根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

文字の大きさ
上 下
17 / 127
一章 領地編

番外編 ウィリアムの決意

しおりを挟む
 父はベドス、母はマーサ。その子供がウィリアムであった。
 ウィリアムは幼い頃から体が弱かった。
 体力がなく、病気もしょっちゅうである。それをしんどいと思ってはいた。けれど、両親の、とくにマーサの悲しそうな表情を見る度に、しんどさよりも申し訳なさが勝つようになっていた。
 自分が産んだ子供である。一番責任を感じていたのは母親であるマーサなのだろう。
 それがわかっていたからこそ、ウィリアムは苦しい顔をするのをやめた。
 子供ながらに我慢を覚えた瞬間でもあった。

 とはいえ、ウィリアムの覚悟とは関係なくどうしようもないことがあった。
 慢性的な作物不足。ウィリアムが住んでいたのはその日食べるものすら困ってしまうような、そんな土地だったのである。
 それでもウィリアムはまだマシな方であった。
 ベドスが何日も何週間も家を空けて帰ってきた時には、たくさんの食べ物を持ち帰ってくれたのだ。
 一家はそれで飢えをしのいでいた。
 ウィリアムは思った。

「外に食べ物がいっぱいあるなら、ここを離れて別の場所に住めばいいじゃないか」

 もっともである。
 しかし、そうはいかない事情があった。

 マーサは元貴族である。元とついているのですでに没落している。
 その没落した経緯が問題だった。
 マーサの両親は不正を働いた。それは国が許すことなんてできない不正であった。
 それが見つかり貴族としての地位を剥奪。マーサは一家全員処刑されるところであったのだ。

 マーサは涙した。
 その涙を見たわけでもないベドスが彼女の前に現れたのだ。
 冒険者を引退していたベドスは悪い道へと足を踏み入れていた。マーサを見た彼はその美貌に金のにおいを嗅ぎつけただけにすぎなかった。
 この女を奴隷市場で売れば高い金になる。そんな考えで動くだけの外道である。ベドスが一番やさぐれていた時期だった。
 だがマーサにそんな考えが知られるはずもなく、ベドスはまさに彼女の救世主だった。
 抵抗一つされることなく誘拐に成功する。
 このまま当初の予定通りに奴隷として売ってしまえば仕事は終わりだった。

 予定が狂ったのはマーサがベドスに懐いてしまったことであった。
 マーサからすればベドスは救世主である。どういうつもりだろうと関係ない。ピンチを助けられた。それはさながら物語の姫と英雄のように思えた。
 マーサは恋に落ちていた。
 美人に言い寄られて悪い気になる男は滅多にいない。それはベドスも例外ではなかった。そもそも見た目もさほど良いとは言えない男である。舞い上がったとしても仕方のないことだったのかもしれない。
 二人は愛し合い、夫婦となった。
 とはいえマーサは罪人である。たとえ両親の責任だとしても国が決めた処刑を逃れることなど許されない。
 国に居場所はない。他国に逃げるにしても国境を超えるのは難しい。
 そこで唯一の安全地帯を思いつく。
 シエル家が収める領土だ。そこは国でも端っこに追いやられるように存在していた。
 何もない場所だ。ゆえに国からの追手が来ることもない。
 最下級貴族シエルの名は知る人ぞ知る。ポンコツ貴族。そんな貴族の恥とも呼べるなんちゃって貴族であった。
 ある意味そこならば安全だろう。その考えは的中していた。数年経っても追手が来る気配すらない。
 安全に暮らせるようになった頃、マーサはウィリアムを身ごもったのだった。

 そういった事情はウィリアムには伝えられていない。
 ウィリアムからすれば、ベドスはかっこ良い父親であり、マーサは優しい母親である。
 ただそれだけのことであり、二人の立場なんてまったくもって知らなかった。
 それでも文句なんて口にしなかった。たとえまともな作物が取れないのだとしても、両親を責めるのは筋違いであるし、彼はそんな風には考えたことすらなかった。

 だが、文句を口にしなくても問題は発生する。
 ウィリアムが倒れたのである。
 ベドスとマーサは手を尽くした。なんとかして村の連中から食べ物を分けてもらい、隣町の薬だって試した。それでもダメだった。
 日々よわっていく息子。それを目にする度、ベドスとマーサは胸が締め付けられる思いだった。
 二人には魔法の適正はない。医療の心得だってない。技術も知識もなければやれることなんて何もなかった。
 まともに意識が保てなくなるウィリアム。彼は思った。僕はもう死んでしまうかもしれない、と。
 そんな時、助けてくれたのはエルと名乗る少女だった。

 エルは不思議な少女だった。ウィリアムが思い描いていた貴族っぽさがまるでない。それは悪い意味ではなかった。
 ウィリアムの病気が治っても、細くなった体を動かせるようになるまで毎日ように家に通って来てくれた。
 献身的な子だ。ウィリアムはそう思った。
 エルはよくアルベルトという男といっしょに魔法の訓練をしているようだった。
 ウィリアムはそれを羨ましいと思った。
 エルはこの辺では見ない黒髪をしていた。アルベルトも同じ髪色だったため最初は兄妹だと思っていた。

「いやいや、兄妹とかじゃないし。全然似てないでしょ」

 エルの否定で他人ということが発覚。似てるけどな、というのはウィリアムの率直な感想であった。
 アルベルトとも話をする機会が多かった。
 アルベルトはよく冗談めかしたことを言った。そういう話し方をするものだから、ウィリアムには彼の話す物語が本当なのか嘘なのか判断できなかった。
 それでも男心をくすぐる話をするものだから、次第に彼にも懐いていった。
 そんなアルベルトが立ち去る際に言ったことをウィリアムはずっと憶えている。

「エルちゃんは才能溢れる魔法使いだ。ゆくゆくは魔道学校に通ってすごい子になるだろうよ。ウィリアムはどうする?」
「ぼ、僕?」
「そうだぜ。エルちゃんは将来美人になりそうだからよ。今のうちに負けねえくらい、いや、あの子を守れるくらいにならねえとゲットできねえぜ」
「げ、ゲット?」
「エルちゃんをお前の女にするってことだよ」
「おん……っ」
「驚くことじゃねえぞー。ウィリアムはエルちゃんのこと好きなんだろ? 見てりゃあわかる」
「そ、その……」
「男なら、女のために力を振るう。男が強くなる理由なんてそんなもんで充分だ」
「そう、なんですか?」
「そうだ。俺が保証してやる。ウィリアムには才能がある。伸ばせるかどうかはお前次第なんだぜ。だぜー?」

 この日から、ウィリアムは強くなることを決めた。
 エルの隣に立ちたい。エルを守りたい。ウィリアム少年は男の子なのである。
 エルに魔法を教わり、ベドスから剣の稽古を受けるようになった。
 体の気怠さはもう感じない。エルが大地に恵みを与え、栄養満点の作物が取れるようになったからだ。
 まるで神様みたいだ。そんな彼女に追いつくためには努力をかかしてはならない。ウィリアムの努力の日々は続いた。
 丈夫になった体は誰のおかげだ? もちろんエルである。それだけじゃなく、彼女からもらったものは多い。ウィリアムにとってエルは命の恩人以上にかけがえのない存在になっていた。
 アルベルトの言葉を思い出しては真っ赤になる。
 エルを自分の女にする。つまりは嫁にするということである。
 恐れ多いとは思わなかった。
 アルベルトが保証してくれたのだ。不思議とそれだけで不可能なことではないと思えた。

 ウィリアムががんばっている間もエルはすごいことをやってのけていた。
 街道を作り、病に苦しむ人々を救い、村を襲おうとする魔物を撃退してみせた。
 彼女に追いつくのはとても困難なのだろう。それでもウィリアムは努力し続けた。
 年月を重ねるごとにエルへの想いが募っていく。思春期を迎える頃には、ウィリアムはエルが欲しくて仕方がなくなっていた。

「ウィリアムくんは良い子だねー。将来はきっとモテモテなんだろうなぁ」

 たまにエルの言葉で傷つくこともあった。
 だが、これは自分が弟のように見られているからだ。まだまだエルから見て強くないからだ。ウィリアムは奮起した。
 男らしくなるのだ。男になるのだ。愛しい彼女を守れるくらいの立派な男になるのだ!
 そうしている内にエルとの別れの日がやってきた。
 魔道学校に行くのだ。自分は行けない。けれど必ず帰ってきてくれる。それまでにびっくりさせられるほど強い男になろう。ウィリアムはそう思った。
 少年が成長する。出会いと別れ。そして一途な恋心。それだけあれば充分なのだろう。

「エル」

 旅立つ彼女を呼び止める。
 澄みきった青い瞳がエルを射抜く。母親譲りの中性的な顔でいながら、そこには確かにたくましさがあった。

「がんばってね。僕も負けないくらい、いいや、きっと追いついてみせるから。再会する時を楽しみにしてて」
「うん、楽しみにしてる。わたしもしっかり魔道士になって帰ってくるよ」

 男と女は約束した。
 別れが惜しい。それでも、再会する楽しみもあった。
 エルの後ろ姿を見送りながら、ウィリアムは決意した。
 きっとキミに相応しい男になる、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...