根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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二章 魔道学校編

第28話 驚愕の事実

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「ひ、ひええええぇぇぇぇーーっ!!」

 わたしの魔法が解けたので猛虎の爪のみなさんは一斉に逃げ出した。逃げ足はすごく速い。これも冒険者として生き抜くための業なのかもしれなかった。
 岩だけじゃなくバインドもいっしょに解除されてたのか。彼等を見送りながら自身の魔力を確認する。
 マナの保有量も魔力の循環も問題ない。わたしの体自体に何かされていたわけじゃなさそうだ。
 何かしたのはとんがり帽子の女で間違いないだろう。その顔は帽子のつばで目元が隠れている。見えるのは妖艶に口角を上げた口元くらいのものだ。
 威圧感というか存在感というか、彼女はわたしにプレッシャーを与えているようであった。おかげで背中の冷や汗が止まらない。
 風貌から魔法使いで間違いないだろう。いや、わたしの魔法を解除した実力を考えれば魔道士クラスか。
 これだけの力強さを感じるのはアルベルトさん以来だ。
 気を抜けない相手だ。下手に力を隠していたらやられてしまうかもしれない。そう思わせるだけのものを、この女は持っている。
 しばし睨み合いを続ける。女の目元がわかんないから睨み合ってるってのは変だけど。
 ふと、わたしと女の間に入るようにアウスが出現した。起きちゃったのか。

「アウス?」

 小さい体でふよふよ浮いているアウスはわたしの方に目を向ける。いつも眠たげな目をしているのに、今ばかりは警戒の色を帯びていた。
 大精霊のアウスが警戒するほどの相手。もしかしてピンチ?

「エル、気をつけるの。こいつ強いの」

 大精霊のお墨付きが出るほどの実力者か。もしかして逃げた方がいいかな。

「ほう、キミは……」

 女は意外そうに口を開けると、くつくつと笑いだした。

「ふ、ふふふっ。まさかこんなところにキミみたいなのがいるとはね」

 急に笑い出して独り言を漏らしている。
 どう反応したもんかと身構える。そんなわたしに構ってないのか女の圧力が急になくなった。

「いやはやすまない。キミ達が恐喝でもしているのかと思ってね」

 女の雰囲気が気さくなものへと変わった。とりあえず敵対心はないってことでいいのかな?

「バカな! 僕達が恐喝などするものかっ。貴族たるものそんな恥をさらすわけがない」

 びしっと言い放つルヴァイン先輩だった。わたしの代わりに弁解してくれてありがとー。
 さっきのプレッシャーで喉がカラカラになっていた。ルヴァイン先輩が言ってくれなかったらわたしは枯れた声で無実をアピールしないといけないとこだったよ。

「そうかいそうかい。じゃあさっきのはなんだったのかな?」
「あれは、正当防衛だ。奴等は野蛮人だったからね。手を出してきたからエルが場を収めていたんだ」
「なるほど」

 ルヴァイン先輩が超頼りになる。今のうちに唾を飲み込む。喉の調子は大丈夫そうだ。
 事情を話すと女は納得したようだった。

「そうかい悪かった。どうやらボクの勘違いだったみたいだ」
「誤解が解けたのなら何よりだ」

 よかったよかった。これで一件落着か。
 誰が冒険者パーティー猛虎の爪を雇っていたのか。それだけは気懸りだけど、たぶん今考えたところでわからないだろう。情報が足りない。

「アウス?」
「……」

 険悪な雰囲気から脱したはずなのに、アウスは消える気配がない。いつもは用事が済んだらさっさと消えてしまうのに。珍しいな。

「もしかしてだが、キミ達はアルバートの生徒じゃないかな?」
「そうだけど」

 本日のわたしは私服だけどルヴァイン先輩はきっちりと制服を着こなしていらっしゃいますからなぁ。いっしょにいるわたしも同じく生徒として見て当然だろう。

「そうかい。ではあいさつしておこうかな」

 女はとんがり帽子を手に取り、その素顔をさらした。
 年齢はわたし達と同じくらいだろうか。オレンジ色のショートヘア。澄んだ青い瞳がわたしの姿を映す。

「ボクはディジー。カラスティア魔道学校の生徒さ」

 優雅に一礼するディジーと名乗った女。その動きは洗練されており、ただ頭を下げたという行為なのに隙を感じさせなかった。

「そして、もうすぐ始まる対校戦の代表者でもある」
「何っ!?」

 声を上げたのは先輩だった。
 わたしはといえば、ディジーが学生と知った瞬間にそうではないかというのが頭にあった。
 あれだけの威圧感を放ち、アウスからも警戒されるほどの相手だ。代表者じゃないってことの方が驚いてしまうだろう。
 取り乱さないように自己紹介を返すことにする。

「ご丁寧にどうも。わたしはエル・シエル。アルバート魔道学校一年です」
「僕はルヴァイン・エイウェルだ」
「キミ達も今度の対校戦の代表者なのかい?」
「……僕は違う。でもエルは我が校が誇る代表者で間違いない」

 そう言ってルヴァイン先輩が胸を張った。まるで我がことのように誇らしげだ。

「そうかい。キミがね……」

 ディジーの視線がわたしを観察するように探ってくる。アウスがその視線からわたしを隠そうとするけれど普通の人には精霊なんて見えないんだから意味がないだろう。

「エル、キミはなかなかのものを持っているようだね。さっきの魔法にはかなりの魔力が込められていたようだ」

 とんがり帽子を被り直しながらディジーが言った。その目は愉快そうに歪められていた。

「いえいえ、そんなことないですよー」

 謙遜しておく。いや、下手をしたらわたしより上の実力なのかもしれないのだ。謙遜しているくらいがちょうどいい。
 それに、なんだろうな。ディジーの雰囲気は他の同世代と違う気がしてならない。なんだかミステリアス。

「なんだいよそよそしいじゃないか。エルとは仲良くしたいな。僕はそう思っているんだが、キミはどうだい?」
「え? まあ、せっかくだし……仲良くしたい、かな?」
「そうか。それなら何よりだ。僕は嬉しい」

 なんだ? 普通に好意を求めてこられて戸惑ってしまったぞ。
 でも仲良くしてくれるっていうならこっちもお願いしたいくらいだ。やっぱり友達ほしい。

「さて、それじゃあボクは行くとするよ。これから用事があるのでね。今度会う時は対校戦かな。楽しみにしているよ」
「わたしも。じゃあね」
「……本当にいい出会いができた」

 ディジーは微笑を浮かべて去って行った。
 突然現れた時はどうなるかと思ったけれど、案外良い人なのかも。今度会ったらおしゃべりできるかな。対校戦の楽しみが一つ増えた。
 ただ気になるのは、ディジーが見えなくなるまでアウスがじっと睨みを利かせていたことだろうか。ずっと警戒していたようだった。

「エル」
「何?」

 真剣な様子のアウス。彼女にしては珍しい態度が続いている。いっつも眠たそうにしているのに。
 それほどにただならないことなのか。わたしはアウスの続く言葉に耳を傾ける。

「……気を張ってたら疲れたの。あーしは眠るの」

 そう言うとアウスはわたしの中に溶けるように消えてしまった。やっぱりいつものアウスかい。一気に気が抜けてしまう。
 アウスは警戒してたけど、危険な感じは最初だけだった。誤解が解けたら普通に接してくれてたしね。
 さて、ディジーもいなくなったことだしここから離れようかな。

「エルはお気楽だな。相手は対校戦のライバルになろうって人なのに」

 なぜか呆れ顔のルヴァイン先輩だった。
 対校戦で戦うかもしれないからって仲良くしちゃいけないってわけでもないだろう。別に殺し合いとかするわけじゃないんだしさ。

「いえいえ、わたしだってやるときゃやりますよー。もちろんスポーツマンシップにのっとってですけどねー」
「スポーツマンシップ?」
「正々堂々やるってことですよ。対校戦、楽しみにしててください」
「それはもちろんさ。僕はエルに期待しているからね」

 嬉しいことを言ってくれる。がんばろうって気はあったけどもっとやろうって気になってきたよ。

「じゃあ行きましょうか。ここにいたら血の気の多い冒険者の方々に絡まれちゃうかもしれないですしね」
「あ、ああ。それもそうだね」

 そんなわけで冒険者ギルド近辺から離れたのだった。


  ※ ※ ※


 そしてその後。

「あ、あれは……そういうことなんですか」
「う、うーむ……まさか」

 わたしとルヴァイン先輩は目の前の光景に二人して唸っていた。
 わたし達の前方。そこにはホリンくんとトーラ先生が仲睦まじく歩いていたのである。
 ホリンくんは相変わらずの仏頂面だけどトーラ先生はによによとした表情になっている。とっても嬉しそうだ。
 ホリンくんだってああいう表情はいつものこと。むしろ照れ隠ししている可能性だってある。
 つまり、……つまり!?

「あの二人が恋仲だったとは……うーむ」

 ルヴァイン先輩が唸ってらっしゃる。わたしも同じ気持ちだ。
 まさかの教師と教え子の禁断の関係。スキャンダルすぎる。
 ま、まあトーラ先生は若いしね。ズボラな印象を持たせる人だけどグラマラスだし。ホリンくんがなびいたっておかしくないのか。
 なんてこったい。……なんてこったい!
 これあかんやつや。目撃したらあかんやつやん。やばい、関西弁になっちゃうくらいびっくりした。
 二人してホリンくんとトーラ先生を見送る。仲睦まじく並んで歩く一組のカップルは一軒のお店に入ってしまった。
 しばらく呆然としてしまっていた。ルヴァイン先輩が声をかけてくれるまでわたしは固まっていたのだった。

「あの……このことは秘密にしときましょう」
「あ、ああ。人の恋路を詮索するのは貴族のすることではない」

 見なかったことにしようそうしよう。そっとしておいた方がいいことだってある。
 友達だからって言えないことだってある。さっきのはまさにそれ。こんなの言えるわけがない。
 わたしとルヴァイン先輩は共通の秘密ができてしまった。わたし達自身のことではないのにトップシークレットだ。
 ホリンくんに幸あれ。友達として、わたし応援するよ。うん。
 驚愕の真実を前に、わたしはディジーとの出会いを対校戦が始まるまですっかりと忘れてしまうのであった。
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