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一章 領地編
第3話 誘拐されたわたし(逃走編)
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前回までのあらすじ!
超絶美少女のエルちゃんが転生した元男というのはないしょ☆ そんなとっても可愛いエルちゃんが誘拐されちゃった。きっと犯人はムフフなことを企んでいるに違いない。なんといういけない大人なんだ! 許せない! そんないけない大人は月に代わってお仕置きしてあげなきゃね☆ でもでも、いくらエルちゃんが美少女でもまだ十歳。まだまだいけないこともわからないお子様なのだ。だから今はムフフなことにならないためにも急いで逃げなきゃね☆
……よし。頭の中が整理できた。だいたいこんな感じだ。
馬車が止まる様子はない。誘拐犯がこっちに来る様子もない。
「さて、やりますか」
一声で覚悟を決めた。
助けなんて期待できない。シエル家に自衛できるだけの余裕がないってのはわたしが一番よくわかってる。
わたしの魔法で華麗に誘拐犯を倒せるなんて思っていない。それどころかまともに闘えすらしないだろう。相手がどれくらいの実力があるかわからないのならなおさらだ。
だからこそ逃げの一手。これしかない。
隙間から外を確認する。やっぱりすごいスピードだ。このまま飛び下りれば骨折は免れられないだろう。前世でも骨折はしたことないけど、たぶん痛みで動けなくなっちゃいそうだ。
ちょっとここからじゃ見にくくはあるが……、ええいっ! エアカッター的なもので隙間を広げてやった。
よし見えた! 馬車の車輪を発見する。
意識を集中する。
イメージ。大事なのはイメージだ。イメージするのは最強の自分だ。なんちゃって☆
杖も詠唱もなく、わたしは魔法という名の奇跡を起こした。
「わわあああっ!」
馬車が大きく跳ねた。
端っこの縁にしがみついていたのに体が宙に浮く。これ以上ふっ飛ばされないように力を入れた。
覚悟していた衝撃とはいえ、これはきつい。何度も体が跳ねそうになる。
「うわあああああああああああっ!?」
「ぬおおおおおおおおおおおおっ!?」
二人分の男の声が聞こえる。どうやら誘拐犯は二人のおじさんだったようだ。野太い声だったから間違いない。
ぐるぐると視界が回る。
うえー。酔っちゃいそうだよ~。おえ。
気持ち悪くなってる間に馬車が横転していた。
「うぅ……おえ」
頭をぶつけたりはしなかったけど、すごく気持ち悪くなってしまった。でも吐かない。乙女の威厳のために。
「うぷっ……、作戦成功、だね」
わたしがやったこと。それは、土魔法で進行方向にある土を盛り上げたのだ。
馬車の前輪の前に盛り上げた土。それに思いっきり乗り上げたのだ。大きくバランスを崩した馬車が横転するのは当然だった。
動く馬車相手にタイミング良く土を盛り上げるのは大変だった。難易度で言えばハードモードといったところか。まあ、天才少女のエルちゃんならできちゃうんですけどねー。うふふ。
外に出れば放りだされたであろう二人の男が地面に倒れていた。
「ふっ、ザコめ」
わたしは逃走を開始した。
「あっ! ガキが逃げたぞ!」
「な、何ィ! 追えーーっ!!」
逃走を開始して三秒で気づかれてしまった。
なんで気絶してないんだよ! おじさんなんだからもうちょっと寝て疲れをとっていればいいものをっ。
だけどダメージはあるのだろう。立ち上がるのも手間取っている。
今のうちに走って逃げる。すぐに「待てこの野郎っ!」と怒声が聞こえてきた。野郎じゃないっての。
走って走って走って……追いつかれた!
……そりゃそうだ。大人と子供の脚力が同じなわけがない。加速とか瞬間移動みたいな魔法があれば別なのだろうが、あいにくわたしはそんな便利魔法を習得していなかった。
首根っこを掴まれたわたしは「ぐえっ」と可愛くない声を上げてしまう。ここは可愛く「きゃっ☆」みたいな感じに脳内変換しておく。伝わってないだろうけど。
「手間取らせやがってこのガキが!」
……うん。バカなこと考えている場合じゃありませんね。
おじさんがお怒りの表情である。もう一人は脚が遅いのか、息を切らしながらこっちに向かってドタドタと走っている途中だった。
「どうやって縄を解いたか知らねえがこの――」
「えいっ」
「ぎゃあああああっ!?」
相手が一人ならチャンスだ。
わたしは首根っこを掴んでる手に向かってエアカッター的なものを放った。
男は悲鳴を上げて倒れる。その拍子にわたしを掴んでいた手も離される。
エアカッターと断言できる代物ではないので手を切断するところまではいかない。誘拐犯とはいえそこまでするとさすがにやりすぎだろうしね。わたしの精神的にも、人様の指を切断して取り乱さないなんて断言できない。
「このガキ! まさか詠唱もなしに魔法を使ったのか!?」
おじさんの目が見開く。すごいびっくりしていらっしゃるようでなによりです。
やっぱり無詠唱の魔法はすごかったようだ。両親のはしゃぎっぷりも身内びいきだけではなかったということか。
とりあえずここはビシッと決めてやりますか。わたしの威厳に慄くがいいぞ愚民がっ!
「わたしはシエル家の娘、エル・シエルよ。つまり貴族様なわけ。それをおわかりなのかな? わかった上でこのわたしに狼藉を働いたというわけなのかしら」
「ハッ」
おいっ。鼻で笑うんじゃねえよ!
男は立ち上がりわたしを見下ろす。その目は敵意に満ちていた。
「極貧貴族が偉ぶってんじゃねえよ! ガキのくせに生意気なんだよ!!」
お、大声出すなよ。ちょっと足がすくんじゃったじゃないか……。
だからってここで足を小鹿のように振るわせるわけにはいかない。弱味は見せてはいけない。相手が悪党ならなおさらだ。
強い意志を持てよ自分! 弱い『俺』じゃないのだ。この世界の『わたし』は強いはずだ。
負けないくらい男を睨みつける。息をすぅと吸った。
「誘拐犯が偉そうなこと言うな! お前等に文句たれる資格はないんだよ!!」
久しぶりの大声だった。
これだけ声を張ったのは前世から通じてもあまり記憶にない。それほどの大声。というか叫びだった。
手を男の前にかざす。それだけで男はたじろいだ。
奴の右手からは血が滴り落ちている。切断はできなくても、充分な痛みを与えられたはずだ。だからこそ警戒している。
子供だと思って侮っていたのか。男に武器を所有している様子はない。チャンスだ。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「う、うわあああああああああっ!」
わたしの声に反応して大地が盛り上がる。それだけで男は悲鳴を上げた。
できるだけ尖れ尖れと念じる。
盛り上がった大地の先端は鋭い。精巧だ。これをアースニードルと呼ぼう。まんまとかゆーな。魔法の名前ってのは大体まんまなんだよっ。
「おおおおっ! く、くそがぁ!」
しかしスピードが足りない。男に突き刺さることなくバックステップでかわされてしまった。
でも、時間は稼げた。
わたしと男の間の隔たり。そこに土壁を作りだす。
通せんぼウォール。なんちゃって☆
わたしは逃走を再開する。とにかく人のいる場所へと逃げるのだ。逃げ切ればわたしの勝ちだ。
走り出したところで背後からドオンッ! と嫌な音が聞こえた。
え、いや、早すぎでしょ……。違うよね?
嫌な予感がひしひしと伝わってくるけれど、見ないわけにはいかない。そーっと背後を振り返ってみる。
「まだ子供か……。術が軽いな」
わたしが作った土壁が斬り裂かれていた。ボロボロと崩れていった先に、二人の男がいた。
片方はさっきの怖いおじさんだ。もう一人はなかなか追いついてこなかったノロマな男だった。
そのノロマな男が土壁を斬り裂いたのだ。その証拠に、手に剣が握られている。
マジですか武器ですか刃物ですか! あのキラリと光る感じが怖いんですけど!
「えいっ」
隙をついてエアカッターもどきを剣の男に放つ。すると、目には見えない速さで剣が振るわれた。本当に振ったの? て聞きたくなる。だって気づいたら剣を振り抜いた体勢になっていたのだから。
……何も起こらない? もしかしてわたしの魔法が斬られたのか? 無効化された?
え、それってあり?
こういう誘拐犯ってザコなのが定番じゃないの? わたしの魔法の餌食になるのがお決まりなんじゃないの?
予想外に焦ってしまう。脚の回転がぎこちなくなってこけそうになってしまう。
土壁を二つ三つと作る。その度に斬られ、すぐに崩れてしまう。
おいおい、魔法の無効化なんて主人公の能力だろうがよ。誘拐犯が使うもんじゃないでしょうに。って思ってる間にまた斬られた。
「待てぇぇぇぇ! くそガキがっ!!」
脚の速い方の男が怒声を上げて追いかけてきた。
やばいやばいやばいやばい!
土壁で妨害してもすぐに斬られて無効かされてしまう。脚の速さだってすぐに追いつかれてしまうのはすでに証明済みだ。
案の定、追いつかれた!
「このくそガキがあああああぁぁぁぁぁっ!!」
「ぐっ……あ!」
走った勢いのままわき腹を蹴られる。貧困で育ったわたしの軽い体は簡単にふっ飛んでしまった。まるでサッカーボールみたい。
ゴロゴロと地面を転がって、ようやく止まった。
蹴られたわき腹が痛い。冗談なんか言える余裕すらないくらい痛い。どうしよう、すごく痛い……! 痛いしか出てこない。息するのも痛い……。
わたしがうずくまっていると足音が近づいてきた。わたしを蹴った男のものだろう。
「くそガキがっ! タダじゃ済まさねえぞ!」
「おいっ。そいつは商品なんだ。あんまり傷物にするな」
「うっせえ! 俺はこのガキをしつけてやってんだよっ」
二人の男は言い争いを始めた。
今のうちに逃げたいのはやまやまだけど、痛くて動けない。
前世でも暴力を振るわれることなんてなかった。殴り合いのケンカなんてしたこともないし、カツアゲされたら殴られる前に財布を差し出していた。
だからだろうか。精神年齢はとっくに三十歳を過ぎているというのに、痛みで泣き出してしまいそうだった。
一発蹴られたくらいで泣いてしまうなんて情けない。外見は十歳の女の子なんだから不思議じゃないかもしれないけど、前世からの『俺』としてのプライドが羞恥を感じさせる。
「う……ぐぅ……っ」
身じろぎするだけでもあばらから全身に痛みが広がるようだ。神経をしびれさせ体をマヒさせる。
……動けない。
数センチ……いや、数ミリ動いているかどうか。カメといい勝負できそうな速度である。
逃げられない。こんなんじゃあ逃げられない。涙が溢れた。
気づかれたらおしまいだ。ふと、後ろの男達を振り返った。
「ヒッ!?」
二人の誘拐犯が、こっちを見ていた。
いつの間にか言い争いもやめてわたしを見つめていた。二人の表情からは感情の色が見えない。
あれだけ怒り狂っていた男からもなんの表情もなくなっていた。ただ無表情で視線を向けるだけだ。
それに言い知れない恐怖を感じた。
股間に生温かいものが広がる。失禁してしまったようだ。それを恥ずかしがる余裕なんてなかった。
自分でも顔が青ざめていくのがわかる。
血液は巡らず、筋肉は硬直し、呼吸はやり方を忘れたみたいに不規則なものへと変わってしまった。
男が一歩、近づいた。
動かなかった体が即座に反応する。
でも、それは反撃しようだなんて考えたわけではなかった。考えもしなかった。考えられなくなっていた。
立ち上がるどころかうずくまり、わたしは必死に頭を隠して震えた。
喚くこともなく、叫ぶこともなく、怒り狂ってしまえるはずもなかった。
ただただ怖かった。怖くて怖くて、わたしは恐怖の対象が通りすぎてくれるのを必死な思いで願った。涙を流しながら思うしかできなかった。
ザッ、と足音。
「~~ッッッッ!!」
喉がひきつける。それは声にならなかったけれど、わたしの恐怖心をより一層煽るものだった。
体の震えが止まらない。どんな目に遭わせられるか、嫌でも想像してしまう。
あばらの痛みが教えてくれる。無抵抗なわたしに暴力が振るわれる。それは容赦がなく、やめてと懇願してもきっとやめてくれない。
目と鼻からとめどなく液体が漏れる。わたしの顔は汚らしいものへと変わっていっただろう。
男の足音が死のカウントダウンのように刻まれる。わたしはそれを待つことしかできない罪人であった。
助けて! ここまできてようやくわたしは心の中で誰かに助けを求めた。
誰も助けにこないことはわかっている。誰も『俺』を助けてくれなかったことを知っているから。
心の中だけで叫んだって仕方がない。経験則でわかっているのに、わたしにできるのはそれだけだった。無意味だった。
頭の奥底じゃあ無駄だってわかってる。知ってる。感じてる。
だから、だれもくるはずがないのだ……!
「おいおい。大の大人が小さい女の子いじめてんのかよ。ダッセェなぁー」
そんな時だった。
誘拐犯とは別の男の声。その声だけでもさっきまでの男達と違って若さが伝わってくる。
わたしはゆっくりと顔を上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているという自覚はある。人には見せられないだろうが、わたしはその人を目にせずにはいられなかった。
彼はわたしと同じ黒髪だった。少し吊り目気味ではあるが好奇心をたたえた瞳からは怖さを感じない。
「そこの女の子」
彼はにーと歯を見せた。八重歯が特徴的だなと思った。
自分に声をかけられたのも気づかずわたしは見つめ続けた。それに気を悪くした風でもなく、若い男は続けた。
「この天才魔道士、アルベルトさんが助けてやろうか?」
それは、念願であった『救い』がやってきた瞬間であった。
超絶美少女のエルちゃんが転生した元男というのはないしょ☆ そんなとっても可愛いエルちゃんが誘拐されちゃった。きっと犯人はムフフなことを企んでいるに違いない。なんといういけない大人なんだ! 許せない! そんないけない大人は月に代わってお仕置きしてあげなきゃね☆ でもでも、いくらエルちゃんが美少女でもまだ十歳。まだまだいけないこともわからないお子様なのだ。だから今はムフフなことにならないためにも急いで逃げなきゃね☆
……よし。頭の中が整理できた。だいたいこんな感じだ。
馬車が止まる様子はない。誘拐犯がこっちに来る様子もない。
「さて、やりますか」
一声で覚悟を決めた。
助けなんて期待できない。シエル家に自衛できるだけの余裕がないってのはわたしが一番よくわかってる。
わたしの魔法で華麗に誘拐犯を倒せるなんて思っていない。それどころかまともに闘えすらしないだろう。相手がどれくらいの実力があるかわからないのならなおさらだ。
だからこそ逃げの一手。これしかない。
隙間から外を確認する。やっぱりすごいスピードだ。このまま飛び下りれば骨折は免れられないだろう。前世でも骨折はしたことないけど、たぶん痛みで動けなくなっちゃいそうだ。
ちょっとここからじゃ見にくくはあるが……、ええいっ! エアカッター的なもので隙間を広げてやった。
よし見えた! 馬車の車輪を発見する。
意識を集中する。
イメージ。大事なのはイメージだ。イメージするのは最強の自分だ。なんちゃって☆
杖も詠唱もなく、わたしは魔法という名の奇跡を起こした。
「わわあああっ!」
馬車が大きく跳ねた。
端っこの縁にしがみついていたのに体が宙に浮く。これ以上ふっ飛ばされないように力を入れた。
覚悟していた衝撃とはいえ、これはきつい。何度も体が跳ねそうになる。
「うわあああああああああああっ!?」
「ぬおおおおおおおおおおおおっ!?」
二人分の男の声が聞こえる。どうやら誘拐犯は二人のおじさんだったようだ。野太い声だったから間違いない。
ぐるぐると視界が回る。
うえー。酔っちゃいそうだよ~。おえ。
気持ち悪くなってる間に馬車が横転していた。
「うぅ……おえ」
頭をぶつけたりはしなかったけど、すごく気持ち悪くなってしまった。でも吐かない。乙女の威厳のために。
「うぷっ……、作戦成功、だね」
わたしがやったこと。それは、土魔法で進行方向にある土を盛り上げたのだ。
馬車の前輪の前に盛り上げた土。それに思いっきり乗り上げたのだ。大きくバランスを崩した馬車が横転するのは当然だった。
動く馬車相手にタイミング良く土を盛り上げるのは大変だった。難易度で言えばハードモードといったところか。まあ、天才少女のエルちゃんならできちゃうんですけどねー。うふふ。
外に出れば放りだされたであろう二人の男が地面に倒れていた。
「ふっ、ザコめ」
わたしは逃走を開始した。
「あっ! ガキが逃げたぞ!」
「な、何ィ! 追えーーっ!!」
逃走を開始して三秒で気づかれてしまった。
なんで気絶してないんだよ! おじさんなんだからもうちょっと寝て疲れをとっていればいいものをっ。
だけどダメージはあるのだろう。立ち上がるのも手間取っている。
今のうちに走って逃げる。すぐに「待てこの野郎っ!」と怒声が聞こえてきた。野郎じゃないっての。
走って走って走って……追いつかれた!
……そりゃそうだ。大人と子供の脚力が同じなわけがない。加速とか瞬間移動みたいな魔法があれば別なのだろうが、あいにくわたしはそんな便利魔法を習得していなかった。
首根っこを掴まれたわたしは「ぐえっ」と可愛くない声を上げてしまう。ここは可愛く「きゃっ☆」みたいな感じに脳内変換しておく。伝わってないだろうけど。
「手間取らせやがってこのガキが!」
……うん。バカなこと考えている場合じゃありませんね。
おじさんがお怒りの表情である。もう一人は脚が遅いのか、息を切らしながらこっちに向かってドタドタと走っている途中だった。
「どうやって縄を解いたか知らねえがこの――」
「えいっ」
「ぎゃあああああっ!?」
相手が一人ならチャンスだ。
わたしは首根っこを掴んでる手に向かってエアカッター的なものを放った。
男は悲鳴を上げて倒れる。その拍子にわたしを掴んでいた手も離される。
エアカッターと断言できる代物ではないので手を切断するところまではいかない。誘拐犯とはいえそこまでするとさすがにやりすぎだろうしね。わたしの精神的にも、人様の指を切断して取り乱さないなんて断言できない。
「このガキ! まさか詠唱もなしに魔法を使ったのか!?」
おじさんの目が見開く。すごいびっくりしていらっしゃるようでなによりです。
やっぱり無詠唱の魔法はすごかったようだ。両親のはしゃぎっぷりも身内びいきだけではなかったということか。
とりあえずここはビシッと決めてやりますか。わたしの威厳に慄くがいいぞ愚民がっ!
「わたしはシエル家の娘、エル・シエルよ。つまり貴族様なわけ。それをおわかりなのかな? わかった上でこのわたしに狼藉を働いたというわけなのかしら」
「ハッ」
おいっ。鼻で笑うんじゃねえよ!
男は立ち上がりわたしを見下ろす。その目は敵意に満ちていた。
「極貧貴族が偉ぶってんじゃねえよ! ガキのくせに生意気なんだよ!!」
お、大声出すなよ。ちょっと足がすくんじゃったじゃないか……。
だからってここで足を小鹿のように振るわせるわけにはいかない。弱味は見せてはいけない。相手が悪党ならなおさらだ。
強い意志を持てよ自分! 弱い『俺』じゃないのだ。この世界の『わたし』は強いはずだ。
負けないくらい男を睨みつける。息をすぅと吸った。
「誘拐犯が偉そうなこと言うな! お前等に文句たれる資格はないんだよ!!」
久しぶりの大声だった。
これだけ声を張ったのは前世から通じてもあまり記憶にない。それほどの大声。というか叫びだった。
手を男の前にかざす。それだけで男はたじろいだ。
奴の右手からは血が滴り落ちている。切断はできなくても、充分な痛みを与えられたはずだ。だからこそ警戒している。
子供だと思って侮っていたのか。男に武器を所有している様子はない。チャンスだ。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「う、うわあああああああああっ!」
わたしの声に反応して大地が盛り上がる。それだけで男は悲鳴を上げた。
できるだけ尖れ尖れと念じる。
盛り上がった大地の先端は鋭い。精巧だ。これをアースニードルと呼ぼう。まんまとかゆーな。魔法の名前ってのは大体まんまなんだよっ。
「おおおおっ! く、くそがぁ!」
しかしスピードが足りない。男に突き刺さることなくバックステップでかわされてしまった。
でも、時間は稼げた。
わたしと男の間の隔たり。そこに土壁を作りだす。
通せんぼウォール。なんちゃって☆
わたしは逃走を再開する。とにかく人のいる場所へと逃げるのだ。逃げ切ればわたしの勝ちだ。
走り出したところで背後からドオンッ! と嫌な音が聞こえた。
え、いや、早すぎでしょ……。違うよね?
嫌な予感がひしひしと伝わってくるけれど、見ないわけにはいかない。そーっと背後を振り返ってみる。
「まだ子供か……。術が軽いな」
わたしが作った土壁が斬り裂かれていた。ボロボロと崩れていった先に、二人の男がいた。
片方はさっきの怖いおじさんだ。もう一人はなかなか追いついてこなかったノロマな男だった。
そのノロマな男が土壁を斬り裂いたのだ。その証拠に、手に剣が握られている。
マジですか武器ですか刃物ですか! あのキラリと光る感じが怖いんですけど!
「えいっ」
隙をついてエアカッターもどきを剣の男に放つ。すると、目には見えない速さで剣が振るわれた。本当に振ったの? て聞きたくなる。だって気づいたら剣を振り抜いた体勢になっていたのだから。
……何も起こらない? もしかしてわたしの魔法が斬られたのか? 無効化された?
え、それってあり?
こういう誘拐犯ってザコなのが定番じゃないの? わたしの魔法の餌食になるのがお決まりなんじゃないの?
予想外に焦ってしまう。脚の回転がぎこちなくなってこけそうになってしまう。
土壁を二つ三つと作る。その度に斬られ、すぐに崩れてしまう。
おいおい、魔法の無効化なんて主人公の能力だろうがよ。誘拐犯が使うもんじゃないでしょうに。って思ってる間にまた斬られた。
「待てぇぇぇぇ! くそガキがっ!!」
脚の速い方の男が怒声を上げて追いかけてきた。
やばいやばいやばいやばい!
土壁で妨害してもすぐに斬られて無効かされてしまう。脚の速さだってすぐに追いつかれてしまうのはすでに証明済みだ。
案の定、追いつかれた!
「このくそガキがあああああぁぁぁぁぁっ!!」
「ぐっ……あ!」
走った勢いのままわき腹を蹴られる。貧困で育ったわたしの軽い体は簡単にふっ飛んでしまった。まるでサッカーボールみたい。
ゴロゴロと地面を転がって、ようやく止まった。
蹴られたわき腹が痛い。冗談なんか言える余裕すらないくらい痛い。どうしよう、すごく痛い……! 痛いしか出てこない。息するのも痛い……。
わたしがうずくまっていると足音が近づいてきた。わたしを蹴った男のものだろう。
「くそガキがっ! タダじゃ済まさねえぞ!」
「おいっ。そいつは商品なんだ。あんまり傷物にするな」
「うっせえ! 俺はこのガキをしつけてやってんだよっ」
二人の男は言い争いを始めた。
今のうちに逃げたいのはやまやまだけど、痛くて動けない。
前世でも暴力を振るわれることなんてなかった。殴り合いのケンカなんてしたこともないし、カツアゲされたら殴られる前に財布を差し出していた。
だからだろうか。精神年齢はとっくに三十歳を過ぎているというのに、痛みで泣き出してしまいそうだった。
一発蹴られたくらいで泣いてしまうなんて情けない。外見は十歳の女の子なんだから不思議じゃないかもしれないけど、前世からの『俺』としてのプライドが羞恥を感じさせる。
「う……ぐぅ……っ」
身じろぎするだけでもあばらから全身に痛みが広がるようだ。神経をしびれさせ体をマヒさせる。
……動けない。
数センチ……いや、数ミリ動いているかどうか。カメといい勝負できそうな速度である。
逃げられない。こんなんじゃあ逃げられない。涙が溢れた。
気づかれたらおしまいだ。ふと、後ろの男達を振り返った。
「ヒッ!?」
二人の誘拐犯が、こっちを見ていた。
いつの間にか言い争いもやめてわたしを見つめていた。二人の表情からは感情の色が見えない。
あれだけ怒り狂っていた男からもなんの表情もなくなっていた。ただ無表情で視線を向けるだけだ。
それに言い知れない恐怖を感じた。
股間に生温かいものが広がる。失禁してしまったようだ。それを恥ずかしがる余裕なんてなかった。
自分でも顔が青ざめていくのがわかる。
血液は巡らず、筋肉は硬直し、呼吸はやり方を忘れたみたいに不規則なものへと変わってしまった。
男が一歩、近づいた。
動かなかった体が即座に反応する。
でも、それは反撃しようだなんて考えたわけではなかった。考えもしなかった。考えられなくなっていた。
立ち上がるどころかうずくまり、わたしは必死に頭を隠して震えた。
喚くこともなく、叫ぶこともなく、怒り狂ってしまえるはずもなかった。
ただただ怖かった。怖くて怖くて、わたしは恐怖の対象が通りすぎてくれるのを必死な思いで願った。涙を流しながら思うしかできなかった。
ザッ、と足音。
「~~ッッッッ!!」
喉がひきつける。それは声にならなかったけれど、わたしの恐怖心をより一層煽るものだった。
体の震えが止まらない。どんな目に遭わせられるか、嫌でも想像してしまう。
あばらの痛みが教えてくれる。無抵抗なわたしに暴力が振るわれる。それは容赦がなく、やめてと懇願してもきっとやめてくれない。
目と鼻からとめどなく液体が漏れる。わたしの顔は汚らしいものへと変わっていっただろう。
男の足音が死のカウントダウンのように刻まれる。わたしはそれを待つことしかできない罪人であった。
助けて! ここまできてようやくわたしは心の中で誰かに助けを求めた。
誰も助けにこないことはわかっている。誰も『俺』を助けてくれなかったことを知っているから。
心の中だけで叫んだって仕方がない。経験則でわかっているのに、わたしにできるのはそれだけだった。無意味だった。
頭の奥底じゃあ無駄だってわかってる。知ってる。感じてる。
だから、だれもくるはずがないのだ……!
「おいおい。大の大人が小さい女の子いじめてんのかよ。ダッセェなぁー」
そんな時だった。
誘拐犯とは別の男の声。その声だけでもさっきまでの男達と違って若さが伝わってくる。
わたしはゆっくりと顔を上げる。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっているという自覚はある。人には見せられないだろうが、わたしはその人を目にせずにはいられなかった。
彼はわたしと同じ黒髪だった。少し吊り目気味ではあるが好奇心をたたえた瞳からは怖さを感じない。
「そこの女の子」
彼はにーと歯を見せた。八重歯が特徴的だなと思った。
自分に声をかけられたのも気づかずわたしは見つめ続けた。それに気を悪くした風でもなく、若い男は続けた。
「この天才魔道士、アルベルトさんが助けてやろうか?」
それは、念願であった『救い』がやってきた瞬間であった。
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魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。
その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。
魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。
手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。
いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
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第3部 《交錯する戦場》
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