根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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二章 魔道学校編

第34話 一息ついて

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 初日の試合が終わっても王都はお祭り騒ぎだった。
 てっきり闘技場だけかと思ってたけど、国の行事としての意味合いがあるのか少なくとも周辺は賑やかさを増しているようだった。
 もともと騒がしい王都ではあるけれど、日が落ちてきても光がところどころを照らしていて賑やかさを失う様子はない。
 電灯みたいにライトの魔法がいくつもかけられているようだった。消費魔力が少ないとはいえこれだけたくさんの光を灯すのは大変な作業だったろう。さすがに一人でやったなんて思わないけど、人件費とかバカにならなかったんじゃないかな。
 それとも魔道具か。どっちにしてもお金がかかっちゃうね。
 などと考えながらお祭り騒ぎに紛れ込んでいるわたしなのでした。

 一回戦を突破して嬉しい! という気持ちがあったものの、わたし以外の代表者が全滅してしまった。
 ホリンくんやシグルド先輩がすごく落ち込んでいる中でわたしだけはしゃいでいるわけにはいかなかった。さすがにそこまで空気が読めない子じゃないのだ。
 一応ホリンくんにはコーデリアさんが付き添っていたから明日には元気を取り戻してくれるだろう。がんばりどころだよコーデリアさん!
 一方のシグルド先輩には同級生であるルヴァイン先輩が励ましているようだった。ルヴァイン先輩も面倒見がいいよね。
 そんなわけでわたしといっしょに喜んで騒ごうって人はいなかったのである。
 なので一人でもそういった雰囲気を味わいたくて夜の街に繰り出しているのであった。明日が二回戦だってのに我ながら浮かれているなと思う。でもこの騒がしい空気に触れていたらちょっとくらい楽しんだって良い気がするのだ。
 わいわいした雰囲気を感じながら食事でもできたらいいな。そんな軽い気持ちで歩く。
 足元も柔らかな光で照らしてくれる。なかなか綺麗にライトアップされている。

「それにしても、今年はアルバートから一回戦を突破する奴がでるとはな」

 思わず足を止める。
 声の方向には屋外のテーブルについている男達の姿があった。酒が入っているようで滑らかに口が動いている。

「あんなお坊ちゃん学校からあれほどの魔法を使える奴が出るとは思わなかったぜ」
「状況判断もできていたな。実践経験があるのかもしれん。ぬくぬくと育ったお嬢ちゃんってわけじゃないのだろうよ」
「しかも無詠唱魔法を使っていたしな。国の魔道士でも使い手はそうはいないぜ」
「それに割とかわいい子じゃねえか」

 などなど。
 明らかにわたしのことを話しているようだった。
 ちょっと良い気分になる。とくに最後のかわいいって言った奴、ポイント高いよ。

「こりゃあ番狂わせもあるかもな」
「今のうちに乗り換えとくか?」
「いや、カラスティアのディジーってのがいただろう。あっちの方がやべえぞ」

 ディジーか。確かに今回の対校戦のメンバーで一番厄介なのは彼女だろう。
 未だにディスペルに対抗する手段を思いついていない。あれがある限り、出場者の魔法はほとんど封殺されてしまうだろう。まさに魔道士キラーだ。

「でも俺はあのエルって子に賭けようかな。けっこうやってくれそうな気がするぜ」
「じゃあ俺はディジーだ。一番の有力候補だからな」
「でも倍率低いぜ? もうけようと思ったら大穴に賭けないとな。デルフにもいいのがいただろ」

 気づけば賭け事の話になっていた。
 まさか学生の試合にいい大人が賭け事ですか。これも楽しみ方と言えばそうなんだろうけどね。当事者としては複雑な気分。
 品評されるのも居心地が悪いのでこの場から離れる。
 お腹も空いてきたので何か食べようかな。そう考えて食事処を探す。

「キョロキョロして何か探し物かい?」
「どこか食べ物屋を……」

 話しかけてきた相手を目にしてわたしは固まってしまった。

「そうかい。だったらボクが案内しようか?」

 特徴的なとんがり帽子を被った少女。ディジーがわたしの目の前に立っていた。


  ※ ※ ※


 ディジーに案内されて入った店は、周りがお祭り騒ぎになっているのが気にならないと言わんばかりの静けさを湛えていた。

「まずは一回戦突破おめでとう」
「いや、ディジーこそ。おめでとう……」

 席に着いて早々、ディジーから祝福の言葉をかけられた。他校でそれもあまり親しくない相手からの祝福にどう対応していいかと困ってしまう。しかも同じ対校戦の参加者だし。一応ベスト8に残ったメンバーはみんなライバルみたいなもんじゃないのかな。
 そもそもそういう相手といっしょに食事するってのはどうなんだろう? なんだか緊張してしまう。今日は緊張ばっかだな。

「まあキミなら問題ないとは思っていたけれどね」
「わたしのこと買ってくれてるんだね」
「それはそうさ。正直今回の対校戦でキミの相手になれるのはボクしかいないと思っているよ」
「ほ、ほう。そっすか」

 なんだか随分と特別扱いされているような……。そう思われるほどのことってわたししましたっけ?
 わたしが戸惑いを見せている間にディジーは注文を済ませてしまう。わたしの意見は? とか思ったけど、初めての店だし任せてていっかと咎めないことにする。

「エルの初戦を見させてもらったよ。動きが硬いようだったけれど緊張していたのかな?」
「まあ……そうかな。やっぱり人が大勢いたし緊張しちゃってたかも」
「みんな力んでいたよね。やっぱり王子達の視線が気になっていたのだろうね」
「王子達?」

 王様よりも王子達の方が気になるものなのだろうか。ていうかやっぱり国の重要人物も来てたんだ。改めて対校戦の注目度を知って胃が縮みそうな気持ちになってしまう。

「そりゃあね。今は次期国王を選抜している最中だ。国王に選ばれるためには優秀な人材が必要だからね。この対校戦の中でも活躍が認められればスカウトされるかもね」
「へ、へぇー……」

 思った以上に重要視されてたんだ。ここで結果を残すかどうかで良い役職が与えられるかもしれないのか。
 そっか。だからホリンくんやシグルド先輩はあんなにも負けたことを悔しがっていたんだ。貴族にとってそういった地位は大事に想うものなのだろう。
 わたしは、どうだろうな。
 いきなり高い地位を与えられても持て余してしまう気がする。何より大変そうだ。ちゃんと務められるか心配になってしまうじゃないか。
 貴族の中では底辺だしね。いきなりの大出世は身が持たないだろう。

「エルはこの国で行われている継承戦を知らなかったのかい?」
「あ、あははー」

 笑ってごまかす。我ながら苦しい。

「ふふっ。アルバートは貴族社会だと聞いていたからてっきり知っているものだと思っていたよ。こういう話は貴族の方が耳が早いからね」

 すみませんなんちゃって貴族で。
 もう笑ってごまかすしかない。わたしってなんて無知。
 ディジーが言った継承戦ってのが次期国王を選抜する行事なのだろう。王都に来る前までこの国の名前すら知らなかったからね。ほんとなんで貴族やってんだろって感じです。

 そんなわけで、我が国マグニカでは王子達がしのぎを削って継承戦をがんばっているみたい。人材を集めたり手柄を立てたりとアピール合戦しているようだ。一定の期間まで現国王がそれを見定めているとのことだ。
 そんな中でアピールする魔道士の卵達。みんな次期国王に自分を売り込もうとしているらしかった。
 だからこそ今まで以上にやる気が出ている出場者が多いのだとか。

「まっ、ボクには関係ないけどね。もともとこの国の人間でもないし」

 注文したアルコールに口をつけながらディジーが呟くように言った。お酒飲むんだなぁ。別に法律違反なんてものはないけれど、前世の倫理観が邪魔してか転生してから未だにわたしはお酒を飲んでいなかったりする。

「ディジーって別の国の人なの?」
「そうだよ。勉強したい魔法があったから魔道学校に入学したんだ。カラスティアとデルフは国外からも生徒を募っていたからね」
「へぇー。勉強熱心なんだ」
「そんなことはないさ。ボクはここに来る前は冒険者だったからね。強くなるために努力するのは当たり前のことさ。特別なことじゃない」
「冒険者だったんだ。すごい」
「ふふっ。よかったら冒険の話でも聞かせてあげようか?」

 そう提案されて自分でもテンションが上がったのがわかった。単純だなぁ。

「うんっ。ぜひぜひ!」

 シエル領にいた頃にはウィリアムくんといっしょにベドスの冒険者時代の話を聞いたっけか。二人して将来冒険者になろうって約束したのを思い出す。
 やっぱり憧れの冒険者。ディジーから話を聞いていると、改めてそのことを思い出した。

 最初は緊張しながらの食事だったけれど、ディジーの話が楽しくて聞き入っていた。それほどに彼女の冒険の話はおもしろかったのだ。
 わたしとそう変わらない年齢だろうに。話を聞いていると、そう思えないほど人生経験豊富に想えた。

「そろそろ帰ろうか。明日も試合があることだしね」
「あっ、そうだった。ごめんね遅くまで付き合ってもらって」
「いやいやボクは楽しかったからね。エルといっしょに食事できてよかったよ」
「そう言ってもらえるとわたしも嬉しい」

 ディジーはふっと表情を緩ませた。ひょうひょうとした様子だったのに、途端に可憐な雰囲気をかもし出してくる。
 帽子のつばに触れながら彼女は前を向く。わたしもその後ろ姿について行く。途中まで帰り道がいっしょだった。
 照明が帰り道を照らしてくれる。いつまでその賑やかさを保っているのだろうかと思った。

「アルバートはそっちかな」
「うん。ここでお別れだね」

 なんだか名残惜しい。接した時間は短いのに、そう感じたのは意外でもなんでもなかった。

「エル」

 アルバート魔道学校への別れ道。照明が薄くなってきた場所でディジーの表情が真剣なものになる。

「ボクと戦う時は、本気で頼むよ」
「……」

 あまりにも真剣さが伝わってくる声色に、わたしは返事ができなくなっていた。
 どう返せばいいのかわからないわけじゃなかった。「もちろん本気でやる」と、そう言えばいいだけのはずだった。
 でもなぜか、わたしは声を出せなかったのだ。
 ディジーはそんなわたしから背を向けた。

「ではまたね。帰ったらすぐに休むんだよ。明日も試合があるのだからね」

 そう言い残して彼女は去って行った。
 返事をしなかったわたしをどう思ったかなんてわからない。
 難しく考えることじゃない。わたしはわたしにできる全力を出せばいいだけだ。
 世間はお祭り騒ぎ。だってこの魔法戦は命のやり取りをしているわけじゃないのだから。正々堂々としていればそれだけでいい。
 ただ、なんとなくだけれど。
 ディジーと戦う時。それは今までで一番しんどいのだろうと、そう直感めいたものがあったのだった。
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