根暗男が異世界転生してTS美少女になったら幸せになれますか?

みずがめ

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一章 領地編

第4話 誘拐されたわたし(決着編)

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「聞いてるか? おーい」

 呆然としているわたしに声がかけられる。って呆けてる場合じゃないっ。

「あ……の……っ」

 声がうまく出せない。喉のひきつけはまだおさまっていなかった。
 それでも、アルベルトさんはわたしに視線を合わせてくれる。その目は優しくて、わたしは安心感を覚える。
 ひきつけが、おさまった。

「わたしあの人達に誘拐されてたんですっ。助けてください!」

 わたしは大声で誘拐犯の男共を指差した。
 アルベルトさんは大きくうなづいてくれた。

「よしきた」

 彼の返事は早くて端的だった。
 アルベルトさんは男達の方へと振り返る。

「とのことだ。お前等がその誘拐犯でいいんだよな?」
「だったらなんだよ! テメーには関係ねえだろうがっ。すっこんでろ!」

 キレやすい男がやっぱりキレていた。

「兄さんよぉ、あんまり物事に首突っ込むもんじゃねえぞ」

 剣を持った男が刃をちらつかせる。
 やっかいなのは剣を持った男の方だ。わたしの魔法をその剣で無効化してしまった。剣に魔法を無効にする能力でもあるのか、それとも男自体の腕前なのかは判断できないけど、簡単に魔法を喰らってくれるような奴ではない。

「関係なくねえし、首突っ込むに決まってんだろ」

 ふんと鼻を鳴らすアルベルトさん。男達は「はあ?」と眉をしかめる。

「誰かが泣いてたら助けたくなるってのが人情ってもんだろうがよ」
「……っ!」

 か、かっこいい……!

 口で言うのは簡単だ。でも、こうやって実行してくれることがどんなにすごいことか。わたしは知っている。
 素直にすごいなって思った。きっと今のわたしの目はキラキラ輝いているのだろう。
 だって、彼は憧れるにたる人物だから。わたしを助けてくれる人なのだから。

「そうか……だったら兄さんは死ぬしかないってことだな」

 そう言って剣の男が突っ込んできた。だけど脚は遅い。これならかわせる。

「うらあーーっ! ぶっ殺してやんよ!」

 だけどここでもう一人のキレたままの男が走る。こっちはかなり脚が速い。あっという間にアルベルトさんに肉薄する。そのままの勢いで拳を振り上げた。
 やばい! アルベルトさんは無手なのだ。
 彼は自分を魔道士と言っていた。だからこそ危ない。魔道士は肉弾戦は不向きだ。それは今まで見てきた(家族のみだが)ことからも明らかなのだ。
 前世のゲームでも魔道士なんて後衛キャラは接近戦は弱いし、物理攻撃のダメージだって大きく受けやすい。
 男二人はどちらも接近戦主体だ。脚の速い方が牽制をし、剣を持った方がとどめをさすといった戦術だろう。
 この状況はまずい。遠くから魔法を撃つだけならいいが、間合いを詰められてしまったらどうしようもない!
 わたしの全身に嫌な汗がぶわっと噴き出した瞬間、拳を振り上げた男が吹っ飛んでいた。

「え?」

 わたしは呆けてしまう。何が起こった?
 アルベルトさんが反撃したようには見えなかった。彼は殴り返すでもなく、ただ立っていただけだ。少なくともわたしにはそう見えた。

「ちっ」

 剣を持った男が舌打ちをする。だけど脚を緩めず接近する。
 あいつは魔法を斬る。もしさっきのが魔法だったとしたら無効化されてしまう!
 わたしはそれを教えようと口を開く。
 しかし、それが声になることはなかった。

「ぐおおおおおおおおおおおおっ!?」

 男が間合いを詰めて剣を振りかぶった瞬間、さっきの再現と言わんばかりに吹っ飛んでいった。
 吹っ飛んだ二人の男は地面に横たわったまま動かない。どうやら気絶しているようだった。

「終わった……の?」

 あまりにもあっけなく誘拐犯を昏倒させていた。それが現実じゃないみたいで、わたしは口を半開きにしたまま固まっているしかなかった。
 アルベルトさんがくるりと振り返る。そこには疲労した様子もなく、さっきと同じ優しい表情があった。

「さて、終わったぞ」
「え、あ、はい」

 我ながら間抜けな返事だ。でもどう言ったらいいのかわからなくて、とにかくお礼を言わなきゃと立ち上がる。

「わっ!?」
「お、おいっ」

 でも脚に力が入らなくて、ふらりと立ちくらみのようによろめいてしまう。それをアルベルトさんがダッシュで支えてくれた。
 大きな手がわたしの肩を抱く。その手にたくましさを感じる。
 あったかい手だなぁ……。

「大丈夫か?」
「あ、はい。すみません……」
「すみませんって……、子供が大人に気をつかうんじゃねえっての」

 そうだ、明るくしなきゃ。助けられたんだし笑わなきゃダメだ。
 わたしは笑顔を作って彼を見上げた。でも、なぜか顔を逸らされていた。
 何かいけないことでもしただろうか? 振り返ってみても不機嫌にさせるようなことを言った覚えはないんだけど。
 アルベルトさんは無言で上着を脱いでわたしの体にかけてくれた。
 なぜに? 疑問に思いながらも、温かさの残る上着をぎゅっと握る。

「……まああれだ。怖かったもんな。仕方ないよな」
「はあ」

 何を言っているんだろうか? よくわからなくて生返事しかできない。
 怖かったのは確かだけれど、なんというかアルベルトさんが気にしているのは別にあるような。うーん、わからん。
 とにかく大丈夫だと伝えるためにも脚に力を入れる。まだふらついているので内ももに力を込めてバランスをとる。

「あ」

 そこで気づいた。ついでにアルベルトさんが顔を逸らした理由がわかった。
 かあっと顔が熱くなる。
 これ、アカンやつや。恥ずかしいやつや!
 内ももに伝わるのはちょっと冷えてきた湿り気。
 ようやく思い出した。自分が恐怖のあまり失禁してしまったという事実に。


  ※ ※ ※


「ああああああああああ……」

 顔を両手で覆って言葉にならない声を漏らす。恥ずかしい。恥ずかしさで死にそう。恥ずか死ぬぅぅぅぅぅ!
 良い人のアルベルトさんは魔法なのだろう。乾燥機みたいにわたしのその……パンツを乾かしてくれた。
 大人なアルベルトさんは子供パンツに興味なんてないのだろう。淡々とした調子でやってくれた。その間、わたしはノーパンのまま顔を覆うことしかできなかった。

「うんまあ、気にすんな」

 乾かしてもらったパンツを渡された時のお言葉である。その気づかいが心に突き刺さります。
 お漏らししただけでも恥ずか死にそうなのに、さらにそのお漏らしパンツを異性の手で乾かしてもらうことになるだなんて。履いたパンツの温かさがさらに羞恥心を刺激する。わざわざあったかい風で乾かしてくれた気づかいがわたしの顔をこれでもかと赤くさせた。
 わたしが悶絶している間も、アルベルトさんはずっと傍にいてくれた。恥ずかしかったけれど、傍にいてくれたのは嬉しかった。
 わたしが一通り悶絶して落ち着くと、彼はこほんと軽い咳払いをする。

「さて、と。エルちゃんって言ったよな」
「あっはい」

 わたし達はすでに自己紹介を済ませていた。アルベルトさんの名前は聞いていたのでわたしが名乗っただけなのだが。

「で、エルちゃん。こいつらどうする?」

 くいっと親指で差されたのは誘拐犯の男二人であった。縄でぐーるぐるになって拘束されている。剣も取り上げているので危険はないだろう。

「んだこの野郎っ!」
「……」

 二人の男は意識を取り戻している。キレやすい男はこっちを睨みつけ威嚇している。もう片方の剣の男(今は剣持ってないけど)はうつむいたままだんまりだ。

「おいおい、吼えるんじゃねえよ。これからお前等がどうなるかってのはこっちの自由なんだぜ?」

 低い声だった。わたしに向けられたものではなかったのにゾクッと身震いしてしまう。
 またお漏らしするわけにはいかない。気をしっかり保たねば。

「くっ……」

 男が憎々しげにうめく。なんかこれ、姫騎士とかだったらこっちが悪いことするみたい。わたし女の子ですけれど。相手はおじさんですけれど。
 こうやってみると怖さというのは感じなくなるな。相手は縄で縛られてるし、隣には強力な味方キャラがいる。安全とわかっていれば心にゆとりが生まれるものなんですね、わたし勉強になりました!

 そんなわけで余裕を取り戻し、ついでに羞恥心を薄れさせて誘拐犯を観察する。
 片方は今なお睨み続けている。もう片方はすでに諦めましたと言わんばかりの雰囲気をかもし出している。うつむいている目をのぞくと、目が死んでいた。やばい。

「あの、ちょっと質問してもいい?」
「んだよガキがっ!!」
「ヒッ!?」

 めっちゃ怒鳴られた。やっぱり怖い!
 あわあわしてるとアルベルトさんに頭を撫でられた。あー、落ち着く。

「おら、エルちゃんの質問に答えろや。この負け犬が」

 アルベルトさんもちょっと怖い人なのかな。わたしに向ける目と男に向ける目が全然違う。悪に慈悲などないっていう人なのかもしれない。

「ぐぎぎ……」

 悔しさなのだろうか。男が歯を喰いしばってわなわなと震える。黙ってくれたけど怖いぞ。
 だからってこっちも黙ってるままというわけにもいかないだろう。

「えーと……、なんでわたしを誘拐したの?」
「金のために決まってんだろ」

 即答。いやまあ、そりゃあそうなんだろうけどさ。

「けど、これでもわたし貴族だし。一応魔法だって使えるし。リスクが高いって思わなかったの?」
「ハッ」

 今度は鼻で笑われたぞ。なんか傷つくからやめてほしい。

「リスクだなんだって言ってられっかよ。こんなところにいちゃあいつか死んじまうだけだぜ。だったら大金を手にできる可能性を掴みにいくしかねえだろ」
「死んじまうって……そんな」
「ハッ。貴族様にはわかんねえってか」

 吐き捨てるように男は続ける。

「ここにはまともな作物なんか育たねえ。毎日食いもんに苦労してんだよ。だからってよ、俺含めてこんな辺境に来る奴等にまともな奴はいねえ。何かしらの理由で追われてここまで仕方なく来た連中ばかりだ」

 唸るような声だった。
 そして、わたしを見る男の目はギラギラと何かに執着するようであった。

「だから! 金がいるんだ! 金さえあればなんだってできる! 金さえあればまっとうにだって生きられるんだよ!!」
「……っ」

 わたしは言葉を返せなかった。
 まっとうに生きる。それがどれだけ大変なことか。境遇は違うにしても、前世の『俺』という部分が共感してしまっていた。

 きっと『俺』はまっとうには生きられていなかった。傍から見れば真っすぐではあったかもしれない。けれど、やっぱりまっとうな生き方ではなかったのだ。
 男のような行動力があれば『俺』にもまっとうになれるチャンスがあったのだろうか? いや、誘拐なんて犯罪を犯している時点でまっとうではない。
 それでも、誰からもちゃんと見てもらえない人生がまっとうだなんて、わたしには思えなかった。
 男のやったことは正しくない。世間的に見れば明らかに間違っている。もっと言ってしまえば悪だ。だけど、わたしの根幹が、彼を断罪してはいけないと訴えていた。
 いけないことだとはわかっている。けれど、『俺』という部分が彼を羨ましいと思ったのだ。
『俺』にはなかった行動力。わたしはその行動力を持たないといけないのではないか? そうでないと、わざわざ転生した意味なんてないと思った。

 すーはーと息を吸って吐いてを繰り返す。大丈夫だ。落ち着いている。わたしは冷静だ。
 男達を見つめる。睨み返された。ちょっと目を逸らしたくなった。
 でもここで負けられない。これはわたしのためなのだから。わたしのための行動だ。

「あなた達に判決を言いわたします」

 厳かな調子で言う。アルベルトさんの眼光のおかげで男達は無言で聞くしかない。


「わたしの中で公平な考えの結果……あなた達二人は無罪です」

 わたしは、わたしの考えたままの判決を口にした。
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