目のわりにちょっと情けないしゃべりかただ。いやいや、人を見た目で判断しちゃいけないね。きっと彼は老け顔なだけなんだよ。
「あの、一つ質問があるのですが。……歳はおいくつですか?」
「えっ、もしかしてキミ、俺に気があるの!?」
なんでそうなる! わたしは冷静な顔を作って続ける。
「勘違いさせてしまったのならごめんなさい。ただの興味本位です」
ヒゲ男の表情が一気に暗いものへと変わる。
「……二十九だけど」
「えっ!?」
普通に一回り以上年上だった。てっきり魔道学校ってみんな十代かと思ってたけどそうでもないのか?
「くっそー! そんなに俺が老けて見えんのかよ! みんなみんなバカにしやがってーーっ!!」
わたしの反応が気に入らなかったのか、ヒゲ男は怒りを露にする。老け顔っていうか、年相応でした。
バカにしたつもりはなかったのだけど。いや、年齢を気にしている相手にそれを指摘するかのような反応をしてしまったわたしが悪いか。
怒らせてしまった。これから戦う相手だっていうのに悪いことをしてしまったっていう気分になる。
これからぶっ飛ばす相手なのだ。関係ない! どうせ手加減なんてする気もないのだから強気にいこう。
互いに開始位置に移動する。それを確認してから審判の人が近づいてきた。
「二人とも、準備は整っているか?」
「はい」
「も、もちろんですよー」
わたしとヒゲ男が返事すると、審判は小さく頷いた。
「それでは皆様静粛に! これから二回戦、第一試合を始めたいと思います!」
審判の声が会場中に響く。一気に静かになり、わたし達への注目度が増した。
「アルバート魔道学校のエル・シエルとデルフ魔道学校のウィッツの魔法戦を始める!!」
わたしとヒゲ男ウィッツは同時に杖を構えた。無詠唱はばれてるけど、杖がなくても魔法を行使できるってところまではばれていないはずだ。
それにしてもデルフの人だったか。昨日戦ったガナーシュのせいであんまり良い印象はないなぁ。まさかこの人までスカートめくりをしようとはしないだろう。したとしても今日はローブなので問題ないんだけどね。コスチュームチェンジしててよかったよ。
さて、どんな戦い方をするのか。ウィッツの動きを見逃さないように観察する。
ウィッツの体はいい具合にリラックスできているようだった。余計な力なんて一つも入っていない。あれなら何があってもすぐに反応できるだろう。
一回戦のバトルロイヤルに勝利した人なのだ。弱いわけがない。
だとしても大丈夫だ。わたしは強い。変なミスさえしなければ負けるなんてことはないはずだ。
大丈夫、大丈夫。そう自分に言い聞かせながら審判の開始の合図を待った。
少しだけ長く感じたけれど、ついに審判の口が動いた。
「始め!!」
わたしがバックステップしたと同時、ウィッツも同じく後ろへ飛んでいた。
だが、彼は足だけではなく口も動かしていた。
「ファイアボール!」
着地と同時に火の玉が飛んできた。けっこう大きめだ。
杖を振って無詠唱でゴーレムを作り出す。防御を優先したため五メートルくらいのサイズに収まった。それでもわたしやウィッツよりも大きいことには変わりない。
ゴーレムが拳を突き出す。ファイアボールを迎え撃った。
爆発と轟音。煙が晴れるとゴーレムが拳を突き出した状態で立っていた。
よし! ゴーレムにダメージはない。このまま突撃させてやる!
わたしの命令を受けてゴーレムが駆け出す。巨人が自分に向かって走ってきたら怖いだろう。びびれ!
だけど、ウィッツは冷静だった。距離を取りながら詠唱している。
「アースニードル!」
突如、地面から大きい槍のようなものが伸びてきた。進行方向からだったのでゴーレムの胴体が貫かれてしまう。簡単に貫通してしまった。
貫かれたまま空中にその姿をさらしてしまうゴーレム。じたばたしてもその状態からどうにもならなかった。
固定化をかけていなかったとはいえあっさりゴーレムが行動不能にされてしまうとは……。小さい頃に使ったわたしのアースニードルとは段違いだ。
申し分のないスピード。ゴーレムを貫いて宙吊りにしてしまえるほどのパワー。
さすがに一筋縄じゃいかないか。さて、どう攻めたものか。
そう考えている間にウィッツの次なる行動は始まっていたようだった。
「ん?」
上空に意識を向ければたくさんの火の玉があった。
一回戦のリリネットよりもファイアボールが大きい。魔力の密度もあるようだ。つまり、威力が高い!
「俺を老け顔と言ったことを後悔させてやるぜ! 喰らえ!!」
「老け顔とは言ってないーーっ!!」
無実だ! と叫ぶ前にたくさんの火の玉が降ってきた。
いくらリリネットよりも威力の高いファイアボールとはいえ防げないわけじゃない。この戦法じゃわたしを倒せない。
そう思って魔法を行使しようとした時だった。急に右足が沈んだ。
「うわっ!? え、ちょっ!? あ、足がっ!」
右足だけじゃなかった。左足も、両足同時に地面に沈んでいる!?
よく見てみればわたしを中心に周りの地面が泥沼のようになっていた。
「こ、これは? くっ、抜けないっ」
足を引っ張りだそうとするものの、一向に抜ける気配がない。むしろどんどん体が沈んでしまっている。
「ふははははっ! 見たか! これがウィッツ様の魔法、捕食の沼だぁぁぁぁーーっ!」
テンションが上がったらしいウィッツは魔法の名前なのか戦法の名前なのかわからないことを叫んでいる。わたしはそれどころじゃないっ!
いつまでも下に注意を向けている場合じゃない。上からは火の玉が次々と降ってくるのだ。とりあえずウォーターカーテンで守るけど、ファイアボール一発で霧散した。
「やばいやばいやばい!」
思った以上に威力がある。まさか一発でウォーターカーテンが消滅してしまうなんて計算外だ。
ファイアボールは一つだけじゃないのだ。だからって一発一発に対して魔法で守っていたらその間に泥沼に体が沈んでしまう。もう腰まで浸かってるよ!
守るんじゃなくてこの場から脱出しなきゃダメだ。わたしは一つの魔法を選択した。
「ふっ飛べぇぇぇぇぇぇーーっ!!」
わたしの気合とともに、体が泥沼から抜け出た。その勢いのまま左方向に体が飛んでいく。
うへー、泥でベタベタだよ。せっかく新しいコスチュームだったのに。ローブをくれたホリンくんに申し訳ないよ。
下半身が泥にまみれたローブ姿。そんな姿でわたしは着地した。かっこ良くないなぁ。
さっきまでいた泥沼の方に次々とファイアボールが着弾しては爆散していく。あれをまともに喰らってたらタダじゃ済まなかったね。今更背中に冷汗が流れる。
「な、何ィィィィーー!? な、なぜあの状況から脱出できた!?」
ウィッツが驚愕しちゃっている。よっぽど信じられなかったのだろう。ていうかこの人だんだんテンション上がってるなぁ。声が大きい。
わたしが脱出に使った魔法はムーブである。これは物体を手を使わずに動かすことができる魔法だ。
無機物はもちろん、人や動物相手にも使うことができる。ただ魔力がある人には効果は見られないようだ。それでも使用者本人なら魔法の抵抗力を無視できるので関係なく使えるのだ。
魔力をいっぱい使ってムーブの力を高めた。だから泥沼から一気に抜け出すことができたのだ。
あの泥沼も対象者を沈めていく力があったのだろう。おかげでバカにならないくらいの魔力を使わされた。
でも、それは相手も同じこと。
ファイアボールはともかく、泥沼は見た目以上に魔力が必要だったはずだ。それを脱出した今がチャンス!
「今度はこっちの番だよ」
無詠唱で石つぶてを放つ。一つ一つは小さいが、それぞれに回転を加えており威力に申し分ないはずだ。それを弾丸のように放ちまくってやる。
「うお、おおおおおおっ!!」
防御魔法を展開するウィッツだったが、魔力が少なくなっていたせいで捌ききれない。
石つぶての一つがウィッツの胴体に着弾した。その瞬間、パリンッ! とガラスが割れたような音がした。
「くっ……、こんな小娘に負けるとはな」
そんな最後の言葉を残してウィッツは消滅した。……いや、もちろん転移しただけでちゃんと生きてますけどね。なんか消え方が死んでしまったんじゃないかってくらいすーっと消えていくんだもん。体が消滅したみたいで見てて心臓に悪い。
「二十九歳はそんなに歳じゃないですよ」
彼にそれだけは伝えたかった。それだけが心残り。
というわけで、こうしてわたしは対校戦の二回戦を、無事突破したのであった。
◇今回の対戦相手のレベル
デルフ魔道学校。ウィッツ(29)。
火と土の中位レベル。元冒険者だった。実はタイマンよりもパーティーを組んで連携するのに向いている人。
外見で三十歳くらいに見られがちなので年相応ではある。歳なんか気にすんな!
目覚め良く早起きしたわたしはしっかりと朝食をとってラジオ体操なんかしちゃったりするくらいの余裕があった。早起きは三文の得と言いますからなぁ。幸先はいいよね。
体に巡る魔力を確認する。うん、問題なし。昨日消費した分もきっちり回復している。
魔力の回復力は自信があるからね。一晩寝て全回復してなかったことがないのだ。
あとは忘れ物がないかを確認して、それから闘技場へと向かった。
「ほら、これ着ろよ」
ホリンくんからそう言って渡されたのは黒いローブだった。ところどころに金色の刺繍が入っている。高級そうに見えるのは気のせいだろうか。
昨日、試合が終わった後に服装の変更を先生に要求していた。あの現代日本の女子高校生のような制服では乙女の秘密が暴かれてしまう不安があったのだ。不届き者の存在を知ってしまった以上、譲れないところである。
なぜかそれをホリンくんが用意してくれていた。まあ動きやすそうな他の服といっても、領地にいた頃のみすぼらしい服しかないんだけどね。女子としてアウトとか言ってはいけない。
そんなわけでありがたく着させてもらった。ゆったりした感じで動きやすい。まさに魔道士って感じの見た目になったぞ。
服装が変われば気分も変わる。わたしの意識は戦闘モードへと移り変わっていった。
うん。これで今日も勝てるね。
ホリンくんからもらった物なので見せつけてあげることにした。
「どうどう? 似合う?」
「……まあな」
なんか言葉がつっかえた気がしたんだけど。今のってお世辞だったのかも。
いけないいけない。ちょっと身なりが変わったくらいで調子に乗ってたら貧乏くささが目立ってしまうかもしれない。あら、やっぱりシエルの人間は服を買うお金すらないのかしら、おーっほっほっほー。なんてことを言われかねない。
落ち着いて、優雅に行こう。これでもわたくし貴族なのですわよからねっ! 言葉遣いが貴族になり切れないっ。
「俺はもう終わっちまったけど、エルはがんばれよ!」
「うん!」
ホリンくんから服だけじゃなく、力強い言葉をもらった。なんだか体の奥底から力が漲ってくる。
「エルくん」
シグルド先輩から声をかけられる。まだ昨日の敗戦を引きずっているのか声にいつもの元気がないように感じた。
「キミなら優勝できる。アルバートの名を背負って、精一杯やってほしい」
「はい」
いつものシグルド先輩と違って真摯な声色だった。
きっと、最初は彼がアルバートの名を背負って対校戦に出場したのだろう。最上級生として、アルバート魔道学校の代表者達を引っ張っていくつもりだったのだ。
そういった覚悟をわたしに託した。どんな想いだったのかは想像することすらおこがましい。それだけシグルド先輩はアルバートのトップであることの責務をまっとうしていたのだ。
残ったアルバート魔道学校の代表者はわたしだけ。
シグルド先輩が言ったアルバートの名を背負うっていうのは、全生徒の名を背負うということなのだろう。
いつまでもお坊ちゃん学校なんて言われるのもしゃくだしね。力いっぱいやってやろうじゃないですか!
「エル・シエル様。時間がきましたのでこちらへどうぞ」
気合が入ったところで控室に案内のおじさんがやってきた。
「じゃあ行ってきます」
控室にいる全員に向かって言った。みんな負けてしまった代表者だけれど、わたしを激励しようと残ってくれていたのだ。
みんなが応援してくれている。ホリンくんやシグルド先輩、他の先輩や同級生までもが応援の言葉を口にする。
わたし一人だけのことじゃないもんね。緊張ではない筋肉のこわばりを感じる。それは高揚感だった。
昨日も通った会場の通路。今度はちゃんと道を覚えられるほどには心に余裕があった。
そうして、わたしは戦いのフィールドへと立つ。
姿を見せただけで歓声が巻き起こる。ぐるりと見渡す限りに人、人、人。たぶん何万人ってくらいの規模があるのだろう。歓声だけで体がビリビリと震える。
わたしの登場に遅れて対戦相手が登場した。
「あ、顎ヒゲだ……」
登場したのは男だった。
もっさりした顎ヒゲを生やしている。明らかに若者には見えない外見である。本当に学生か?
「な、なんだよー。俺の顔じろじろ見やがってよー。なんかあんのかよー?」
見た目のわりにちょっと情けないしゃべりかただ。いやいや、人を見た目で判断しちゃいけないね。きっと彼は老け顔なだけなんだよ。
「あの、一つ質問があるのですが。……歳はおいくつですか?」
「えっ、もしかしてキミ、俺に気があるの!?」
なんでそうなる! わたしは冷静な顔を作って続ける。
「勘違いさせてしまったのならごめんなさい。ただの興味本位です」
ヒゲ男の表情が一気に暗いものへと変わる。
「……二十九だけど」
「えっ!?」
普通に一回り以上年上だった。てっきり魔道学校ってみんな十代かと思ってたけどそうでもないのか?
「くっそー! そんなに俺が老けて見えんのかよ! みんなみんなバカにしやがってーーっ!!」
わたしの反応が気に入らなかったのか、ヒゲ男は怒りを露にする。老け顔っていうか、年相応でした。
バカにしたつもりはなかったのだけど。いや、年齢を気にしている相手にそれを指摘するかのような反応をしてしまったわたしが悪いか。
怒らせてしまった。これから戦う相手だっていうのに悪いことをしてしまったっていう気分になる。
これからぶっ飛ばす相手なのだ。関係ない! どうせ手加減なんてする気もないのだから強気にいこう。
互いに開始位置に移動する。それを確認してから審判の人が近づいてきた。
「二人とも、準備は整っているか?」
「はい」
「も、もちろんですよー」
わたしとヒゲ男が返事すると、審判は小さく頷いた。
「それでは皆様静粛に! これから二回戦、第一試合を始めたいと思います!」
審判の声が会場中に響く。一気に静かになり、わたし達への注目度が増した。
「アルバート魔道学校のエル・シエルとデルフ魔道学校のウィッツの魔法戦を始める!!」
わたしとヒゲ男ウィッツは同時に杖を構えた。無詠唱はばれてるけど、杖がなくても魔法を行使できるってところまではばれていないはずだ。
それにしてもデルフの人だったか。昨日戦ったガナーシュのせいであんまり良い印象はないなぁ。まさかこの人までスカートめくりをしようとはしないだろう。したとしても今日はローブなので問題ないんだけどね。コスチュームチェンジしててよかったよ。
さて、どんな戦い方をするのか。ウィッツの動きを見逃さないように観察する。
ウィッツの体はいい具合にリラックスできているようだった。余計な力なんて一つも入っていない。あれなら何があってもすぐに反応できるだろう。
一回戦のバトルロイヤルに勝利した人なのだ。弱いわけがない。
だとしても大丈夫だ。わたしは強い。変なミスさえしなければ負けるなんてことはないはずだ。
大丈夫、大丈夫。そう自分に言い聞かせながら審判の開始の合図を待った。
少しだけ長く感じたけれど、ついに審判の口が動いた。
「始め!!」
わたしがバックステップしたと同時、ウィッツも同じく後ろへ飛んでいた。
だが、彼は足だけではなく口も動かしていた。
「ファイアボール!」
着地と同時に火の玉が飛んできた。けっこう大きめだ。
杖を振って無詠唱でゴーレムを作り出す。防御を優先したため五メートルくらいのサイズに収まった。それでもわたしやウィッツよりも大きいことには変わりない。
ゴーレムが拳を突き出す。ファイアボールを迎え撃った。
爆発と轟音。煙が晴れるとゴーレムが拳を突き出した状態で立っていた。
よし! ゴーレムにダメージはない。このまま突撃させてやる!
わたしの命令を受けてゴーレムが駆け出す。巨人が自分に向かって走ってきたら怖いだろう。びびれ!
だけど、ウィッツは冷静だった。距離を取りながら詠唱している。
「アースニードル!」
突如、地面から大きい槍のようなものが伸びてきた。進行方向からだったのでゴーレムの胴体が貫かれてしまう。簡単に貫通してしまった。
貫かれたまま空中にその姿をさらしてしまうゴーレム。じたばたしてもその状態からどうにもならなかった。
固定化をかけていなかったとはいえあっさりゴーレムが行動不能にされてしまうとは……。小さい頃に使ったわたしのアースニードルとは段違いだ。
申し分のないスピード。ゴーレムを貫いて宙吊りにしてしまえるほどのパワー。
さすがに一筋縄じゃいかないか。さて、どう攻めたものか。
そう考えている間にウィッツの次なる行動は始まっていたようだった。
「ん?」
上空に意識を向ければたくさんの火の玉があった。
一回戦のリリネットよりもファイアボールが大きい。魔力の密度もあるようだ。つまり、威力が高い!
「俺を老け顔と言ったことを後悔させてやるぜ! 喰らえ!!」
「老け顔とは言ってないーーっ!!」
無実だ! と叫ぶ前にたくさんの火の玉が降ってきた。
いくらリリネットよりも威力の高いファイアボールとはいえ防げないわけじゃない。この戦法じゃわたしを倒せない。
そう思って魔法を行使しようとした時だった。急に右足が沈んだ。
「うわっ!? え、ちょっ!? あ、足がっ!」
右足だけじゃなかった。左足も、両足同時に地面に沈んでいる!?
よく見てみればわたしを中心に周りの地面が泥沼のようになっていた。
「こ、これは? くっ、抜けないっ」
足を引っ張りだそうとするものの、一向に抜ける気配がない。むしろどんどん体が沈んでしまっている。
「ふははははっ! 見たか! これがウィッツ様の魔法、捕食の沼だぁぁぁぁーーっ!」
テンションが上がったらしいウィッツは魔法の名前なのか戦法の名前なのかわからないことを叫んでいる。わたしはそれどころじゃないっ!
いつまでも下に注意を向けている場合じゃない。上からは火の玉が次々と降ってくるのだ。とりあえずウォーターカーテンで守るけど、ファイアボール一発で霧散した。
「やばいやばいやばい!」
思った以上に威力がある。まさか一発でウォーターカーテンが消滅してしまうなんて計算外だ。
ファイアボールは一つだけじゃないのだ。だからって一発一発に対して魔法で守っていたらその間に泥沼に体が沈んでしまう。もう腰まで浸かってるよ!
守るんじゃなくてこの場から脱出しなきゃダメだ。わたしは一つの魔法を選択した。
「ふっ飛べぇぇぇぇぇぇーーっ!!」
わたしの気合とともに、体が泥沼から抜け出た。その勢いのまま左方向に体が飛んでいく。
うへー、泥でベタベタだよ。せっかく新しいコスチュームだったのに。ローブをくれたホリンくんに申し訳ないよ。
下半身が泥にまみれたローブ姿。そんな姿でわたしは着地した。かっこ良くないなぁ。
さっきまでいた泥沼の方に次々とファイアボールが着弾しては爆散していく。あれをまともに喰らってたらタダじゃ済まなかったね。今更背中に冷汗が流れる。
「な、何ィィィィーー!? な、なぜあの状況から脱出できた!?」
ウィッツが驚愕しちゃっている。よっぽど信じられなかったのだろう。ていうかこの人だんだんテンション上がってるなぁ。声が大きい。
わたしが脱出に使った魔法はムーブである。これは物体を手を使わずに動かすことができる魔法だ。
無機物はもちろん、人や動物相手にも使うことができる。ただ魔力がある人には効果は見られないようだ。それでも使用者本人なら魔法の抵抗力を無視できるので関係なく使えるのだ。
魔力をいっぱい使ってムーブの力を高めた。だから泥沼から一気に抜け出すことができたのだ。
あの泥沼も対象者を沈めていく力があったのだろう。おかげでバカにならないくらいの魔力を使わされた。
でも、それは相手も同じこと。
ファイアボールはともかく、泥沼は見た目以上に魔力が必要だったはずだ。それを脱出した今がチャンス!
「今度はこっちの番だよ」
無詠唱で石つぶてを放つ。一つ一つは小さいが、それぞれに回転を加えており威力に申し分ないはずだ。それを弾丸のように放ちまくってやる。
「うお、おおおおおおっ!!」
防御魔法を展開するウィッツだったが、魔力が少なくなっていたせいで捌ききれない。
石つぶての一つがウィッツの胴体に着弾した。その瞬間、パリンッ! とガラスが割れたような音がした。
「くっ……、こんな小娘に負けるとはな」
そんな最後の言葉を残してウィッツは消滅した。……いや、もちろん転移しただけでちゃんと生きてますけどね。なんか消え方が死んでしまったんじゃないかってくらいすーっと消えていくんだもん。体が消滅したみたいで見てて心臓に悪い。
「二十九歳はそんなに歳じゃないですよ」
彼にそれだけは伝えたかった。それだけが心残り。
というわけで、こうしてわたしは対校戦の二回戦を、無事突破したのであった。
◇今回の対戦相手のレベル
デルフ魔道学校。ウィッツ(29)。
火と土の中位レベル。元冒険者だった。実はタイマンよりもパーティーを組んで連携するのに向いている人。
外見で三十歳くらいに見られがちなので年相応ではある。歳なんか気にすんな!
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【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
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初執筆作品になりますので日本語などおかしい部分があるかと思いますが、温かい目で読んで頂き、少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。
なろう・カクヨム・アルファポリスにて公開しています
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